2010年10月8日金曜日

メシヤ様に直接繋がるということ

 

2010年10月メシヤ様に直接繋がるということ

メシヤ様に直接繋がるということ

三重支部のYです。
これまで幾度もご守護を頂いてまいりましたが今回はお光のすごさをより深くみせて頂いたと、大変感謝しております。
数日前の夕方
急にくしゃみや鼻水が出始め、次第に喉が痛くなり寒気までしてきましたので「あー風邪をひいてしまった」と思い早めに子供と就寝しました。
翌朝になり鼻水や喉の痛みはましになりましたが下半身の節々が痛く、あまり調子が芳しくなかったので翌日の月次祭に備えてゆっくり休んでおこうと思いその 旨支部に伝えました。ずっと横になって休んでいたので、お昼過ぎ子供を迎えにいくことが出来ましたがやはり下半身に力が入らず、帰ってまたすぐに布団で横 になっていました。
夕方Hさんから電話がありました。
Hさんは「辛かったらいつでも行くよ」と言って下さったのですがそんなにひどい状態でもないので「大丈夫だと思います」と伝えました。
それから少しうとうとしていましたら再びHさんから電話があり「やっぱり今から行くわ」と言って下さいました。
Hさんが来られるので、起きようとしたところ自分の体が汗だくな事に気付き、びっくりしました。私はいつの間にかグッスリ寝てこんなに大量の汗が出たの かと思いましたが子供の事も気にしながらなので、たぶんそんなに寝てはないだろう、不思議だな?と思いました。しかし起きてから明らかに先程までとは状態 が違い体がすごく楽になって思うように動けるようになっていました。「あーこれならHさんに来て頂くのもなんだか申し訳無いなー」と思い連絡しようかと 思いましたが「やっぱり妊婦だし来て頂いた方が安心出来る」と思い、そのまま待つことにしました。
Hさんに来て頂きご浄霊をいただく時に先程電話を切った後にすごく汗をかき、かなり回復した事を伝えました。するとHさんはご祈願している時にかなり 熱くなってきて、私が熱を持っているんではないかと感じたからやはり行った方がいいと考え、再度電話を下さった事を教えて下さいました。私はその話を聞い て驚きました。そのご祈願して下さっているほぼ同時刻に私は大量の汗をかき、その後かなり回復するというご守護をいただいていたのです。支部にいるHさ んとここで寝ていた私が同じ状況になっていたとは・・・メシヤ様とHさん、そして私の3人が繋がったの?と心の中で思いました。

ご浄霊をして頂くと、すぐに額と後頭部から汗が流れてきて、体の中心に汗が落ちていきました。拭いても拭いても流れ出てくる汗に私は大変驚きました。そして途中から体がとても楽になり、ほぼ回復していると思いました。
普段の私に戻ったからなのか、娘のテンションも急に上がり母の笑顔が戻るとこんなにも娘も変わるのだと強く感じました。そしてすぐに「私にもご浄霊をして」と娘が言い、再度驚き親子の繋がりをすごく感じました。
今回、支部と離れていても直接メシヤ様と繋がる事が出来るという事を深く感じさせていただきメシヤ様にご祈願をしてもらえる、ご祈願出来るという事は大変ありがたい事なのだと改めて思いました。
(平成22年10月 Yさん)

2010年2月4日木曜日

メシヤ様にお使いいただける喜び

 

メシヤ様にお使いいただける喜び

<体験記>
三重支部 HY
 立春祭並びにメシヤ教立教十周年おめでとうございます。三重支部のHYと申します。この記念すべき意義ある節目の日に発表のお許しをいただけましたことをメシヤ様に感謝申し上げます。
 12月の三重支部月次祭でU先生より「お世話をさせていただいている立場からの体験発表をしてみませんか」とのお話をいただきました。また、1月のメシヤ講座では先生より『何も信仰の経験のない人には一からですから大変なお世話がいるということなのですね。だから今度はお世話した側として体験記を読んだ時に、この時私はこう考えたなあとね。そういうことを体系化していくとね。そういう組み立て方ができるようになると自分の思想形態が広がっていくのです。これが素晴らしいことなのです。』と御教導いただきました。体験発表を前に、いきなりハードルを上げられたように思えました。
 もともと書くことは大の苦手ですのでまとまりがなく、お聞き苦しいとは思いますがしばらくお付き合いください。
 平成19年7月にメシヤ教に私達夫婦が御縁をいただいてから、早いもので2年半の歳月が流れました。その間に多くのことを学びそしてメシヤ様より御守護をいただいてまいりました。そういったことを振り返りながらこの体験記を書かせていただきました。
 全く未熟者の私が現在のように御神業に深く関わることになったのも、目に見えない力が働いたとしか思えないことでした。よく先生から「御神意を感じますね」というお言葉をいただきますが、パートとして勤めていた職場の駐車場が借りられなくなり路上駐車を避けたかった私は辞めざるを得なくなってしまったのです。
 そのころ、アパートを借りて高校に通っていた息子が「もう一人暮らしの厳しさはわかった」と家に戻ってくることになり、経済面でも助かったこともあります。周りに起こる出来事が、御神業に専念するような方向へと私を導いていくのです。
 正直言って、メシヤ様にお使いいただけるという嬉しさと、本当に御手足としての御用ができるのだろうかという不安が入り混じっておりました。私は人にうまく話をさせていただけるわけでもなく、今までただひたすらに浄霊のお取り次ぎのみをさせていただいてきただけに、”人様に急所をとらえた心に響く御教えを、お話することができるのだろうか”という悩みと不安で一杯の新たな御神業が20年3月から始まったのです。
 先生の言われるように「御神意を御神意として受け止めるのか」または「ただの出来事、偶然として捉えるのか」では、その後の人生に大きな差が出てくると最近は思うようになりました。
三重支部発会と共に経験したことのない浄化をいただき学びを重ねる
 新たな御神業をスタートして間もないのに先生と主人は、二間床の御神前を新しく整えて三重支部を発会するという話を進めていました。”本当に出来るのだろうか”と心配しましたが、何事も段取りの速い主人ですので、びっくりするほどのスピードで、御神前を整えることができました。
 「後は御神体を迎えるだけ」となった4月4日に、御神前で、御浄霊をいただきに見えたある方と参拝をさせていただいている時に、御神体を御奉斎するその白壁に、光輝く階段、そして階段上には丸い輝く光々しい物を拝しました。その時、感じたのは、六十段の神界のそのまた上段ではないのかということと、善言讃詞の中の一節『光明如来と現じ 応神弥勒と化し 救世主(メシヤ)と成らせ・・』で、まさしく我家にお迎えさせていただくのは、最高の御神体なのだと、強く強くわき上がる喜びに、胸に熱いものが込み上げてきました。
 そして、4月12日に多くの皆さんにお祝いいただき支部発会が許されたのです。発会後、参拝、浄霊者もいただくこととなりましたが、次から次へと浄化をいただくのです。いただいた浄化もそれぞれとても辛いと思える今までに経験したことのないことが多くありましたが、楳木先生より月次祭で御指導いただき、また緊急時に御浄霊の急所をお教えいただきました。その御蔭で乗り越えさせていただくことができました。中でも、親子・家族の関係ということを考えさせていただくことが多かったように思います。
 Kさんの一番ご心配されているお孫さんで、ある日身体の疲れを訴えられ自宅のメシヤ観音様のお部屋でお取り次ぎをされた時に、部屋に入るなり「お婆ちゃん、この部屋に入ると今まで息も出来ない位に辛かったのが不思議な位に楽になった」と喜ばれ、メシヤ様からいただく御浄霊の御光と御力の素晴らしさを体験されたようです。
 何時かはお孫さんと支部に参拝されること、そして、善きKさんの想いが受け継がれ、お力になれるように願わずにはいられません。身近なところからメシヤ様と御神縁をいただく願いを、諦められることなく願われたKさんの出来事でした。
 「家族の霊線」についてですが、 私事ではありますが、私の父は、平成20年10月30日に他界いたしました。療養型の病院に入っておりましたが、8月に医師より父の状態は腎不全を起こして危険な状態で何時急変してもおかしくない状態と告げられました。
 ちょうどその頃、大きな浄化を抱えてみえる方のお世話と、子供の就職活動と色々重なりどうなるのかと思っておりましたが、一晩中御浄霊を取り次ぎ落ち付きました。出なかった尿も出始め乗り越えさせていただきました。
 その後何度も危険な時はあり、参拝に行かせていただいて良いものかと気を揉みましたが、私達は決意して北海道の伊都能売観音様入仏記念式典にのぞみました。そして、帰って来るのを待っていたかのように、最後の御浄霊をお取り次ぎさせていただいた後、しばらくして息を引き取りました。全く父と霊線が通じており父が御神業の手助けをしてくれたのだと思わずにはいられない出来事でした。
 先生より「お父様は、亡くなる直前まで御神業されていたのですね」とのお言葉をいただきました。
 斎場の父を見送る時間に間に合わなかった私に、姉が「父の顔は穏やかで、仏様みたいだったよ。ありがとう」と言ってくれました。メシヤ様はすべてに置いて私達が困らぬように細やかに御守護を下さるのですね。
日々の啓蒙を心掛けていきたい
 話は変わりますが、以前の所属教団での私共の体験、感謝報告をお見せした時に、吉田さんより「壮絶な体験ですね!私だったら信仰を辞めていたと思うし・・・今現在あるのはなぜですか」と感想をいただきました。振り返って今読んでも涙が止まらないくらいの体験です。
 今考えてみますと、若くしてなくなった義弟の慰霊のため五十日祭まで毎朝夕拝に参拝された人がいたが入信に至らないということがありました。50日も人のために神様に祈ることができ、浄霊を受け続けてなぜ入信のお許しがいただけなかったのかということです。
 U先生より、「梅原猛氏の論からゆくと日本人の死生観があります。自分に降りかからないように、という思いです。メシヤ様は、そうした夜の考え方ではなく、生きた人間を現実的に救う道を教えてくださっています。また、真の慰霊の在り方を教えてくださっています。ここに、人々の自己満足と、真理に根差した生活の差があります」と御教導いただきました。
 ともすれば、私達は「あなたのためにこれだけのことをしたのだから・・・」とか、「きっと神様は救ってくださるはずだ」とか、「きっと霊界で救われたはずだ」とかいう自己満足に陥ってしまいます。そして、自分が表に出て何かをしなければならないときには、自分が人からどう思われるのか「そんな迷信邪教」、「そんな非科学的な」と思われるのでは、とか、浄霊で何も変わらなかったら私が責められるのでは、とか、そんな思いが自分を蚊帳(かや)の外に置いてしまいます。
 彼女をご主人とともに聖地、布教所へもご案内しました。彼女は、「天国の礎」も拝読しておられました。しかしながら、自分達が浄霊をして人を救っていくという気持ちにはなっていただけませんでした。彼女としては自分にできることの精一杯の慰霊に取り組んでいたのだとは思いますが「宗教に巻き込まれるのは困る」との思いがあるため、真の救いには繋がっては行かなかったのだと思います。
メシヤ様は『信仰の種類 (一)お蔭信心は(地上天国7号・昭和24年8月30日発行)』で
 『ただお蔭さえ貰えばいい、神様のためとか世の中のためとか、そういう事は第二義的で、自分さえよければよいという利己的信心で、これらは多く中流以上の人に多い。信仰を利用する事は知っても、神に奉仕する事を知らないのである。信仰を利用するという事は人間が上で神が下になる。神を崇(あが)め奉仕する事こそ神から恵みを受けるのであるから、このお蔭信心は、反(かえ)ってお蔭を無くする訳で永続きしないものである。』
と御教え下さっております。
 いつかきっと彼女が、「神様への奉仕」すなわち、彼女が浄霊により、生きた人間を現実的に救う道に目覚められることを信じ、日々の啓蒙を心がけていきたいと思います。
身辺の事象を整理し、学びと反省を明確に
 また、卵巣癌で余命三カ月と宣告され手術までの二週間、先輩と浄霊に通ったことがあります。手術前のレントゲンでは何も腫瘍は写っていなかったのに「今は奇麗だが、いつ再発されるかわからない、念のために」と卵巣も子宮も切除されてしまいました。その人が三年後再発し、もう全身に転移していて「長くは持たない」と宣告されましたが、本人が「浄霊をいただきたい」と願いご家族が了解されたので六カ月間毎日のように通わせていただきましたが、お亡くなりになった人がいました。
 最初に浄霊で癌が消えたという奇蹟をいただきながら、ご家族の方は浄霊を理解されていなかったがために、医師の「念の為に全部摘出」という言葉に従ってしまったのです。そしてその時から縁が切れていたため浄霊を継続されなかったのです。臓器を摘出してしまう前であれば浄霊によりお救いいただける可能性は高い、と言えます。
 その時に大切なのは家族も含めた周囲の人の浄霊に対する理解ということです。御家族が少しでも御教えに関する認識があったなら「癌が見当たらないなら、摘出しないでください」と医師に言うことができたのではないでしょうか。
 そしてここで整理しておかなければならないのは「再浄化」ということです。
○無い命を一度は繋(つな)いでくださるが、神律により二度目はない。
○救わるべき因縁のある人は、神様の大慈大悲によりどんな妨害があっても信者になる。
ということが次の御教えでわからせていただけます。
 『明日では遅すぎる (栄光160号・昭和27年6月11日発行)』
 『これは時々ある事だが、最早死の直前にまで追込められた病人で、御蔭を頂き一旦快くなって喜んでいると、再浄化が発って迷い始め、前の事を忘れて、再び医療に縋(すが)るが、無論成績が悪いので、再び浄霊を求めに来るが、こういう人はほとんど助からないものである。これはどういう訳かというと、神様は無い命を一度は繋(つな)いで下さるが、それを離すと、二度は決して繋いで下さらないからで、これが神律であるから致方(いたしかた)ないのである。従って信者はこの事をよく心得て中途で迷って、再び縋って来ても、気の毒だがそのつもりで扱うべきである。』
 『神様も御手数が掛る (世界救世教奇蹟集・昭和28年9月10日発行)』
 『治った患者自身がかなり分りかけた頃になり、たまたま再浄化が起りでもすると、(中略)治った時の事も忘れてしまい、また医師に行くが、元々医療で駄目だから当方へ来たのであるから、快くなるはずはないから前にも増して悪化する。しかし神様の大愛は今度は一層分るようにして下さるので、ここに本当に目が覚め救われるのである。
 そのような訳で一度でスラスラ入信する人はまことに少ないが、しかし救わるべき因縁のある人はどうしても神様は離されないから、どんな妨害があっても結局は信者になるので、全く神様の大慈大悲は勿体(もったい)ないくらいである。』
 お世話する立場としては、この点を良く踏まえ、本人に浄化と御守護の意味を良く説明し、継続して浄霊を受け御教えを少しずつでも学ばれるようお導きすべきであったと反省いたします。そして、『救われた命は私用に使わない。神様の御用にお使い頂く。』ことを肝に銘じておきたいと思います。
 そしてまた、近所のご主人が脳内出血で倒れられ、なぜか肺癌になり、一ケ月半ほど浄霊に通いましたが、「母親には浄霊を受けていることを黙っていてほしい」と言われ、動揺し葛藤(かっとう)し自分も暗くなり浄霊に行けなくなってしまったことがあります。そして、二か月目にお亡くなりになりました。
 楳木先生より、「宗教の役割、宗教に携わる者の役割があり、それは概ねきちんと霊界へ送り届けるということです。昔から、引導を渡す、と言われていますが、これが宗教の重要な役割なのです。」と御教導賜りました。
 そこで、引導を渡すを、仏教用語では「引導を授ける」というそうですが、辞書を引きますと、【誘引開導の意で、本来は人を正しい道、仏道に導き入れることをいうが、転じて、死者を彼岸(ひがん)に導き済度(さいど)する葬儀の儀礼をいう。】とありました。
 何人もの友を霊界に見送った体験記を以前の教団で発表した時に、ある指導者より「あなた達は引導を渡しに行っただけじゃないか。あなた達が思うほどみんな困ってはいないんだよ。」と言われ、やり場のない怒りを覚え、一ケ月程参拝しなかったことを思い出しました。
 しかし、楳木先生のお言葉で長年のわだかまりがスッキリいたしました。引導を渡すことこそが宗教の大事な役割だったのですね。
 「メシヤ講座・特選集<体験記> 宗教のもつ意味」で、「今、分かってもらっておきたいことがある。今のお母さんの身体で延命することは難しい。現界でのお母さんの役目は終わって、お母さんはこれから霊界での役割がある。あなたがこれまで生きてきた時間よりも長く、お母さんの供養が現界でできる。肉体が滅んでも魂は永遠である。」と先生がお話になっておられますが、現界で生きてほしいとの執着を和らげ、霊界での役割があることを話してあげることが本当に大切なことなんだとわからせていただきました。
 そして、人に話をする時には言葉を練って相手の気持ちになって誠実にお話させていただかなければならないと改めて学ばせていただきました。
 今の話は、次の御教えで確認させていただくことができます。
 『御講話(S28年6月25日)御教え集23号』
 『重病の場合でもう治る見込みがないという時に「どんなになっても、まだそんな失望するにあたらないから、しっかりしていろ」と言って慰めますが、これは本当言うといけません。やはり生の執着が御守護の邪魔をするのです。治すのは、正守護神が神様の方から力をいただいて、自分がお取り次ぎして治すのですが、その場合に生の執着があると、正守護神の思うとおりにならないのです。本人や周囲の者の執着心が邪魔するので、治る場合も治らないということも大いにあります。ですからこれからは、もう駄目だと思ったら、早く本人に諦めさせるのです。「これはもう駄目だ、死ぬ覚悟をしなさい」と言った方が、かえって助かるのです。』
御世話に取り組む意義が日々明確に
 ここで浄霊をいただいて他界した人と浄霊を受けないで他界した人の違いは何かを考えてみたいと思います。
1.肺癌でしたが手術を受けず、ホスピス病棟で亡くなった義父は、死を迎える自覚があり、「もうあっちへ行くから博幸(私の主人)を呼べ」と言うので義母は私達を呼びました。そして家族に会ったその日の朝に、いつものようにベッドに座って浄霊をいただきながら眠るように昇天しました。亡くなる朝まで食事をとることができました。
 そのことを楳木先生にお会いした最初の頃お話しましたら、「身体を傷つけずに旅立つことができた意義は、霊界生活に入ってこそわかるものです。」と話して下さいました。
2.浄霊をしたくとも声をかけられなかった主人の知人は頬がこけ顔色が黒くなり苦悶の表情で亡なくなりました。
3.浄霊を続けてさせていただいたが、親の反対により途中で行けなくなり亡くなった友人には未信者さんも一緒に御霊前で「善言讃詞」を奏上させていただきましたが、顔には笑みさえ浮かべており悲しみの中にもホッとさせていただけました。
 これらの経験を通じて、浄霊を受けていた人と受けていない人では亡くなられた後の面貌が全くちがうことがはっきりとわかりました。また、穏やかに霊界に行くためには死の自覚が大切であることをわからせていただきました。
 私は、義父、母、父を霊界へ見送りました。いろんなことがあったのですが、自らの親を霊界に見送ることの意味を整理しておきたいと思います。
 U先生よりこのことに関して、「一般に、親を見送ることの意味は真の世代交代を意味します。自らが家系の担い手になるということです。自らが積徳の最高責任者になるという意味になります。悲しみを乗り越えた後に、そうした自覚が芽生えなくてはなりません。それが御教えに出会った者の責任でもあります。」と御教導賜りました。
 『再生(明日の医術・昭和18年10月23日)』の御教えに
 『浄まった霊体ほど再生して幸福者となるのである。此理(このり)によって早く再生する場合は、汚濁が残存しているから、再生の後現世に於て浄化作用が行われなければならないからである。勿論現世の浄化作用とは、病気、貧乏、災い等の痛苦であるから不幸な運命を辿(たど)るという訳である。故に、生れ乍(なが)らにして幸不幸があるという事は右の理に由る事が多いのである。故に、決して幸不幸は偶然ではなく、必然である事を知らなければならない。然し乍(なが)ら、今一つの原因がある。それは死後の霊魂に対し、その遺族が誠意を以て懇(ねんご)ろなる法要を営(いとな)むとか、又は遺族及び其(その)子孫が人を助け慈悲を行い、国家社会の為に尽す等、善徳を積む事によって、祖霊の浄化作用は促進されるのである。右の理によって、親に孝を尽すのは現世のみではなく、寧(むし)ろ死後、供養や積徳によって霊界に於ける親に孝養を尽す方が、より大きな孝行となるのである。世間よく「孝行をしたい時には親は無し」というが、之は全く霊界の消息を知らないからである。(後略)』
 とあります。つまり、私達が今幸せに暮らせるのも、メシヤ様に御縁をいただけたのも、先祖様の積徳があったからであり、今までの御先祖様が罪穢れを払拭(ふっしょく)され徳を積まれ何度も生き代わり生まれ代わるうちにようやく私達の世代でメシヤ様に繋(つな)がらせていただけるようになったのです。私達の代でもメシヤ講座で学びましたように「先祖から受け継いだものの内で良き特徴は受け継ぎ、問題とすべきものは改めてゆく。罪穢れに相当するところは改めてゆくことを家庭慰霊祭で毎回お誓い申し上げる。」という、そういうことの積み重ねにより進歩向上を心がけてまいりたいと思います。
 以前主人と父の介護に向かう車中で「私達の代で先祖の残してくれた徳を使い切ってはいけないね。子孫に徳を残して行けるようにしなければね」と話したことがあります。これが、先生のおっしゃる自らが積徳の最高責任者となるといういうことなのだと思いました。
 私達は『三千年の間には、いくども生き代わり死に代わりしているのです。(御講話・S28年12月25日)』と御教えにありますが、この現世に生き代わっている時に、三千年の歴史の大転換の時に際し、メシヤ様の御手足として地上天国建設の御聖業にお使いおいただけることを感謝申し上げ、精一杯歩ませていただかねばならないと思います。
 そうしていくことがまた、先祖様への徳返しとなり先祖様が次に生まれ変わった時に幸せな生活を送ることにつながります。そして、子孫へ徳を残すことになり地上天国の住人となれる道しるべとなれるのだ、とこの体験談を書くことにより整理させていただくことができました。『正守護神は、祖霊同士でもなけりゃ、神様でもなく、祖霊の中でそのときの霊界で一番上の祖先がやられるんですよ。(御光話・S25年4月8日)』と1月のメシヤ講座で学ばせていただきましたが、将来子孫の正守護神となり子孫を見守ることが許されるよう、現世で徳積を心がけていきたいと思っております。
メシヤ様から事前に経験させられ準備させられているように
 メシヤ講座で学ばせていただいたことで、私の性格として思うのは、「我と執着」「無知な事」ですが、参拝にみえる方々と訪問させていただく方をお世話をさせていただいて、日々学ばせていただいております。
 そして、御神業をしているとき強く感じますことは、事前に経験させていただいていることが多いということと、同じことがあちこちで起こる「同時性」ということです。
 例えば、義兄のくも膜下出血の時に先生より御浄霊の急所を御教示いただいておりましたので、喜多さんの浄化の時に「頭の関係の御浄化だと思われるので大静脈、大動脈のあるお臍の両側を良く自己浄霊するように」とお話することができました。
 また、アトピーは我家がメシヤ様とご縁をいただいた浄化です。乗り越えるまでの忍耐力と乗り越えられた喜びをアトピーの浄化は教えてくれました。最初は不安感が募り途中で何度となく挫折してしまいそうになります。アトピーには忍耐がいります。
 薬毒排泄の浄化を繰り返しながら、文字通り薄紙を剥(は)ぐように良くなって行く過程を支部に御縁をいただいた子供たちの母親にお取り次ぎの中でお話をさせていただきました。吉田さんも我家と同じように生後数ヶ月でのアトピーとなり、子供が小さな時に浄化を乗り越えられて良かったと思われたそうです。
 浄化について、お世話させていただく中で次のようなことを感じさせていただきます。
○子供の浄化がひどくなる時は、心配と不安感から執着の余り「メシヤ様にお任せさせていただく」という気持ちがゆらぎ、みずから曇りを作ってしまうこと。
○浄化はその家で倒れては困る人には軽く乗り越えさせていただけること。
○子供の浄化を一つ一つ乗り越えることによって親子の絆と親としての成長と強さを与えていただけること
○子供が成長した頃には、自分たちの親が年老いて、浄化の試練が訪れること。
○支部全体の御浄化で、祭典の節目節目で御浄化をいただくこと。主人の盲腸炎、火傷、とびひ、風邪と参拝が出来ないかもと思われた御浄化も、浄霊させていただき、諦めることなく想い続けていると参拝も許され、御守護も早くいただけるものです。
○忍耐力を持って取り組ませていただくと、浄化を乗り越えた後には、「感謝」の気持ちと「笑顔」が待っています。
 メシヤ様は「事前に準備をされておられたのではないか。」と思わせていただくことで、主人がよくいうことは、今やっていることの小さな型を事前に経験させていただいているということです。前の教団でもグループでの勉強会を主人がお世話して実施していましたが、今はミニ・メシヤ講座に生かされております。
 そして、我家で楳木先生より御指導いただき仏壇を整えるとその仏壇を見て喜多さんがすぐに仏壇を整えられました。私達が何店も仏壇屋を回って信頼できる店と店員さんと御縁ができましたので、非常にスムースに慰霊祭まで事が運びました。それからすぐに、浄霊のお世話をさせていただいている家のお位牌を整えることもできました。自分たちの経験からお話ができるので理解されやすかったのではないかと思いました。店員さんとの話の中で仏事に関する知識を主人は学んでいきました。そして、「位牌は黒地に金文字」とか御教えに沿った内容を逆に店員さんに説明していましたので、非常に仏事に興味があるのだと思われたのか、いろんな宗教宗派の仏事の形式について仏壇屋用の資料を下さった程です。
 「車のお祓い」「不要となった宗教神具の処分」等の方法を楳木先生にご指導いただくと、しばらくして復習のように経験を重ねることが起こるのです。御神意のもと必要あって経験をさせられているのだと主人は思わせていただいたそうです。
 つい先日、御神前の窓を掃除している時に主人はこんなことを思ったと話してくれました。窓は外側だけ拭いてもきれいにならず、内側だけ拭いてもきれいになりません。外側も内側も拭かないときれいにならないのです。また、天気が曇りの日はきれいだと思って見ていた窓も、太陽の光が射して明るくなると汚れが目に見えてくるのです。曇りが浮き上がってくるのです。私達人間の曇りも同じではないですか。薬で外の目に見えるところだけ治療しても良くなりません。浄霊で太陽の精を放射し、曇りを内側からもきれいにしなければいけませんね。そして魂に直接響く御教えを学んでいくことが大切なのではないでしょうか。そんな話をしておりました。
 私は、ああ楳木先生がおしゃっていた、「体験を体系化して信仰のない人にわかりやすく話ができるようにする」とはこういうことなんだと、思わせていただきました。ちょっとした日常生活の中にもメシヤ様の御教えは生きているのですね。
 浄化中のお世話をさせていただく度に、もっと気持ちを楽にしてあげれる「浄霊と言葉の急所」を見つけられますように、いつも願っております。月日がたつとついつい甘えと気持ちの緩みが出来てしまいますが、素直に慢心することなく、一歩一歩前進出来ますように、主神様の御神体の御光に包まれた御神前で祈願に取り組む場が増加し、メシヤ様と直に太く繋がらせていただけますように願っております。
 『新人たれ(栄光七三号・昭和二五年十月十一日)』で、『人は常に進歩向上を心がけねばならない。無論焦ってはならない。ほんのわずかずつでもいい。長い年月によれば必ず立派な人間になる。』と御教えいただいております。『私といえども去年より今年、今月より来月というように、あくまで進歩向上心の緩まないよう努めている。』と、おどろくことに神人合一の御神格のメシヤ様にあられても進歩向上に努めておられたのです。
 『新人たれ』の御教えを胸に、絶えず進歩向上を心がけてまいりますので、皆さまどうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。本日は、おめでとうございました。ありがとうございました。

2009年9月11日金曜日

『消えかかった命を救っていただきました。』

 

2009年消えかかった命を救っていただきました。
 瀕死の愛猫が浄霊で奇蹟的に救われる。近所の娘さんの喜びの報告。
『消えかかった命を救っていただきました。』
台風が接近している2009年9月の末のことでした。
手のひらに乗るくらい小さな小さなその子は母猫からはぐれ玄関先に一人ぼっちでみゃーみゃーと泣いていました。
動物嫌いの主人、育てる自信ななかった私は何とか母猫がが迎えに来ないかとその子を段ボールに入れて様子を見ていましたが母猫は現れませんでした。
「この子猫を助けたい元気になるまでで良いから」という娘の強い気持ちに負け、主人も私も「特別なことはできないけれどあなたのできる範囲で面倒を見てみましょうか」と『みゃあ』が我が家にやってきました。
まだまだミルクを飲むくらいの小さく、目も開いていない状態だったのででまずは動物病院に相談に行きました。病院の先生は助かるかどうかわからないという厳しいものでした。猫用のミルクと哺乳瓶を調達して、離乳食の指導を受けて家に戻り悪戦苦闘の1週間が過ぎたころ、何とかミルクも飲むようになり命がつなっがったと一安心。家族みんなが子供ができたような温かい気持ちになりました。
ところが、職場に娘からみゃあが動いてないとメールが入りました。
職場から離れることができない私はいつもお世話になっているHさんに病院に連れて行ってもらうようお願いしなさい。
と娘に告げて、娘は泣きながらみゃあを抱いてHさん宅へ向かいました。
1時間ぐらいたって「お母さん助かったよ」と連絡が入りました。
「病院に連れて行ってもらったの?」と聞くと「おばちゃんに浄霊をしてもらってミルクを飲むようになった!」と泣きながら報告してくれました。
娘が駆け込んだ時にそこにいらっしゃった喜多さんにもご浄霊をいただいたとのこと私は本当にびっくりしました。
ご縁があって子供たちが小さいころから何かあるとご浄霊をいただいていた我が家ですが、
動物とご浄霊が結びつかなかった私は本当に感謝しました。
本当に不思議ですが、何かあるといつも自然に手を差し伸べられ、助けて頂いています。
今回も消えかけた小さな命のともしびをよみがえらせてくださいました。
おかげさまで『みゃあ』はなくてはならないうちの家族の一員となり元気に過ごしています。動物嫌いだった主人も誰よりも一番かわいがっています。
本当にありがとうございました。
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もう2年ほど前の出来事になりますが、瀕死寸前の子猫を近所の娘さんが連れてこられました。
ぐったりしていて人間でいえば昏睡状態でした。抱いてみて冷たくなりそうな感じがしたのです。
御神前には入れませんので、廊下に寝かせ御浄霊を取次ぎました。
受験を控えた娘さんへの影響を考えどうしても救っていただきたいと思いました。
1時間ほどでミルクをのみ歩き始めた時にはほっといたしました。
(三重支部責任者代行)

助かった頃

助かった頃

現在

主人が浄霊を・・・感謝

 

<体験記>
主人が浄霊を・・・感謝
 9月初旬の日曜日。
 起きてきた息子の身体中にボコボコと大きな腫れのようなアレルギーが出ていて、痒くて泣き出す程でした。あまりに酷いので、主人が直ぐに浄霊を取り次ぎました。その日は、朝、昼、夜の3回、主人が浄霊を取り次ぎました。
 翌日、身体中に出ていたアレルギーは、すっかり消えていました。
 更に数日して気付いたのですが、乾燥性アトピーでガサガサで硬くなっていた肌がツルンと綺麗になっていて痒みがひいていました。まだ完治とはいきませんが、随分痒みが治まっています。ご守護いただき感謝しております。 (21年9月 Kさん)

2009年7月17日金曜日

2008年8月 イボが消えた

 

イボが消えた
<体験記>
 平成20年8月中旬頃、1歳の娘のオムツを替えていた時に、足の付け根に小さなイボができていることに気づきました。昨日まで何もなかったところに突然できて、イボかどうかは確信できませんでしたが、素人の目にはイボに見えました。
 オムツをはいていて、おしっこやウンチで汚れるところにできたので、日が経つとだんだん大きくなっていきました。その後、おしりにも2個目のイボができてしまい、月次祭で楳木先生にご相談させていただいたところ、ご浄霊でイボがとれるから、しっかりご浄霊してあげなさい。と教えていただき、毎晩、添い寝をする時にご浄霊しました。
 自分もご浄霊しながら寝てしまうこともあり、10分~15分くらいのご浄霊だったかと思います。しかし、イボがとれる気配もなく、私も半信半疑だったので、皮膚科でも診察してもらいました。皮膚科の先生の診断は、細胞をとってみてみないとイボとは断定できない。まだオムツをしているので焼いてイボをとると、そこが傷口になってばい菌が入るのでオムツがとれないと無理。イボがもっと大きくなったり、変化があったら、また診察に来てください。ということでした。
 このことから、やはりご浄霊しかないと思い、今までどおりご浄霊をするようにしました。最初にできたイボは見た目で4ミリくらい、2個目のイボは2ミリくらいの大きさで、3個目ができそうでできないという状況でした。
 平成21年6月中旬頃、2歳になった娘のオムツを替えている時に、1個目のイボのところを拭くと「いたいよー。」と言うのが2日続いて、3日目にオムツを替えようとすると、4ミリもあったイボが跡形もなく消えてなくなっていました。「あれっ!?イボがない!」と声に出してしまいました。それから数日後、2個目のイボもいつの間にかとれてなくなっていました。今ではどこにイボがあったのかも全く分からない綺麗なおしりになりました。本当に感謝の言葉以外見つかりません。そして、ご浄霊のすごさを身をもって感じています。
ありがとうございました。
 (平成21年7月17日 Kさん)

2009年6月15日月曜日

娘のアトピー性皮膚炎、火傷に御守護

 


2009年6月娘のアトピー性皮膚炎、火傷に御守護


娘のアトピー性皮膚炎、火傷に御守護

<体験記>
三重支部 吉田
 「メシヤ様御降臨祭」おめでとうございます。三重支部から参りました吉田と申します。よろしくお願いいたします。
 本日皆様に御守護報告させていただく機会を与えていただいて、ありがたく思います。先ず私とメシヤ教の出会いについてお話いたします。
 私には現在2歳の娘がおります。生後数週間で乳児湿疹ができ、その後アトピー性皮膚炎になり薬を使用して症状を抑えていました。しかし、薬を塗っても完治することはなく、どうすれば治るのか悩んでおりました。
 娘が4ヶ月の時、お友達から「御浄霊でアトピーを治した人が居る」という話を聞き「御浄霊とはなんだろう?」と思いながら「でも治るのなら何だっていい」と思い、御浄霊をしてくださるお宅にすぐに連れて行ってもらいました。
 それから1、2ヶ月はとりあえず御浄霊をいただきに、その方のお宅に通いました。しかし「このままこの御浄霊というものをいただいているだけで、本当に娘のアトピーは治るのだろうか?」と不安に思っていました。
 ちょうどその頃、友人は私に電話をかけてくれ「今、子供さんのアトピーを御浄霊で治された方と一緒にいるので一度お話してみる?」と提案してくれました。その時お電話で相談に乗ってくださったのが、メシヤ教三重支部の濵口さんでした。
 それから数日後、友人が「今日は濵口さんのお宅に九州から先生が来られているので一緒に行ってみない?」と誘ってくれました。私は「何の先生なんだろう?」とわけのわからない状態でしたが「濵口さんに会ってみたいし、色々な話が聞けるのなら・・・」と思い友人について行きました。
 そして、それが私が初めて参加させていただいた「メシヤ講座」でした。
 恐る恐る部屋に入ると、先生と呼ばれる男の人がありとあらゆる相談に乗られていて、みなさんの質問等に真剣に答えていらっしゃいました。そして初めて会う私の相談に対しても親身になって答えてくださり、色々とアドバイスしてくださいました。
 私は帰り道「少しこわい先生だったけど、あの先生についていって間違い無いのではないか・・・もっとお話を聞いてみたいな・・・」と思ったのを覚えています。
 そしてそれから1年、以前から伺っていたお宅と、三重支部に御浄霊をいただきに通いました。アトピーの症状は随分落ち着き、顔や肌が綺麗になってきました。
 娘が2歳になる頃、夜の食事を作る時普段は娘をキッチンに入れることはないのですが、その日は何故か「たまには作っているところを見せてあげよう」という気になり、私の隣に立たせました。そして、お鍋のゆで汁を流しに運ぼうとした時、お鍋が娘の体にあたり入っていた熱湯がこぼれ、娘にかかりました。
 私も娘も一瞬何が起こったかわからず声も出ませんでした。私は我にかえり「メシヤさまーーー」と叫びお風呂場に走りました。冷水シャワーをかけた後、冷蔵庫から氷をとりだし、すぐに濵口さんに電話しました。
 娘が泣いているので大変な事が起きたことをすぐ把握してくださり「今から行くから」と言ってくださいました。濵口さんはすぐに楳木先生に連絡をとってくださいました。先生からは「冷やさないほうがいい」との指導をいただきました。
 娘が外に出たいと泣くので体をタオルに巻いて外で御浄霊しながら「もう少ししたら濵口さんが来てくれはるから、大丈夫だからね」と娘に声をかけましたが、実際心の中では「なんて事をしてしまったのか」と生きる気力さえ失っていました。
 濵口さんのご主人は、仕事が終わったばかりなのに一緒に来てくださり到着するなり、歩きながらでもお二人が娘に御浄霊してくださった姿は今でも目に焼きついています。その姿はどんな救急隊員よりも心強く、そして大変ありがたく思いました。
鎮痛剤や睡眠作用の薬を使わなくとも静かな眠りに
 不思議な事に、娘は御浄霊をいただくとスーっと眠りました。想像出来ないくらいの激痛を伴っているはずなのに、ましてや鎮痛剤や睡眠作用の入っている薬を服用したわけでもないのに泣き叫ぶ事もなく眠っていき・・・これもメシヤ様の御力なんだと感じました。
 それから濵口さんは再度楳木先生に連絡してくださり、楳木先生は電話で私に「あなたなら大丈夫、乗り越えられるので、今日は一晩中御浄霊してあげてください」と言ってくださいました。私はその言葉にすごく励まされました。先生と濵口さんからの励ましのお言葉は真っ暗闇の中にいた私の心中に光がさしたように思えました。
 お薬を塗ってしまうと火傷の跡が残ってしまうと先生に教えていただいたので、極力病院にいく事を避けたかったのですが、主人は日頃メシヤ様の御教えに理解がある訳ではありませんので、病院での診断は避けられませんでした。
 翌日濵口さんと一緒に近くの皮膚科に行きました。症状を見せると医者は驚き、市民病院の診察を勧められました。医者の言葉や表情から「この母親は救急車も呼ばず今まで平気で過ごしていたのか」と不思議がられている事がわかりました。
 次の日、市民病院に行くと同じように「この母親はどういう考えなんだろう・・・」と不審がられているのがわかりましたが、担当医は「お母さん、すぐに冷やされたんじゃない?病院に行っていないのにこの(綺麗な)状態ということは、最初のお母さんの処置がよかったんだね」と言ってくださり、少し驚いているように見えました。
 私は「あー、それはすぐに御浄霊していただいたからだな・・・」と心の中で思いました。
 それから2週間程経過して、傷もかわき症状的にも精神的にも随分落ち着いてきました。そして現在は、完全に綺麗に治ったわけではありませんが、焦らず気長にいきたいと思えるようになってきました。
 娘の浄化は一つ落ち着いた頃にまた一つと起こり、私は「メシヤ様に試されているのかな?」と思っているのですが、その度に楳木先生、濵口さん、三重支部の皆さんに支えていただいて本当に感謝しています。
 今までに濵口さんが九州、北海道に参拝に行かれた時に2度ほど娘が熱を出しましたが、一人で不安ながらも乗り切れて、最近は少しずつですが徐々に自信がもてるようになってきました。濵口さんに頼りっぱなしではなく「少しは自分でやってみなさい」とメシヤ様がわざとそうされたような気がしてなりません。
 そして、この体験記を書き始めた今現在、娘の新たな浄化が始まりました。この浄化が始まる1週間位前から、グズグズと機嫌が悪く「おかしいなぁー」と思っていたのですが背中以外殆どの場所から膿が出始め、どこまで広がっていってしまうのか・・・と不安になる程出ました。
 不思議なことにアトピーの時と火傷の時に浄化した箇所はポツポツと少ししか膿が出ず、今まで浄化していなかったお腹周辺は今回かなりの浄化でした。
 夜中は痛い痛いと泣き叫び、いつ主人に「ちゃんと病院の治療で治したほうが良い」と怒られるかビクビクしていましたが、病院での診断を軽く勧められただけに終わり、夜中も起きて泣いている娘をあやしてくれて、主人に本当に感謝しています。
 薬を一切使わず御浄霊だけで乗り越えられたので、大きな御守護をいただけたと本当にうれしく思っています。浄化の後、娘は以前より食欲が増し、すごく落ち着いたように思います。
 そして濵口さんご夫妻がいらっしゃらなければ、このようなきびしい浄化、試練は乗り越えられなかったと思います。
 最後に私事になりましたが、視力があがるという新たな御守護をいただきました。私はメシヤ様(の御教え)と出会ってから、常に「視力が回復しますように・・・」とお願いしてきましたが、視力があがることは非常に難しいことだと思っていますので、軽い気持ちでお願いしておりました。
 先日視力を測りにいくと、0.05から0.1にあがっていました。眼科の方も「間違いではないか?」と思われ何度も測ってくれましたが、結果は同じで驚かれていました。私自身も信じられない気持ちと同時に、短期間でこれほど視力があがるという普通では考えられないことがメシヤ様の御力では起こり得るのだ!と確信し、この御守護をいただいたことで、メシヤ様に対する自分の気持ち(想い)が確かなもの、しっかりしたものに変わったと思います。
 これからもメシヤ様に直接太く繋がる事ができますよう、努力していきたいと思います。
 そして、いつなんどきでも家族のように温かく支えてくださる濵口さんご夫妻を見習い、御教えやメシヤ講座を生活の軸とし、御神業に邁進できますよう頑張りたいと思います。ありがとうございました。

2009年1月9日金曜日

新しい年を迎えて御神業に向かう姿勢を明確にする

 

2009年1月新しい年を迎えて御神業に向かう姿勢を明確にする

新しい年を迎えて御神業に向かう姿勢を明確にする

<体験記>
三重支部 濵口博幸
 今年の新年は、大海原を覆った雲を突き破り太陽の光が光柱となって天に届くという、何とも荘厳な太平洋に昇る初日の出を拝することができました。
 これから始まる今年の御神業に気持ちを新たに取り組まなければならない、と身の引き締まる思いがいたしました。「メシヤ講座・三重」のトップページに掲載させていただいたのがその初日の出でございます。
 さて、年明け早々現世界救世(きゅうせい)教の動きを耳にし、その内容に驚きを隠せませんでした。そして、自分が今まで研鑽してきた内容を振り返り御神業に臨む姿勢を整理をすべき必要があると感じました。
 私は、以前の教団に在籍していたころより、何事もメシヤ様の御教えを元に解釈していかねばならないと思っていました。それは縁あって、御教えに造詣が深い先達の元で学ばせていただけたことが深く影響しております。
 重要な学びを改めて振り返ってみますと、
○御教えは神様のお言葉である。したがってメシヤ様のお言葉を信仰の規準とすべきこと。
○御教えの研鑽によって私たちすべての信仰の統一が保たれること。
○メシヤ様は主神様(天地創造の神様)の代行者であられ神様として最高の位をお持ちになられていること。
○メシヤ様のことが分かれば力をいただけること。
○浄霊は魂を浄めて命を助け救いへの入り口となること。
○メシヤ様は神様であったが人性もお持ちであられたこと。
などがあげられます。
 私が研鑽させていただいた内容を土台にし当時のグループの人たちと「御教え勉強会」を平成十四年から十五年にかけて毎月行いました。勉強会をする中で感じたことは、皆が「浄霊の急所」について貪欲に知識を求めておられること、「癒しの浄霊」を求めておられるということでした。
 この頃の勉強会を顧みますと、当時はせっかく御教えを学んでもなかなか「真理を生活に取り入れて実践する。」という具体的な方策を示せず、御教えの研鑽に偏りすぎてしまい、現実に世の中に起こっている出来事、身の回りの問題を疎かにしていたのではないか?と反省しております。
 楳木先生より、「御教え拝読は、真理を学ぶ、ということであるが、最大の願いは学んだ真理を生活に取り入れて実践し、幸福になっていく、ということである。何故なら『生きている人間を幸せにしなければ何にもならない』とメシヤ様は断言されているからである。『信仰即生活』という観点から御教えというものを拝読する場合、その内容を全て自分に置き換えてゆく、ということがもっとも大切な作業である。」【メシヤ講座より抜粋】と教わりました。メシヤ講座ではその具体的作業を皆で学びあえるのです。これこそ私たちが求めていたことではないでしょうか。
慰霊(祖霊祭祀)について
 私がメシヤ講座で学んで最初に取り組んだのが仏壇とお位牌を整えることでした。
 当時我が家には仏壇はなく、「みたまや様」をお祀りしていました。「みたまや様」には御霊璽(ごれいじ=仏教でいうお位牌)がありますが、そこには「○○家遠津(とおつ)御祖(みおや)神」「○○家代々(よよの)祖(おや)等(たち)神霊(のみたま)」「○○家親族(うから)家族(やから)神霊(のみたま)」と記されています。
 平成十二年に父が亡くなっており「みたまや様にお祀りいたしましたが、御教えでは『面識のない先祖は先祖代々之霊の中へ入れていい。面識のある人のは位牌を作って祀る。』とあります。すると父の霊はかかる御霊璽がないわけです。「○○家親族(うから)家族(やから)神霊(のみたま)」の御霊璽にかかれるのです、とは聞いてはいましたが、気になっておりましたので、楳木先生に御伺いしたところ、「みたまや様でお祀りするなら、お父様の御霊璽を拵えた方が良いですよ。」とお教え下さいました。しかしそのようにさせていただくにはあまりにも「みたまや様」の御霊舎は小さいのです。
 楳木先生にご指導いただいた慰霊についての内容は、要旨は同じですのでメシヤ講座より紹介いたしますと、『絶対的救済力の言霊である善言讃詞を、神様から力をいただいて奏上する祭事が家庭慰霊祭です。真心を込めることを表現する一つに、自分達でお供え物を準備するということがあります。準備に誠を込めれば込めるほど時間がかかります。面倒臭がる人がいる中で、滞りなくできるようにお世話することは大変な手間がかかります。「祭祀料を納めれば本部で慰霊祭をしてくれる」というお世話は楽です。私は「救霊」を心掛けていくことが宗教の使命の一つだと思います。それから「慰霊祭」というのも人任せにせぬ方が良いですね。それぞれの宗教で、慰霊祭の斎行方法を知り得たならば、自分の霊性を高めつつ真心を込めて自分で取り組んでいくことも大切です。』ということです。
 私たちは、かつて本部へ私たち夫婦それぞれの御先祖の「慰霊祭」を毎月、七、八年近くお願いしておりました。そして、家庭でも毎月家庭慰霊祭を執り行っていました。「御先祖様は自分の子孫が心を込めて慰霊を行うのを一番喜ばれる。」というお話から、自分達で真心をこめて慰霊祭を行えば毎月本部へお願いしなくても良かったのだと思いました。
 そして、面識のある御先祖様をお祀りし慰霊を行うため、またメシヤ様に御縁のなかった古い御先祖様も迷わないように先祖代々の宗派と戒名を調べ仏壇とお位牌を整えさせていただきました。
 また、毎朝夕拝に参拝される喜多さんは、仏法に興味を持ち勉強された方で、仏壇を拵えたいが前の教団の時は「みたまや様」であり、御神体を奉斎していないと御祀りできなかったので悩んでおられたそうです。そのような時に我家の仏壇を見てすぐに決心され、仏壇とお位牌を整えられました。更に、もうお一方(ひとかた)もお位牌を整えられました。「信仰の共時性」と楳木先生より教えていただきましたが、自分が先に経験し学んだことを「この人にこのことをお伝えできるようにとのメシヤ様のお計らいだったのだ。」と思わせていただきました。
言葉を練る
 今までも「言霊」については御教えを学んで来ました。たとえば、『よく病気の苦痛はもちろん、諸々の苦痛に対して、祝詞または善言讃詞によって、偉効を奏することがある。これこそ言霊(ことたま)の偉力であって、善言讃詞を奏上するや、その周囲の霊界は大いに浄まるのである。特に今一つの重要事がある。それは言霊を発する人間の霊の清濁が大いに関係がある。すなわち、魂の清い者程、言霊の偉力は発揮されるのである。したがって、信者は常に魂を磨き、言霊を練り、上魂の人間たることを心掛けねばならぬ。「言霊の偉力」(昭和二十五年)』の御教えで、私は「善言讃詞」の言霊(ことたま)の偉力ばかり意識しておりましたが、メシヤ講座では、私たちが日常使う言葉についても言霊を練って話をすることに心がけること。
 また、「主之大御神守り給へ、幸倍賜へ」と唱えていくと、霊界が整えられていくこと。「メシヤ様」と正しい御神格でおよび申し上げることでお力がいただけること。練り上げられた言霊が天津祝詞であり善言讃詞であること。言霊を大切にし家庭の霊層界を整えていくこと。などをご教導いただきました。
万教帰一
 世界救世(メシヤ)教の誕生について『開教の辞(昭和二十四年二月四日)』で、メシヤ様より『地上天国こそ最後の目標であり、大規模な世界的破壊と創造に際し一人でも多く滅ぶるものをお救いになられるために神様の代行者として救世の大業を行われるのがメシヤ様でありその使命達成の機関が本教である。そして、どうしても全人類を救わねばならず、その救いは世界的に拡充する必要がある。したがって救いの力も決定的でなければならない。・・』(要旨)と御教え賜りました。
 どうしても全人類を救わねばならず、その使命達成の機関として行動するのがメシヤ様を仰ぐ教団なのですから、心あるすべての人たちが、今この激動の時期に際し、一部の幹部の人の意見を鵜呑みにすることなく、自分達で情報を収集し何よりもメシヤ様の御教えを信仰の規準として万教帰一とは何かを一人ひとりが考え行動することを切に願います。
 今まで学びを重ねてきて私なりに考えてみますと、『表現し奉る言辞もなく、文字もなく、ただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根源であると申すよりほかはないのである。(昭和二四年一月二十五日)【宗教と科学】』と、メシヤ様は主神様をすべての存在の根元とおっしゃっておられます。
 そして、この原稿を草稿している際に改めて拝読した御教えに大変感銘を受けました。「地上天国祭」の始まりともなった箱根神仙郷の雛型完成の際に、メシヤ様は次のように御講話されているのです。
 『見らるる通り地上天国の、大体箱根の模型はできたわけなんです。特にあの通り美術館も思い通りできたので、私は非常に満足しているわけです。大体メシヤ教というものは、地上天国を造るという意味で、最初の―つまり地上天国の模型を造るんです。で、世界の経綸は、すなわち神様の御経綸というものはおもしろいもので、ちょうど果物の種のようなものでして、まあ梅なり桃なりが、実そのものは世界なんですが、種がつまり中心になるわけです。中心ということは、今はっきり言うことはできませんが、種の中心にまた種の元があるんです。そういう具合でして、そうして世界をいろいろするには、一番小さい種が変わるんです。そうすると、ちょうど池に石をほおり込んだようなもので波紋を起します。そういうようなもので、世界を天国にするには、ごく中心の中心の小さい―そこをいろいろに変えるんです。いろいろ変えるというのは、天国を造るんです。で、天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから私というものは、世界のごく中心なんです。その中心というものはポチ(ヽ)なんです。で、丸(○)にチョン(ヽ)ですね。これが宇宙の形なんです。丸(○)が宇宙でして、チョン(ヽ)が肝腎なのであります。それが私の救いの仕事になるわけなんです。それは非常に神秘ですから、精しく話するとおもしろいんですが、まだ時期がそこまで行っていませんから、時期を待っているのです。なかなか、神様のことは深いんです。そこで地上天国を造るということは、それがちょうど石を投げて波紋を起すように、だんだん広がって行って世界が天国になるということになるんです。ですから、小さくても―単にこれだけのものでいても、これが非常に大きな意味になるんです。(以下略)』(昭和二十七年六月十六日)【神仙郷完成兼美術館開館記念祝賀式典御講話『御教え集』11号・昭和27(1952)年7月15日発行】
 昭和27年というご晩年のそれも神仙郷完成の時の御講話だけにより深く受け止めさせていただきたいと思います。天国を造る本尊様がメシヤ様で、○が宇宙でチョン(ヽ)がメシヤ様の救いの仕事である・・・極小さな教団メシヤ教がメシヤ様の救いの仕事を進めている。いずれ世界大の大きな波紋となっていくのでは・・やはり素晴らしい御神体を私たちはいただくことを許されたのであると思います。
 また、メシヤ講座で紹介のあった岸本英夫著「宗教学」には、一神教の神観について「神は宇宙の一切を無から創り出した創造者である。(略)神は人間が直接には見ることも触れることもできない超絶対的存在である。神は時間を超え空間を超えた超絶者である。」と書かれていますので、神観には共通するものがあります。
 「メシヤ様御降臨祭」で楳木先生より「施徳の最高位に浄霊を捉えていくならば万教帰一の在り方が見えてくる。浄霊があってこそ、それは実現するものである。浄霊の概念の広がりを意識しましょう。」と学ばせていただきました。
 浄霊を特定の教団の宗教行為に留めることなく、あらゆる人々がそれぞれの宗教、それぞれの生活の場で施徳の最高位と受け止め実践する。そして、一切の根源の主神様に心を一つにして真向かう姿勢ができた時に万教帰一が実現するのではないかと思わせていただきました。
 それでは、具体的にはと申しますと、私たち一人ひとりが、メシヤ様のご精神を学びお伝えしていく。御縁をいただいた方が「メシヤ様とより太く繋がらせていただけるように精一杯お世話させていただく」こと以外ないと思います。
 今年は新たな取り組みとして「ミニ・メシヤ講座」を出来る限り開催したいと思っております。これは御教えを学んでいただく機会を少しでも増やしたい、「メシヤ講座・三重」の学びを再確認し、また疑問点を洗い出す場を設けたい、との思いからです。
 幸いなことに昨年十月十日に開設したホームページ「メシヤ講座・三重」には、毎月の三重での学びをアップさせて頂くことができております。ネットを通じてたくさんの方々と学びを共有することができれば、嬉しく思います。
 これも、私に与えられた使命と自覚し今後も発信し続けたいと思いますので、皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...