2017年10月6日金曜日

覚りの旅 ~序章~ 平成29年10月



覚りの旅 ~序章~ 平成29年10月

メシヤ教在籍中に行った勉強会の内容ですので、「覚りの旅 ~序章~」として掲載いたします。 

(平成29年10月)

支部長代理代理挨拶

月次祭おめでとうございます。

今日は、お配りしましたのはメシヤ講座の資料で、今回から、メシヤ教のホームページを見られた方はお分かりかと思いますけども、学びの骨子を元に作成されております。骨子の内容を基に圧縮して、皆さんに少しでも内容を理解していただこうと作らせていただいたということですので、そういう意味で読んでいただきたいと思います。

この内容に沿っていきますので、順番に。

「はじめに」ここは私が読ませていただきます。


「はじめに」

支部長代理

参加者目線となっておりますが、骨子が専門的な目線で書かれておりますので、それを少しでも皆様方の目線に近づけるような書き方になっていると思います。

元々が高度な内容ですので、あまりにも簡単にするというと、ものすごく幅が広がってしまいますので、そういうわけにもいかないもので、ある程度のレベルを保ちながらということになりますけども、分からないところは質問していただければいいかと思います。


1.9月の学びとそのまとめ

支部長代理

ここで霊層界ということが出てきております。これは今までも何度となく出ておりまして、これがどんな御教えにも繋がっていく非常に重要な御教えでありますので、幸せになっていくためには、まず自らの霊層界の位置、聞いてなかった人はわからないかな?復習しますと、幽魂というのがありまして、幽魂というのは霊層界の180段の階段の中のどこかにいるわけです。そこでの上下、上がり下がりが現界に反映してきますので、霊層界の籍の位置を上げる事が現実世界での幸せに繋がってくるということを学ばせて頂いておりますので、そこが根本の学びとなってきます。

それで『神格をいただく道』というのが出てきますね。これは『入門と奥座敷』に掲載されています。amazonで買えますので、お持ちでない方は、またお買い求めいただければと思います。

『神格をいただく道』これはメシヤ教の信者さんは朝拝の時に拝読させていただいている御教えです。読ませていただきます。短いですので聞いて下さい。


『神格をいただく道』拝読

支部長代理

大体13項目位出てくるわけですけども、その内容を、この多くのこの課題に一つ一つ取り組んでいくことが神格をいただく道であるということで、幸せに繋がっていきますよということなのです。

それともう一つ、『天国的生活』これは夕拝の時に拝読させて頂く御教えです。


『天国的生活』拝読

支部長代理

この最後の『何事も人事を尽くしてあとは神様にお任せする』が大切になってくるかと思います。

それで、『主神様の分け御霊としていただいた魂が本来の神性を取り戻す』時というのが、この『神格をいただく道』『天国的生活』を実践していって幸せになってきた時だと、そういうことですので、そういったことを念頭に置いて拝読していただいて、御神業に取り組んでいただきたなと思います。


2.真の大乗宗教とその働きについて

(1) 真の大乗宗教、その停滞と隠された神意

支部長代理

これは先月『真の大乗宗教』という御教えと、過去のメシヤ講座とか御教えを抜粋したので話しをまとめております。『真の大乗宗教』というのは、ここにも書かれておりますけども、『宗教、化学、政治、経済、芸術、悉くを包含した超文化運動』というこでございますので、既存の宗教とは全然違うということでして、あらゆることに関わっています。芸術、経済、政治、そういった意味で、メシヤ教のホームページに、どのくらい前かな、“コラム648”というのもあります。そこには、こういった各方面の、経済とか政治とか、そういったところの、我々が知らない、知らないけども真実はこうだよということを、全然宗教的ではないように周りから見えますけども、ここに関わってくるわけですね。超宗教、超文化運動でございますので、そういった意味合いも込めて、そういうサイトの中にページを立ち上げておりますので、また興味のある方はそういったところも見ていただければ有難いかなと思います。

何か分からないとかあったらその時言って下さいね。


(2)これからの真の大乗宗教、『世界救世(メシヤ)教復興』について

支部長代理

この最後の『人間の考えと御神意は違うもので、その人の天職使命は霊層界で決められる。』これはメシヤ様御自身がこのように御述べ下さっていますし、おそらくメシヤ様御自身のこと、当初観音教団を立ち上げた頃の御話しで、元々は商売をやられていたわけで、それが商売を人に譲って御神業一本に専念せざるを得ない方向に進んでいったという時の頃で天職使命があったという、これはメシヤ様のみならず、我々にも天職使命があるわけで、そこを自覚して進んでいくことが大事になってくるかと思います。そして、楳木代表はメシヤ様がお亡くなりになられてから五日後に生まれてるよ、そこに因縁というものがあるんですよということです。


(3)万教帰一に備えて

支部長代理

次に「御釈迦様やキリストという聖者、それから縁のある霊性の高い方々も、この万教帰一の時に際して、馳せ参じることは、間違いないことでしょう。」とあります、本当にいろんな信者や先達の皆様方が働いて下さっておられるということを最近特に感じるところです。


(4)大浄化の時代に備えて

支部長代理

この御垂示が「浄化は最大の報酬」だと、これは御教えで出てくるわけではなくて、御垂示としてメシヤ教がいただいたものですけども、本当に御教えに照らしても間違いないことだと思います。

浄化によって霊が浄まれば霊層界、先ほどの霊層界の話しで幽魂の籍が上がっていけば幸せになっていきますので、それには階段を上がるのに浄化が必要だということなんです。人間側にとっては辛い話しなんですけども、霊層界の階段を上げるのに御霊が浄まっていかなあかんという、それはその魂浄めるのに病気ばかりでもなく争いとか、家庭内の不和だとか、いろんなことが浄化でございますので、そういったことを乗り越えていかないと、なかなか霊層界の籍、階段を上っていくということは難しいんですよと、だけど上がらせてもらうと魂が浄まっていくということで、これが『最大の報酬』なんだと、これは本当に有難い御垂示だと思っております。


3.『世界救世(メシヤ)教教義』について

支部長代理

教義、祭典の時にはいつも読ませていただいております御教えです。

他の教団の方々、救世(メシヤ)教教義というのは、こういう祭典の時には読んでませんか?

参加者

いつもではないですけども、大きな、新年のときであるとか、そういった時に読ませていただいてます。

支部長代理

ああ、そうですか。これは教義ですから、一番の元ですよね、どう考えてもね。教義というのですから。世界救世(メシヤ)教教義ということで、改めて読ませて頂きます。

『世界救世(メシヤ)教教義』拝読

支部長代理

『人間を神の代行者とされ給う』というのは、この『救世(メシヤ)教教義』の一番の肝ではないかと思います。

教主様のお話ですと、誰もがメシヤであるように受け取れないでしょうか。何でかなと思った時にですね、ここかなと思うんですよ。『人間を神の代行者』神様は直接じゃなくて人を使われるわけですから、メシヤ様の代行者でもあるわけですね。我々はメシヤ様の御弟子であるわけですから、そこを突き詰めて、言いたいのかなと思ったりするんです。表現が複雑ですとなかなか真意というのが伝わらないかなと思いますし、キリスト教的な話し方をされてますよね。横の働きをされてるのかなと思います。この次のステップと言うんですか、世界救世(メシヤ教)復興されたその次の段階においては世界へ発信していく。世界的になっていかなければいけないというのがありますのでね。

今世界を見るとキリスト教の世界でありますね。キリスト教がほとんどですね。そういったことを考えると、今ああ言ってキリスト教的な発言をされてるというのもですね、ちょっと先を行っているのかなとも思えます。

今の我々の教団の、日本てね、メシヤ様の教団がいくつにも分かれている、こういう状態においてですね、世界的な発信をされてるというふうにもみえますし、全てがメシヤだと。神様の代行者であるというように仰ってるのかなと私は思いました。

横の働きと霊界では縦の働きをされる、楳木代表が縦の働きをして、縦と横で世界救世(メシヤ)教を復興していくと、そういう働きを担っておられると思いますので、何らかの大きな働きをなされるのだと思います。

メシヤという言葉を何年も前からお使いになられております。このメシヤ(救世主)という御存在を知らせておられるのだと。奥にある神意というのをくみ取っていかなあかんのかなと思います。

それで、何か分かりにくいところとかありますかね?

骨子というのは霊界、神界からのポイントをしっかりおさえて作成されておりますので、学びのポイントというのは落としてないので、大切な内容が書かれております。本来はその骨子の方でしっかり学んでほしいわけですけども、読みきれずに途中で投げ出してしまうともったいないことですので、やさしい資料を作成することになったわけです。

どうかな、骨子読んでないと分からんか…。


6年周期

ちょっと違う話しになりますけども、因縁とかという話しがありまして、メシヤ教と、昭和の時代のメシヤ様の御作りになられた教団との比較的なもの、重要な節目節目が6年周期であるということを聞いたことない?

昭和3年に治療を始めた。昭和9年に上野毛に移られて、また6年の昭和15年…大事なことを書き忘れてるね。昭和3年、9年、15年、21年、昭和21年でみろくになるという御教えがあるんです。

6年周期って、何かきっと関係あると思って見とったら、2000年メシヤ教の開教、第二の開教と言われてますけども、それが平成12年、2000年なんです。2006年世界救世(メシヤ)教の復興事業を開始したと、その6年後にね。2012年これは新本部竣成、6年経って。次の6年といったら2018年、本祝典。大きな節目節目というのが同じように6年周期できているんだなと昨日思いました。これは私が思ったことです。


参拝の仕方

ここへ書いてあったのは、今日参拝するのに…、初めてじゃないね、この前参拝して分かってるんだね。メシヤ教では、御神名を1回目は先達、2回目を全員で奉唱させていただきます。奏上というと、神主さんが祝詞とか奏上しますね。奉唱と言ったら頭の中で覚えてるのを奉唱。御神名のところは奉唱なんですよ。救世(きゅうせい)教だったらね、初めから…。揃わないでしょう、前と後ろの方と。やっぱり順番にずれていったりしますね。

あっ、今度合唱しますけども、きちんと揃えばいいんですけども。

浄霊する時、手を合わせる時には、メシヤ様御浄霊をさせていただきますので御力を賜りますようお願い致します、ということをメシヤ様に繋がっていく御浄霊をさせていただくということで、祈っていただけるとありがたいかなと思います。


学んだら実践を

参加者

あの、少しよろしいでしょうか。皆さん、しっかりと御教えをいただいてる方ばかりで学びは十分してらっしゃると思います。そして向上とか御神格、そういう学びもされてますから信者として当然のことですけども、メシヤ講座をしてらっしゃる以上、数段も向上してらっしゃると思うんです。そういう御教え、学びをいっぱい頭に詰め込んでいらっしゃるんですけども、その学びをどういうふうに持っていったらよろしいかということを考えた方がよろしいんじゃないかなと思います。頭でっかちいっぱいで、御教えがいっぱいで、やぶけるぐらいだと思います。

御光は地球大に拡がっておりますし、そして光は満々と満ちておりますので、やはり私たちの目的は、人生の最大の目的は人の愛をかける事、御浄霊で人を救わせていただくことは私たちの使命でございますね。その使命を少しなりとも全うしていかないといけませんから、この究極の厳しい時代に入りましたから、やはり心掛けて、少しなりとも人様を救わせていただくっていう心掛けを、毎日、日に日におもちになって、隣にいるちょっとした方、苦しい、ちょっとすぐ手をかざせる方、そういう魂、そういう習慣をおつけになった方がいかがかなと思います。

ただ最近は殊に霊界で立てわけが決まっているようで、善悪霊界ではっきりしているそうですね。だからそういうことからして御浄霊対象者があまりいないんです。私も今まですごくさせていただいたけども、ほとんど声かける方がいなくなったんですけども。声をかけても「はい、受けます」といっても1回2回で。奇跡頂くと、すぐ「はいさようなら」が多いんですよね。だから教会にお招きするというところまでいってないんです。

皆立て別けの部類に入っているから、そういう救われるべき人を救いなさいとメシヤ様は仰ってらして、救われない人をいかほど愛をかけてもだめだってことも仰ってらっしゃって。人類最高の目標にそぐわないから救われるべき人を一人でも多く救いなさいということを仰ってますから、そういう御教えを生かしていただいたら、どうかなと思います。

直接御浄霊ができなかったら、気になる方、親戚の方、昔のお知り合いの方、想念浄霊が一番、そういう意味で神様がどこへでも、地球の裏側まで届く想念浄霊をおつくりになりましたから、どうぞ心掛けて、想念浄霊をなさるように心掛けて、どうかなと思います。知らない方にも送れますし、タイとかイタリー、アメリカにもさせていただいて届いたんですよ。だから奇跡出ておりますので、そういう意味でね、国外は元より国内の方々どなたでもすぐ救う技をいただいてますから、それをいかされましょうかね。

参加者

そうですね。

参加者

そうしていっていただきたいと思います。

支部長代理

ありがとうございました。

〇〇さんは、随分奇跡を頂かれている方ですので、また直会の時にでも、そういった体験談をお聞きになっていただいて、学びとしていただきたいと思います。よろしくお願い致します。

他何かありますか?

参加者

ここ気になるなあとか、御浄化で誰か…。

支部長代理

やっぱりね、大浄化時代時代ということで、浄化が非常に厳しくなってきておりますので、先ほどの、私どもが頂いている御垂示です。『浄化は最大の報酬』ということも、それを分かるうえで霊層界の御教えというのも、これも何回も何回もやらないと分かってこないんですわ。現実世界と非常に対応してくる御教えでございますので、ここの霊層界の御教えだけは、しっかりと頭に入れおいてほしいなと思います。

それから、6月15日に日の神様をお出し申し上げたと。これは6月15日にメシヤ降誕仮祝典を執り行わせて頂きました。

昭和の時代は、メシヤ様が主導されて、神様が主導されてやろうとされたわけです。ところが『メシヤと呼べ』と仰ったにお関わらず、人間側の方でとても無理ということで、結局『明主』様にまた戻してしまったわけです。これは人間側がやったわけです。そういったことがあって神様を押し込めてしまったということが、今の時代、夜の時代を引きずってしっまったということに関わってきますので、ここを改めていくということで、6月15日に人間側の手で降誕仮祝典ということを行わせていただきました。

今度は本祝典という事に繋がっていきますので、これも我々、人間側の手でメシヤ様の降誕、お出まし頂くという、お出ましいただくというてもピンとこないと思います。ピンとこないですけども…。いつでもメシヤ様はおられるじゃないかと、そういうことではあるんですけども、働きなんですね、神様の働き。御神名というのも働きでありますので、現界で大きく働いてもらうには、そういう型としてではありますけども、メシヤ降誕本祝典ということが必要になってきますので、それを人間側の手で、皆でやっていこうと、そういうふうな動きになっておりますので、ここに集まられた方は、皆さん『天職使命』があって集われていることだと思います。それはメシヤ教の信者さんのみならず、他のメシヤ教に属してない方であっても、もとはメシヤ様に繋がるということでひとつだと思いますので、それで『メシヤ降誕本祝典』に向けて、本当にできるかどうか分かりませんけども、ハレルヤコーラスというのを練習させていただこうということでテープ、CDを作って下さった方がおりますので、午後、僕も音楽のことは分からないんですけども、皆さんで話し合ってもらって、どういうふうに練習していったらいいかという話し合いの場をもっていただけたらありがたいかなと思います。

ハレルヤコーラスの意味合いというのは、メシヤ様が本祝典の時にこれを、NHK交響楽団で演奏するということを、男18名女18名で合唱するんだということを言われたことを受けてのことでございますけども、やれるだけのことはやらせてもらうということです。

『メシヤ降誕』の時に際しての、メシヤ様を称える歌になっておりますので、歌詞の意味がね。そういうことを踏まえて皆さん精いっぱい練習していただければと思います。

司会者

以上をもちまして10月度月次祭を終わらさせていただきます。

一同

ありがとうございました。

2017年9月8日金曜日

覚りの旅 ~序章~ 平成29年9月


<今月の御教え>
『真の大乗宗教』と『信仰の合理性と再浄化』他
 

支部長代理
月次祭おめでとうございます。よろしくお願いします。
 
今日は、『真の大乗宗教』と『信仰の合理性と再浄化』を学ばせて頂きたいと思います。
皆さん資料をとっていただきましたか。
御教えは神様のお言葉ですので、床に置かないようにお願いします。
 
『真の大乗宗教」と『信仰の合理性と再浄化』拝読
支部長代理
今回は『真の大乗宗教』ですが、先月もお話しましたね。その前もやりましたね。何度となく出てきてますが、今学ばせて頂いている御教えというのは『霊層界』にしろ、根本的には霊層界という御教えが今の時代に一番必要な御教えであると思っていますし、今拝読させていただいた『真の大乗宗教』それから『信仰の合理性と再浄化』というところでは浄化が大変厳しくなってきてますので再浄化の意味合いというのが分かっていかないといけないということで、こういう御教えを学びましょうということでやっております。
それで骨子、テーマというのを出しておりまして、学びの骨子を本部のホームページの方に掲載しております。今回印刷させてもらったのは本部の月次祭の時のメシヤ講座を印刷させてもらってるわけですけども、参加してもらう人には前段で本部のホームページに掲載されている、この学びの骨子というところを読んでおいてほしいなと思います。
今回は読んで来られなかった方もいると思いますが、次回からはよろしくお願い致します。今回は大乗、小乗について御教え等に基づいて骨子が掲載されたおります。
 
『善悪の真諦』
図1
支部長代理
この図(図1)も以前見ていただきましたね。世の中には善と悪があると思いますが、絶対善と言いまして主神様はここの位置におられます。
我々はこの位置ですね。善もあって悪もあるという位置なのですが、この位置から主神様の見方を伺って対応するのはここの場所で対応していくということですね。
ここが現界になるのですね。そういう状況で、
【御垂示】
『神様の御神意を汲み取って物事を判断し、その対処として人間の階層にとってベストと思われる事を探っていけるようになってもらいたい』
これは前回も学ばせて頂きました。
 
観音講座に『善悪の真諦 昭和10年8月25日』という御教えがございまして、そこではこのような図が掲載されております(図2)。
図2
『完全なるものを造るために意志の違った二つのものを出して競争させた』善と悪、意思の違ったものを出して競争させたと。
『善と悪との一段上に真があるのである。』真というのは『善悪一致、善悪合一』ということで、ここの部分、これを『真』
『この善悪(経緯)が結合したものゝ中心が真であるから、善でも悪でもなく、光明世界で如何(いか)にするかと言えば、我光明世界の人間は真を行うのである。』
主神様は善も悪も包含しておられますね。その上での絶対善であるということの説き方は御垂示と違いますけども意味合いは一緒だと思います。これで言うとここが真ということですね。
観音講座を拝読していてメシヤ教に頂いている御垂示とメシヤ様の御教えは符合していると思いましてお話させて頂きました。
それで骨子の中で御垂示で指摘がございました。それがこの「世の中は未だに小乗者の世界であるから・・・」の箇所ですが、詳細はホームページでご確認願います。
 
骨子に関して楳木代表からのメッセージについて
支部長代理
資料の箇条書きの部分です。
『霊層界』という御教えについて触れられておりますが、『霊層界』の御教えというのが基礎となっていますよ。という話をさせていただきました。このように繰り返し出てきます。それだけ重要な御教えであるということです(図3)。
図3
霊籍ですが、人間の霊というのはここのどこかに籍をおいているわけです。天国、八街、地獄の60段、60段、60段の180段あってここのどこかにいるわけです。仕組みですが主宰神から幽体に対し命令が下るのですよと。幽体は霊体を支配しています。霊体は肉体を支配しております。人間死んで肉体から霊体が離れるとこの霊層界にある幽体と一体となります。生存中は霊体は現界で肉体といるわけです。
赤の部分というのはこのどこかに在籍していると。この霊層界を上げていくことが大事なのですね。この霊界そのままの状況に現界がなってくるということをまずは分かってほしいのです。御神業をしていく上で特にそういったことが必要になってきます。
 
『人間の運命即ち幸不幸は、幽体の居点である霊層の階級によるので、それは実に決定的である。
霊層界と人間 『明日の医術 第三編』昭和18年10月23日』と、御教え頂いております。
先程も言いましたが、主宰神が幽体に命令して幽体が霊体に反映して霊体が肉体に反映して肉体が動く。そういう仕組みになっておりますので、自分たちが自分の意志で動いているように見えても幽界の方で指示があって体が動いているので、無意識にさせられているということもありますし、無意識に喋っているということもあるかと思います。「あれ、こんなことなんで喋ったんだろう。」ということもあるかと思いますけども、そういう場合ですねここ、幽界で働いてくださっているということだと思います。
 
今、この時期は大変な時期でして、神界霊界の方で過去にも教団から離脱するということが多くありました。その離脱したということが、元にいる人たちから見れば悪のように見えますが、そうではなくて、今この現実世界のために必要性があることだったのだという捉え方ですね。先程の善と悪の見方ということが分かっていかないとそういう仕組みということが中々理解していけないとは思います。片方の見方だけではいけないということですね。自分は善と思って一生懸命やっているけども向こうから見れば悪なんですね。さっきのこの図です。何回も出てきます。こういう世界にいるのだけども自分は善をやっているように見えてもこっちから見たら悪になりますよ。そういう観点なのです。
 
そういえば丁度メシヤ講座・三重のこれは平成27年ですが、『大乗の善は小乗の悪』『小乗の善は大乗の悪』という学びがありました。この方がわかりやすいかなと思いますので読ませていただきます。
 
『大乗の善は小乗の悪』『小乗の善は大乗の悪』
“楳木代表:
それで冒頭
『元来仏教は、小乗が本来である事は、以前私はかいた事があるが、小乗である仏教の中にも、大乗と小乗のある事を知っておかねばならないのである。』
これは仏教自身(メシヤ様の御解説ではないもの)を読んでいきますと小乗仏教というのは「出家しないと救われない。悟りが開けない。」そういう世界のことを言います。
しかし、大乗仏教では出家しないでも在家で悟りを開いていける。或いは救いがいただけると解釈しておりますので、メシヤ様が御解説してくださっている内容と一般的な大乗小乗とは少し違います。
メシヤ様の捉え方は非常に幅が広くて、例えば太陽系を考えてみますと、太陽系は太陽から熱が放射されるのと同時に太陽風というエネルギーが放射されております。
それで太陽風は地球の空気を剥ぎ取ってしまいます。しかし有難いことに地球には磁場がありますのでその磁場に当たって太陽風は分かれて飛んでいきます。この磁場のない星というのは剥ぎ取られてしまって空気が無くなっているのです。
地球は磁場があるために大気が剥ぎ取られないので、私たちはこうして空気を吸うことができるわけです。そういうことを知ると磁場に感謝しなければいけませんね。
惑星にとって太陽風は怖い存在ですので、小乗的に考えると〝悪″になってくるわけです。
しかし、それ(太陽風)が太陽系の一番外まで行きますと・・・銀河系の中心から流れてきている宇宙線というのが来ておりますが、この宇宙線というのは私たちの体を通過した途端に分子に分解されてしまうほどの強力なエネルギーが来ております。これが来てしまいますと地球そのものの生命が全部消えてしまいます。これを太陽風が太陽系の一番外でくい止めているのです。これが〝大乗の善″になるのです。しかし小乗から見ると〝悪″なわけです。
こういう関係をメシヤ様は説いてくださっておりますので、『大乗の善は小乗の悪』なんだと、しかし『小乗の善は大乗の悪』なんだということです。そうかと言ってこの太陽風をくい止めるということを仮にした場合は、今度は宇宙線が入って来ますので、我々の存在はなくなってしまいます。
このようにこの世の中は、『大乗の善は小乗の悪』『小乗の善は大乗の悪』という関係で成り立っているということをメシヤ様は他の御教えで説いておられます。そういうことを一緒に考えながら本日のところを拝読していただくと良いと思います。
こういうことを知っただけでも自分たちの人生観というのは果てしなく大きい、太陽系全体を考えて行くという人生観になっていきます。”
 
支部長代理
なぜこれを持ち出したかと言いますと、スーパーフレアの襲来というニュースがありましたね。今日だったかな?
 
参加者
今日の3時頃から・・・
 
支部長代理
テレビでやってましたね。太陽風の話ですので、ピッタリかと思いまして。太陽の黒点というのが天照皇大御神様の勉強をさせて頂いた時に、太陽の黒点が重要だという話をしましたね。黒点が ⦿ の力であるという話で御神体自体が丸○にチョンヽ太陽の黒点を顕しているということもあります。
 
私が気になったことで、これは聞き流してくださって良いですが、代表が亡くなられた頃、3月7日から22日連続15日間太陽の黒点がゼロになっています。ニュースで取り上げられて結構話題になりました。後から調べて分かったそうです。
代表が眠られている時に黒点も眠っていましたということかな。聞き流してください(笑い)余談です。何でも繋げたら良いってものでもありませんが、私はそういうように受け止めましたよ。という話です。
 
『苦集滅道  道法礼節(栄光百二号  昭和二十六年五月二日)』より
支部長代理
骨子の中に、苦集滅道ということが出ておりました。『苦集滅道  道法礼節』という御教えがございます。『苦集滅道』と『道法礼節』というのはセットで御教え頂いているのですね。
『苦しみが多いと道が失われる。人間誰しも苦しみが多いと自暴自棄になるばかりか背に腹は変えられない式で道に外れる事をするようになるうものである』
『健康が元である。健康人を増やす事こそ問題解決の鍵です』
『道とは道理に叶うこと、それに外れると人間同士の悶着家庭不和社会秩序が乱れる』ということで道は大事ですよ。
 
『道法礼節』の法、神の律法。この前『神の律法』は学びましたね。目に見えない絶対犯すことが出来ない。神律を犯すと諸々の災い、刑罰がありますよ。ということを学びました。法というのは人間の為すべき事、守るべき事はチャンと決まっているのですよと。そういうことを守っていくと順調に栄えていきますということですね。
 
その次の『礼節』これも御教え頂いているのですね。
『真に礼節を弁えているものは十人に一人もない』『今一層向上して貰いたい』
『現在は悪平等的行き過ぎ自由主義で師弟の差別さえない。軍隊式も困るがズンダラでも困る』
 
支部長代理
要は『程』を守れということですね。ここでも以前学んだことが出てきましたね。学ばせていただいている御教えが全部繋がっている。関連しているのだと思ってください。
 
『道法礼節』の『禮』ですが、旧字では示偏に豊かと書くのですね。旧字の方が意味を理解しやすいのですよ。豊かさを示すことが禮なのですよ。
メシヤ講座・三重からお話しますと、
 
“楳木代表:
うん、示編に豊。豊かさを示す。と書いて禮と読む。というのは、物質的な豊かさだけでなくて、心の豊かさだね。だから、気分の良い時には、「最近ふくよかになったね。」と言っても、「そうですか。」と言っておれますが、ちょっとイライラしていると、「ふくよかになったね」と言ったら、「それって“太った”ということですか!」と「私に対して、そんな目で見てるのですか」という風に言いかねないわけなので、やっぱり、禮を尽くすということに繋がっていきません。だから、物質的にも精神的にも豊かでないと禮を尽くすことは出来ないのです。
それから、禮節の『節』は節と書くので、節というのは、メシヤ様は竹を事例に挙げておられます。竹というものは、中は空っぽだけど、非常に強くて、しかも、しなやかなのは節があるので、そういう力強さとしなやかさを生んでいる。だから、日本人はそういう意味で節目、節目を大事にして生活を送っているのだ、と御教えくださっております。”
[メシヤ講座・三重 平成27年6月度]
 
 
支部長代理
気のついたことを話しておりますので、あちこち飛んで申し訳ないです。
ここでも霊籍の向上ということで『霊層界』の御教えが関わってきます。180段の階層のどこかに自分の幽魂がいるということを意識していただきたいと思います。
 
支部長代理
この観察しているというのは仏教でいう、自分をよく観察する。ということを御釈迦さんが説いておられます。そういうことを言っているのですが、しかしそういう時間は現代にはないのですよ。そんな時間ないでしょ。と言っておられるのは代表ですね。ここに書いてあるのは代表のメッセージですから。
 
支部長代理
仏教で禅問答とかあるでしょう?要は教えを掘り下げすぎて小乗になっているのですね。小乗仏教の話ですが、仏教というのは教えが難しいのでいろんな派ができて分かれていってそれぞれ別になってしまっていますね。そういう教えの解釈が難しかったのです。これはですね。御教えも解釈を難しくするとそういう分派を生みかねませんので『真理は一つだ』ということでわかりやすく話していくことが大事かなと思います。
 
【御垂示】
・天津金木の上に向かって立っているのが縦(霊)、四方向に広がっているのが横(体)で縦と横を一つに結ぶ力、そして結ばれた縦横両方の動き、それが神様の表れなんだから御神体とされていたのもこれで分かると思う。
 
支部長代理
天津金木ですが前に出てきましたね。ご存知ですか?十文字でこう立っている(図2)。立っているところが縦。上から、天界から○をお書きになられたのを書いたのを見た場合に真ん中が十字になっていますね。この棒を中心にして回転すると四方の棒が円を描きますよね。真ん中はそのままの位置で回転する。その回転を我々人間側から見たら左進右退ですよね。御神体を拝してください。
図4
【御教え】観音講座  第一講座  主神の御目的と天地経綸の真相 昭和十年七月十五日
『天津金木と言う学問と云うよりも鍵がある。是があらゆるものゝ根本である。言霊、天文、地文、易、予言等の根本なのであるが、是を教え様とする人が未だないのである。古事記の中の稗田阿礼が勅命により口述したのである。 天津金木は上の様な形のものである。』
 
支部長代理
ずいぶん丁寧に御垂示頂いておりまして、本当に神界からメシヤ講座をやってくださっておられるように感じませんか。これからはこんなに出てこないと思いますが、今回は今後のメシヤ講座の進め方を心配してくださっておられるところがございましてここまでご説明をしてくださいました。
 
支部長代理
それから『日と月』の御教えをやりましたが、それも『霊層界』の御教えに繋がっておりました。今回の『浄化作用』ということも先程からの話のように『霊層界』ということに深く関連しておりますので、今まで学んだことは全部繋がりがあってやっているのだということですね。
ですから継続して学びを深めていって今後、当面の目標としましては3月3日にメシヤ様を現界にお迎えさせて頂くという使命がございますので、そういったことを担わせていただけるようにここには『利他愛』ということも書かれておりましたが、『浄霊』は『利他愛』であります・・・他の人のことを想って御浄霊を取り次ぐということは『利他愛』ですよね。それで相手が救われていけば『霊層界』の霊籍が向上していくと、そういうことによって地上天国における住人となることができる人が増えていくと・・・そういった人を増やして行きましょう。
我々には世界救世(メシヤ)教を復興するという課題を頂いておりますので、それがどういう形で実現していくのかはまだわかりませんけども、そういったことを目標に進んでいきたいと思いますので、今回の学びも以前からの学びも復習していただいて今後に繋げて行っていただきたいと思います。
 
全国連携し深い学びを
支部長代理
結構時間になってしまいましたが、何か質問がございましたら分かることは答えさせていただきます。分からなかった場合は、これからは他の支部とも連携をとりながらそこでの課題とか学びあったこととかを出し合って全体として学びを深めていきたいということもございますので、何かありましたら言っていただきたいと思います。
 
難しかったですか?難しくなかった?どうでしょうか?
本当はもっとお話したいこともあって、御浄霊の急所に関することとか、時事ネタとかですね。
あっそういえば○○さん、この前他の支部長さんと話たのですけども、急所の話ですね。肋骨の一番下の骨は三角形になっていますよね。その端と端を結ぶと三角形になりますのでこれの真ん中でしょうと。
 
 
【御教え】本医術の施法
 
『今日の日本人で、この腎臓部に毒素溜結のない者は一人もないといってもいいのである。そうしてこの毒素は有痛と無痛とあるが、無痛が多いのである。そうして最も重要なる個所としては、脊柱と末端の肋骨との中間即ち三角形を描けば、その中心点にあたる所及その下方である』
[明日の医術(再版)第二編 昭和18年2月5日]
 
支部長代理
どういう三角形なのか、解釈に悩んでね。
 
参加者
私が悩んでたんです。
 
支部長代理
脊髄と言ったら先祖からの霊的な流れるものがあるので、そういった場合は脳天からズーッと下りていくと御教えに出ていますが、そういた急所を探す御教えを拝読させていただくとともに、「薬理学」薬理学というのは薬はどういう経路で体に影響をするのか、そういう副作用があるのかということですね。自分たちは飲まないようにしていても浄霊をさせていただく相手は飲んでいたり手術を受けていたりする人が多いわけですから。そうした場合、既往歴とかどういうところに薬を入れているかとか、手術したところとかを聞いたりして、その薬はどこに溜まりやすいのか。とか霊の曇はどこにあるのか。ということを発見しながら御教えと照らし合わせながらそういう薬理学のことも調べていく。それから「生理学」ですね。体のしくみということが書かれています。そういったことも参考にしながら急所というものを発見していくように代表から教わってきたわけです。今の時代、急所急所と言いますが想念的なこと気持ち的なことが結構大事なことがありますので、そうすると初めから急所ってことではないと思いますが、相手の症状をよく確認しながら浄霊させていただくことが大切になってくると思います。
人によっては浄化の度合いをよく見てあげないと問題となってしまうこともありますので、その辺を注意しながら取り組んでいただきたいと思います。
 
『祖先の罪穢は脊髄を中心にして来る。祖先―頭―脊髄―尾―子孫。我々は現在子孫だから尾である。男も女も皆子孫であるからこれより来ているのである。この脊髄へ流れて来た罪穢は下へ降って方々へ行く。頭、目、鼻、心臓、腎臓とどこへでも行くのである。脊髄は万病の源である。
万病は自然に癒るが、それにつき痛み、熱、痰、毒血を吐く。腫物、下痢、毒血の下るのは赤痢であるから毒血が出て終えば一日位で癒る。罪穢は脊髄の三分の一位の所と尻へ出て来るのが普通である。』
[第七講座 病気及絶対健康法の原理観音講座 昭和10年]
 
神界と現界の共同作業
支部長代理
メシヤ教は今、神界と現界の共同作業で進んでおります。そして代表が霊界で働いて下さっているということもあり先達の先生方がお働き下さっているのは間違いないようです。
 
参加者
後になってから分かったことであって、その時には気づかないのですよね。
 
支部長代理
分からない。動いている時には分からない。行動している時には・・・。ある先達の先生は御教えに非常に精通されておられる方でした。私がメシヤ教に縁を頂く前にその先生から「御教えは神の言葉であって絶対である」ということで、御教えの学び方の基礎ということをその先生から学ばせていただきました。それで、御教えを現実世界にどう適用していくのかということを楳木代表より十年にわたって学ばせていただいたのが、メシヤ講座なわけです。
人間生きている上で師と仰ぐ人が何人かあると思うのですが、そういう時にその人に適した人が先生として任命されて教えてもらっている。そういうことが私にも言えるのではないかなと実際に思ったのです。他にも感じたのは例えば○○地区の人とこの前話して思ったのは、共通した○○先生という方の名前が出てきまして・・・
 
参加者
お名前しか知らないのです。古い方なので。
 
支部長代理
前の教団の時にお世話になった先生なのですが、すでに霊界に行かれていますけどもきっと働いてくださっているのかなと。話している中で共通の「あっその先生知っているわ」ってありますでしょう。そういった全然接点が無かったように見えて霊界でいろいろ働いて下さって御神縁が繋がるようにして下さっているのではないかなと、そういったことを感じます。
それからいろんな神様も仏様も神界にお上がりになられるとかいろいろありますので、そういった動きがあるようですので、私は見えないのでわかりませんが。
この前もお話しましたが、近所の産土神社で急に整え始めるのです。そういった動きがあるのですね。神様のことをわかるように資料を置きだしたり、来た人に配り出したり、参拝者名簿を整えたり、植樹を始めたり、いろんな動きが神界で起きているのだとそれが現実世界に反映してきているのだということを感じるのです。
だからみなさんもそういったことを感じることがあったら教えてほしいなと思います。きっと何等かの繋がりがあると思うのです。
 
 
支部長代理
それから一日祭を支部で執り行っております。一日祭の後勉強会もさせていただきたいと思いますので参加される方は連絡をお願いいたします。
それから大黒様をお祭りしておられる方、甲子(きのえね)の日ですが、10月4日、12月3日です。60日に一回ですのでお忘れにならないように祭典を執り行わせていただきましょう。
 
司会者
以上をもちまして月次祭ならびにメシヤ講座を終わらせていただきます。
 
一同
ありがとうございました。

2017年8月11日金曜日

覚りの旅 ~序章~ 平成29年8月

 
<今月の御教え>
『日と月』、『大乗たれ』、『大乗と小乗について』、『程とは』

『日と月』御教え拝読して
支部長代理
本日は盛り沢山の内容であります。ここにお配りいたしましたのは、『日と月』『大乗と小乗』の御教えです。『大乗と小乗』はこの前学びましたね。今からの話の中にも出てきますが、後でしっかり読んでおいていただきたいと思います。
月とは突きであって夜の世界、月の働きで戦争に通ずるものがあります。古代は剣で突き合いました。交際することを〝付き合う〟と言いますね。突き進むと勝利となります。
その反対が日であって、引く、ヒキ、ヒク、退く事、昼の世界、多くの人を引き寄せる、陣を退く、敗北する、腰を低くする。風邪をひく。そして負ける、謙譲を良しとする。ということが御教えであるわけです。(図1)
図1
一方御垂示ですが、今の御教えを念頭に置いて聞いていただきたいのですが、「ヒキの姿勢一つ取って見ても日が出ていない状態でヒキを目指しても善に味方する力が弱いとボコボコにやられてしまうだけで、結局は自分も突きの姿勢でいなければやっていけない、結果として御教えに沿った生き方は出来ないという事をお話になっていて、善に味方する力が現界に作用しないと夜の癖を溶かす事は現実的に困難」この日が出ていないというのは、6月15日に天照皇大御神様をお迎えできていない状態でということです。
人間の集まりというのは社会であって世界でありますので・・・今の話から飛ぶように見えますけども浄化ということの理解が必要となってきます。
浄化というのは夜の夜の癖を溶かすことであって自らの魂の力が発揮できるようになる。浄化によってね。そうして自らの魂の力が発揮する人が多くなれば地上天国に近づいて行くのですよと。
これも御垂示ですが、「今まで「体の体」に」、体の体とは現界です。「日が現れなかったので奇跡を頂く事が難しかった。これからの御教え拝読というのはお出ましになった日の力を」日の力とは天照皇大御神様「意識することによって今まで以上に違ったものが見えてきます。」ということです。
 
『大乗と小乗について』昭和28年6月1日
支部長代理
次に大乗と小乗についてですが、昭和28年4月25日の御教えですが、
『救世(メシヤ)教は大乗でなければいけない。自由でゆったりとした気持ち。それが神様の思召しに叶うのですよ』ということで『神様は小さな欠点はとらない。この人間は一人でも多くの人を救うか救わないかという手柄を主にする』この人間とは私たちですね。7つの働きがあって3つの欠点があるとしたら、欠点はとらなくても差し引き4つのプラスになるので御守護が大きのですね。多くの働きをすれば欠点を補ってくれるということですね。それで小乗信仰というのは自己愛で自分が救われようとするのです。大乗信仰というのは苦しんでいる人たちを救わなければいけないという念願、思いがありますので、本当の信仰なのですよ。ということで、人を相手にせず、神様を相手にするように神様にお気に入られるようにしていきたいものです。今のも御垂示ですね。
 
次も御垂示です。ちょっと分かり難いかもしれませんが、「周囲も地獄の人なら自分もそこに身を置く。自分も周囲も上魂にしていかなければいけません」ということで、世界の中の国であって、国の中の地域であって地域にいる家族であって、家族を構成している自分でありますので視点を世界に向ける。道理や理屈だけでも考えるのは世界を視点において考えてください。ということで、まずは視点を世界に持った上で「自分の置かれたところで縁ある人々を救ってください。救われた人がまた縁ある人を救っていくのです」ということで、自分の周りの人を救わせていただくことで世界を救うことに繋がっていきます。「自分が身を置く世界の人たちが幸せにならないと自分も天国の住人になれない」ということと、もう一つ、「自分だけ富を搾取するのも階層としては下」なんですよと、「上魂者であれば他の人達のために何とかしようと自然と奔走するものです。そういう人間の集まりが地上天国なのです」という御垂示をいただいております。
「魂の籍を上にということで、天国の住人になりましょう。そうすると現実も変化してくるのですよ。ということで次に生まれた時、今以上に昼の世界になっておりますので上魂の人の集まりの世界で生きるようになります。そういうように時代が作用していくのです。」ということで、『祈りの栞に寄せて』にありますけども、『神は時代時代に必要なる人間と必要なる宗教を顕し給い、それぞれの使命を遂行させ給うのである』
 
「現実地獄の世の中に神様が降り立ったということで、人類救済の命が下った方がメシヤ様である」と「メシヤ様が人類全体を救おうとするお働きであるので、メシヤ様の位の高さを示すものが見えるのではないか。」ということです。
「この時代に前世のメシヤ様に縁の深い人が集められた。」ここに集まっている人たちもですね、メシヤ様に何らかの縁があったと思います。「メシヤ様の前世の時代は夜の時代でしたので人間が罪を犯したということも御経綸だった為」ということがあります。「今回は縁ある一人一人に相応しい役を与えて魂を向上させている」のです。「時代時代で世界人類のために必要な仕事が違ってきます。これはメシヤ様がお与えくださっている」のです。
「今回メシヤ教は日の神様をお迎えする仕事をさせていただきました」ということで、「人類が神様に焦点を合わせるまでに至っていない状態の今だからできた御用だった」のですよ。ということで「有難い御用だと受け止めて魂を向上させていただけた」と「更に生きている間に魂の籍を上にして、次はまたその時代の地上天国に生まれられるようにしなければいけません」と「永遠の生命の概念」です。「今生きているけども前世にメシヤ様と何らか縁があって、今また昭和の時代になって先達の先生方もメシヤ様と縁があった」でしょうけども、そういった人たちが、楳木代表を筆頭に霊界から現界に働きかけておられますので、「そういう時代の流れというものがある」と。
 
支部長代理
大局において神様にお任せし、方針はどこまでも努力して一生懸命であること。大乗が主とすれば小乗は従であって片寄らないこと。程々ですね。これは伊都能売の精神です。
 
『程』
支部長代理
程という字、どちらにも片寄らない、丁度良い。人間万事この一字にありと山岡鉄舟の言葉をメシヤ様が言っておられます。経が小乗であれば緯が大乗でこの真ん中の結んだところが伊都能売ですよ。ということですね。
 
『大乗たれ』昭和26年11月25日 地上天国30号
支部長代理
これもお配りした中にありますが、『大乗の悪は小乗の善であり、小乗の悪は大乗の善』という関係にあるそうで、小乗というのは、『一生懸命善と思ってしている事が、結果に於て案外教の御邪魔になる場合がある。』ということで、これは『自力的で人間の力を過信し、大切な神様の御力を不知不識忘れ勝ちになっている』ということ。『小乗だとかたくるしいから人が集って来ないから発展もしない』ということになります。『人は、本教を低級迷信宗教』と思ってしまう。これは『偏りすぎて、小乗すぎて常識外れ、奇矯な言動をすると、人は本教を低級迷信宗教と思ってしまうので気をつけていただきたいと思います。『大いに注意せよ』ということがこの御教えに書かれています。『小乗信仰の人は他人の善悪を決めたがる。』ので、『人間の善悪は神様以外分るものではないのだから、人間の分際で善とか悪とか言うのは神様を冒涜』しているのですよ。ということが書かれています。
それから『神の愛と人間の愛』ということで、『神様の愛は大乗愛、人間の愛は小乗愛、神様の愛は全人類を愛するということで、小乗愛ということは自己愛、仲間愛、民族愛ですので、限定的で悪に通じてしまいます。ということで、神様の愛を胸に畳んで御取次してください』と。『神の御心を心とし、無差別的愛』で臨みましょう。すると、『誰しも快く接する事が出来、喜んで人が集って来るのは当然であり、発展するのは間違いない』ですよと、今お配りしたことの復習で話しております。
 
『霊主体従』
支部長代理
今まで学びを積み重ねておりますが、『霊主体従』ということが根本にあるのだと思います。それでまず順序について知りおくべきことですけども『現界のあらゆる事象は霊界からの移写であるとともに現界の事象もまた霊界へ反映するのである』【順序を誤る勿れ 昭和23年9月5日】
『霊の存在を認識させること。現代人は霊の存在を信ぜず体のみ対象としていた』ということで、『外表的間に合わせ文明』で『進歩してきても地獄世界であった』じゃあどうすれば良いの?ということですが、『常に神の光に浴し霊を浄めることです』『メシヤ教は最高位の神様ですので、無病健康であって他人の病気まで治す』【霊科学 昭和28年11月18日】
 
『霊体一致』
支部長代理
今のは『霊主体従』でしたが、もう一つは『霊体一致』という御教えがございます。(図2)
図2
図2を見てください。刑罰としての病気が発生する過程ということで、ここ世界ね。霊世界、物質世界ですけども人間側としては霊と体ということで、霊界は霊に通じてますね。物質界は体ですね。霊と体というのは密接不離の関係にあります。これが『霊体一致』ということで、原則なのです。
それで霊と体があって霊が曇ると体の気に反映して血が汚れます。逆に血が汚れると霊に反映して霊が曇ります。
それでここにコップがあるとすると、曇りが溜積してくると、溜まってくるとあるところまでくると溢れますね。溢れると浄化作用が発生します。浄化作用ということの意味合いですが、曇りがある一定の線を超え溢れた時に浄化作用が発生します。
どういうふうにあらわれるのかと言うと、病気、災害、法による刑罰で出てきます。「病気、災害、法による刑罰にならず助かったわ」というと、これに漏れた分、逃れてももっと恐い霊的刑罰というのがあってこれは神の律法であって絶対だそうです。ということが『毒素の解剖』という御教えに書かれています。
 
薬剤こそ曇りの本元
支部長代理
薬が体に入ると血液が濁ります。濁ると霊が曇るのです。これも『霊体一致の法則』です。不幸の原因というのは薬で霊を曇らすので霊が重くなります。すると霊籍が下降していきます。この前の『霊層界』の話を思い出してくださいね。そうすると地獄界に落ちてしまいます。
【薬が不幸を作る 昭和28年1月25日】
 
曇りを作る言霊
支部長代理
曇りを作る言霊ですけども『秘密、欺瞞、咎め、愚痴等すべて悪から発するものは想念界の次位である言霊界を曇らすのである。それら種々の曇りの堆積の量がある程度を越ゆる時、一種の毒素が発生し、人間生活に支障をきたすことになるので、その自然浄化が発生する。それが天地の法則である』さきほどの『霊体一致』の内容と同じですね。
それから霊界のことが現界に映る順序ということで「最初想念界に浮かんだものが言霊に発してそれから現象界に現れるという順序でしょうか」とメシヤ様にお尋ねしてメシヤ様は『そうです』とお答えになられております。こういう順序で現象界に現実世界に思ったことが伝わるそうです。
 
『浄霊(宗教改革より)』
支部長代理
私たちが主として取り組んでおりますのは、『御教え拝読と実践』『浄霊』でありますが、浄霊について楳木代表がお話されていた内容から抜粋しますが、
「浄霊の思想とは霊を浄めるという事です。これを私達の生活に当てはめてみてください。例えば玄関で靴がバラバラだったら、それをそろえるのが浄霊という行為の延長線上にある一つのあり方です。浄霊というのは乱れているのを正すのが浄霊です。そういう思想なのです。」
「それじゃあ農業に当てはめたらどうなのか。土を浄めるということですので、不純物を絶対に入れない。農薬や肥料やE○なども入れない。ということが浄霊の思想ですね。浄霊を徹底すればするほど農業だけに留まらずどの分野でも威力が発揮されるのが本来の姿です。浄霊そのものの姿です。全てを浄めていく。どの分野においても乱れている姿勢を正そうという意志が出てこないといけません。」
浄霊というものがしっかりわかった人とというのは、そういう実際の浄霊だけに留まらず、生活全般に当てはめて浄霊の思想というのを考えてみて下さいということです。
 
自己浄霊について(宗教改革より)
支部長代理
これも楳木代表が宗教改革で話された内容ですが、「自己浄霊というのは自己浄霊しか頂けない状況の人や緊急時が基本です。浄霊は人から頂くことが基本なのです。人から頂くのと自分でするのとでは明らかに違うでしょ?私の考えとしてはその人の土素を通じて出るから違ってくると思うのです。浄霊と言うのは火水土の一体化したものなのです。肉体の土素が加わることによって救済力を発揮する、と御教えいただいていますね。当然ながら、人から頂くのと自分でするのとは土素の働きが違ってきます。自分が調子が悪いときの肉体の土素ではどうしても土素の力が弱くなる。浄霊の力も弱くなるのです。だからそういう時には調子のよい人の土素を通して頂くというのが良いのです。ただ、霊格の差ということはあります。ですから、決め付けているという事ではありません。自己浄霊もすればいいのです。全て臨機応変で。」「要は人を救う為の浄霊」ということを考えてやっていただければと思います。
 
『お光』を外しての浄霊について(宗教改革より)
支部長代理
これも楳木代表が宗教改革で話された内容です。
一つは「このままの体制ではいけない。どうにかしなければいけない」という疑問のその延長線上に向上心というのが隠れています。これはメシヤ様に近づきたいという願いでもあります。また、お光がないと不安になりますから、想念が必死になります。祈り方も数段強くなります。強くなるということはメシヤ様との霊線がより太くなるという事です。そうすると光が強くなるのです。ご神業はメシヤ様との共同作業ですので、当然ながら常にメシヤ様の事を考えているという人はお光も強くなります。
 
浄霊について(宗教改革より)
支部長代理
これも楳木代表が宗教改革で話された内容です。
メシヤ様以外で浄霊が最初にできた方の話
「まだ「おひかり」のご下付が始められていない頃メシヤ様から初めて浄霊を許された方がいらっしゃいます。メシヤ様が『許すから浄霊をしなさい』ということで浄霊をされたそうです」
「浄霊はあくまでもメシヤ様からの許可を頂くという事だと考えられます。『許すから』なのです。お光があるから浄霊ができるという事ではなくお許しを頂くから浄霊ができるという事なのです。」
 
お盆について
支部長代理
最後にお盆ですので、お盆の意味合い、お盆の意義について御教えを学ばせていただきます。
 
『毎年一回日を決めて地獄にいる霊を子孫の家へ還らしてくださるのである。その日は地獄の釜の蓋が開くと言うが、とにかく地獄の祖霊も仏壇へ招かれ子孫に供養される。地獄の霊もそれを知っていて待っているのである。』
【妙智の鍵 昭和24年7月10日】
 
『鐘は二つ叩けばよく、これは霊 界における祖霊に対し合図の意味である。これを耳にした多数の祖霊は一瞬にして仏壇の中へ集合する。しかしこの事は何十何百という祖霊であるから、小さな 仏壇の中へいかにして併列するか不思議に思うであろうが、実は霊なるものは伸縮自在にして、仏壇等に集合する際はその場所に相応するだけの小さな形となる ので、何段もの段階があって、それに上中下の霊格のまま整然と順序正しく居並び、人間の礼拝に対しては諸霊も恭(うやうや)しく会釈さるるのである。』
ということですので、仏壇の前で鐘を叩くと祖霊様がブワーっと寄ってきます。そして順番に整列されるそうですので順序が大切ということですね。霊格の順序です。
『そして飲食の際は祖霊はそのものの霊を吸収するのである。しかし霊の食料は非常に少なく、仏壇に上げただけで余る事があるから、余った飲食は地獄の餓鬼の霊 に施すので、その徳によって祖霊は向上さるるのである。』
ということですので、山盛りお供えしてあげると良いですね。
『故に仏壇へは出来るだけ、平常といえども初物、珍しき物、美味と思うものを一番先に饌供すべきで昔 から孝行をしたい時には親はなしという諺があるが、そんな事は決してない。』
霊界へ行ってからの供養の大切さ、それで霊が向上していきますのでそのことの方が喜んでいただけると思います。
『むしろ死後の霊的孝養を尽す事こそ大きな孝行となるのである。もちろん墓参法事 等も祖霊はすこぶる喜ばれるから、遺族または知人等も出来るだけ供養をなすべきで、これによって霊は向上し、地獄から脱出する時期が促進さるるのである。』
それと仏壇ですね、皆さん自分の家のことを考えてみて下さい。
『世間よく仏壇を設置するのは長男だけで、次男以下は必要はない』
人間世界ではそういうところが多いように思います。
『これは大きな誤りである。何となれば両親が生きているとして、長男だけが好 遇し、次男以下は冷遇または寄付けさせないとしたら、大なる親不幸となるではないか。そういう場合霊界におられる両親は気づかせようとして種々の方法をと るのである。そのために病人が出来るという事もあるから注意すべきである。』
【祖霊と死後の準備 自観叢書 昭和24年8月25日】
だから長男のところで祀っているからいいわ。でなくて、特に先祖代々之霊というのは次男のところであっても祀っていくべきですよ。供養していくべきですよ。ということを言われています。祖霊が霊界で徳を積むことができるように尽くしていくことが大切ですね。
 
 
支部長代理
楳木代表が青年布教時代に先達の子息に聞き取り調査をしたらしいです。それによりますと、
「初めて信仰に入ったことを実感したのは、家から急に家財道具が消えてゆき仏壇が届いた時だ。御神体がご奉斎された時ではないのですね。(メシヤ講座・特選集 平成十九年七月分)」
ということですので、信仰を実感するのはまず霊界を整えた時だということなのですね。
「過去の教団(メシヤ様を教祖と仰ぐ)の取り組みを批判するだけではなく、一つひとつ整えて差し上げねばならないと考えております。今後資格者へ仏壇設置方法や「遷霊詞」奏上方法を教授して、多くの方々が信仰生活の本来のあり方を歩むことができるように、努めたいと考えております。八月度は、お盆の月でもありますので全国で確認してまいります。すでに教授して取り組んでいる方々もいますが、「遷霊詞」を配布しつつより充実を目指してまいります。(メシヤ講座・特選集 平成十九年七月分)」
 
支部長代理
「遷霊詞」をご存知の方もおられると思います。お坊さんにしっかりやってもらえれば良いのですけども、ぜひ自分たちでという時に「遷霊詞」を奏上します。お位牌を拵えた時に霊にお位牌に移っていただきます。普段は善言讃詞ですね。お盆の時はお盆の間中3日間、仏壇であげていただきたいと思います。これはやられた方が良いと思いますよ。
 
時間になりましたので終わらせていただきますが、何か質問ありますか。
 
参加者
お盆の三日間お供えを午前にさせていただくことが筋だと思うのですが、出来ない場合は夜とかでも大丈夫でしょうか。
 
支部長代理
お盆の間は普段来られない霊も来ておりますので、その人たちに先祖のみなさんが自分たちが戴いたあまりを分けてあげられるくらいのものをお供えしてあげると良いと思います。だからそういった餓鬼道に落ちた霊も来ておりますので『善言讃詞』をあげるということが非常に大事なわけです。
 
参加者
お膳を作れたら作ってあげると良いですね。
 
支部長代理
そうですね。
 
参加者
今までズーッと○○宮のところでおまつりをさせていただいていましたので。仏壇は父だけみたいな(笑い)
 
支部長代理
仏壇は大事なのにね。お位牌があるのだから。
 
参加者
(仏壇)無視していました。
 
支部長代理
そうだね。今回しっかり整えたのだから。今年のお盆は待ちに待っているよね。
習慣とかは地域の事情にあわせていただけるということですので、地域にあわせてやっていただけたら良いかと思います。要は『善言讃詞』をあげていただきたいということとお供えをしていただきたいということです。
では、時間もきましたので終わらせていただきます。ありがとうございました。
参加者
ありがとうございました。
 

2017年7月7日金曜日

覚りの旅 ~序章~ 平成29年7月

<今月の学び>
「地上天国祭」の意義と想念のあり方
 
平成二十九年六月十五日「地上天国祭」の意義と想念のあり方について
 
支部長代理
難しい文章かと思いますが、このような思いで祭典に臨んで頂きたかったんですよ、ということです。
ここに(図表)書いたのは、「「地上天国祭」の意義と想念のあり方について」を時系列に並べたものです。六月十五日の意義という事で地上天国祭を執り行いますが、天照皇大御神様のお誕生日でもありますよ、というのが六月十五日ね。霊界の大きな転換を迎える重要な節目になります。また、夜昼転換の啓示があったのが昭和六年六月十五日です。昭和九年にはですね、日枝神社に天照皇大御神様をお迎えしております。そして、昭和二十五年にはですね、ミクラタナの神様をメシヤ様の腹中の光の玉にお迎えしております。元々、光の玉は腹中におありになったところにミクラタナの神様、チョンが入られたのが昭和二十五年であります。この、昭和二十九年六月五日には、熱海の碧雲荘においてメシヤ降誕宣言という事で、『メシヤになったのです』という宣言がございました。これは先ほどありました、莚敷きのところに先達を並べてお詫びの型をとられたという事であります。それで、昭和二十九年六月十五日メシヤ降誕仮祝典が挙行されました。御神名が天照皇大御神でしたという事で、これは、先達の岩松栄先生の「一厘の神魂」という本の中にも出てくるんですけども、
 
天照皇大神守り給へ幸倍賜へ 惟神霊幸倍坐せ と奏上し終わって理事長は人類の三千年来の罪穢れのお許しを庶幾(こいねが)い上げ奉りました。
 
という事で、御神名が天照皇大御神であったという事と御詫びの祭典であったという事が当時の先達の言葉からも判ると思います。それで、やり直しの意味も込めておりますという事で、平成の、この前の祭典の時に箱根及び熱海での祭典を行いました。そういうことが書いてあります。ここが分かっていないと三十年三月三日に向けての話しが中々と出来ていきませんのでお話しました。
それで、側近者が賜ったお言葉という事で、昭和二十九年当時の話しをしておきたいと思います。
 
側近者のお話1(昭和二十九年七月二十五日)
現実の破壊と創造は来年より三年間で行われる。
正しい人間の喜びは予想もつかぬほど大きいのである。腰抜かすような大きい経綸行われ、天地上下引っくり返るのである。
今、霊界に行ったなら魂は落ち、一千年間は此世に生まれさせていただくことは出来ない。
三月三日まで少しでも徳を積み、善き行いをしておかねばならない。
人間は一生修行である。信者でも二割位はむつかしいであろう。
本当に改心すれば大峠も易く越せるものである。
然し、神様はどんなにしてもお救い給わる故、決して自分が水晶世界に残れぬなどと考えてはいけないのである。
之からは改心すれば薬毒もそれだけ消して頂けるのである。
二十九年六月十五日から本当の世界歴史が初まるのである。
祭典に御参拝することは特別の大きい神の恩恵である。メシヤ様お出ましにならぬとも今一番重要な事である。
今まで非常にご多忙であらせられたのも必要あって神様が遊ばした事である。
いつも我々は自分を省みてさえおれば良い。
罪深きとか、自分は駄目だとか決して思ってはいけない。
罪は改心さえすればお許しになるのである。
 
支部長代理
厳しくとも愛情あるありがたい温かいお言葉ではないでしょうか。
この先達はメシヤ様のおそばにあって六月十五日にメシヤ降誕仮祝典を挙行されて、三月三日を迎えるまでの、緊迫した状況を吐露されているのではないかと思われます。
誰がとか、そういう事は言えないんですけども、昭和のことですが、平成の今のこの時期にピッタリ当てはまってくるんではないかと思いまして紹介させて頂きました。
 
側近者のお話2(二十九年七月)
『真に水晶世界になる時は、薬毒は一瞬にして全消すべし。その際、あまりに多量に注ぎいるものは命失う事あるべし、従って子孫に及ぶ事も非ざるべし』
『あまりに大量に注ぎいる者は命失う事あるべし』とのお言葉ありしよしなり。『従って子孫に及ぶ事も非ざるべし。』
『いよいよ水晶世界となる訳にて人民としては急の切替は出来ない。それ故来年の三月までは猶予期間をお与えになりすべての準備をなさしめ給う』
 
支部長代理
と、ちょっと、怖いですけども。水晶世界になった時には一気に薬毒が消滅する。その時に体が耐えれるかどうか。
これは昭和の時に言っておられます。これ自体が猶予期間というのが神の恩恵だと思いまして。
3月を過ぎると仔細な事でも許されなくなると。
私たちは平成の時代にあって、平成三十年三月三日までに皆が高まってメシヤ様をお迎えし、水晶世界を迎えなければ、水晶世界にあって薬毒の全消に耐えうる体になっていなければいけないのではないでしょうか。
 
側近者のお話3(昭和二十九年八月)
少しのことにも気配り出来ぬ者は御用におつかいにはなれぬ。
 
側近者のお話4(昭和二十九年十二月十一日)
今度は一千人くらいの御浄霊を賜るに一分。一分とかからない。今までは考えてものをするということもあったが、メシヤ様とおなりになられてからはまるで違って予定が急に変更されることがありまるで分らない。
 
支部長代理
という御言葉があったそうです。
 
側近者のお話5(昭和三十年一月)
これからは想念が大事であって今は御光が非常に強くなっているのであるからよくメシヤ様と心でお願いして浄霊すれば大抵な浄化は治るよ
 
ある奉仕者がメシヤ様から賜ったお言葉(昭和二十九年七月)
『毎日御神書拝読せよ。神様は厳しいから少しの邪念も許されぬ。きっとお許しがあるから楽しみに修行せよ。』
『御教えのすべては御讃歌にあり。之をなんべんも拝読すれば分かってくる』
 
支部長代理
御歌の重要性を教えていただいてます。
 
『身魂磨きの一番の御教えは御讃歌に全部書いてある。心を潜めて拝読すべきである。』
 
支部長代理
御歌というのは非常に大事なんです。文章だと検閲されたりしていたんですね。お歌は三十一文字の中に思いが込められていると思いますので、そういうお歌の読み方をしていただければいいのではないかと思います。
今頂いている御垂示も非常に厳しいです。しかし愛情があります。
 
『きっとお許しがあるから楽しみに修行せよ。』
 
支部長代理
楽しんで修行、御教え拝読を実践していきましょう。
 
次にこの度の祭典について信者さん方に賜った御垂示をお伝え致します。
【御垂示】
・今回は自分の中で高める努力をしてきた者と、今までとそう変わらない者との差がはっきりと出た祭典だった。
・ちょうど二手に分かれた様な格好になった。
・仮祝典を執り行ったという事は、神様がお出ましになったという事。
・お出ましになったという事は全員のあり方、そのものをご覧になったという事。
・今回は主要な立場がある者がどれだけその立場に相応しく目覚めるか、自覚して動けるかが主なところだったので、(一般信者さん方のあり方に対して)お許しがあるかないかは別として、第一関門は通過した事には変わりはない。
・そしてこれからはその評価対象は主要な立場ある者から一般の信者までの全体に拡大される。
 
楳木先生から信者さん全員に向けた伝言
・今までは何気なくさせて頂いていた事が出来なくなる(止まる)。
・より気を引き締めて、お詫びをし、やり直す事。
 
この内容は、今までは許されていた事もそれは今までのレベルだったからで、仮祝典以降はそれまでとの差が出来ているので今までと同じという訳にはいかない、道理に合わない事はすぐ正される様になる、だから今まで以上に気を引き締めて気付かせて頂いた事はすぐお詫びをし、自分を修正させて頂いて本物に近付く様に、という意味です。
裏を返すと向上が許されるまでに来たからこそ道理に合わない事は指摘される、そこまでいかなければ指摘されないまま罪を重ね続けるという事だ、という部分まで伝わるものでした。
 
【御垂示】
仮祝典を挙行したという事はそこに身を置いた人間のこれまでのあり方、状態、生き方そのままを神様がご覧になった(神様がお出ましになった→成功)という事なのだという意味が入っています。
そして霊界(神界)では審査というか会議の様なものがあり、一人一人が会議にかけられて審査されているとの事でした。
一人一人の良いところや要修正箇所等が、その人の特徴や役割に応じて判断されているとの事で、今厳密に審査されているそうです。
その修正箇所は一人一人に言い渡され、色んな形で本人に分かる様に提示されますので、提示された箇所に気が付いたらお詫びをして、きちんと直して、これから光が強くなって更に厳しくなる時期を進ませて頂く様に、との指示がありました(浄化なのだから、ありがたく受けて綺麗にならなければ、との事です)。
 
メシヤ様の根源、天照皇大御神様をお迎えして更に神様とご縁を太くさせて頂きましたので、大浄化時代にあってもしっかりと動ける様な光の強さに相応しい人間にして頂く、救う側に回して頂く第一歩なのだ、という事を強調しているものでした。
そしてこれらをただ恐れるのではなく、受け止め方として、“神様をお迎えしての事であって、神様と意思を交わして行われる浄化、向上が許されるのだから神からの恩恵・大愛である”という見方をして下さい。
これからの強い力は、人間にとって時代に適応させて頂く力にもなり、また淘汰させる力ともなる。
 
先程仮祝典に身を置いた者と書きましたが、勿論そこに繋がる方、神様をお迎えする事に心を寄せていらした方も含みますので、当日御参拝出来なかった方もその審査対象に入ると思われます。
 
先生に近いところまでを目指さなければならない、そして一般の信者さんが向上を許される様にお世話をしていかなくてはいけない。そのお世話によって一般の信者さん達も、救われながら救う側へと転換させて頂ける様になっていかなければならない、皆が神様との距離が近くなる様に、皆が幸せになる様に、という事でした。
 
信者全員がどれだけ向上出来るか、人を救う側として向上させて頂けるかが問われてきます。
 
法則がその様に作用して直接自分達に向上を求めてきますので、気を引き締めていかなければならない、そして来年の3月3日に向けて全員でメシヤ様をお迎えする事が出来る様にしていかなければならない。
 
    今までは理論立ててやってきたのだから、今度はそこに実が加わらなくてはいけない。
    加わる為には今まで積み重ねて来たものの中にある不要になった部分を溶かして、剥がして、捨て去らなくては再生出来ない。
    こうして綺麗になっていく。
    向上しないと幸せになれない。
    全員、下の者までが今より神との距離を縮めなくてはいけない。
    全員が幸せになっていかなくてはいけない。
 
支部長代理
それで、ありがたいことに、浄化の必要性、向上するとはどういうことだということを教えていただいています。
 
【御垂示】
御教えに精通している人たちはどこにでもいます。その知識を活かすのは人間のあり方です。一般の方が知らないような御教えや教団の事情を知っていても、それを知っているというだけで何もしない。ただ文句を言っているだけでは知識が反対に罪を構成することになっています。という根本的なことに気付いてないんですよと、御教えを知っているだけで、それを振りかざして話をしているだけでは、行動が伴ってなければ逆に罪になってしまいますと。本当の智慧というのは他の人を向上させよう、救おうという心、あり方、行動、愛情、そういうものがあってこそいただけるものなのです。御教えもそういう他の人を思う心に御教えをのせてこそ力が発揮されるんです。どんなに未熟でも本当に神意に沿って動いているのであれば必要な事は教えるように手はずは整う。
 
支部長代理
まだ勉強してないのにとかいうよりも相手と向かい合った時に、昔聞いていたメシヤ講座が口から出てきて喋れる。とかありますよね。
 
【御垂示】
そういうものだから、ただ多くを知っているからといって脇であれこれ言うだけで何もしないよりは、未熟でも間違っても何でも構わないから、しっかりと自分に与えられたことを舞台の上で行っている方が良いのだ。だからこそ浄化が必要でありがたいものなのだ。より本来の自分に近づかせて頂けるんです。そして神様の意志を行動に表す人間にならせていただけるのだから向上するとはこういう事なんだと。
 
霊層界について
支部長代理

(図1)
この漫画(図1)は何回も使っているんですけども、霊層界の御教えを図にしたもので、天国、八衢、地獄、60段60段60段の180段あって、一番上に主神様がおられます。
この人間の体、肉体の周りに同じ形で霊体がありまして、肉体と霊体がくっついている時は現界にいますけども、幽体がこのどこかに属していますと。人間が死んだ場合肉体は離れるので、霊体が離れて幽体と同じような形でくっつくそうです。
要はここのどこの階級に属するかで幸せ不幸が決まってきます。これは決定的なんですということと、主宰神、神様からこのどこかに所属している幽体に対して命令が下ります。命令が下ると幽体は霊体に反映されます。霊体は肉体に反映されます。霊体が肉体を支配していると、幽体は霊体を支配している。そういう構造だそうです。決定的と書いてありますね。ということで、上手くいかないとか予想外だとか、幽体の運命に左右される法則になっておりますので、善を行って徳を重ねていけば罪穢が減少していくから軽くなっていきます。悪事を行い罪を重ねれば罪穢が増えていきますので重くなってきます。そういうことで昔は罪の重荷という言葉を使っていました。だから善悪の心言行そのままが霊線によって神様へ直通しているんです。
この間、宿命の範囲は越える事はできないんですけども、運命は常に上下していて善を積めば上がるので、悪いことをすれば地獄に近づきます、この線を越えた時には、範囲外へ出てしまうと運命が急転すると。良い時に急転する時も悪い時に急転する時もある。悪いことを行っていけば地獄に近づく線に行くわけですから急転して悪いことが起ってくる。良い方にいけば急にお金が入ってくるとか、そういったことが起きてくると書いてありましたね。
今のは御教えそのままの話しですからね。
 
<補記>
後日、「宿命の範囲は越える事はできない」「この線を越えた時には、範囲外へ出てしまうと運命が急転する」この受け止め方についてある方と学びを深める中で、運命が急転するというのは、八衢から天国へ行けるのではないか。との思いに至り、他の御教えを調べましたら、
『宿命といっても、地獄の宿命、天国の宿命というのはないのです。今の宿命、運命というのは階級です。天国、地獄ということとは関係ありません。』という御教えがございましたので、八衢から天国へいけますね。宿命の階級が天国にかかっていると思わせていただいて運命の範囲を逸脱して天国の住民になりみんなを引き上げて行く。そういうふうに受け止めれば良いのではないかと思います。
 
【御教え】『御垂示録』24号、昭和28(1953)年9月15日
 
「人間の宿命は上中下のうち一段で、その上にも下にも行けないということでございますが、地獄的苦しみから天国的状態に変わることがありますが、そこに矛盾を感じます」
 
それは違います。宿命といっても、地獄の宿命、天国の宿命というのはないのです。今の宿命、運命というのは階級です。天国、地獄ということとは関係ありません。例えてみれば、人の上に立つ人間、親分とか首脳者になる者はもう決まっているのです。それで親分になる人は必ず良くなります。乞食になっても、そういうのは乞食の親分になります。それからどんなに偉い人でも、親分になれない人は、番頭とか支配人になります。そういうように決まっているので、これが 宿命です。またそれでなければその人としての本当の発揮ができないのです。植物でいえば蔓性植物と言ってからむのがありますが、人間でも同じで、竹なら竹がなければ、それに巻きつけないから生存ができないのです。それと同じで、誰かに頼らなければ生きて行けないのがあります。それからまた痩せても枯れても親分にならなければならない人があります。からませるほうですが、それはその人の宿命です。ですからそういう宿命がない人が無理に親分になろうとすると失 敗するのです。私は昔からどこに行っても、乾分(こぶん)はできるのですが、決して私を引き立てるとか、私が助けられるという場合はないのです。私は、私 には助けられるという性能はないと思って諦めていました。何かにすがることはできないのです。ですから最初は親しくしていても、後になると先方で相談にくるようになるのです。私は信仰にはいる前から、誰かに相談するということはできなかったのです。どうも後になると先のほうが下になってしまうのです。それは私が大木のような宿命だからなのです。それが宿命というものです。それは生まれながらにしてそういうようにできているのです。労働者などでたまたま出世 しても、宿命が相応しないのは、やっぱり落ちてしまいます。それからまた少し出世した人が、労働者とかを見て、なぜ一生懸命にやって出世しないのだろうと思うことがありますが、それはそうではないので、その人はそれで満足しているので、それが宿命です。ただその宿命の中で上になったり下になったりするのは 自由で、それが運命です。ですから運命は自分で変えることはできますが、宿命を破ることはできません。宿命というのは限定したものです。しかし運命というのは宿命の最高にまではなれるのです。ですから人に使われる者としての最高になるのは、店の番頭とか支配人とかですが、それは親分に使われる者の中では最高のものです。その最高のところまでは行けるのが運命です。ですから運命は変えられるが、宿命は変えられないのです。
 
「商売人に向くとか農業に向いているという、人間の職業も宿命に関係があるものでございましょうか」
 
それが宿命です。それで同じ農家になっても、上になったり下になったりします。小作になったり自作になったりするのは運命です。
 
「宿命ということと幸福とは関係がありますでしょうか」
 
あります。例えてみれば、生まれながらにして非常に良い所に生まれて、一生身分が良いということは、苦しまずに済んでいるから幸福です。それは幸福の宿命を持っているわけです。また同じ幸福でも、身分だけが良くて、あとがはなはだよろしくないということもありますが、それは運命が悪いのです。

(図2)
これ(図2)はイメージとしてね。霊界がフィルムのようなものとすると、現界に反映してくるというイメージですよと。『私達の住んでいる世界を現界といい、現界に起こることは目で見ることができます。しかし、実は霊界という目に見えぬ世界があり、現界は霊界から支配されています。善いことにせよ、悪いことにせよ現界に起こることは霊界に起こったことが反映したものなのです。』
目に見えないことだけども善を積み重ねることで霊籍を向上、幽体の居所を向上させていくのが良いんですよということです
ここまでは復習ですね。
 
観音経に学ぶ
支部長代理
観音経ってご存知、お母さん?
 
参加者
……。
 
支部長代理
(図3)
法華経の二十五番目の観音経と言いますよね。メシヤ様が善言讃詞を御作りになる時に観音経を基に作られたということですけども、関わりがあるかというと…、どういう事が書かれているかというと、ちょっと図書館で借りてきて読んでたら面白いことがあったんで紹介させていただきます(図3)。
 
無尽意。観世音菩薩。有如是等。大威神力。多所饒益。是故衆生。常応心念。
 
若(も)し愚痴(ぐち)多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち痴を離るることを得ん。
無尽意よ、観世音菩薩は、是(か)くの如き等(とう)の大威神力ありて、饒益(にょうやく)する所多し。
是の故に衆生、常に応(まさ)に心に念ずべし。
 
若(も)し愚痴(ぐち)多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち痴を離るることを得ん。
「もし、おろかなこころに陥ったらいつでもこころから観世音菩薩と念ずれば即座におろかなこころから脱することができよう」
 
過ぎ去ってしまった時間のことを過去といいます。
そんなことは誰でも知っているのに、どうにも取り返しがつかない過去のことにいつまでもこだわって
「・・・・たらなあ!」「・・・ればなあ!」「・・・たのに!」と嘆くのはどうしてでしょう。
これを「愚癡(ぐち)」といって心の毒です。
「愚」は「猿の仲間で、一番頭の働きが鈍いもの」という意味の字です。
「癡」は「痴」とも書きます。「痴」は知恵が病気になっているのです。
病気になった知恵が「・・・ればなあ!」「・・・たらなあ!」と繰言(くりごと)を言わせているのです
 
繰言(くりごと)
同じ事を繰り返して言うこと。特に、泣き事や不平などを、くどくどと言うこと。また、その言葉。「繰り言を聞かされる」
 
愚かであるということは、知識や教養が無いことではまったくありません。
「智慧」が無いということです。これは仏教の話。
事実知識や教養が無くとも人間として立派な人はたくさんいますし、その逆どんなに教養や地位、と名誉があっても愚かな行為をしてしまう人もいますね。それは「智慧」が無いからです。
実際知識が犯罪に利用されたり、教養が必ずしも欲望や犯罪の抑止力になっていないこともありますね。オレオレ詐欺が劇場型に進化して成果?を上げているのも知識を振り絞って研究?している結果なのです。 因果応報という「智慧」を心得ていれば決してできないことなのに・・・ですね。
「智慧」を持ちその智慧に基づいた行動のできる人をほんとうにエライ人、立派な人と言うのです。
その智慧こそ言うまでもない宇宙悠久の真理法則のことであり別名「般若」とも言います。
智慧がないから人は間違いをしでかしたり、悩み苦しむのです。
 
支部長代理
仏教の目的とはただ一つこの智慧を人類に知らしめることにあるという事です。
メシヤ講座にありましたが、お釈迦様が言いましたが、人間の不幸は無智なことなんだと、無智は不幸な事ですよと。
また、メシヤ講座特選集(№122・平成23年3月分)では、「智慧証覚得るには御教え拝読は欠かせない」とご教導いただきました。
 
その智慧により一切衆生が「心から観世音菩薩を念じることで、愚痴という迷いの世界を離れ涅槃の世界へ入る」ことを仏陀は切に願っているのです。
智慧を身につけかけがえのない人生を是非有意義なものにしたいものです。
 
「無尽意菩薩よ、このように観世音菩薩の力はすぐれたものであり、饒益(他人に利益を与えるところ)が大きいのだよ。
だから、衆生は常に観世音菩薩を一心に念ずべきなのです」と、お釈迦さまはこのように仰せです。
 
人間の内なる三毒(淫欲を慈悲心に、瞋恚を勇猛心)のうち、愚痴を智慧にそれぞれ転換させてくれる観音さまの功徳を説いたものです。
 
支部長代理
メシヤ講座・特選集十一(平成十三年十月分)に、
「空気だって吸わないと生きていけない。つまり、生きること自体があらゆるものに頼っているということなのです。空気については以前も話しましたね。酸素の濃度はどのようにして一定に保たれているのか。海水の塩分の濃度はどのような仕組みで一定に保たれているのか。そのような事を一つひとつ認識していくことが、成長するということです。そして認識すればするほど、自然に感謝の念が湧いてくるものです。メシヤ様は『信仰は 真の智慧なり証覚(さとり)なり 証覚なくして感謝うまれず』と詠んでいます。日々の学びが無いと、感謝というものは生まれないし、感謝の心を持てない人は、勉強不足の哀れな人ということになりますね。」
と学んでおりますし、『入門と奥座敷』の作成に当たって、メシヤ講座・特選集(№167・平成26年12月分)で、
「最後にメシヤ教は平成27年から更に新しい体制づくりをしてまいります。そのために浄霊の基本等・・・、初めて浄霊に触れた人、メシヤ様という御存在を今まで一度も認識したことのなかった人達のために本をこれから作成していきます。その中身はまずメシヤ様という、神界から人間の体を持って降臨して来てくださって、そして、人間としての御苦労を総嘗めのように体験されてその中から『人類を救済する智慧』というものを私達に与えて下さいました。そのメシヤ様に直(じか)に繋(つな)がっていく。
メシヤ様が神界からわざわざ人類を救うために降臨して来てくださって、そうした力を授けてくださるという、その御神慮に一層感謝しながら、その救済するというメシヤ様に想念で繋(つな)がって行くというのが一番根本でありますので、この根本を中心にして、そして、メシヤ様の御教えに基づいて浄霊の基本形を図解を以て理解しやすいような本をこれから作成していきます。
そうしたものを活用していただいて一人でも多くの方々にメシヤ様と直(じか)に繋(つな)がっていただいてその繋がりを太めていただく中で御守護いただく、そういう人を増やして行っていただきたい、というふうに思います。」
 
「智慧証覚得るには御教え拝読は欠かせない」という見出しでは、
「(質問者)
そうしますとその御経綸ということを自分なりに理解しようとすれば、普通の考え方ではなくて全く違うところからの考え方が無ければいけませんね。
(楳木代表)
ですので、全く違うところからの考え方が必要というよりも、智慧証覚(ちえしょうかく)がないといけないということですね。それでこの智慧証覚(ちえしょうかく)を得るためには御教え拝読が欠かせないわけですね。ですから日々御教え拝読をしながら物事を見て行くと大体当たってくると思います。これが智慧証覚(ちえしょうかく)、叡智が閃(ひらめ)いていく生活になってくるのだと思います。そういうふうに捉えて行って頂ければいいんじゃないかなと思います。」
と御教導賜りました。
 
先ほどの話にあった、病気になった知恵が「・・・ればなあ!」「・・・たらなあ!」と繰言(くりごと)を言わせているのです。愚かであるということは、知識や教養が無いことではまったくありません。智慧がないということです。
私たちは日々御教えを拝読し、智慧証覚を得て今ある問題、これから起きてくるであろう様々なことに対処していかねばなりません。
私ごとですが、パソコンでハマグチと打つと「濱愚痴」と出てきていつも考えさせられます。
「・・・・たらなあ!」「・・・ればなあ!」「・・・たのに!」とか言わないように考えて……。
「知恵」が病となってはいけませんと、心しましょうと。自分への戒めです。
 
産土神社について
支部長代理
私の家の近くの産土神社に行って、こういうのが置いてあってもらってきたんです。面白いことが書いてありますので参考に聞いて下さい。
 
<参考資料>
成功している人は何故神社に参拝に行くのか?
あなたはもう、神さまに目を付けられてしまっている!?
本書を手にとってくださって、ありがとうございます。あなたは、神さまよりひとつお役目をさずかりました。そのお役目とは……。
神社に来て「世の中をよくしなさい」というお役目です。
いまや世界中から神社にお参りに来る時代。
神社の神さまは、世の中をよりよくする「成功していく人」を増やすために、いよいよ大きく動き出しているのです。
もちろん、この本を手にとってしまったあなたも神さまに目を付けられたひとりなのです。ホントですよ。
「神社に行くと成功する?そんなバカな(でも、ちょっと気になる……)」
「神さまには願いごとをするものじゃないよ。神社は感謝するところだから」
こんなふうに思われた方もいるでしょう。
日本に住む人ならば、きっとそれぞれ神社へのイメージがありますね。
本書では主に2つの視点から、神社の「見えない仕組み」をひもといています。
ひとつは「統計データ」から。もうひとつは「触覚」からです。
ただ神社の空間にいるだけで、あなたと神さまはコミュニケーションしているのです。
「神さまって……なに?私たちとどう関わっているの?」
こう思う方もいるでしょう。なにせ実態がないのでうから。
神さまとはいわば「知的な空気」です。意思と目的をもった透明な存在です。
風や雲のように移動します。
注意すれば誰もがその存在に気がつきます。
「え~、私にも、わかるのかな~?」
そう思われる方もいるかもしれませんが、大丈夫。
なにも特別な力は必要ありません。神さまのサインに気づくのは、すごくかんたん。これまで僕と一緒に神社に参拝した人たちも、教えるとすぐにわかりました。
「ほら、風が吹いてきた。これが神さまのサインだよ」
「ああ、あの雲が龍神さまなんですね~!」
ほんと、こんな感じです。
風を感じたことのある人なら、わかります。
もしコツを一言でいうなら『見る以外』を意識すること。
人間は主に視覚と聴覚で情報を得ますから、どうしても「見て聞いて」しようとするクセがあるのですね。
でも神さまって見えないし、しゃべらない。
だかあら「感じる」ことが大切です。人や動物が近くにいると、存在を感じますよね。大自然の中にいると「気持ちいい」と感じます。その感覚です。
その感覚をもっと意識すれば、「目に見えない世界」がどんどん開かれるでしょう。
(詳しくは、メシヤ教 三重支部サイト「産土神社について」を参照ください。)
 
支部長代理
神さまと感じることだと。お母さんは見えるけどね。僕もさっき感じました。浄霊させていただいてる時にここがグーッと熱くなってきた。そういう感じ方、いつもと全然違う。
参加者
御神体の⦿の御文字の大きさ位の円が金色に光っていくつもパッパッパッと神床中にあらわれています。いつもは白色だったんですが、今日は金色に光っているんです。初めてです。
支部長代理
見えないものを感じる感覚を磨いていきたいですね。
 
<補記>
支部長代理
最近になってメシヤ様をお迎えさせて頂くために、あらゆる神様もお働きくださっておられる。活動されておられるのだということをヒシヒシと感じます。今回のように今まで置いていなかった資料が置かれていたり、以前紹介させて頂いた加良比乃神社 では、「最近参拝者が増えたので」とお掃除されて境内に木や花を植えられたり、参拝者名簿が備え付けられ、今までなかった案内書が置かれていたりするのです。そういったことを感じましたので、今回「産土神社について」お話させていただいたわけです。
 
支部長代理
産土神で気になったので、御教えを検索して調べましたら、観音講座の天照皇大御神の項目のところですね。
 
【御教え】観音講座  第七講座 昭和10(1935)年9月15日
『天照皇大御神
天照皇大御神(あまてらすすめおほみかみ)を無視しているのである。天照皇大御神様を無視する事は我皇室を恐れながら無視していると言われても致し方ない訳である。町内の会合は産土神社で行えば良い。いかにしても今後この通りになるのであるからそれをやれば良いのだ。産土神社の前で協議すれば利権や賄賂の問題なぞは起きない。』
 
支部長代理
神様の前で会議をしたら賄賂の話しにはなりませんよということ、産土神社の必要性みたいなことが書かれています。
 
【御教え】夫婦の道  信仰雑話 昭和23年9月5日
『近来、見合結婚が良いか、恋愛結婚が良いかは相当やかましく論じられている。しかしながら、これを霊的に解釈をする時は、どういう訳になるかを説いてみよう。
わが国は、都会はもとよりいかなる山間僻地といえども、必ず鎮守様、すなわち産土の神様が鎮まりいます産土神社、または氏神様がある。これはちょうど現界における区役所のようなもので、人間社会における冠婚葬祭はもとより、出産等に至るまで、産土の神様が担任されておらるるのである。昔から子が産まれるや、必ずお宮詣りに行く習慣があるが、これは子供を授けて下さった神様にお礼詣りをするのである。これと同様結婚においても産土神が男女を結合させるので、その際恋愛による場合と、見合いによる場合と、いずれも産土神の思召によるのである。しかし、それを知らない人間は、人為的に成立するものと思うため、世間に沢山ある夫婦喧嘩の末「貴様出て行け」などと言うのは、いかに間違っているかという事である。せっかく神様の思召によって結ばれた妻であり、夫であるものを、人間が勝手にどうこういう事は、神様に対してはなはだしい無礼となるではないか。いかに気にいらぬ夫でも、気にいらぬ妻でも、縁があって神様が決めてくださった以上、おろそかに思う事は申しわけない訳で、有難く感謝すべきである。故にその事を知って、感謝の心を持って見直したならば、よい妻であり、よい夫であると思えるようになる事は請け合いである。
今一つ重要な事があるが、それは子供の死であって、その原因たるや夫の不品行にもとづくのである。例えば妻以外の女との関係がそれで、この罪は重大であって、ほとんど死に価する程のものである。しかも世の中には妾を二人も三人も中には十数人に及ぶものさえあるという事を聞くが、実に恐ろしい事である。これらの罪を霊界における祖霊は非常に怒るばかりか、子孫繁栄の妨げとなり、罪の重さによっては一家断絶の不幸に陥る事さえあるので、祖霊は極力止めようとしてあらゆる手段をつくすが、なかなか目覚めないものである。しかも、罪はますます増大する以上、早くその罪を贖(あがな)わなければならない。それには主人たるべきものが責任を負うべきであるが、そうなると、家族の生活や将来に悪影響を及ぼす事になるから、祖霊は主人の身代りとして子供を犠牲に供するのである。このような事は、世間にあまりに多いものであるから、読者諸士は注意を払われたい。必ず思いあたる事があるはずである。
そうして夫婦喧嘩の主なる原因は、第一が妻君の嫉妬、第二は生活難であろう。故に、前述のごとき霊的事情を主人が認識するとしたら、嫉妬の原因はなくなる訳で、夫婦は神様の御意志で結ばれた事や、妻以外の婦人関係は重罪にあたる事を認識したならば、良き夫となり、良き妻となり、夫婦円満にならざるを得ないであろう。これは、決して夫婦円満にするための作り話ではない。事実長年にわたり幾多の経験とあいまって、神様から教えられたものである以上、一点の嘘もない事を断言する。
聖書の中から右に関した教えを左に記してみよう。
神の合わせたるものを、人たるもの離すべからず。
人はその妻に合い、二人の者一体となるべし。
汝の妻をもて足れりとせよ。
私は、この一文を世の既婚者諸君に呈するものである。』
 
【御教え】奇蹟の解剖 栄光107号昭和26年6月6日
(前略)
『そもそも人間には本、正、副の三つの守護神がある。この関係は以前かいた事があるから略すが、右の中の正守護神とは、祖霊の中から選ばれた霊で、危急の場合助けたり、重要な事は夢で知らせたり、また特殊の使命をもつ者は神様(大抵は産土神)がお助けになる事もある。例えば汽車が衝突しようとする場合、神様はどんな遠くでもよく知られるから、一瞬にして汽車の霊を止めてしまう、その場合何百、何千里でも、一秒の何十分の一の速さでその場所へ到着し救われるのである。以上によってみても、奇蹟なるものは、決して偶然やマグレ当りではなく、立派に理由があるのであるから、それが判ったなら、奇蹟は不思議でも何でもない事になる、だから私などは奇蹟があるのが普通で、奇蹟がないと不思議に思うくらいである、この例としてたまたま難問題に打(ぶ)つかって、解決がグズグズしていると、もう奇蹟がありそうなものだと待っていると、間もなく奇蹟が出て解決する事がよくある。これは信仰が深く、徳を積んだ人はそういう体験は数ある事と思う。従って、人間は善を思い、善を行い、徳を積み、霊衣を厚くするよう心掛けていれば、不時災難など決してないのである。また霊衣の厚い人程接すると何となく温味を感じ、慕わしい気持が起る、よく人を惹きつけると言うのはそういう人である。だからこういう人には自然多くの人が集ってくるもので、仕事も旨くゆき、発展するようになるのである、今一つの例を挙げてみるが、以前から私が行き始めると、その家は必ず繁昌する、また私に接近する人は、必ず発展し幸福になる、これは私の霊衣の幾分でも貰うからである』
 
【御教え】特別講習会御講話  昭和15年11月9日
『西洋医学は霊をぜんぜん知らぬ、否認めぬ故に癲癇、狂人などみんな脳としている。
肉体は霊体を入れたサックのごときもので、使用に堪えねば霊は出て行く。
霊はふつう死んでから四十九日まではその家におり、五十日目に行くべき所へ行く。ふつうはお寺へ行き、神道ならば産土神社または信仰している団体へ行く。お寺で葬られれば一時お寺にいなくてはならない。そして間もなく自分の信ずる所へ行く。ところが信仰する所がなければ、お寺に長くいることになるのである。人間が死ねば煙のようになると思う人は、お寺にもおれず宙に迷うのである。中有界に迷うので六道の辻ともいい、ここは辻のようなもので、四方八方どこへでも行けるのである。
この世で死んでも邪神界へ行くものもある。仏界にも地獄、極楽あり、神界でも天国、地獄(根底の国)あり、そこで修業する、というのは浄化作用が行なわれる。罪は苦しまねばとれない。
これを迷信という人こそ迷信である。ある程度浄化が行なわれると生まれ代わる。霊魂はどしどし殖えつつあり、天国、地獄でも生まれる。
霊界でできるだけ長くいたほうが幸運である。思い続けた想念は滲みついているもので、また死の時の想念も続く。非常な美人は前の世はまずい顔だったかもしれない。だから女の方は死ぬ前に美人に生まれて来ようと思ったほうがよいであろう。輪廻転生、人間は霊が主で、霊は不滅、肉体は滅びて土となる。五十年とか八十年とか、霊の衣をぬぐだけと言っていい。人間は霊体が実体である。』
 
【御教え】御教え集32号 昭和29年4月15日
『それで美術品も、神様は、ちょっと売り物 に出ないような物を、チャンとこっちに入るような順序がついているのです。神様の計画というものは実にたいしたものです。それと、霊界において、昔の立派 な芸術家や、いろんな大名だとか、将軍だとか、そういう人たちの霊が非常に働いてます。立派な美術館にするために……。それでその霊の奥にある産土の神様 とか、八百万の神様でも高級な方の神様が、いろいろ指図したり力を貸してやってます。だからああいう美術館を作るのも――それは生きた人間を使わなければ ならないが――私は、そういった現界の仕事をするのでも、私の背後にはいろんな神様、いろんな霊が大活動をしているのです。だから思いもつかないことが フッと来るようなことがありますが、“これは働いたな”と思います。その根本が分かれば、あたりまえのことで別に不思議はないのですが、ただ、できたもの を見ると、わずかな間にどうしてこんなものがと思うのです。第一、道具屋とかそういうことに心得のあるものは、どうしてわずかの間に手に入ったのだろうと 思いますが、霊界を知らないのですから無理はないです。』
 
支部長代理
今でも活動されている。一宮の産土神様もメシヤ様はお使いになられていると思います。
 
支部長代理
今までのメシヤ講座とか先生がやっておられた宗教改革というのがあるんですけども、そういったことの中から、身近な、三重の中でも話しておいた方がいいかなと思ったことをピックアップしてこういう機会に話をしていきたいと思いまして。最近ピックアップしたものが、祈り方、どうやって祈ってますかという話しですけども、要は何々のように取り組みますので御力(おちから)を下さい。御力(みちから)をください。そういう祈り方。祈りについてはごくあっさり、メシヤ様はしつこいのはお嫌いです。朝夕拝、御神体を御奉斎されているところはやっておられるかと思いますけども朝夕拝はご在世中のメシヤ様へのご挨拶からきていますので、そういう意味合いです。メシヤ様へのご挨拶です。
 
祈る事【宗教改革より】
支部長代理
「祈る」ということについて「宗教改革」から再確認しておきたいと思います。
・朝夕拝はご在世中のメシヤ様へのご挨拶からきている。
・お願い事は極簡単に。「御力を下さい」→何に対して「御力を下さい」とお願いするか。
正しい行為をする為に、あるいは国家や地域や人々に貢献する為に、ということです。
・家庭慰霊祭を執り行う時には、「ただ今から○○家の慰霊祭を執り行なわせていただきますので、どうぞ御力を下さい」とお祈りします。
・決して何度もくどく言わない事
・「一人でも多くお救いできる浄霊力を身に付けさせてください」という願いが自分の中にあることが大切
・御教え拝読をはじめとして学術書や情報誌、新聞、小説等々に目を通して物を識るということが重要
そうしたものを吸収しつつ、
・「一人でも多くお救いできる言葉を身に付けさせてください」という願いを持ち続けること
・その上で、「御力を下さい」と祈りたい
・メシヤ様にお願いしたときにはすでにご守護を頂いている
・メシヤ様にお願いできるという事自体がご守護なのです。
 
祈りについて気をつけること【宗教改革より】
支部長代理
祈りについて気をつけること、注意事項として「宗教改革」より
・神様から頂けるご守護は進歩向上をお許し頂くためのご守護
・御教えに『神は一人一人それぞれの使命を与え、特徴を持たせ、生き変わり、死に変わり、理想目的に向かって前進せしめつつあるのである。』とある。その内容に関わることが真の意味の御守護
・人間の願いが叶うということと御守護とは、そうした意味で一致しないこともある。
・今こそ全ての教団が一丸となり絶対的に邪神にやられない体制作りを!
・天国を作るのも地獄を作るのも人間次第
・私達が一生懸命メシヤ様に祈れば祈った分だけ光と力は下さる
・何にも考えずに何にも行動を起こさずにただメシヤ様にお任せするという事では永遠に地上天国は成就しません。
・メシヤ様は『全て準備はした』とおっしゃった事は残っている訳ですから、浄霊力を強化することに努め、御教えを拝読し懸命に動いていかなければ地上天国建設は不可能となる。
・御教え拝読が徹底されていたらまず腰が低くなる。どんな立場の人に対してもふんぞり返らない。
・御教え拝読というのは実践する事です。実践しなければ意味がありません。
・知っててやらないのは罪になる
・メシヤ様に直結すると力が強すぎるから、また、奇蹟が絶大であるために、慢心が生じやすい。
・誰でも手をかざすだけで奇蹟が起こるので努力を怠りやすい
 
心がける事【宗教改革より】
支部長代理
そして、心がけることですが、「宗教改革」より
・正しく霊力を高めるように努力する
1. 体験を積むこと・・・・これは、布教ということによってどの教団でも取り組み、積み重ねることができてきました。。
2. 学習を重ねる・・・・メシヤ様の御日常を拝察するとメシヤ様は神の座にあり、千里眼をもちながらも新聞に目を通され、ラジオのニュースに耳を傾けられました。また、美術書の研鑽も続けられました。そのお姿をメシヤ様の弟子たるもの当然見習い、実践継続すべきです。
3. 人格を磨く・・・・例えば御教えに『下座の行』がある。「能ある鷹は爪隠す」という諺や「実る程頭を下げる稲穂かな」という句を引用されて、上に立つものほど下座の行に取り組まねばならない、とあります。また、『新人たれ』という御教えもあります。人格を磨くことについては事例を多く挙げられていますので、一つひとつ実践しつつ向上を目指さねばなりません。
以上の3点が、最低限必要なことです。これを欠かした教団はおのずから信仰地獄をはじめとする問題を発生してしまいます。
 
◎祭りとは 【宗教改革より】
支部長代理
いきなり祭りと思ってると思うんですが、こういった祭典をさせていただいてますので、祭典の意味合いということで学ばせていただきます。これも「宗教改革」からです。
 
神様のご意図と人間の心が真に釣り合う事を真釣りというのです。ここから祭りという言葉が生まれた、ということになっている。
御神体に向かってお祈りすること、太陽に向かってあるいは東に向かってお祈りすることの根幹は何が一番大切かと言うと、神様の御心と自分の心が真に釣り合うという事。御教えどおりにいつも自分が実践しているという事が一番大事。
顕祭:ご神体がある家でのお祈り
幽祭:ご神体は無いが、信仰心があってお祈りをしたいという気持ちは幽祭
・これは形に表れているか表れていないかという事
・しかし本来の信仰生活というものは幽祭の部分が多い
・信仰は祈ることばかり、手を合わせることばかりではない
・如何に御心に適った生活をするかが、本来の信仰
・御教え実践が信仰
信仰しているというのは、御教えを実践することですよ。
 
◎薬を飲んでいる人への浄霊について【宗教改革より】
支部長代理
この箇所は資料を用意していたのですが、時間の都合上お話できませんでした。しかし、昨今の状況を見ておりますとお世話をしていく上で大切なことかと思いましたので掲載しておきたいと思います。
 
Q.薬を飲んでいる人に浄霊をしたら駄目だという御教えがありますが、これは絶対に駄目だという気持ちでとらえればよいのでしょうか。
A.絶対に駄目だとは言えないでしょ。問題が生じてしまうから。しかし薬を止めて浄霊を頂けば必ず奇蹟は頂けます。
Q.必ず・・・・・
A.そうです。必ず。これは絶対の真理です。問題は体力です。必ず奇蹟をいただくが、問題なのは体力なのです。状況を十二分に吟味して、そのことを説明して本人が決めるのです。
指導者が決める事ではありません。指導者は状況をどのように見極めるかが役割なのです。
 
重病患者が薬を止めて浄霊のみで治していきたいというのであれば、家族の了解もしっかり得た上で臨機応変に対応して行くのが望ましいでしょう。
しかし何度も念を押しますが、医者にかかるにしても浄霊一本で治すにしてもあくまでも本人の意思と言うのが徹底されていないといけません。
誘導するような形になってはいけないので、ここは特に気をつけてください。
メシヤ様のやり方はどんな場合でも臨機応変だったのです。
本来の在り方は提示するが、選択は『本人のご随意に』というご姿勢がありました。
指導者の言われたとおりにやるというのはどちらに転んでも問題を発生させます。
以前お話ししたくも膜下出血の方への対応ですが、「何があっても一切責任は問わないで」という確約を取りました。
 
メシヤ講座の進め方について
支部長代理
これからどのようにメシヤ講座を行っていこうかという話しがありまして、本部でもメシヤ講座を読んでもらったように、一つテーマを決めて勉強させてもらう、今回は霊層界ですね。そいったことと、地上天国祭での総括的な話しをということでしたので、今回こういう形にしました。
それと、支部それぞれの特徴があるし、支部で抱えている問題ということもあるでしょうから、そういったところにもスポットをあてて特徴を持たせて勉強会をやってってほしいということがありますので、方針として。
僕は自分でこういうことを話した方がいいかなと思ってピックアップしてやらせてもらったんですけども、何か皆さんからテーマとかこういったことというのがあれば言ってもらえれば、その話しもさせてもらえるように、僕もちょっと勉強しておきます、ということなんですけど。どうですか?気になる事とか…。
〇〇さん、信仰長いよね、一番。
 
参加者
基礎的なことが分からないので、観音様とメシヤ様のことが分からない。メシヤ教と観音様とか、そういうことが分からない。深いところが分からないので。
 
支部長代理
元々日本観音教団だったことはご存知?
 
参加者
はいはい、それで観音様?
 
支部長代理
昔の御神体は座行観音様、あそこに掛かってます観音様、絵姿の。あの観音様が御神体だったんですよ。観音様関わりありますし、玄関のところに、日の出観音様、メシヤ観音様と言いますけども、あの観音様はメシヤ様が御描きになられたもので、本部の御神体でもあったわけですから。
元々は観音様の信仰であって、観音様というのは大慈大悲、全てのものを救われるのですから、ただ菩薩という位に下がって、神の位から菩薩の位に下がってすべての人を救っていく。まずそこから始められた。だからいつまでも観音信仰ではなく、今は、この前の祭典は天照皇大御神をお迎えするという祭典だったわけですから…。
あっ、そうか、まず観音様からやね。
それで、入会教習なんかのときには、『文明の創造』と観音講座、メシヤ様の御在世当時の入会教習は観音講座をしておりましたので、その講座は結構難しいんですけども、そこのところを織り込みながら、これからやっていこうかなということになっております。
すでに入会している人はしっかり分かっているものとして拝読しとかないかんよと。そういったことを教えていく立場になっていきますので…。
勉強しましょうか。話せる時間を取ってもらえれば個別に話もさせてもらいますし…。
観音様の話の中では、仏教では観音様の後ろに光背、ここに白毫、これが⦿(ス)の形にもみえますよね。
前にある宗派の仏教講座を聞きに行った時には、阿弥陀さんの話しでしたけども、本来仏像を拝むのではなくて、仏像の後ろにある「光背を拝んでるんですよ」という話しがありました。そういったことを考えると観音様とか、そういう仏像の御光を拝む、いわゆる主神様を拝むということに通じるのかなという話しは前にメシヤ講座で話したんですけども。仏教も全部包含しているよと、そういうことだと捉えればいいかと。また聞いて下さい。
では、時間になりましので終わらせていただきます。
 
司会
以上をもちまして月次祭を終わらせていただきます。ありがとうございました。
 
参加者一同
ありがとうございました。

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...