2019年3月3日日曜日

メシヤ降誕本祝典記念大祭にのぞむ 「覚りの旅」を兼ねる。

メシヤ降誕本祝典記念大祭にのぞむ

メシヤ降誕本祝典記念大祭
司会
祭典三分前になりました。
本日は、メシヤ降誕本祝典記念大祭です。
平成三十年三月三日メシヤ様が現界にお出ましになられてより、私たちはメシヤ様の御手足としてメシヤ様と共に地上天国建設の大業に邁進させて頂いております。
メシヤ降誕本祝典記念大祭は、三月三日という日にメシヤ様がお出ましくださったことを喜び、感謝申し上げ、新たな気持ちで日月地完全な救いの力を地上の隅々まで広げていくことをお誓いさせていただく日であります。

世界の大転換『明日の医術 第三編』昭和18年10月23日
『すべてに陰陽あるごとく一年にも寒暑の別あり、一日の中にも昼夜の別あり、十年にも昼夜の別あり、百年に千年に万年にもそれがあるのである。』
と御教えいただいておりますように昨年が三千年来の夜昼転換であるとすれば、今年の夜昼転換の起点を本日3月3日とし、経綸の主体である大ミロク様の御働きでメシヤ様がお出ましくださったことを、私たち人間が受け止めさせていただき、その御力を
聖地→三救→日本→世界 へと広げていかねばなりません。
現界のいかに多くの地に人に反映していけるのかが問われているのです。

そういう意味で、日本の真ん中、中京と言われるこの三重の地で3月3日に主神様の御前で祝詞を奏上させていただけることに感謝を持って祭典に臨ませていただきたいと思います。

心静かに開式をお待ち申し上げます。


(祭典)

挨拶

昨日は三救で、主神様に祭典挙行のお許しをお願いさせていただいて、箱根と熱海に参拝し、三救に戻り、帰着報告と夕拝をさせて頂きました。

日月の聖地を参拝させていただきましたので、この三救を基点に本日、地(土)の聖地にまいります。
京都聖地の土を踏み、
日月地・ミロクの御力を地域へ日本へ世界へ反映していきます。
大ミロク様、メシヤ様のお役にお使いいただきたい。
との想念を持ってまいりたいと思います。
みなさまどうぞよろしくお願いいたします。

三救→平安郷→三十三間堂→加良比乃神社→三救の参拝となります。

初めての参拝方法となりますが、メシヤ様お出ましの歓喜の心を伝えにさあ出発しましょう。

平安郷
ずいぶん長い間、春秋庵でお目にかかれませんでしたが、大彌勒御尊像を拝することができ歓喜に胸が震える思いでした。この想いが「歓喜」なのですね。

岡田茂吉記念館にて

玉持観音様
雲の上におられる。昭和9年作であり、大本教時代です。立教の時の昭和10年に地上に降りられた。そして玉を今にも地上に落とそうとしておられます。
観音教団の立教と、メシヤ様が観音様であることを教えておられるように思います。

巌上観音様
岩の上におられますので地上に降りておられます。昭和11年ですから日本観音教団として活動されております。

富士の絵 落款:自観 落款印:光明遍照 三界歸一
富士の絵は上から見ていると想像すると⦿の形です。主神様・メシヤ様のもとに神幽現の三界が帰一する。そしてあまねく光明の光を照らしていくという意味があるのだと思います。
今回この記念館で見せていただいた絵は観音様が一番の救いのもとであり、活動の幅を広げていったことを忘れるなと御教え下さっているようですね。

初めて見る御真筆でした。 「救いの光教団」のみが頂いた一点物 なのだそうですので、岡田茂吉記念館に貸し出しているのでしょうか。大変貴重な御真筆を見させていただいて感謝です。

三十三間堂 

全人類待望の炬光 大聖観音力の顕現併而(あわせて)仏説の開扉
東方の光3号、昭和10年2月23日
『弥勒と称えても三弥勒在られ、昔から報身、法身、応身弥勒と申上げているのである。報身は釈迦であり、法身は阿弥陀であり、応身は観音である。また日月地に配すれば日が観音であり月が阿弥陀であり、地が釈迦である。又地理的に配すれば日本が観音であり、東洋が釈迦であり西洋が阿弥陀なのである。又これを三尊の弥陀とも称え基督(キリスト)教で三位一体と称えるのもこの事である。(三尊の弥陀についてはいずれ詳しく解説する積りである)しかしてこの三位一体の力を独り具有され、大千世界の最後的救済を為さるのが、観世音菩薩即大弥勒神の御活動で被在せらるるのである。』

観音 → 光明如来 → 応身弥勒 → メシヤ  ・・・善言讃詞
観音 → 伊都能売大御神 → 大ミロク大御神・メシヤ大御神 ・・・今の御経綸
と考えました。
十月に結びの御神業として、伊都能売大御神様を中心とした参拝を三十三間堂および加良比乃神社で行わせて頂いたからこそ繋がった参拝だと思います。

三十三の意味は奥深いので、御教えから学ばせて頂きます。(末尾に記載)
また昨年は、岩戸観音堂での「三十三相に化現されるという、観音様の応身のお働きに感謝申し上げました。」という事もありました。

そして、
「正しい配置にする、神幽現三界の秩序が正される。
観音様に付き従った二八部衆+風神雷神や1001体もの観音様が思う存分大慈大悲の御手を差し伸べられるよう活動される。そういうことを意味していると思います。」

1001体もの観音様が大ミロク様・メシヤ様に帰一し救いの御力を発揮されておられるのだと、溢れんばかりの参拝者に思わせて頂きました。駐車場が確保できたことが奇蹟のようでした。
3月3日は、3という字が重なっている縁起が良い日であり、三十三間堂も3が重なっているということから「桃花会」が行われ無病息災を祈る日でした。
そして毎年恒例なのだそうですが、瀬戸内寂照さんの青空説法の最中でした。
そして、この日は無料拝観日でした。それでこんなに人がいたのかな。

加良比乃神社 参拝

三救 
奉告参拝および夕拝 

月次祭の「覚りの旅」を兼ねておりました。文字通り「覚りの旅」となりました。
感謝申し上げます。

本教と文化革命
『本教と文化革命』から学ぶ

今月のテーマから要点を絞って学ばせて頂きますと、
メシヤ様は確信を持って全身全霊で、救世の大業に邁進されました。
しかしながら、その現身から離れざるを得ませんでした。
今は、神界から救世の大業に邁進されておられることとお察し申し上げます。
とするならば、私たちがメシヤ様の身となって、メシヤ様の全霊を受け止めさせていただいてこそ、文字通り、全身全霊となって救世の大業に邁進し、地上天国建設が実現していくのではないかと思うのです。

そして、メシヤ様のお体は光の玉の大きさ(地球大)に耐えられなくなって・・・ということですから、メシヤ様の全身となり得るには、地球規模の人達がメシヤ様の御心を心として行動できるようになっていくことだと思わせていただきました。

メシヤ様の御心を自分の心として行動しようとするならば、根本は観音様なのですから、本日拝観させて頂いた1001体の圧巻の観音様と共に、
であり続けたいと思います。



三十三

『いろいろの話をしたいと思うんですが、たいていふだん気のついたことや思ったことは、しゃべったり書いたりしてますから、どうもふだん言わないようなことを話したいと思うんですが、そうたくさんはないわけですね。で、そうかといって、ふだん聞いているような話じゃ、せっかく遠くまで出てきて意味がないですから、なるべく珍しい話をしたいと、こう思ってます。で、これからお話するのは、今まであまり言わなかったことで、今度の講和ですね。一昨日から効力を発生したということになっておりますが、これはたいへん神秘なんです。みんなめでたい、めでたいと言って、国中喜んでますが、確かにこれはそれに違いないけれども、しかし誰も分からないようなもっとめでたいことがあるんです。これはあるいは、人類始まって以来のめでたいことかもしれませんね。というのは、大体今世界は――いつも言う通り、精神文化と物質文化と、離れ離れになって、つまり経の棒と緯の棒が結ばってないですね。ところが、緯の棒は――これもお話したことがありますが、物質文化の中心であり、ほとんど世界の物質文化の親玉みたいになっているのは米国なんです。今欧州の文明国がありますけれども、とうてい今日は米国のすばらしい物質文化にはかなわないです。ところで東洋文化ですね。精神文化の東洋文化の方はどうかというと、これもなんと言っても日本ですからね。日本こそ精神文化の中心であり、それからして日本はまた美術――この中心でもあるんですね。そこで経と緯と結ばなければならない。その結ぶ最初の起点ですね。はずみが一昨日の講和記念日になるんです。で、神様の方ではそういう経綸になっているんです。つまり世界が伊都能売になるんですね。そこで、つまり十字に結ばるわけですね。だから、講和を契機として、日本とアメリカはいっそう仲が良くなるんです。非常に密接になる。従って文化も、日本の文化がアメリカにますます入って行くんですね。それはアメリカでも、日本の特に古代文化なんか認めてますから、そこで日本の美術なんて、そういうものが、まだまだずっとアメリカに染み込んで行くんです。それとともにアメリカの文化がもっともっと日本に入ってくるんです。それで非常に――夫婦のように密接になるんです。そんな第一歩が講和記念日からなんです。それで初めて世界が伊都能売の働きになるんです。で、バッジですね。バッジがそれを現わしているんですよ。真ん中の赤が日の丸なんです。まわりの黄色がアメリカになるんですよ。つまりアメリカに日本が抱かれているんですよ。そうして十字に結ばって、真ん中がそういうふうになるわけですね。だからして、その意味からいって、このくらいめでたいことはないわけなんです。で、世界の文化というものは、そうなってからが本当の文化ができるんです。つまり偏らない本当の文化――それができる。まあ、すべて神様の御経綸で着々としてやられているんですから、そういう意味でメシヤ教もこれから非常に世の中に表面的に出てきて、つまり発展するわけです。その結ぶ仕事というものが、やはりメシヤ教がやるんですから、今まであまりそういう大きなことを言うと、山師みたいに見られますから、なるべくそれは言わないようにしてますが、実際においてそういうような時期になってきたんです。そこで最初の結ばる意味から言うと、日本の東と西と、この真ん中が、ちょうど中京になるわけですがね。で、緯の方は、日本は細長い国ですから、そう著しくないですが、経の方は長いですから、東と西がはっきりと別れている。その中心が中京になる。それで一昨日中京の教会に寄り道して一席話したんですが、その意味の話をしたんです。それで霊界における経綸を、私が説明したわけですね。だからそのつもりでこれからやられれば良いわけですね。で、なにごとも時期ですからね。こんなに病気が治り、貧乏、争いが解決できる宗教が、もっとどんどん発展しなければならないと、誰でも思うんです。私始めそういうふうに思っているんですが、それはやはり時期ですから、だんだんものが育って行くように、一歩一歩進んで行くんです。神様の方は、突如としてパッとなるということはないんです。それは、大自然の真理にはずれますからね。どんなことでも、一歩一歩育って行くんです。その代わり確実ですからね。時期さえ来れば、ちゃんとその通りになるわけです。ですから今度の京都に来た意味なんかも、やはり最初チラッとしたくらいのことが、だんだん一歩一歩具体化してくると、こういうわけなんです。
 それから、昨日おもしろいことがあったんです。昨日法隆寺に行った時に、夢殿というんですが、ふつうあまり参詣人に見せないですね。今までは一年に一回扉を開いて見せるということになっているそうです。昨日は突如として、夢殿が開いていたというわけですね。これは非常に不思議なんですね。やはり神様の方になにかわけがあるだろうと思って夢殿に行ってみますと、ちゃんと外の扉が開いて、中のお厨子の扉も開いて、そこに観音様の御像があるんです。はっきりは判りませんが、少し暗いですからね。それと遠くですからね。形が、等身大のお観音様です。それに札が書いてある。「救世観世音」としてある。救世観音様とも言いますが、これは昔から文献にないことはないんですが、ただ私はそれに「メシヤ」と仮名をつけたんですね。これは私が初めてやったんです。ですから、私の方から言えば、救世観音ですね。文献にはありますが、そういった観音様の御姿と私は思うんです。見たことがないですからね。大体文献には大きいのは六観音ですね。六つの観音様。それから小さいと言いますか、その中に観音が三十三体あります。救世観世音というのは、その中には一つもないんです。ですからそこに神秘があるわけですね。それで私は観音様の所に向かうと、観音様からスーッと霊気が入ってくる。実になんとも言えない良い気持ちです。そうして涙が流れそうになってきた。まあ、長い間待っていたというわけですね。それで、やはりそういった――神様の方にも時期があるんです。その時期が来るまでは、どうすることもできない。それで、今まで法隆寺の夢殿において時を待たれていたんです。で、いよいよ時が来て、昨日私が行ったために、これから大いにお働きになりたいんです。それで私に懸られたんです。ですから、実に時なんです。これからまた観音様が大いにお働きになるはずなんです。そんなような具合ですからして、一生懸命にやって結構ですけれども、ただ知って、時期の来ないのに、いろいろの心配したりすることは必要ないわけですね。時を待つということが一番肝腎なことです。そうかといって、ぼんやり時を待っていては――寝ていて果報を待て――式じゃ、これは駄目で、やるだけのことはやる。そうしてただ急ったり無理をしないということを心得ていれば良いわけですね。
 そういうわけで、京都の方々のお寺にあるいろんな仏様ですね。結局はメシヤ教が現われるのを、みんな待たれたんです。それで今度私が来たことについても、いろんな仏様は霊界でたいへんな喜びなんですよ。そういうわけですから、その仏様たちが、自分の宗旨の人をだんだん分からせるんですね。そういう時期が非常に近寄ってきている。この間私は日比谷の公会堂の時の話に、釈迦、キリストは私の弟子に相応するということを言ったわけですが、随分大きなことなんで知らない人は驚きます。信者の人は別に驚く人はないんですが、そうすると仏教の方で、法然、親鸞、伝教、日蓮、弘法――ああいう人たちが、私の孫弟子になるわけですね。だからいよいよ親父が出てきた。これはなんでも働いていろいろ手功〔柄〕をしなければならんということになるんです。そういうことについても、これからだんだん京都に地上天国でも造るようになりますと、そういう仏様たちがみんな寄ってきて、大いに私の言う通りに働くようになりますから、そうするとこっちの方も大発展をするということですね。だから非常に期待した時期が近寄ったわけです。』

【御教え】地上天国3号、昭和24420
『【問】法身(ほっしん)、報身(ほうしん)、応身(おうしん)について。

【答】報身――地――釈迦、法身――月――阿弥陀、応身――日――観音となり、観音が一番上である。
 法身は水の働きのみで彼世(あのよ)のことが主である。この世の救いよりは霊界すなわち浄土へ救うのが眼目である。阿弥陀は西方へ浄土を作って、仏すなわち覚者となったものを我方へ来るようにと釈迦に誓った。よく寂光の浄土と言うが寂光とは寂しい光すなわち月の光で月の霊界である。
 報身は地になるから下であるが、ある場合上になることもある。それは観音や阿弥陀を生んだからその母ということにもなる、親が子を生むというが、子が親を生むともいえる、つまり子ができて初めて親という名が生まれる。
 応身は一番働きが大きいんで、三位の働きを一身でなされるのである。応身とは種々の面に応ずることで一つものに捉われない、それで六観音三十三相に化身されるのである。なにごとも融通がきかなくてはいけない。相手が固苦しければこちらも固く、さばけておればこっちもさばける、相手により自由に応身する。ちょうど玉が転がるようにいささかも角があってはいけない。いわゆる円転滑脱である。女には女に向くよう、男なら男に合うようにその相手の好むようなことを話してやる。ところが世の中には自分の好きなことを相手に押しつけ従わせようとする。これは応身ではないから嫌われる。またこっちから話するより相手の話を聞くほうがよい。すなわち話上手より聞き上手になることである。』

【御教え】御講話 昭和10106
『も一つおもしろいのは、西国三十三カ所の観音様のお開帳がある。これはいままでに昔もなかったことでしょう。初めてです。去年国民新聞社でやると話したんですが、それがこれになった。やはり経費の関係などのためと思うのですが、電車会社が援助してやることになった。だいたい、東横、京浜、小田急などあの辺京浜間の電車、また、それに股がる寺で……
 観音様は奈良の東福寺、京都の清水寺、近江の三井寺など、いろんな西京の有名な観音様が来られてお開帳され、やはり十月十日から始まる。ちょうど絵図でみると、今度の玉川郷を起点として拡がっているようです。
 これも玉川郷ができるについて仕組まれたもので、これが一日で全部巡れる。たいへん割引され一日で一円二十銭で行ける。そういうわけでこれができたんで、十月十日から十一月十一日までで三十三日間、これはたいへん意味があり、ぜひ観音会でもできるだけ多く団体参拝として行きたいと思うので、二月五日に行くことになった。割引期間は九日までで、八日までになるべく今晩までに決めていただくといいと思います。
 これは観音会の大宣伝にもなる。また、今度の玉川郷の大きな宣伝にもなるから、人数の多いほどいい。どなたでもお知り合いの方できるだけ多く行っていただきたい。ちょうど陽気もよく京浜間の有名なお寺もみなあるし、観音様の御仏体もたくさんあるし、二度と拝めない名作もたくさんあるでしょう。ありがたく拝ましていただくというのが本当だが、実はこちらが本当で、名作を拝見するとしても結構です。』

【御教え】玉川郷秋季大祭御講話 昭和101111
『今日は、この間三十三カ所の札所を参拝しましたが、お開帳の最終の日になり、こちらは十月十日にお祭りしまして、初日から最終の日までちょうど三十三日間で、これについてはいつかお話したがたいへんな意味がある。先刻も会長さんが話されたように、もう観音様のほうでは決まっている。芝居のプログラムのようなもので、どうしようとこうしようと、決められただけのことは出てくるんで、やるだけのことはやるんで、口では言えぬくらいたいしたものなんであります。それを早く知るには信仰に徹底することで、そこへ来れば疑いがなくなる。』



【御教え】観世音の本体 観音講座 第三講座 観音講座 昭和1085
『 和光同塵(光をやわらげ、ちりにまじわる)
 観音様は人類救済の為にいかなる極悪な者も、獣や虫類に至るまでお救いを垂れられる為、馬頭観音のごとく、お姿を変えられて地獄の者までもお救いになられる。
 最高最貴の神様がこんなにしてまでも一切衆生を救われる。およそ人間は神様のお子である為、この苦の娑婆にあえぐ人間達を天国的生活に入らしめんと大変な御努力を遊ばされるので恐れ多い極みであります。何にも捉われず三十三相に化身されて融通無碍(ゆうずうむげ)、円転滑脱(えんてんかつだつ)、対手(あいて)に合せて喜ばれる様にされる。』

【御教え】御講話 昭和10 年211
『桃太郎は最勝妙如来である。必ず勝つのである。桃は三月三日に咲いて五月五日に実る。五月五日の鯉のぼりのことは非常なる意味がある。鯉は魚の観音である。真鯉の鱗は三十三枚である。』

観音様は
【御教え】観音講座 第二講座 昭和10725
『日―観音―南海大士 三十三相どころか非常に沢山に御名がある。
 勢至(せいし)菩薩といえば観音と共に働く時の名である。』

【御教え】御講話 昭和1051
『また、五月五日ということはたいへん観音様にとって意味があり、私が前に神界すなわち神様のほうの世界の経綸にかかったとき、桃太郎として初めて仕事のため出た日もやはり五月五日でありました。今度の五月五日もやはり桃太郎の仕事をすることになります。五月五日の鯉幟(のぼり)は今度の観音会のことの謎であったんであります。
 鯉というものは出世魚と言って一番出世するものの意であります。鯉は魚の観音様で、真鯉は鱗が三十三枚あるんで、三十三枚ないのは真鯉ではない。先に勘定してみたことがありますが、たしかに三十三枚あります。
 よく巧く行くことを登龍門をくぐるとか、または登龍門を登るとか言います。
 これは、支那のある川を鯉が昇り、だんだん昇って行くと上流のほうに登龍門というのがあってそこまで鯉が登ると言うことであります。
 鯉は出世魚ということから、五月五日に鯉幟を祝うのであります。
 江戸っ子は五月の鯉の吹流し口先斗(ばか)りで腸(はらわた)はなしということがありますが、これも神秘のあることで、私は江戸っ子ですから、口先ばかりで腸はないというほうであります。五月の鯉幟の口……
 観音様がやっておられるとすると、いい方から言えばそれになるから結構であります。
 観音様は一番位の高い所から一番低い位へ落ちて、それから一番高い位へのぼられるのであります。
 今年の五月五日から一歩出世したということになります。これは自分自身で出世したというのではなく、惟神で観音様がそうするんであります。』

2019年2月20日水曜日

覚りの旅 平成31年2月度 勉強会を終えて

平成31年2月
覚りの旅 平成31年2月度 勉強会を終えて

司会
「浄霊と幸福」だね、お願いします。

参加者
「浄霊と幸福」拝読
【御教え】「浄霊と幸福」地上天国三十四号 昭和二十七年三月二十五日

本教浄霊は病気を治すのが目的のようになっているが、本当からいうとそれだけではないので、もっと大きな意味がある事をかいてみるが、一言にしていえば浄霊とは幸福を生む方法である。というのは単に病気といっても勿論浄化であり、其因は霊の曇りの解消作用であるのは、今更言う迄もないが、そればかりではなく、人間一切の苦悩の無くなる作用である。

従って貧乏も争いも浄化の表われで、私の曰う病貧争悉くがそれである。処が一切の浄化作用の中で最も重要なのが病気であって、之は生命に関するものであるからで従って病気さえ解決出来れば、貧乏も争いも自然に解決されるのは当然である。勿論そうなる事が幸福の根本であるから、不幸の原因は全く霊の曇りであるのは、余りにも明かである。それを簡単にして確実な方法こそ、霊の曇りの解消法としての浄霊であるから、最初に述べた如く浄霊は独り病気のみではない事である。それに就て一層詳しくかいてみよう。

以前記いた事があるが、人間の体は現界に呼吸しており、霊は霊界に生きている以上、霊界の状態が其儘霊身に影響し、それが肉体に映るのであるから、人間の運命の其根本は霊界にあるのである。そうして霊界も現界と等しく、上中下多数の段階になってをり、之を分ければ大別して三段階になっている。其内の一段が六十階、それが三分され二十段づつになって、合計百八十一階級である。そうして一は主神であるから、主神以外は如何なる神様でも、百八十の中のどれかの段階に居られるのである。右は経を曰ったものであるが、今度は緯を曰ってみると、緯の広がりの一つ一つの段が、地獄から天国迄それぞれ異っているから、仮に現在自分の霊とすると、下の六十段の其又下の二十段に居る場合は、最低地獄に相応するから、之以上ない程の苦悩に満ちた世界で、之が体に映って苦境のドン底にある訳である。又其上の二十段に上ると幾分楽になり、其又上の二十段はもっとよくなるというように、夫々の段階一段々々其苦楽の異うのは勿論である。それで右の如き下の六十段を突破すると、今度は中の段階になる。即ち中有界、八衢であるから、現界に相応するので、其又中から上の六十段へ入ると、此処は天国であるから天人の地位となり、歓喜悦楽の境遇となるのである。

右のように其人の居る段階其まま通りが運命となるのだから、一段でも上に行くよう心掛けるべきで、上になる程益々苦しい忌わしい事がなくなり、幸福は増すのである。つまり浄化すべき苦痛の必要がなくなるからである。だから人間は霊身が下段にある間は、どんなに智慧を振い、骨を折っても駄目である。というのは之が神の天則であって霊主体従の法則も厳として冒す事が出来ないからである。故に幸福になるにはどうしても霊を浄めて軽くし、少しでも上位になるよう心掛くべきで、それ以外に方法は絶対にないので、茲に浄霊の大いなる意義があるのである。 


司会
はい、ありがとうございました。

図―1
20902図-1


復習になりますけど、今読んだことのね。
『浄霊と幸福』ということで、何を書いてあったかというと、浄霊とは幸福を生む方法であると。
浄化というのはどういう風に表れてくるかというと、病気、貧乏、争いね。
病気というのは浄化なんです。これは、霊の曇りの解消作用を言います。
霊の曇りの解消作用。不幸の原因は霊の曇りということで、不幸の原因とつながってるわけですね。人間一切の苦悩の無くなる作用が病気なんですね。
だから、悪いものではないわけですね。今の人間がとらえてるのは悪くとらえてますけども、病気ととらえるか、浄化作用ととらえるかによって、違ってくると思います。
病気、貧乏、争いが浄化の表われであって、この内の病気というのが一番重要なんだよと。病・貧・争の内の病気が一番重要です。何でって言ったら、命に関わるからっていう事です。
不幸の原因は霊の曇りであって、それを簡単確実に解消するのが浄霊ですよという事で、浄霊っていうものを有難いと。だから『浄霊と幸福』っていうタイトルなんですね。
今までやってきた事の復習のような感じですね、今回はね。

図―2
201902図-2



人間の運命の根本は霊界ということで、これも霊主体従とか、霊層界の御教えで、今まで学んできました、復習の事が書いてありましたね。
霊層界で、構成が上・中・下、天国・中有界・地獄、60段ずつあると。
この60段がまた3段階に分かれて20・20・20、全部で180段あって、一番上に主神様が御鎮座されて181ですよと。
霊層界の上におればですね、霊層界、自分の魂の方が天国・天人であって、歓喜悦楽であると。
一般の人間というのは、ここでしょうけども、中有界・八衢(やちまた)といって、現界に相応します。普通の暮らし。で、自分の霊が地獄の方におれば・・。一番下はまた最低地獄でこれ以上ないほどの苦悩に満ちた世界。人間界に表れてくる。霊の位置が人間界に表れてくるので人間界においては苦境のドン底になってしまいます。
これは、絶対に変わらない法則ですよ。と教えられてるので、信じる信じないはあなた次第ですけどっていう事ですけど、自分達はメシヤ様を信じているので、メシヤ様の説かれていることは信じているということです。
その人の居る段階そのままが運命ですよと。
一段でも上に行くよう心掛けるべきです。
上になる程益々苦しい忌まわしい事がなくなり幸福は増すんですね。
何でって言ったら、浄化すべき苦痛の必要がなくなるから。上がっていけば浄化しなくても・・浄化というのは自分の曇りをとってもらう事です。曇りがあるから浄化するんであって、その曇りが取れていけば浄化しなくても良くなってくるのですね。上へ行けば行くほどね。で、上がるには浄化が伴います。だから、逆に言えば有難い事ですよね。病気をいただいて、浄化して、曇りを取ってもらうんだから有難い。
霊身が下段にある間はどんなに智慧をふるい、骨を折っても、霊主体従の法則で反映してくるということは、ここに居て一生懸命体の方であがいても結局は良い事をして上がってない限り人間界に表れてくるわけですから、そういう事がここに書いてあるね。いくら智慧を絞ってもこの霊層界によるんですからという事が書いてあるのです。
それは神の天則であって、霊主体従と言います。この霊主体従の法則というのは厳として冒す事が出来ないんですよと。
神格を頂く道・・ここは付け足しましたけども、神格を頂く道と浄霊で霊を浄めて軽く上へ、それが幸福への道につながります。
という風に、2枚にまとまりました。(笑)

まずは、このことを、念頭に置いておいていただきたいと思います。


図―3「天津祝詞・神言のてほどき」より
201902図-3


3日・4日、節分祭・立春祭ということで、その辺の事を今までブログを上げた中から話をしていきたいと思います。
先程、天津祝詞を奏上しましたね。天津祝詞、これは「手ほどき」(本)にも書いてあります。
ここから、ブログにあげたわけです、神言とかの話と、これもそうですけど。
天津祝詞でいきますと、
高天原に神留り坐す 神漏岐神漏美の命以ちて・・神漏岐・神漏美っていうのは、高皇産霊神・神皇産霊神、霊・体、善・悪と。この神様は天界に居られて地上に下りては居られません。神様で、主神様の直系で、主神様が一番最初に作られた時に、神様を、その時から善・悪、霊・体を御作りになられたわけです。そういうことが、この対比で分かるんですけども。
命以ちてですから、命様のお言葉で伊邪諾尊。命以ちて、皇祖神である伊邪諾尊様が御禊祓いした時にお生まれになったと。で、祓戸の大神等、これは祓戸の四柱の神。祓戸の大神等って書いてあるね、天津祝詞に。この四柱っていったのは 速佐須良比売神・速秋津比売神・瀬織津比売神・気吹戸主神、これは、神言に出てくる神様ですね。神言では御一人ずつ働きが祝詞の中におり込まれてますけども、天津祝詞ではまとめて祓戸の大神等って。だから、諸々の枉事罪穢を祓う神様っていうことが分かります。
で、祓戸の大神というのを現実的に当てはめてみると、メシヤ講座の浜松でご教導賜りましたが、お働きを人間の体に当てはめると腎臓に当たるんですよと。祓戸の大神っていうのは腎臓に当たります。これは、血液を祓い浄めて、血液を美しくしますね。血液を祓い浄めるということは腎臓の周りの余剰尿を外へ排泄するという事。で、血液が美しくなると頭がさえ柔軟性が出てきます。美しくなるという事で病気症状を修復していくんだと。ですから、添加物を入れない食生活で血液をきれいに、腎臓を柔らかくしていくんだよという事を祝詞の中におり込まれてるんだよという風に意識した方がいいですねっていう事。現実に当てはめると血液の浄化という事です。


図―4「天津祝詞・神言のてほどき」より
201902図-4


ということで、神言。
神言のことも出てきます。

参加者
節分祭の時にあげる。

司会
〇〇教の方では零時参拝。正月の零時参拝のときに。

参加者
お正月にするんでしたっけ?

参加者
うん、31日に。

司会
これは大祓の祝詞っていうことで、12月31日っていうのが・・、大掃除するよね、それと一緒ですよね。大祓の祝詞っていう意味合いでやってたんだと思いますけど。

ここに書いてある内容でいくと、神漏岐神漏美の命以ちて、また出てきましたよね、高皇産霊神・神皇産霊神、この産霊(むすひ)っていうのは、これは生成化育の根本の力を表しています。皇親(すめらがむつ)というのは、皇祖神、祖神(おやがみ)様、天皇の元、一番元のことを皇親(すめらがむつ)。
「すめら」は別の意味でいくと統一するという意味があります。心が澄むとか、という「すめら」。清浄であるという事ですね。
「むつ」というのは睦まじい、和の徳とか、そういう意味があります。
で、八百万(やおよろず)って出てきましたね。「八百万神等・・」この、八(や)っていうのは 弥(や)にも通ずる。いよいよたくさんのという意味があります。
言霊が大事なので、発音が。漢字というのは聞いて当てはめるんですよ。昔は、ホツマの時代はまたホツマ文字という違う文字だったんですけど、アという字がこの〇にゝになるように違う文字だった。で、中国から漢字が伝わってくる前というのは発音だけだったんですね。字が無かったので当てはめたわけですね、中国の文字を。中国の文字を当てはめたので色々な漢字が出てきますけども、発音なんですよ。
神言の書かれている紙を広げて見ながら
これは本居宣長の。

参加者
これ、どうしたの?

司会者
本居宣長記念館というのが松阪にありますよね。僕が放送大学に行ってた時に、そこの吉田館長という人が講師をしてくれたわけ。本居宣長記念館へ行って面接授業を受けた時に、この本があったので買ってきたのです。今、役に立つと思わなかったんだけど。これは(神言が書かれている紙)はここに(本)に入ってた。
言霊一つずつ当てはめてるという事です。
この話は「宣長さんと大祓祝詞」という事でブログにアップしましたけども。
言いたいのは、漢文じゃないよという事ね。日本の言葉を、発音してたのを、平仮名が出来る前ですから、中国の漢字を借りて当てはめたよと。そういった中でやってる人の意味合いの中でこの文字を当てはめようかと選択していくので、人によってそれぞれというのがあるんですけども、これはこういう風に宣長さんがとらえたっていう事かな。

参加者
へぇ~。

司会
そういう意味合いがありますよと。
という事で、今の「八」も「弥」という風に当てはめるときもあるよという意味です。
言葉の「や」という意味の中に、そういう色んな意味が含んでる。その人の感性によって書く使う字が違ったよというのがあるので。

我が皇御孫命(あがすめみまのみこと)、我の最愛の直系のお孫という事です。最愛の直系のお孫という事であって、祝詞には誰とは書いてないんですね。通説ね、一般の学者たちが言うにはニニギノミコトかなと。それは今の天照から神武につながる、ニニギノミコトが降尊。高天原から降りて高千穂にっていうことから言ってるだけで、ニニギノミコトとは書いてないです。
で、さっきの祓戸の神出てきましたよね、ここに。
祓戸四柱の神、瀬織津比売・速秋津比売・気吹戸主神・速佐須良比売。
瀬織津比売というのは、「せおり」さっきの言葉の・・これは織という字が書いてあるけども、「瀬下り」と読んだ場合、水流、水の波紋が綾を織りなすという意味があるのかな。罪穢れを海に押流す。流れで浅瀬の石が磨かれるように磨き合いとぎすます神の御徳という働きの神様。名前が働きをあらわしてるので、神様の名前というのは。

速秋津比売、「秋」と書いたり「開」と書いたりしますけども、「速」という字は迅速にとか速やかにという意味。「開」という字は大きな口を開いて呑み込むという意味があるそうで。
何をって、罪穢れを素早く呑み込んで一切を清く明らかにするという意味合いの神様。
で、信仰というのはこの神様のように大きい度量を以って、相手の失敗をいたずらに責めず咎めず、それを呑み込み許してやるべきであるという、これはここに書いてあることね。

気吹戸主、「気吹戸」これが地脈の下、海底であって、根の国底の国の中間。

参加者
中間?

司会
中間。
気吹戸から先というのは地獄になるよということね。そこに居て人の息をするその呼吸音に意志が働いて歯や舌、あごに当って息が出るね。息が出る時に言葉になりますと。その言葉は自分の生命を保つ、「保の息」というのかな、生命を保つための息、呼吸することによって人間は生きていられるので、この息に意志が加わって発するものでありますと。だから、自分の意志が神様の御心に叶った正しきものであれば言葉も美しくなるべきでしょうと。そういう働きがあるんじゃないかと、この気吹戸主には。
だから、祝詞というのは大事ですよと。その意志を言葉に乗せるから。

速佐須良比売、この字というのは「さすら」をどうとらえるかによって違ってくるんですねサスル、擦するの敬語でもあるわけ。そうすると、全ての罪穢れを磨擦、磨き上げてその穢れを消して、もとの正しい姿やあり方に浄めるよと、そういうのがこの速佐須良比売の役割・働きであると。
散らし失せしめて一切の罪穢れを無にする、迅速に、そういう意味があるんですよという事ですね。この神様の御神名を唱えるという事は・・

参加者
すごいことですねぇ・・

司会
すごいこと。全部たまってきた罪穢れを流してくれる、そういう思いであげるべきなんですよと。


図―5「天津祝詞・神言のてほどき」より
201902図-5

201902図-6

201902図6-2


で、これは自分の考えが入ってますけども、
人類の祖神「カムロギ・カムロミ」のお心とそのご命令によって始められた地上の歴史ですと。ここ、書いてある話ね。
で、祖神の理想というのは地上天国建設ですよと。これもここに書いてある。
じゃぁ、誰っていう話だったら、あまりややこしく考えずに主神様って考えたらいいんじゃないのと。主神様が派遣したんだから主神様と。御教えの中でも「親方が・・」と出てくるじゃないですか。祖神様でもあるわけですから。
で、すべての神々が何等異議をさしはさまない立派な神人を中心として地上経綸が行われていくということで、色々、「神集へに集へ賜ひ神議りに議り賜ひて」お遣わし下さったのは誰?と言ったら、僕等が考えればメシヤ様しかないでしょって思うんです。そこは一つも書いてないけども、ニニギノミコトに摩り替ってるんじゃないかと思うんです。ニニギノミコトというのは中国から来た神様。攻めてきた方。だから、歴史がすり替わってしまってるよと。神言というのは、後の天孫族によって作られたってことかもしれないし、天津祝詞自体は大和民族の方で作ったというのがある。そのもっと後になって大祓祝詞ができてるので、本来の歴史と摩り替ってるところがあるので、その辺も意識しながら、だから今言ったみたいに通説のニニギノミコトとして考えてしまうと、ちょっとはまってしまうところがあるので、僕等は素直に一番尊い創造主の主神様がメシヤ様を遣わした。それで、地上天国を建設していくんだという事ですから。地上天国建設していく人は誰と言ったらメシヤ様ですよね。て、思うんです。国常立尊ですよ。メシヤ様=国常立尊だからね、ややこしいけどね。(笑)

参加者
(笑)

司会
結局、尊い、僕等から見たらメシヤ様、遣わしてくれたんだと思った方がシンプルですよという事です。

参加者
メシヤ様はこの神言の事に関しては・・

司会
天津祝詞というのは大和民族の系統にあたる神様が作られたと。昔からあったと。
その大分後になって大祓祝詞が出来たという事ですから、これをそれ程言ってるわけじゃない。それは、遣わされて許す側の立場であって、先生が言われてるのはね。
じゃ、先生は何故節分祭にあげてきたかと言ったら、あげなくなった理由というのが、これはメシヤ様が作られた祝詞じゃないからと言ってるけども、お詫びする私たちにとっては、お詫びする気はないのかという事になるので、そこのところでこの祝詞の意味をしっかり解ってあげるんであれば当然それはお詫びになるので、そういう意味です。だから、節分祭をしないところというのはお詫びする気はないのか?という話です。
というか、何も勉強せずにやってるあなた達は何をお詫びしてるのとなるじゃないですか?だから、勉強するべき。

参加者
じゃ、〇〇教では年末に?

司会
分からない・・。〇〇ではそうだったんで。
〇〇で昔からあげなくちゃと思ってる人は大祓祝詞としてとらえれば・・。もっと、詳しく言えば、大祓祝詞というのは6月にあげるのが本当なんですよ。遡るとね。6月に祓いをする。大掃除というのは6月にしてたんです。それが、半年ごとという事で12月にもすると。「12月はこれに倣い・・」と書いてあるから、6月の方が主だったんです。

参加者
へぇー、そうなんですか。

司会
6月にはやらなくなりましたので、一つ、その一つと言ったら何時かと言ったら、神様を押し込めた節分祭だから、節分祭としての内容的に意義あるでしょうというとらえ方なんですね。
それは国常立尊様がメシヤ様であるという事を分かったら、当然押し込めたということに関わる。何時だと言ったら、2月3日にこの祝詞をあげて、大祓いですから。それをやって立春を迎えるというのが筋でしょうと。
それは僕も前々から、〇〇先生のとこに行ってる時に、国常立尊様の事を立春の御教えという事でやられてるので、そこでは「本教の主宰神は国常立尊様です」とはっきり言われてるので、そこを分かっておられて言われてるわけですね。だから、その時に国常立尊様の事を分かってた〇〇関係の人ってどれだけいたのかなと思うのです。
それで、先生が2月3日に節分として国常立尊様を押し込めた、素戔嗚尊も内容を見てると関わってきますけど、そういう事でやられてるんだなと分かったので、繋がったわけです。そういう意味合いがあってやってたと。
だから、〇〇教の方の理解は分かりません、僕は、今となっては。あの頃はやってなかったからね。ただ、零時参拝の時にはやった方がいいよって、大祓祝詞という事でやるんだよと。
だから、〇〇でも年に1回零時に集まって・・。

参加者
零時参拝はありましたねぇ。
その時が神言だったかは覚えてないです。

司会
神言なんですよ。

参加者
お詫びとか、そういう意味も全然ね、何も・・。

司会
意味わからずにやってるから。
ただ、これは僕等は勉強したよ。研修担当だったから。
善言讃詞の勉強とかしたので、そこの内容については勉強してる。
その時には、こういう風な関係は分からなかったけど。ニニギノミコトはニニギノミコトとしてとらえる。
で、祝詞の言霊で、年を経て罪穢れが、枉事というのは溜まってくるので、神様を押し込めて加担した、見て見ぬふりをした、浄め、お詫び、審判という事ですので、これを祝詞に込めてお詫び、祈りの言霊を、そうすると神々の活動が始まるよと。
だから、尊い祝詞ですので、磨けた魂の持ち主が誠をこめて唱え奉ると威力があるんですよと書いてある。


図―6
201902図-7


今言ったことの繰り返しになりますけども、書写するとそういう事が段々頭に入ってくる、という事で、書写してみました。

たかあまはらにかむづまります すめむつかみろぎかむろみのみこともちて
高天原に神留り坐す 皇親神漏岐神漏美の命以ちて 
やほよろづのかみたちを かむつどへにつどへたまひ かむはかりにかはりたまひて あがすめみまのみことは
八百万の神等を 神集へに集へ賜ひ 神議に議賜て 我が皇孫之尊は 
とよあしはらのみづほのくにを やすくにとたひらけくしろしめせとことよさしまつりき
豊葦原の水穂の国を 安国と平けく所知食と事依し奉き

まず、ここで切れるのね。七つに分かれてる。

参加者
途中で切れるんですか?

司会
意味合いでいくと。
そうすると、これ七つ書いたわけです。
で、そこに書いてあるのを抜き出したという事で、

一つ目が、(一)皇孫が地上に降臨されること が書いてあります。
これは、高天原におられます祖神様(おやがみさま)、さっき言った高皇産霊・神皇産霊の神様のお言葉によって八百万の神様をお集めになったと。で、会議をお開きになってご相談された結果、その最愛のお孫様に地上統治をお任せになることになったと。その地上は葦が乱れ茂り、悪の横行している世界であるが、やがてこの神様によってみずみずしい稲穂が実り、人々が心楽しく平和に暮らせるようになるだろうとの期待を持ってお任せになりましたと。

ということで見た時に、お任せになったお孫様って誰?という話。
メシヤ様だと思いましたという話。

次のところがね、(二)騒乱の地上平定のこと。
地上の秩序を乱し暴れまわっている神々に早く改心をしなさい、と問いただし、言う事を聞かないものを追い払い、退去させ、多くの泣き騒ぎ争うものを鎮めて世の中を平穏になされた。そして、いよいよ天にある玉座を離れて下向されることになり、幾重ともなく重なり合っている密雲を勢いよく押し分けて降臨するようにとご命令になったのである。

荒ぶる神が居たら行って「何でそんなに暴れるんだ?」と言って、「改心せよ」と言って、説いて平定していったよと。
天孫族側の事と見たら、また話しが違ってくるからね。
攻め寄せてきて殺したという事をきれいな言葉で書いてあるという事かもしれないよ。
だから、見方によって変わってくる。
自分は、メシヤ様が一生懸命説きふせて、ご苦労されたんだなと思ってやった方が気持ちがいいからそういう風に。
見方によって違うよという。

それから、(三)宮殿御造営と罪の発生のこと。
地上の四方の国々の中から最も太陽の光を豊かに高く仰ぐことのできる日の本の国を平和な地上天国建設の地と定めて、ここに宮殿をつくるべく大地に深く太い柱を打ち立て、天空高く千木をそびえさせた、立派な麗しい宮殿を御造営になられたのである。そして、祖神の守護を受け平和な楽しい国となすべく、統治された。しかし、その国の中に生まれ増え、生々発展を約束されている人々が、時が経過するにつれて、悲しくも色々の罪を犯すようになった。その多くの罪は信仰的に言えば神様に対する罪、人に対する罪であるが、人々は神様から自由が与えられているがゆえにそれを悪用して、こうした沢山の罪を犯すようになるのである。

要は、メシヤ様であられる国常立尊様が九千年前平定したわけですね。一旦、国常立尊様が治めてた時代があった。これは御教えにありますから。国常立尊様とすると、悪を許さないということですけども、だけど人間は自由を与えられているから色んな事を自由気ままにやるようになってきたという罪が、たまってきましたよと。長い年月の間に。そういう事を言ってるわけですね。

次、(四)のところへ行くと、罪を浄むる神事のこと。
このように多くの罪が発生したならば、高天原で行われているような罪を祓う神事に倣って、小さい木の枝の元を切り、末を断って、適当な長さにそろえ、たくさんの台座の上にいっぱい置き重ね、また、菅や麻の根元の方と先端の方を刈って捨て、それを針で細く切り裂いて、それらによって祓いの行法を行い、さらに祝詞を奏上しなさい。
「太祝詞事を宣れ」ってこと。要は、行法を行って祝詞を奏上しなさいって書いてある。色んな罪穢れを祓う行法を行って・・

参加者
ぎょうほう(行法)・・?

司会
修行というか、そこを僕は浄霊ととらえるわけです。天界でどういう風な行法を行ったって書いてあるということだけども、菅や麻や色々あるけども、自分達で言えば祓うという行法が大事なんですよという事。普段の行法、それも浄霊であり、御教え拝読でありじゃないですか。自分達に置きかえれば。そういう事を常にか、前日にか分からないけども、やっていて祝詞を奏上しなさいと。で、天津祝詞を奏上して、神言を奏上しますという事です。

で、(五)神々の罪を浄めたもうこと ということで、
このように奏上すると、天津神々は、天界の堅牢な門を押し開かれ、天空に幾重にも重なりあっている雲を、勢いよく押し分け押し分けてお聞きくださるであろう。また、国つ神々は高い山や低い山の頂上に登られ、その高い山や低い山に、もやもやを立ちこめている雲や霧をかき分け、押しのけてお聞きくださるであろう。天つ神々、国つ神々は、あらゆる罪という罪は、消えて無くなれと、ちょうど強い風が重なり合う密雲を吹き飛ばしてしまうように、また、朝夕立ち込める霧や霞を、朝夕の風が吹き掃ってしまうように、さらには、大きい港につながれている大船の船首のもやい網や、船尾のとも綱を解き放って、その船を大海に押し出してしまうように、ないしは見渡すかなたに繁茂している木々の根元を、よく焼のはいった鋭利な鎌で、スッパリと切り払ってしまう様に、そのように、沢山の罪穢れをひとつも残ることのないまでに、祓い、清めくださるのである。

色々比喩が多いので分かり難いんですけども、そういう事をいってるんですね。きれいさっぱり祓い浄めてくれるでしょうと。要は、行法を行って祝詞を奏上したならばって。この祝詞かもしれないし。

で、(六)の 祓戸四柱の神お働きの事。
これが今の祓戸の神の事が書いてある。
このように祓い清めてくださった罪穢れを、さらに高い山々、低い山々の頂上から水が勢いよく流れ落ちたぎりたち、さかまいている激流の浅瀬においでになる瀬織津比売という神様が、大海原の方まで押流されるであろう。すると次には渺茫(びょうぼう)たる大海洋上を走っている、幾筋もの潮の流れが寄り集まって渦巻いているところにおいでになる、速開都比売という神様が、その罪穢れをガブガブ海底へ呑みこみ、まきこまれるであろう。このように、海底深くまきこまれた罪穢れを、気吹戸主という神様が ―この神様は海底から地底の根の国底の国に通ずる門戸においでになる― はげしい息吹きで、根底の国に吹き払われるであろう。そうすると、根底の国におられる速佐須良比売という神様がすばやくそれを一切無に帰するようにどことも知れず捨て去ってくださるのである。
と、四柱の神の事が書いてある。すごい神様だよという事が、これで分かる。
比喩が多いんですよね。

最後に(七)浄化を祈願する祈りの結び。
このように、罪穢れをすっかり無くしてくださるならば、私どもこの世に生きておる者の、肉体にも心にも、罪というものは一切無くなるであろう。どうかそのように、お祓いくだされ、お浄めくださるようにお願い申し上げることをお聞き届け賜るよう、謹しみ畏み言上する次第であります。
ということですから、この祝詞を奏上する、奏上していること自体がお詫びしてるという事。
お詫びお詫びって何?って、祝詞の意味合いですよと。
今まで自分に曇りが溜まってきた事を祓ってくださいってお願いをしてるんだから、何が?とかの前にこれをそれまでに考える時間というのは必要だと思いますけども。お詫びって何?って言ったら、この事自体です。

参加者
それをあげれるって、涙が出そうやね。

参加者
本当、こんなに深い。

司会
事でしたという。


図―7 (艮の金神による現界的裁きより)
司会
閻魔大王が出てきました。
艮の金神による現界的裁き。
何でかというと、節分祭は閻魔大王が関係してるからね。
「今度はこの世の閻魔と現れるから」
国常立尊様はメシヤであられ、閻魔大王であられる。「神はこの世の閻魔と現れるぞよ」ともある。これは昭和25年の御教えです。
で、閻魔大王というのは霊界における検事総長みたいなもので、最高裁判長みたいなもんなんです。で、「この世の閻魔と現れ」というんですから、審判、現界的裁き、要は現実的世界で閻魔様が現れて裁きを始めるよと。だけど、いい人は怖くないんですよね。いい人は観音様に見えるから。閻魔大王は観音様でもあるわけですから。優しい働きが観音様、怖い働きが閻魔大王、国常立尊様の方。
国常立尊様は善悪ピッピッピッとやる。観音様は救ってくださる。
あんまり厳しいとやってられないだろうと言って観音様を遣わしてくれたわけですから。両方の働きがあるわけなんですね。
で、両方の働きと言うのがメシヤ様になるわけですから。
ややこしいけど、結局イコールなんです、全部。観音様も国常立尊様も閻魔大王もメシヤ様も一緒です。働きを言ってるので。
それで、この世の閻魔と現れて型があったそうです。昭和29年の立春の日に閻魔大王の絵がメシヤ様の手元に入ったんですね。購入できたという事ですね。
「神様はすべて型で見せますから、この閻魔王の掛物によってお知らせになった」んですよと、これが御教集31号に書いてあります。
国常立尊様は大本教祖にお筆先を書かせてるんです。出口なおという人にね。一番最初にメシヤ様は大本教に居られましたけども、大本教がメシヤ様を産んだみたいな形になってます。お筆先の重要事項は国常立尊様による啓示として引用されることがあったという事ですね。メシヤ様がね。私はこれだけは信じているというのは、お筆先の事は信じられた、メシヤ様も。
これは漫画的に書きましたけども、閻魔の庁の帳簿があって、一分の狂いもなく記録係がいて記録するそうです。全部霊線でつながってるので現界に起こった事というのは全部ここへ記録されていきますので、その記録を見て亡くなる時に、「お前は地獄の何段目・・」とか(笑)。

参加者
(笑)怖い。

司会
・・らしいです。見たことないから知りませんけど。(笑)
信じる御教えに書いてあるので・・。(笑)

参加者一同
(笑)

司会
悪事の大小によって相応に罰が。罰当てないって言うけれども、これ、罰当たります。

参加者
あの世に行ってから?

司会
これねぇ、現界の方では巧妙な手段で暴露されるわけです。

参加者
誰かが言わなくてもつながってるんですよね?

司会
つながってるんだけども、現界の方で罰を与えるというのは、今の時代、死ぬよりも前の何か、さっきの現界に反映してくるというもの。記録されてこれは現実的にちょっと浄化させなくてはといった場合に、巧妙な手段というのは、例えば全然関係なさそうに見えるけども、その人ともつながってるので、「悪いことしてたよ○○さん」って全然関係ない人がポッとしゃべってしまうとか、そうすると皆知れるじゃないですか?
例で書いただけなのでどんな手段かは分からないですけども。
今のテレビを見ててもどんどん出てくるじゃないですか。暴露されるじゃないですか。

参加者
芸能界でも何でも。

司会
表に出てくることが多かったじゃないですか。

参加者
人の口には戸を立てられないってことで、隠してこの人は大丈夫だなと思っていても結局どこからかまわってきたら・・・

司会
悪は何故暴露するか?

参加者
悪に関してね。

司会
そうそう。


図―8
201902図-8雌牛の章



司会
これ、前やったね?

参加者
やった?(笑)

司会
イスラム教のコーラン。
モーセに啓典をもたらし、彼のあとにもつづいて使徒たちを遣わし、マリアの子イエスにもろもろの明徴を与えて聖霊によって彼を強くした。ところが、お前たちの気に入らないものを持った使徒が現れるたびにお前たちは不遜の態度を示した。すなわち、ある者を嘘つきとし、またある者を殺害したであろうと。
つまり、神が言うには、私はモーセに啓典を与え、マリアの子イエスにもいろいろな教示を与えたり、聖霊によって彼を強くしたその神と同一の神なのだ。

イスラム教の神もキリスト教のも一緒ですよという事を言ってる。全部主神様ですから、これ見ても分かるでしょと。経典に書いてあるから。コーランって、イスラム教の経典ですから。雌牛の章八十七に書いてあります。

ところが信仰心の薄いお前たちはお前たちの気に入らないものをもった使徒たちが現れると、その使徒を嘘つき呼ばわりしたり、ときには殺害するという不遜な態度を示したではないか。
つまり、イスラム教とはユダヤ教やキリスト教とは別個の新しい神を信奉する新宗教ではなく、ユダヤ教やキリスト教と同一の神を信仰する宗教なのであるが、ただ、われわれイスラム教徒たちこそが、もっとも正しく、そしてもっとも誠実に神に仕えている者なのだと主張する宗教。

要は神様は一緒だという。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教というのは一緒ですよと。
一緒だけど、イスラム教は一番ってイスラム教は言ってるんですよということ。
これは「伊勢と仏とキリストと」に書いてありました。

参加者
伊勢?伊勢神宮の事ですか?

司会
そうそう。

参加者
日本で一番は伊勢神宮ですか?日本で一番というか・・変な言い方ですけど。

参加者
一番尊い神様は?ってことを言ってるんだよね。

司会
天照皇后としてね。それを天祖神として。天孫民族が決めた一番。

参加者
全然違う余談を言ってもいいですか?

司会
はい。

参加者
弟の知り合いの人が霊感があるらしくて、○○社には、今、神様が逃げていって、居ないって言ってたらしいんですけど。聞いたことありますか?

司会
ない。

参加者
何か、不穏なものが○○社に入ってきて、神様はそれを察知してどこかへ逃げていったから、今、○○社にお参りに行ってはだめよって、その人が言ったらしいんですよ。

参加者
へぇー。猿田彦が居ないってこと?

司会
いつの事?

参加者
お正月に聞きました。初詣の話してて・・

司会
今・・そうかもしれん。

参加者
で、新車を買ってお祓いしてもらった方が事故にあったという話もしてて・・。

参加者
えー!
沢山いるよね、あそこだと。

司会
車のお祓いする人多いって言ってたよね。

でも、ここでも車のお祓いってしますけども、それは車を作る過程において色んな想念が入るのでそれを祓うという事であって、あくまでも乱暴な運転をしてもいいのかと言えばそうじゃないので。
常日頃の自分の曇りがどれだけあるのか、霊衣があって、この光の霊衣が目に見えないけど厚ければ、もしそういう状態になったとしても守ってくれるんです。霊衣が。だから、そこまで太くしておけば問題ないわけであって、その時に、車自体の作る過程におけるものは祓ってくれてるかもしれないし、今、どういう神様が居られるのか分からないけど・・。

参加者
分からないですけど、初詣の話をした時に、そこに初詣に行かない方がいいよって、その人に言われたよっていう話はしてて、神様はあそこにはもう居ないからって・・。その不穏なものが何か分からないですけど、そういうのが来て、それで神様は逃げていったって。

司会
さっきの伊勢神宮で言えば、メシヤ様が行かれる時までは素戔嗚尊様が居られたわけですから。

参加者
ふぅ~ん。

司会
これは御教えにあるので。
で、今までご苦労様でしたという事で、私は帰りますからって帰って行かれた。で、入れ替わった。今まですり替わってたということ。今まで素戔嗚尊様が居られて、今はもう天照大御神様。

参加者
えーっ。

司会
それは誰も分からない話じゃないですか。

参加者
ずっと、そうとは思ってないですよねぇ。みんな、ずっと天照大御神様がって・・。

司会
だけど、素戔嗚尊様が悪いかと言ったらそうじゃないですね。もう、改心してる素戔嗚尊様。
素戔嗚尊様も三代居るけども、改心してる素戔嗚尊様が。素戔嗚尊様はさっきの話のキリストでもあるわけなんですよ。悪い事をしたので、西洋へ行ってキリストになって向こうを教化していったというか、いい風にしていった。その罪穢れを祓うというか、そういうお役をになってやられてるわけですから。素直な神様なんですね。ただ、短気だけど。

参加者
(笑)

司会
ホツマの方にも書いたけども、そういう神様であって、誰が今○○社に居られるかって、だれも居られないならそれは・・・

参加者
その人はそう言ってたみたいです。もう、逃げていったから、行っても無駄みたいな・・。

参加者
今度は厳しい神様がみえるのかもしれないね(笑)

司会
そうなの?そうすると・・

参加者
事故もどうとったらいいか分からないけど、例えば違反とかそういうのがあってのねぇ。
私の事故もそうでした。私が悪かった。

参加者
だから、それを浄めとして。

参加者
やっぱり、そうだったと思います。

司会
事故も受け止め方です。

参加者
受け止め方だね。

(補記)この話を2月2日に聞きましたので、猿田彦命様
に関わる参拝を2月3日にさせて頂いたのです。


図―9 (日本人の霊的考察)
201902図-9 霊的考察



司会
これ、前にやったからいいかな?
日本人の霊的考察というのが、今、関係してきてますよということ。
今、非常に関係してきてますよ。
簡単に表すと、今、言ってる天孫族。
天孫族というのは高千穂にいきなり天から降りたんじゃなくて、天孫族というのは山口から入って高千穂へ行って新宮から入って太陽を背にしてずっと攻めていった。

参加者
西方面。

司会
もともと西は出雲族が治めていた。出雲族というのはさっきの素戔嗚尊様を中心とした出雲族。出雲族が衰えたところに、天孫族が入ってきて。こうした歴史があるよと。
この出雲系・天孫系の戦いがずっと起こってたわけです。
出雲系、月の系統であって、神素戔嗚尊であって、神・速・建速、素戔嗚尊が居りますけども、大国主命につながって、事代主命、建御名方って続くんですけども。
で、瓊瓊杵尊、これ、日の系統とは言うけれども、本当の日の系統じゃない。
日の系統なんだけど、瓊瓊杵尊であって、神磐余彦(かむいわれひこ)って神武天皇につながっていく、そういう系統があったという事です。

参加者
今の天皇は何系なんですか?

司会
ここからつながってるけど(図)、霊統と血統と違って、中でも大和民族として生れたのが聖徳太子、応神天皇、仁徳天皇、光明皇后、光明天皇、義経、光琳とか、こういう人たちは大和民族として元々の日本の。だから、色んな人種が混ざってるんですよと。
厄介なのは、今、土匪だね。
今、ロシアがごちゃごちゃしてきてるよね。

参加者
はい、してきてますね。

司会
これ、蒙古、満州、から来て青森から入ってきてる。これ、今、ここを何とかしようとしてるかもね。この辺の話ね。これも、朝鮮も絡んでるよね。こう流れてきて、満州から。

ま、こういう時代からずっと、何ともならない、話が通じないとかいうのはそういうのもあるよという事です。自分の血というか霊統自体が大和民族だったら・・

参加者
日本人は優しい感じがする

司会
大和民族というのは一部しかいないらしいですけども。
中国とか見てると訳分からないことやってる。

参加者
きつい感じがする。

司会
あれは、支那系で、それが天孫系なんですよ。
ただ、大和民族と言われる人たちに何の罪があるのかと言ったら、天孫族が押し寄せてきたときに、戦わずして服従してしまったということがあるので、それがずっと、日本が乗っ取られたみたいなもんじゃないですか。そこの意識をしておかないといけないらしいです。
ややこしいね。

参加者
うーん。


図-10 (神言は大祓祝詞)
201902図-10


司会
神言の話をさっきしてて、神言は大祓いの祝詞という事で、中臣祝詞。中臣鎌足という人が居て、そこが祭祀、祈りをささげる役を担っていたわけです。一番最初の頃。だから、中臣祝詞って言うんですけども。
遡ると天児屋根命につながるんですね。
神事、祭祀職を世襲してましたと。藤原姓を臨終に際し、天智天皇から賜ると。

国宝の藤壺があるよね。野々村仁清の作ですけども、メシヤ様は2月10日、御帰天の直前、入手しました。藤壺というのは三千坪の土地を売却して一つの壺になったんです。土地を売却して入手。三千坪が一壺になったんです。三千世界が一つに帰一したわけです。メシヤ様が亡くなる直前に。
「つぼ」というのは物事の大事なところ。急所。要は、ここと見込んだところ。壺にはまるということは、急所をついているということですね。
で、藤のつるは壺を一周してつながってるんですね。藤壺の話ね。つるはまわりながら上から下へ延びているということです。
ここを思った時に、直前に、こういう型があった。三千坪が一壺に、三千世界が一つに帰一されるという型があった。

遡って、中臣鎌足、藤原姓を臨終に・・要はその時の天皇から名前を授かるというのは非常に名誉なことでもあるわけですね。直前に賜って、翌日逝去です。
じゃぁ、どんな人?ってあるじゃないですか。
大化の改新、知ってる?

参加者
何だったっけ?って感じです。(笑)

図―11

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司会
これね、聖徳太子、メシヤ様ですね。聖徳太子の時のお子さんに山背大兄王(やましろのおおえのおう)という人がいたんですね。で、蘇我稲目、蘇我馬子、蘇我蝦夷(えみし)、入鹿って続いるわけ、ここが牛耳ってたわけです。国を。天皇を席巻するほど。子供が天皇と結婚したりしてるので、姻戚関係を結んでたので、めちゃくちゃ力が強かった、蘇我氏が。その蘇我氏が、蘇我入鹿が襲撃したんですね。自害に追い込んだ。要は、蘇我氏がこの人(山背大兄王)を、メシヤ様の息子様を。ということがあって、このままではいけないという事で、立ち上がったのは、中臣鎌子、鎌足ね。この頃、鎌子っていうんだね。子というのが、何かの役につけるのかな。鎌足、誰を味方にしようかと思った時に、軽皇子(かるおうじ)に最初。でも、この軽皇子というのがなよなよとして弱かったんですよ、これはだめだと思って中大兄皇子とも組むわけです。この3人が組むわけです。中大兄皇子は後の天智天皇ですけど。
で、この時、実権を握っていたのが入鹿です。入鹿をやっつけようと。じゃ、いつやっつけたかというと、朝鮮とまだ国交があったんですね、貢ぎ物に来た時に大臣だから出るじゃないですか。出た時に、そういう公邸の場で殺害したわけです。中大兄皇子と中臣鎌子。これを、乙巳の変(いっしのへん)っていうんですよ。これが大化の改新と間違えてる人がおりますけども、違うんですね。これから後の、これも含めて、色んな政策を行ってきました。律令国家にする為に。律令国家とは何?というと、天皇中心の国家を作ろうという事です。で、行政法とか刑法とか、律というのは刑法、令というのが行政法ですから、税とかの事。これは、中華思想。儒家、儒教とか中華思想。法中心。そういったので、律令国家なんですけども、要は、中央集権国家にしていこうと。でも、地方分権の一番大きいのはアメリカ。アメリカは州がものすごく力を持ってますよね。これと対比したわけですけども。
中央集権国家を作ろうとしたんですね。まだ、弱いから。こういった国に対抗しないといけないから。そういう改新を行ってたのが大化の改新という事で、公地公民制。豪族の持つ土地・民を天皇に。
班田収授法、戸籍を整備しようと。
それから、租税。
こういうのを大化の改新というんですけども、その後で、朝鮮に攻めるというのがあるんですよ。中臣鎌足中心に。これが言いたかったんだけどね。白村江の戦と言います。
これは、朝鮮が乱れてたので、唐(中国)が新羅と同盟を結んで百済、伽耶・・伽耶はすぐに滅ぼされてしまいますけども、この百済もほぼやられてたけども、助けてと言ってくるわけです。日本に助けを求めてきたので、千艘の船を出して戦おうとするけども、負けてしまうわけです。
要は、百済はもう滅びてたんです。この時に、百済から何人も来てるわけです。百済の一番の天皇的な人が来てるわけです。そこと、今の天皇と関係あるんでしょという話。この頃、ここと仲が良かったわけです。ここ「助けてー」と。・・・・・・・・でも、こっちは中国がここと、新羅が全部統一してしまうというのは。この時代は。
聖徳太子のすぐ後でこういう事になったので、ずっと鎌足は悔やんでたわけです。だから多分、それまで藤原の姓とかご褒美をとか言われても固持してたけど、死ぬ直前にもらった。だから、この時やっと名をあげたという感じ。
本当は天智天皇はよくやってくれたと思ってるけども、鎌足としては、負けてるからね。
でも、負けたおかげで、この辺に太宰府置いて防衛しようということで、その頃からもう太宰府があるわけです。
海につながったところだというと、こう攻めてくると危ないので難波から近江へ、要は大阪から近江へ都を移した。出来るだけ、海から離れた。
そういう事があった。
じゃぁ、遡って。

参加者
歴史の勉強だね。(笑)


司会
色々、罪穢れの話の中に自分はどこで関係してるか分からないけれども、関係してたんです
よ、という事が言いたいだけですよ。


図―12
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司会
じゃぁ、もっと遡って、三韓征伐というんだけど、三韓征伐しようとしてこれはやられてるわけですね。その前、神功皇后というのは、戦いの時にお腹に応神天皇がいたんです。応神天皇はメシヤ様です、さっきの話。日本人の霊的考察とつながったわけですよ。応神天皇がお腹にいる時に三韓征伐に行ってるわけです。この時、もっと時代が遡ってますよ、日本武尊もこのころですから、すごく昔です。で、神功皇后は応神天皇を妊娠したまま出兵して、だけど、戦わずして向こうは降伏したんですよ。貢ぎ物をするので許してくださいと。後からどんどん従ったので三韓ですけども、本当いうと、さっきの新羅、この時のやられたという思いがあるのでここが今度は全部統一するわけですけども。
この応神天皇、だから、全部関わってきてるんですね、聖徳太子のちょっと直後くらいと、これは聖徳太子の前の、メシヤ様が応神天皇、の前ですから、時期的によくにてますね。
で、この百済というのは、その当時から仲良かったのかな、百済は百済王が七支刀っていう七つ枝が出てるような刀があって、それは宝ですけど、神功皇后に済倭同盟の記念として贈られてるわけです。鏡(七支鏡)も贈られたそうです。どんなのか分からないけど。これが三種の神器につながるかどうかは分かりませんけども。
なんとなくそんな感じがしないでもないかなぁ・・。これがつながってるんじゃないかなぁと思っただけです。

司会
これで締めようかな。
最も大いなる神様の愛という事で、私というものを選ばれたのは天地創造の時、既に約束された事。一番最初に遡ってね、神言を遣わしたのは誰って、天地創造の時ですから、その時に決まってたんですよという事ですから。
この頃から歴史の繰り返しが色々あるんですねという話でした。

本当に歴史の勉強になったね。
わけ分からない?

参加者
(笑)分からないけど、何か分かったような気がする。

司会
何が言いたいか分かるよね。
要は、そういう対決というか、色々あるけども、天孫族的な朝鮮的な、こっちへ攻めてくるという中には、こんな時代もあったんだよと。三韓を全部抑えてるという時もあったんだよと。この応神天皇の時ですから。
だけど、中臣鎌足というのが負けたのでそれを悔やんでたよと。
でも、メシヤ様が藤壺を授かった時と同様に、亡くなる直前に冠位を授かってということがあったんですよ。

参加者
関係あるよね。

司会
関係あるよね。
で、旧姓を調べてたら、日本に60人しかいないんですけど、藤原鎌足につながったっていう話。

参加者
えー。

司会
宇佐。宇佐神宮の宇佐。九州の。その頃に関係してたんだなと。宇佐神宮の宮司というのが藤原鎌足につながっていくので。宇佐氏というのが出てきて、宇佐津彦というのがいるんですけども、そういった関係というのが藤原と関係してる。

宇佐から房になって・・・。
60人しかいない。

加良比乃神社が、阿佐加藤方片桶宮(あさかのふじかたのかたひのみや)ですよ。名前が。だから、比定地としては・・

参加者
ひていち?

司会
比定地。ここと定める。
今は藤方になってるけどね、小阿射加神社か大阿射加神社かわからないけども、そこかもしれないって事も延喜式の中には書いてある。分からないけどね。
神様的には伊都能売神皇とミクラタナの神様ということですから、そこはそこで。
じゃぁ、何で入ったかと。この阿坂があって、藤方があって、加良比乃神社があって、加良比乃神社に4年間居られたわけですね、天照大御神様。天皇か皇后か分からないけど。
で、進んで行った時に、ここに荒ぶる神様がいて、抵抗したわけです。抵抗したけど、4年かかって平定された。平定したというのは殺したかもしれないね。ここは猿田彦がいるからね。

参加者
阿射加神社?

参加者
うん。

司会
抵抗したのが猿田彦かもしれないよ。

参加者
さっきの話と・・。

司会
そうそう。
猿田彦というのは導きの神。
地元の神様が抵抗するのは攻められたからでしょ?これはいつの時代か分からないよ。四年間居られたというのがね。
伊勢に行った後でここに収まったのが、さっきの伊都能売之神様、ミクラタナ之神様、この二神は、天照大御神様が伊勢へ行かれた後で鎮座されているわけです。
どういう事?という話で、元々の日本の神様がここに入られたのでは?と思ったわけです。
で、伊勢神宮というのは素戔嗚尊様がずっといたわけですから、後にメシヤ様がいかれて、天照大御神様がお戻りになられたわけですから。どこでどのようにすり替わっているのか良くわからなくなりますね。

参加者
天照大御神様と素戔嗚尊様とね。
そこに、位牌があるってことだからね。

司会
位牌があるんですよ。ここのお寺に。
これは神仏習合でその当時、天照大御神様を祀る。
だけど、位牌ですから。位牌というのは、亡くなったという伝承があったのではないかと思ったわけです。

参加者
それは分かりませんけど、お寺にあったのは私も聞いて、「えー!」て言ったんだけど。

司会
素戔嗚尊様に入れ替わってるというのと、天照天皇は俄かに崩御されたと御教えにあって、だから、皇后が行って、いつ素戔嗚尊様にかわったのか分からないけど、何かあったのかなと思って。
そういう意味でいくと、日本を守らなくてはと、加良比乃にこの二神様が後の世のために御鎮座されたのかもしれませんね。

で、猿田彦が居ないって・・どう?

参加者
逃げた?

参加者
その話を今日聞くというところが。

司会
猿田彦は古事記では、ここ(阿坂)で殺されてるわけです。

参加者
という話になってるね。

司会
比良夫貝(ひらぶがい)。貝に殺されるわけはないので、何者かに海に引きづりこまれたかして、殺されてるわけですね。この(阿坂)は大昔は、近くまで海だったんですね。
おかしいでしょう?
猿田彦は荒ぶる神と言われてるのは、天孫族から見たら荒ぶる神であって。
百人通ったら五十人殺すと言って、伊弉諾尊様と一緒のような話がここに残ってるわけです。伊弉諾・伊弉冉の関係もあるのかもしれないけど、一方では、猿田彦というのは導きの神でもあるのですね。
○○社、関係してくるなぁ。

参加者
今回、なんかそんな感じ。話が出たってことは。

司会
猿田彦もちょっと考えないといけないかも知れない。
今までそこは出てきてないので。一般的には導きの神。これは天狗でもあるわけです。御教えにあります。天狗界の統領。学問には長けてる。
・・居ないの?由々しき話だね。

参加者
何処へ行かれたんでしょうね。

司会
どうなんだろうねぇ。何か働きに行ってるかもしれないしね。

参加者
そうそう。

司会
出た時に守る神様が居ないと悪雲立ち込めたということ・・
今、忙しいよね、全部。

参加者
ちょっと、留守を頼んであるのか?

司会
留守を頼んであるのが、弱いのかもしれないねぇ。
お祓いして事故が起こるって・・。
自分の、だと思うけども・・。

参加者
事故はどういう状況で起こってるかは分からないですもんね。

参加者
それが浄化の、浄めの、かもしれないし。
それは何とも分からないけど。

司会
猿田彦が上がったのかもしれないしね。

参加者
ここ、猿田彦も行くところが多いよね。

司会
すごい神様ではあるんですよ。天狗でもあるわけで、鼻高々というのもあるかもしれないけど。
ちょっと、キーワード。つながるかどうか。


参加者
全然話が変わりますけど、藤の蔓って、右巻きと左巻きとある。一本の木から右からと左からと。綾を成してる。これもすごい・・。

司会
何で藤壺が欲しかったのか?という話だよね。何かあらわしてるんだよね。

参加者
霊と体とか。

司会
それではこれで今回の『覚りの旅』を終わらせていただきます。
ありがとうございました。

参加者
ありがとうございました。



2019年1月21日月曜日

覚りの旅 平成31年1月度 勉強会を終えて



平成31年1月
覚りの旅 平成31年1月度 勉強会を終えて
司会
では、お願いします。

『時局と霊界』拝読

【御教え】時局と霊界    (地二十一号  昭和二十六年二月二十五日) 

現在世界の状勢は、実に有史以来未だ嘗(かつ)て見ない程の、大規模な危機的様相を呈している。勿論第三次大戦は、絶対免れ得ない事は、世界の人間殆んどの頭脳を支配している観念であろう。何しろ五十以上の国々が、残らず関聯(かんれん)している痛切な問題であってみれば、其影響の大きい事も亦(また)空前である。然(しか)し之は誰が目にも映る処の、現在世界の姿であるが此現世界の一切は霊界が根源であるとしたら霊界の実相が判らなければ、問題の根本は把握出来ないのは勿論である。先ず其事を知ってこそ、初めて将来の見通しもつき、心からの安心を得らるるのであるから、今それをかいてみよう。

抑々、主神の御経綸は、将来地上天国建設の為、物質文化を或程度迄、進歩発達させなければならない。此意味に於て善と悪とを作られたのである。何となれば、此善悪の摩擦によって、現在見るが如き、絢爛(けんらん)たる物質文化が出来上ったからであって、今や天国出現の一歩手前迄来たのである。此事は常に私の説く処であるが、本論に入るに曩(さき)立って、一応はかかねば、新しく読む人には判り難いからである。

霊界に於ては、人間が創造された時から、既に人間同志の闘争が始ったのである。その中で最も強者である者は、其時代の全地域に渉る一切を専有し、意のままに支配せんとする欲望を抱き、それを実現すべく善悪無差別的暴力を揮ったのも、今日と同様である。それによって漸次人智は発達し、人工も殖えるに従って、争闘の規模も拡大され、遂に今日に到ったのである。処が今日見るが如き世界的覇権を握るべく、計画を立てたのは、今から二千数百年以前であって、其主脳者こそ霊界に於ける、一大強力者である○○龍神であったのである。此龍神は○○○之尊という神に憑依し、暴虐手段を以て、世界を自由にしようとし、目的の為に手段を選ばざる的のやり方で、一時は成功したようだったが、九分九厘で失敗し、遂に主神の厳罰を受け、一応は悔改め善神に立戻ったのであった。すると○○龍神は、次々、其時代の力量ある人物に憑依しては、世界征覇の野望を達成しようとし、其都度失敗したが、彼等は懲りる事を知らず、今尚執拗に奮闘しつつあるのである。古来からの英雄、豪傑と言われる人物は何れもそれであった。彼等が一時は時代の英雄として、権勢飛ぶ鳥を落す勢いであっても、終には失敗し、其末路に到っては、哀れ儚なく滅びて了ったのは史実に明かである。近代に至って、彼のシーザー、ナポレオン、カイゼル、ヒットラー等も勿論それであった。茲迄かいただけでも、今日の事態の根本は大体判断がつくであろう。

私は、右のような英雄を称して、世界の壊し屋の親方と常に言うが、何しろ之迄の世界は真の文明ではなく、人間と雖も半分は野蛮性が残っていた以上、霊的に言えば尠からず罪を犯し、罪穢を積んだのであるから、時々浄化作用の必要が起る。それには壊し屋も、掃除屋もなくてはならないから、英雄という掃除屋の出現も、神の経綸の一つの現われでしかない事を知るであろう。従って憤慨する事も、絶望する事も、大した意味がない事が判る。

最後に私の事を、少しばかりかいてみるが昨年五月から六月にかけて、奇禍の為警察や刑務所生活で悩まされたが、其時の検察官諸君には、何れも○○龍神の眷族が憑依して私を責めたので、余り責め方が酷い時は私の守護神が一寸加減させるので、息がつけたのである。という訳で彼等役人と雖も実は右の霊に思わせられ、させられたのであるから、暫く経つと、あの時どうしてああいうように思われたり、あんな事をする気になったのかと、自分で自分が判らなかった事を、後悔するに決っている。
以上は霊界の、ホンの一部をかいた迄であるが、多少の参考になるであろう。実はもっと深くかけば尚よく判るが、経綸上今はかく事が出来ないのを遺憾とするのである。

司会
はい、ありがとうございました。

図ー1

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図ー1
司会
今、拝読させて頂きました『時局と霊界』を、復習させて頂きます。
『時局と霊界』ということで、昭和26年、メシヤ様が書かれた時の世界状勢ですけども、有史以来未だ嘗て見ない大規模な危機的様相であって、第三次大戦は免れ得ないというような状況であったのです。
そして、一切は霊界が根元であるので、霊界の実相が判らなければならないんですよと。
要はこういう世界状勢、未だ嘗て見ない状況になってる。今にも当てはまると思います。一切は霊界が根元ですよという事が重要なのだと思います。
主神様の御経綸としてですね、要は、善と悪と作られたのがメシヤ様、主神様ですから、物質文化の進歩発展、何の為かというと、それは地上天国の建設の為であって、目的は主神様の経綸がここに来るわけですけども、その為に物質文化を発展させてきたと。で、善と悪をこのために作られたんだと。この善と悪との摩擦によって、物質文化が発展してきた。
殺されたら駄目だからと言って武器を作ったりしてますよね。今は宇宙戦争の時代になりつつありますけども。ああいうのを作るのもこの発展ということですね。
で、善と悪の摩擦で出来上がってきたと。
で、今や天国出現の一歩手前まで来たんですよと。昭和26年当時の話ですね。その時に一歩手前という事ですから。
ということで、人間が創造された。
人間が創造された時から、人間同志の闘争が始まったんですよと。



図ー2

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図ー2
司会
それで、二千数百年以前。
○○龍神、先生が言われるには夜叉龍神。夜叉龍神が世界覇権を握る計画を立てると。
この夜叉っていうのは○○○之尊。国武彦之尊という神に憑依して。でも、国武彦尊はもう善神に戻ってますよという事らしいですよね。
夜叉龍神というのは、解脱されたって言ってましたけども、次々に力量ある人物に憑依して、世界覇権の野望を持って来たんだよと。失敗しても懲りる事を知らなかったんだよと。
歴史的人物。歴史の勉強にもなりますね。
シーザー、ナポレオン、カイゼル、ヒットラー、とか有名な、日本で言う織田信長とか多分そうだと思いますけども、歴史的に有名な人物というのはですね、多分皆かかってたんですね。それを、世界の壊し屋の親方とメシヤ様は言われた。この壊し屋の仕事っていうのが、掃除屋でもあって、浄化作用ということで、これまで人間が半野蛮であって、どうしても半野蛮なので、半獣半人なので、罪穢れを積んできたよと。そして、浄化作用を起こさないと浄まっていかないのでという事で、その為の英雄出現だったのですね。だから、神様の経綸であることが分るでしょうということです。

図ー3
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図―3
司会
そうすると、そういうのも、ああいう様にトラ〇〇大統領の現れるという事も全て神様がやられているんだから、それに対して憤慨とか絶望とか起こすことは意味ないよねっていう事をこの頃から言われてるわけです。
何でって、神様の経綸だから。
色々、自分の身の上に起こってくることもそういう事が多いんじゃないでしょうか。
昭和25年の5月から6月にかけて、メシヤ様、メシヤ様でさえ御法難が起こりました。これは夜叉龍神の眷属が、部下が、検察官に憑依して、検察官が色々思わされて、メシヤ様を痛めつけたと。
夜叉龍神はメシヤ様にかかれないので検察官にかかったと、で、痛めつけたと。そういう事をやってます。あんまりやると、これも主神様の経綸の一環ですから、ここで御身体を無くされても困るので、メシヤ様の守護神が加減されると。ちょっとやり過ぎると、加減させてるという事だったみたいです。
で、この守護神って誰?っていうと、「神智之光」とかに書かれていますのは、伊都能売の神。だから、伊都能売の神というのは守護神だったんですね。
で、伊都能売神様というのは色んな神様になられてて、これは八大龍王でもあるわけです。
八大龍王というのは五男三女神、八人男、八人女、八人男女(やたりおとめ)って言いますけども。この八大龍王というのは釈迦が封じたと。
釈迦っていうのは誰?って言ったらね、この前勉強しましたけど素戔嗚尊様でもあるわけですので、全部主神様の経綸の中でやられてるという事です。
で、昼の時代になると神上るんですよと。こういった神様、神上るんです。八大龍王もね。伊都能売神様がこういう事になってたわけですから。
で、伊都能売神様っていうのは九頭龍でもあって、九頭龍は金龍でもあるわけなんです。
で、金龍って言うのは琵琶湖で昭和24年「神智之光」に出てますが、昭和4年の4月に昇天しメシヤ様の守護神になったと。琵琶湖が暴風雨になって上がって金龍としてついたよと。他のを見ていくと、自観叢書とかね、そういうのを合わせるとこういう事になります。
だから、この神様が人体化したのが当時大先生と言われていたメシヤ様であると。
神様の人体化。

図ー4
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図―4
司会
さっき出てきた夜叉龍神と国武彦尊というのは、メシヤ講座で出てきてますけども、「夜叉龍神も解脱為し」という事で、夜叉龍神とは国武彦尊。こうかかってるよという事です。
で、神様の名前を整理しておくと、イザナギ・イザナミ尊様がいる。
イザナギ尊の子供には、長男―伊都能売天皇、次男―天照天皇、三男―神素戔嗚尊、長女―稚姫君命、二女―初稚姫命。
その前にもう一人居たんだよと。国常立尊の一番の長男というのは国武彦尊です、大将軍と言われてました、という御教えがあるんです。こう一般的には言われてるけども、別におりましたと。だけど、お母さんは誰だったかというのは書いてないのでこのように(図―4)書いておきました。

参加者
そういう事なんですね。

司会
御教えをくっつけて整理しないと図にならないのでね。伊都能売天皇というのは観音様であるのでメシヤ様ですね。応身の弥勒と。で、神素戔嗚尊様というのは阿弥陀様であり法身の弥勒。で、月の神であり瑞月であり、大〇教の王〇三郎でもある。長女というのは稚姫君命であり、これは大〇教の教祖。で、稚姫君命は釈迦でもあると。釈迦というのは報身の弥勒と。で、変性女子とも言われてましたね。変性女子だから男であるけども変わって女として出てると。
で、初稚姫命というのは天〇教の中〇ミキ。最初、大将軍がかかったよと。この大将軍が中〇ミキ教祖にかかってます。で、力が強いから一時はよく治ったと。
結局、観音様を生んだのは、出〇なお・王〇三郎、釈迦・阿弥陀から観音様は生まれたんですよと言われてます。
仏教の基礎を作ったというのも釈迦、阿弥陀ですね。
で、この三人が出会ったことを三人の弥勒、三尊の弥陀と言いますよと御教えにあります。

図ー5

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図―5
司会
一番最初に、「現在の世界状勢は未だ嘗てない・・・」っていうのね、今もこの情勢が続いてますよね。現在大浄化時代の様相を呈している、ということで、これはさっきの続きのメシヤ講座から出てますけども、浄霊を求めてくる人が増えてくるので一人一人浄霊力を磨いて精進していきましょう。
メシヤ様に共に求めてまいりたいと思います。

図ー6
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図―6
司会
大震災ということで、
視野狭窄状態を今まで先生は指摘してきましたよと。よく「視野狭窄に陥っている」と言ってましたよね。
御教えの求め方が浅いんですよと。大鉄槌が来ますよと。
これは誰に?っていうと、御教えを学んできた者に対してですよと。特に宗教の幹部とかそういった人たちに対して。
『文明の創造』を基に環境科学に対する研究の構築が出来てないでしょうと。だから、メシヤ講座みたいなことの話を他の教団はされてないでしょうという事を指摘されてて、これは先生がね。権力闘争に明け暮れて(今までの宗教ね)、人類のために貢献することができずに来てませんかと。
だから、ひたすら主神様、メシヤ様にその事をお詫びして・・・お詫びお詫びって言うけど何をお詫びっていうのがよく分からないじゃないですか?ずっとお詫びですけども、何をって、先生、ちゃんと言ってくださってるので。具体的に人間の生活に当てはめたらこういう事ですよと。
だから、御教えを伝えていかないといけない人達が権力闘争に明け暮れて何をしてるのか?って、そういう事のお詫びでしょと。
ひたすら主神様、メシヤ様にお詫びして。
御教え探求、人類への貢献、可能な限りメシヤ様信者に働きかけを!という事をこの時のメシヤ講座で先生が言われています。
そこを理解しないといけないよねという事です。
神様を押し込めたというのも分かります。御教えにもあるのでね。
何か忘れてませんかと。今まで自分達がメシヤ様の御教えを学んできました。
その事を伝えていくという事が大事なんであって、中の権力闘争に明け暮れてる人たちがいていいの?という事ですよね。
信者さんの事を忘れてませんか?という事です。

図ー7
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図―7
司会
『安心立命』という御教えをそのまま要約して書きました。
浄化が厳しいと不安ですよね。
全て霊的現象、よく霊的な事ばかりやっていて皆さん逆に不安が増してませんか?と思うんですよ。
安心立命が得られるのが宗教じゃないですかと。宗教が人の不安をあおってばかりでどうなの?と。
一部の分かるそういう事を好きでやってる人はいいですよ、それは。
だけど、一般の信者さんとか、宗教を知らない人に対してそういう説き方ではどうなの?と思うんですよ。安心立命を求めて来てるわけですから、だから信仰してるんだから。安心立命が得られるために信仰してるんじゃないかと。
だから色んな事が起こっても分かるように霊層界の学びを積み重ねてきたんですよと。
霊層界の学びに照らし合わせて起こってくることを話していかないと、逆の事をやっていてはいけないでしょうと僕は思います。信仰している私達は何が起こっても何事にもとらわれずに安心立命であるべきじゃないですかと。ましてや・・これは僕がかいたのね、ましてや世間の不安をあおってはいけないんじゃないですかと。今、私達のやるべきことというのは「神格をいただく道」を実践して、メシヤ様の御教えを一人でも多くの人に伝えていくことが私達の信仰であり安心立命を得ることにつながると思います。という風にまとめました。

図ー8
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図―8
司会
人間の想念が霊界に反映するということで、これは今さっき言ったことで、要は自分達がどういう心掛けをしていったらいいのって、これ、一番最後に書いてあることです。心掛けというのは、悪の想念や言霊は出来るだけなくしましょうよっていう結論をメシヤ様は書かれております。
何でかと。日本は世界の汚物焼却場っていう事が書かれてまして、鳴門の渦なんかの話がここに出てきてるんですけども、日本は霊的中心であって、日本で起こることが世界に反映するっていう事は、汚物の焼却場、焼き払うような場所でもあるわけなんですね。霊的な話になってきますけども。
世界的浄めの業っていうのは何かというと、この祓戸の四柱の神が龍神を使うんですね。この時も。だから、台風とか竜巻とか・・

参加者
地震・・。

司会
色んな地震とか、全部龍神を使ってます。で、その担当者というのが祓戸の神。
これは、気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)、瀬織津比売神(せおりつひめのかみ)、速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)、速佐須良比売神(はやさすらひめのかみ)、というのは大祓いの祝詞で出てくる。

参加者
神言。

参加者
そうだ、それで出てくるんだ。

司会
天津祝詞にも出てきますよね。祓戸大神等です。集約されてますけども。「祓戸大神等 諸々の枉事罪穢を 祓ひ給へ浄め賜へと・・・」ここですね。人間の発する言霊というのは、他人の悪口、不平、愚痴、偽りの言葉、こういったことが霊界をくもらすんですよと。霊界をくもらすと汚穢がたまるんですよということで、それは、曇った結果、豪雨、台風、雷鳴、洪水、大火、地震になりますよと。で、それを拭き払い、洗い流し、焼却するのが祓戸大神が分担しますよという御教えがあります。
でも、そんなビビらしてばかりじゃいけないと思って、安心立命という御教えがあるんですよと。

図ー9
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図―9
司会
祓戸大神。
惟神医術ということで、これ、そのまま惟神医術という御教えなんですよ。
大浄化っていうのと大震災とか色々あるので、そういう浄化作用に対して働くのは、役目を分担されてるのは、祓戸大神なんです、という事が御教えに出てきますので、タイトルを祓戸大神としましたけども、実際のタイトルは惟神医術という事で、ちょっと読ませてもらいます。

『大自然も天地間もあらゆる物に浄化作用なるものを行うのである。この事は大祓の祝詞中にあるごとく、祓戸四柱の神の担任せられ給うところであって、たとえていえば地上に汚穢(おわい)が溜れば風に吹き払い、雨水によって洗い浄め天日によって乾燥させるのである。また一軒の家においても塵埃が溜ればそれを払い掃き水で洗い拭き清めるので、それらの事は人間においての病気、即ち浄化作用と同様である。従って、この場合、自然に放置すれば治癒するのは当然である。又、浄化作用の期間中、発熱や痛苦によって労務に耐えなければ休養すべきであり、食欲がなければ食わなければいいのである。それが自然である。
そうして人間の浄化作用は人間自身の体が行ってくれるからまことに都合がいいのである。故に、この意味において私の提唱する医術と健康法は飽くまで自然を本とし自然に準(なら)うというので、惟神医術という所以(ゆえん)なのである。』

司会
だから、これ、病気の事で書かれてますけども、病気も自然にならいましょうという。逆に言えば自然の浄化作用というのも人間の言霊から発しているのであって、普段の生活を『神格をいただく道』のようにしていけば、そういう大きな災害も少なくなっていくんですよと。もう、起こってしまったことをね、それも浄化作用ですので、何とも・・言えないですけども。これからどうしたらいいのかと、恐れるんじゃなくて、そういう事ですよね。全部、主神様の仕組みなんだもんと。ビビッていても仕方ないよという事です。今、ビビらせすぎじゃない?って、僕は思ってるもんでね。


図ー10
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図―10
司会
これ、新年なんで、最初に発表してもよかったんだけどね。
前に作ったやつね。日、水、土。
これが火だよね、水は流れるので水、これが土。
天と地の間で人が十字に結ぶ。人が天と地の間で経緯結ぶ。
天・地・人にもなるし、いいなぁと思って。

参加者
すごい。

司会
反響、どうか分からないけどね(笑)

図ー11(省略)

司会
これは、新聞だから資料に載せませんでした。
朝日新聞に載ってたのが、「オーガニック食材専門店が続々開業」、東京五輪が追い風に、という事で、有機農産物など「オーガニック市場」に、流通企業が力を入れてると。東京五輪が追い風になっているということで、化学肥料をつかってない野菜や添加物を入れてない食料品などを扱う専門店「ビオセボン」って言うんですけど、国内8店舗目が横浜元町に開業したという事で、イオン。
イオンがまた絡んでるねぇ。

参加者
イオン、すごいよ、今。力いれてる。

司会
三重はイオンの一番元だから・・・それもまた、面白いね。イオンの元って。

参加者
東京の(オーガニックライフスタイルEXPOの)時もイオンも提携してたでしょ?
最近、結構、オーガニック多い。
津のイオンも。

参加者
出来たイオン津南は、お肉類も。豚肉も抗菌剤とか抗生物質を使ってないのが、あそこにだけは置くようになってます。

司会
多分、外国から来るオーガニックに厳しい人が多いよね、欧米。2020年、東京五輪に来た人の為にっていうのもあるんだと思いますけども。
日本人、こんなの食べてるのかと言われないように。上流階級の人が来るでしょうから。来れるっていうのは上流階級ですからね。

参加者
そうですよねぇ。

司会
あと、青山学院大学5連覇逃した時の監督の言葉がいいです。
「進化を止めた時点で退化始まる」チャレンジする意識をずっと持っていかないといけないよという事を。
強化の流れに間違いはなかったが、私自身チャレンジする意識が下がっていたと。進化を止めた時点で退化になると痛感したと。反省してる。

参加者
進化を止めた時点で退化ねぇ・・。

司会
そうそう、チャレンジし続けるという事が、もう目標を達成してしまって、4連覇したのでちょっと気が緩んだというのがあると。もっとチャレンジ、目標を大きく持ってチャレンジしていくことが大事ですよという。
「あぁ、なるほどなぁ、いい言葉だなぁ」と思って紹介させてもらいます。

参加者
バイト先の人も「現状維持は退化だ」っていってました。「なるほど・・」と思いました。

司会
そんな話で・・。

それじゃぁ、この間の体験談を。

参加者
毎回同じですけど・・、この前(娘の家族が)出かける予定があって、出かける間際に電話が入ってきて、○○(3才)がウンチが出なくて痛い、苦しいって言ってて。病院行く前にまず出るかなって頑張ってたんだけど出なくて、で電話がかかってきて、またいつものようにlineで御浄霊させてもらって、主人が御祈願させてもらって、御祈願が終わると同時に「出た!」って言って。

参加者
へぇ~、すごい。

参加者
それで出掛けられたんだけどね。(笑)
結構、あの子、リラックスできないと便秘気味になって。

参加者
そうですかぁ。で、痛くなってくるんですね。

参加者
出かける直前で。
少し出てるからお父さんがお風呂に入れて温めたら出るかもしれないからって。
でも、いやいやってすごく怒ってて。
で、lineで画像を見ながら御浄霊して・・。でも、そこからは離れなくて。で、御浄霊してて、御祈願が終わったとたんに出たって。

参加者
すごーい。御祈願がどんなに大事か。

参加者
そうそう、御祈願と本当に・・・

参加者
lineで・・。

司会
つながるんですね。

参加者
つながってるってことか。

参加者
そう、毎回そう。あそこは本当にいつもlineなの。(笑)

参加者
lineなくても、想念でって思いますけど・・。

司会
顔を見てるほうが。
写真でもいいでしょうけども。
あるじゃないですか、霊視の出来る人が写真を見て、色々透視する人がいるよね。
結局、霊線をつなげてるのと一緒でしょ?意味合い的に。イメージが。

参加者
そうかぁ、よりつながりが。

参加者
そうそう。

司会
その人の事を思えるからね。
現代のline浄霊で・・。

参加者
だから、どんなに離れててもそれさえつながれば。
別に、電話だけでもいいけれど。
そういう感じで。

司会
相手ともつながってる。相手もこっちを見るわけじゃないですか。

参加者
つなげるから。

参加者
行きたくても行けない時ってあるじゃない?
あと、行く道中で少しでもって。
毎回、そんな感じ。
一番初めは手が抜けた時から。それが始まりだけどね。

司会
lineでやりながら走ったけど、着いた時には泣き止んでて。

参加者
へぇ~

参加者
どうにもこうにもならなかったけど。

司会
入れることは出来ないから整形へ行ったけど。

参加者
折れてるかもしれないって言ってたから、とりあえず応急処置だけして、御浄霊して。

参加者
痛みが和らいだってことです?

司会
もう、遊んでた。

参加者
抜けてるのに?

司会
牛乳パックで固定して。
病院へ行ってピッてやってもらったら終わり。

参加者
line、すごいですねぇ。

参加者
恐るべしline(笑)

参加者
知らなかったぁ。
今の現状の姿を見ながら出来るから・・。

参加者
あの子(子供)も頭が痛くて、1週間くらい痛かったのかな?
で、毎晩寝る前に御浄霊して。御浄霊すると寝てけるって言って。
そんな感じでしてました。

司会
で、今日は終わらせてもらおうかな。

参加者
ありがとうございました。


司会
こっちはさっきの話の中に入ってるよ。
安心立命のこととか、文章にして言うとっていうような感じで、御教えを書いただけで。

後ろの方に書いた、時局という事で・・。
今年の漢字は災害の「災」だったじゃないですか?
なので、ネットで調べて色んな災害の事を振り返ってみました。
だけど、やっぱり災害といえども・・、ここに書いてありますけども(青字の後ろの方)、災害といえども人間の心言行が霊界に大きく影響するということで、正守護神様も御守護してくださっておりますので、私たちは、信仰しているからこそ安心立命でありたいと思います。天変地異が起ころうとも大浄化になろうとも、生きるも霊界へ行くのも神様のお決めになることで、諸々にとらわれることなく、動じず、メシヤ様のことを伝えていく。神格を頂く道を歩んで行くことが大切だと思います。

参加者
本当ですねぇ。

司会
だから、今、色々霊的なことで振り回されてるっていう面が見受けられるので、そういう事に動じずに。やっぱり、先生がやってこられたことも、どんな事あっても御教えに照らしてっていう基本線はあったと思うので、そこをあまり霊的方向に振ってしまうと、ちょっと御教えに照らして戻してもらったほうがいいかなという風に僕は思います、という事です。

参加者
伊都能売で行けってことだね。
どちらにも偏らず。
こういうこともあるんだな、今度あったことはこう受け止めるってことで。

司会
だから、善と悪であって、霊と体であって。
こっちにこう・・好きな人は振り切ってしまう、そっちばっかに。
そうじゃないよというのがあって、実際に起こってくるのは、こうやって地震であったり浄化であったりする。それの受け止め方の方が大事であって、あそこの神様にお参りに行かなかったからこんな事になったんだとか、そんな風に考えるんじゃなくて、もうちょっと・・あの・・

参加者
それはそれで反省として捉えたら今度は違うよってことで、改めてってことでしょ?
前向きに・・。

司会
それで、そんなに偏っていくと結局信仰してても・・。
今は、よく分からない人にお詫びお詫びって言っても、分かった上で自分でお詫びするなら良いと思うのです。今の人間のここのレベルでしか分からない時はそのレベルのお詫びしか出来ないし、もっと遡ってって、神様側の御意向をどこまで受け止めて、どこまでのお詫びが出来るかというのは、その人それなりであって、周りがこうしろああしろというものではないと思うのです。

参加者
あまり息苦しくならないようにってことだね。(笑)

参加者
ん~。

司会
自ら現れて下さったのだから、一緒に、共に、働いていきましょうという方が気持ちよく・・

参加者
ねぇ、何かそっちで行きたい感じですけどねぇ。

司会
そうだと思いますよ。
それでいいと思いますよ。
メシヤ様は現界にお出ましくださっておられる。
私たちが、自らの心の岩戸を開けばわからせて頂けるのだと思います。

【御教え】高天原の所在地
『信仰のある人の心には、確かに神様がおいでになるのでありますから、まず人間は、心に高天原を築かねばならぬのであります。』

司会
では、終了参拝を。

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

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