2009年9月11日金曜日

『消えかかった命を救っていただきました。』

 

2009年消えかかった命を救っていただきました。
 瀕死の愛猫が浄霊で奇蹟的に救われる。近所の娘さんの喜びの報告。
『消えかかった命を救っていただきました。』
台風が接近している2009年9月の末のことでした。
手のひらに乗るくらい小さな小さなその子は母猫からはぐれ玄関先に一人ぼっちでみゃーみゃーと泣いていました。
動物嫌いの主人、育てる自信ななかった私は何とか母猫がが迎えに来ないかとその子を段ボールに入れて様子を見ていましたが母猫は現れませんでした。
「この子猫を助けたい元気になるまでで良いから」という娘の強い気持ちに負け、主人も私も「特別なことはできないけれどあなたのできる範囲で面倒を見てみましょうか」と『みゃあ』が我が家にやってきました。
まだまだミルクを飲むくらいの小さく、目も開いていない状態だったのででまずは動物病院に相談に行きました。病院の先生は助かるかどうかわからないという厳しいものでした。猫用のミルクと哺乳瓶を調達して、離乳食の指導を受けて家に戻り悪戦苦闘の1週間が過ぎたころ、何とかミルクも飲むようになり命がつなっがったと一安心。家族みんなが子供ができたような温かい気持ちになりました。
ところが、職場に娘からみゃあが動いてないとメールが入りました。
職場から離れることができない私はいつもお世話になっているHさんに病院に連れて行ってもらうようお願いしなさい。
と娘に告げて、娘は泣きながらみゃあを抱いてHさん宅へ向かいました。
1時間ぐらいたって「お母さん助かったよ」と連絡が入りました。
「病院に連れて行ってもらったの?」と聞くと「おばちゃんに浄霊をしてもらってミルクを飲むようになった!」と泣きながら報告してくれました。
娘が駆け込んだ時にそこにいらっしゃった喜多さんにもご浄霊をいただいたとのこと私は本当にびっくりしました。
ご縁があって子供たちが小さいころから何かあるとご浄霊をいただいていた我が家ですが、
動物とご浄霊が結びつかなかった私は本当に感謝しました。
本当に不思議ですが、何かあるといつも自然に手を差し伸べられ、助けて頂いています。
今回も消えかけた小さな命のともしびをよみがえらせてくださいました。
おかげさまで『みゃあ』はなくてはならないうちの家族の一員となり元気に過ごしています。動物嫌いだった主人も誰よりも一番かわいがっています。
本当にありがとうございました。
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もう2年ほど前の出来事になりますが、瀕死寸前の子猫を近所の娘さんが連れてこられました。
ぐったりしていて人間でいえば昏睡状態でした。抱いてみて冷たくなりそうな感じがしたのです。
御神前には入れませんので、廊下に寝かせ御浄霊を取次ぎました。
受験を控えた娘さんへの影響を考えどうしても救っていただきたいと思いました。
1時間ほどでミルクをのみ歩き始めた時にはほっといたしました。
(三重支部責任者代行)

助かった頃

助かった頃

現在

主人が浄霊を・・・感謝

 

<体験記>
主人が浄霊を・・・感謝
 9月初旬の日曜日。
 起きてきた息子の身体中にボコボコと大きな腫れのようなアレルギーが出ていて、痒くて泣き出す程でした。あまりに酷いので、主人が直ぐに浄霊を取り次ぎました。その日は、朝、昼、夜の3回、主人が浄霊を取り次ぎました。
 翌日、身体中に出ていたアレルギーは、すっかり消えていました。
 更に数日して気付いたのですが、乾燥性アトピーでガサガサで硬くなっていた肌がツルンと綺麗になっていて痒みがひいていました。まだ完治とはいきませんが、随分痒みが治まっています。ご守護いただき感謝しております。 (21年9月 Kさん)

2009年7月17日金曜日

2008年8月 イボが消えた

 

イボが消えた
<体験記>
 平成20年8月中旬頃、1歳の娘のオムツを替えていた時に、足の付け根に小さなイボができていることに気づきました。昨日まで何もなかったところに突然できて、イボかどうかは確信できませんでしたが、素人の目にはイボに見えました。
 オムツをはいていて、おしっこやウンチで汚れるところにできたので、日が経つとだんだん大きくなっていきました。その後、おしりにも2個目のイボができてしまい、月次祭で楳木先生にご相談させていただいたところ、ご浄霊でイボがとれるから、しっかりご浄霊してあげなさい。と教えていただき、毎晩、添い寝をする時にご浄霊しました。
 自分もご浄霊しながら寝てしまうこともあり、10分~15分くらいのご浄霊だったかと思います。しかし、イボがとれる気配もなく、私も半信半疑だったので、皮膚科でも診察してもらいました。皮膚科の先生の診断は、細胞をとってみてみないとイボとは断定できない。まだオムツをしているので焼いてイボをとると、そこが傷口になってばい菌が入るのでオムツがとれないと無理。イボがもっと大きくなったり、変化があったら、また診察に来てください。ということでした。
 このことから、やはりご浄霊しかないと思い、今までどおりご浄霊をするようにしました。最初にできたイボは見た目で4ミリくらい、2個目のイボは2ミリくらいの大きさで、3個目ができそうでできないという状況でした。
 平成21年6月中旬頃、2歳になった娘のオムツを替えている時に、1個目のイボのところを拭くと「いたいよー。」と言うのが2日続いて、3日目にオムツを替えようとすると、4ミリもあったイボが跡形もなく消えてなくなっていました。「あれっ!?イボがない!」と声に出してしまいました。それから数日後、2個目のイボもいつの間にかとれてなくなっていました。今ではどこにイボがあったのかも全く分からない綺麗なおしりになりました。本当に感謝の言葉以外見つかりません。そして、ご浄霊のすごさを身をもって感じています。
ありがとうございました。
 (平成21年7月17日 Kさん)

2009年6月15日月曜日

娘のアトピー性皮膚炎、火傷に御守護

 


2009年6月娘のアトピー性皮膚炎、火傷に御守護


娘のアトピー性皮膚炎、火傷に御守護

<体験記>
三重支部 吉田
 「メシヤ様御降臨祭」おめでとうございます。三重支部から参りました吉田と申します。よろしくお願いいたします。
 本日皆様に御守護報告させていただく機会を与えていただいて、ありがたく思います。先ず私とメシヤ教の出会いについてお話いたします。
 私には現在2歳の娘がおります。生後数週間で乳児湿疹ができ、その後アトピー性皮膚炎になり薬を使用して症状を抑えていました。しかし、薬を塗っても完治することはなく、どうすれば治るのか悩んでおりました。
 娘が4ヶ月の時、お友達から「御浄霊でアトピーを治した人が居る」という話を聞き「御浄霊とはなんだろう?」と思いながら「でも治るのなら何だっていい」と思い、御浄霊をしてくださるお宅にすぐに連れて行ってもらいました。
 それから1、2ヶ月はとりあえず御浄霊をいただきに、その方のお宅に通いました。しかし「このままこの御浄霊というものをいただいているだけで、本当に娘のアトピーは治るのだろうか?」と不安に思っていました。
 ちょうどその頃、友人は私に電話をかけてくれ「今、子供さんのアトピーを御浄霊で治された方と一緒にいるので一度お話してみる?」と提案してくれました。その時お電話で相談に乗ってくださったのが、メシヤ教三重支部の濵口さんでした。
 それから数日後、友人が「今日は濵口さんのお宅に九州から先生が来られているので一緒に行ってみない?」と誘ってくれました。私は「何の先生なんだろう?」とわけのわからない状態でしたが「濵口さんに会ってみたいし、色々な話が聞けるのなら・・・」と思い友人について行きました。
 そして、それが私が初めて参加させていただいた「メシヤ講座」でした。
 恐る恐る部屋に入ると、先生と呼ばれる男の人がありとあらゆる相談に乗られていて、みなさんの質問等に真剣に答えていらっしゃいました。そして初めて会う私の相談に対しても親身になって答えてくださり、色々とアドバイスしてくださいました。
 私は帰り道「少しこわい先生だったけど、あの先生についていって間違い無いのではないか・・・もっとお話を聞いてみたいな・・・」と思ったのを覚えています。
 そしてそれから1年、以前から伺っていたお宅と、三重支部に御浄霊をいただきに通いました。アトピーの症状は随分落ち着き、顔や肌が綺麗になってきました。
 娘が2歳になる頃、夜の食事を作る時普段は娘をキッチンに入れることはないのですが、その日は何故か「たまには作っているところを見せてあげよう」という気になり、私の隣に立たせました。そして、お鍋のゆで汁を流しに運ぼうとした時、お鍋が娘の体にあたり入っていた熱湯がこぼれ、娘にかかりました。
 私も娘も一瞬何が起こったかわからず声も出ませんでした。私は我にかえり「メシヤさまーーー」と叫びお風呂場に走りました。冷水シャワーをかけた後、冷蔵庫から氷をとりだし、すぐに濵口さんに電話しました。
 娘が泣いているので大変な事が起きたことをすぐ把握してくださり「今から行くから」と言ってくださいました。濵口さんはすぐに楳木先生に連絡をとってくださいました。先生からは「冷やさないほうがいい」との指導をいただきました。
 娘が外に出たいと泣くので体をタオルに巻いて外で御浄霊しながら「もう少ししたら濵口さんが来てくれはるから、大丈夫だからね」と娘に声をかけましたが、実際心の中では「なんて事をしてしまったのか」と生きる気力さえ失っていました。
 濵口さんのご主人は、仕事が終わったばかりなのに一緒に来てくださり到着するなり、歩きながらでもお二人が娘に御浄霊してくださった姿は今でも目に焼きついています。その姿はどんな救急隊員よりも心強く、そして大変ありがたく思いました。
鎮痛剤や睡眠作用の薬を使わなくとも静かな眠りに
 不思議な事に、娘は御浄霊をいただくとスーっと眠りました。想像出来ないくらいの激痛を伴っているはずなのに、ましてや鎮痛剤や睡眠作用の入っている薬を服用したわけでもないのに泣き叫ぶ事もなく眠っていき・・・これもメシヤ様の御力なんだと感じました。
 それから濵口さんは再度楳木先生に連絡してくださり、楳木先生は電話で私に「あなたなら大丈夫、乗り越えられるので、今日は一晩中御浄霊してあげてください」と言ってくださいました。私はその言葉にすごく励まされました。先生と濵口さんからの励ましのお言葉は真っ暗闇の中にいた私の心中に光がさしたように思えました。
 お薬を塗ってしまうと火傷の跡が残ってしまうと先生に教えていただいたので、極力病院にいく事を避けたかったのですが、主人は日頃メシヤ様の御教えに理解がある訳ではありませんので、病院での診断は避けられませんでした。
 翌日濵口さんと一緒に近くの皮膚科に行きました。症状を見せると医者は驚き、市民病院の診察を勧められました。医者の言葉や表情から「この母親は救急車も呼ばず今まで平気で過ごしていたのか」と不思議がられている事がわかりました。
 次の日、市民病院に行くと同じように「この母親はどういう考えなんだろう・・・」と不審がられているのがわかりましたが、担当医は「お母さん、すぐに冷やされたんじゃない?病院に行っていないのにこの(綺麗な)状態ということは、最初のお母さんの処置がよかったんだね」と言ってくださり、少し驚いているように見えました。
 私は「あー、それはすぐに御浄霊していただいたからだな・・・」と心の中で思いました。
 それから2週間程経過して、傷もかわき症状的にも精神的にも随分落ち着いてきました。そして現在は、完全に綺麗に治ったわけではありませんが、焦らず気長にいきたいと思えるようになってきました。
 娘の浄化は一つ落ち着いた頃にまた一つと起こり、私は「メシヤ様に試されているのかな?」と思っているのですが、その度に楳木先生、濵口さん、三重支部の皆さんに支えていただいて本当に感謝しています。
 今までに濵口さんが九州、北海道に参拝に行かれた時に2度ほど娘が熱を出しましたが、一人で不安ながらも乗り切れて、最近は少しずつですが徐々に自信がもてるようになってきました。濵口さんに頼りっぱなしではなく「少しは自分でやってみなさい」とメシヤ様がわざとそうされたような気がしてなりません。
 そして、この体験記を書き始めた今現在、娘の新たな浄化が始まりました。この浄化が始まる1週間位前から、グズグズと機嫌が悪く「おかしいなぁー」と思っていたのですが背中以外殆どの場所から膿が出始め、どこまで広がっていってしまうのか・・・と不安になる程出ました。
 不思議なことにアトピーの時と火傷の時に浄化した箇所はポツポツと少ししか膿が出ず、今まで浄化していなかったお腹周辺は今回かなりの浄化でした。
 夜中は痛い痛いと泣き叫び、いつ主人に「ちゃんと病院の治療で治したほうが良い」と怒られるかビクビクしていましたが、病院での診断を軽く勧められただけに終わり、夜中も起きて泣いている娘をあやしてくれて、主人に本当に感謝しています。
 薬を一切使わず御浄霊だけで乗り越えられたので、大きな御守護をいただけたと本当にうれしく思っています。浄化の後、娘は以前より食欲が増し、すごく落ち着いたように思います。
 そして濵口さんご夫妻がいらっしゃらなければ、このようなきびしい浄化、試練は乗り越えられなかったと思います。
 最後に私事になりましたが、視力があがるという新たな御守護をいただきました。私はメシヤ様(の御教え)と出会ってから、常に「視力が回復しますように・・・」とお願いしてきましたが、視力があがることは非常に難しいことだと思っていますので、軽い気持ちでお願いしておりました。
 先日視力を測りにいくと、0.05から0.1にあがっていました。眼科の方も「間違いではないか?」と思われ何度も測ってくれましたが、結果は同じで驚かれていました。私自身も信じられない気持ちと同時に、短期間でこれほど視力があがるという普通では考えられないことがメシヤ様の御力では起こり得るのだ!と確信し、この御守護をいただいたことで、メシヤ様に対する自分の気持ち(想い)が確かなもの、しっかりしたものに変わったと思います。
 これからもメシヤ様に直接太く繋がる事ができますよう、努力していきたいと思います。
 そして、いつなんどきでも家族のように温かく支えてくださる濵口さんご夫妻を見習い、御教えやメシヤ講座を生活の軸とし、御神業に邁進できますよう頑張りたいと思います。ありがとうございました。

2009年1月9日金曜日

新しい年を迎えて御神業に向かう姿勢を明確にする

 

2009年1月新しい年を迎えて御神業に向かう姿勢を明確にする

新しい年を迎えて御神業に向かう姿勢を明確にする

<体験記>
三重支部 濵口博幸
 今年の新年は、大海原を覆った雲を突き破り太陽の光が光柱となって天に届くという、何とも荘厳な太平洋に昇る初日の出を拝することができました。
 これから始まる今年の御神業に気持ちを新たに取り組まなければならない、と身の引き締まる思いがいたしました。「メシヤ講座・三重」のトップページに掲載させていただいたのがその初日の出でございます。
 さて、年明け早々現世界救世(きゅうせい)教の動きを耳にし、その内容に驚きを隠せませんでした。そして、自分が今まで研鑽してきた内容を振り返り御神業に臨む姿勢を整理をすべき必要があると感じました。
 私は、以前の教団に在籍していたころより、何事もメシヤ様の御教えを元に解釈していかねばならないと思っていました。それは縁あって、御教えに造詣が深い先達の元で学ばせていただけたことが深く影響しております。
 重要な学びを改めて振り返ってみますと、
○御教えは神様のお言葉である。したがってメシヤ様のお言葉を信仰の規準とすべきこと。
○御教えの研鑽によって私たちすべての信仰の統一が保たれること。
○メシヤ様は主神様(天地創造の神様)の代行者であられ神様として最高の位をお持ちになられていること。
○メシヤ様のことが分かれば力をいただけること。
○浄霊は魂を浄めて命を助け救いへの入り口となること。
○メシヤ様は神様であったが人性もお持ちであられたこと。
などがあげられます。
 私が研鑽させていただいた内容を土台にし当時のグループの人たちと「御教え勉強会」を平成十四年から十五年にかけて毎月行いました。勉強会をする中で感じたことは、皆が「浄霊の急所」について貪欲に知識を求めておられること、「癒しの浄霊」を求めておられるということでした。
 この頃の勉強会を顧みますと、当時はせっかく御教えを学んでもなかなか「真理を生活に取り入れて実践する。」という具体的な方策を示せず、御教えの研鑽に偏りすぎてしまい、現実に世の中に起こっている出来事、身の回りの問題を疎かにしていたのではないか?と反省しております。
 楳木先生より、「御教え拝読は、真理を学ぶ、ということであるが、最大の願いは学んだ真理を生活に取り入れて実践し、幸福になっていく、ということである。何故なら『生きている人間を幸せにしなければ何にもならない』とメシヤ様は断言されているからである。『信仰即生活』という観点から御教えというものを拝読する場合、その内容を全て自分に置き換えてゆく、ということがもっとも大切な作業である。」【メシヤ講座より抜粋】と教わりました。メシヤ講座ではその具体的作業を皆で学びあえるのです。これこそ私たちが求めていたことではないでしょうか。
慰霊(祖霊祭祀)について
 私がメシヤ講座で学んで最初に取り組んだのが仏壇とお位牌を整えることでした。
 当時我が家には仏壇はなく、「みたまや様」をお祀りしていました。「みたまや様」には御霊璽(ごれいじ=仏教でいうお位牌)がありますが、そこには「○○家遠津(とおつ)御祖(みおや)神」「○○家代々(よよの)祖(おや)等(たち)神霊(のみたま)」「○○家親族(うから)家族(やから)神霊(のみたま)」と記されています。
 平成十二年に父が亡くなっており「みたまや様にお祀りいたしましたが、御教えでは『面識のない先祖は先祖代々之霊の中へ入れていい。面識のある人のは位牌を作って祀る。』とあります。すると父の霊はかかる御霊璽がないわけです。「○○家親族(うから)家族(やから)神霊(のみたま)」の御霊璽にかかれるのです、とは聞いてはいましたが、気になっておりましたので、楳木先生に御伺いしたところ、「みたまや様でお祀りするなら、お父様の御霊璽を拵えた方が良いですよ。」とお教え下さいました。しかしそのようにさせていただくにはあまりにも「みたまや様」の御霊舎は小さいのです。
 楳木先生にご指導いただいた慰霊についての内容は、要旨は同じですのでメシヤ講座より紹介いたしますと、『絶対的救済力の言霊である善言讃詞を、神様から力をいただいて奏上する祭事が家庭慰霊祭です。真心を込めることを表現する一つに、自分達でお供え物を準備するということがあります。準備に誠を込めれば込めるほど時間がかかります。面倒臭がる人がいる中で、滞りなくできるようにお世話することは大変な手間がかかります。「祭祀料を納めれば本部で慰霊祭をしてくれる」というお世話は楽です。私は「救霊」を心掛けていくことが宗教の使命の一つだと思います。それから「慰霊祭」というのも人任せにせぬ方が良いですね。それぞれの宗教で、慰霊祭の斎行方法を知り得たならば、自分の霊性を高めつつ真心を込めて自分で取り組んでいくことも大切です。』ということです。
 私たちは、かつて本部へ私たち夫婦それぞれの御先祖の「慰霊祭」を毎月、七、八年近くお願いしておりました。そして、家庭でも毎月家庭慰霊祭を執り行っていました。「御先祖様は自分の子孫が心を込めて慰霊を行うのを一番喜ばれる。」というお話から、自分達で真心をこめて慰霊祭を行えば毎月本部へお願いしなくても良かったのだと思いました。
 そして、面識のある御先祖様をお祀りし慰霊を行うため、またメシヤ様に御縁のなかった古い御先祖様も迷わないように先祖代々の宗派と戒名を調べ仏壇とお位牌を整えさせていただきました。
 また、毎朝夕拝に参拝される喜多さんは、仏法に興味を持ち勉強された方で、仏壇を拵えたいが前の教団の時は「みたまや様」であり、御神体を奉斎していないと御祀りできなかったので悩んでおられたそうです。そのような時に我家の仏壇を見てすぐに決心され、仏壇とお位牌を整えられました。更に、もうお一方(ひとかた)もお位牌を整えられました。「信仰の共時性」と楳木先生より教えていただきましたが、自分が先に経験し学んだことを「この人にこのことをお伝えできるようにとのメシヤ様のお計らいだったのだ。」と思わせていただきました。
言葉を練る
 今までも「言霊」については御教えを学んで来ました。たとえば、『よく病気の苦痛はもちろん、諸々の苦痛に対して、祝詞または善言讃詞によって、偉効を奏することがある。これこそ言霊(ことたま)の偉力であって、善言讃詞を奏上するや、その周囲の霊界は大いに浄まるのである。特に今一つの重要事がある。それは言霊を発する人間の霊の清濁が大いに関係がある。すなわち、魂の清い者程、言霊の偉力は発揮されるのである。したがって、信者は常に魂を磨き、言霊を練り、上魂の人間たることを心掛けねばならぬ。「言霊の偉力」(昭和二十五年)』の御教えで、私は「善言讃詞」の言霊(ことたま)の偉力ばかり意識しておりましたが、メシヤ講座では、私たちが日常使う言葉についても言霊を練って話をすることに心がけること。
 また、「主之大御神守り給へ、幸倍賜へ」と唱えていくと、霊界が整えられていくこと。「メシヤ様」と正しい御神格でおよび申し上げることでお力がいただけること。練り上げられた言霊が天津祝詞であり善言讃詞であること。言霊を大切にし家庭の霊層界を整えていくこと。などをご教導いただきました。
万教帰一
 世界救世(メシヤ)教の誕生について『開教の辞(昭和二十四年二月四日)』で、メシヤ様より『地上天国こそ最後の目標であり、大規模な世界的破壊と創造に際し一人でも多く滅ぶるものをお救いになられるために神様の代行者として救世の大業を行われるのがメシヤ様でありその使命達成の機関が本教である。そして、どうしても全人類を救わねばならず、その救いは世界的に拡充する必要がある。したがって救いの力も決定的でなければならない。・・』(要旨)と御教え賜りました。
 どうしても全人類を救わねばならず、その使命達成の機関として行動するのがメシヤ様を仰ぐ教団なのですから、心あるすべての人たちが、今この激動の時期に際し、一部の幹部の人の意見を鵜呑みにすることなく、自分達で情報を収集し何よりもメシヤ様の御教えを信仰の規準として万教帰一とは何かを一人ひとりが考え行動することを切に願います。
 今まで学びを重ねてきて私なりに考えてみますと、『表現し奉る言辞もなく、文字もなく、ただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根源であると申すよりほかはないのである。(昭和二四年一月二十五日)【宗教と科学】』と、メシヤ様は主神様をすべての存在の根元とおっしゃっておられます。
 そして、この原稿を草稿している際に改めて拝読した御教えに大変感銘を受けました。「地上天国祭」の始まりともなった箱根神仙郷の雛型完成の際に、メシヤ様は次のように御講話されているのです。
 『見らるる通り地上天国の、大体箱根の模型はできたわけなんです。特にあの通り美術館も思い通りできたので、私は非常に満足しているわけです。大体メシヤ教というものは、地上天国を造るという意味で、最初の―つまり地上天国の模型を造るんです。で、世界の経綸は、すなわち神様の御経綸というものはおもしろいもので、ちょうど果物の種のようなものでして、まあ梅なり桃なりが、実そのものは世界なんですが、種がつまり中心になるわけです。中心ということは、今はっきり言うことはできませんが、種の中心にまた種の元があるんです。そういう具合でして、そうして世界をいろいろするには、一番小さい種が変わるんです。そうすると、ちょうど池に石をほおり込んだようなもので波紋を起します。そういうようなもので、世界を天国にするには、ごく中心の中心の小さい―そこをいろいろに変えるんです。いろいろ変えるというのは、天国を造るんです。で、天国を造るその本尊様がつまり私なんです。ですから私というものは、世界のごく中心なんです。その中心というものはポチ(ヽ)なんです。で、丸(○)にチョン(ヽ)ですね。これが宇宙の形なんです。丸(○)が宇宙でして、チョン(ヽ)が肝腎なのであります。それが私の救いの仕事になるわけなんです。それは非常に神秘ですから、精しく話するとおもしろいんですが、まだ時期がそこまで行っていませんから、時期を待っているのです。なかなか、神様のことは深いんです。そこで地上天国を造るということは、それがちょうど石を投げて波紋を起すように、だんだん広がって行って世界が天国になるということになるんです。ですから、小さくても―単にこれだけのものでいても、これが非常に大きな意味になるんです。(以下略)』(昭和二十七年六月十六日)【神仙郷完成兼美術館開館記念祝賀式典御講話『御教え集』11号・昭和27(1952)年7月15日発行】
 昭和27年というご晩年のそれも神仙郷完成の時の御講話だけにより深く受け止めさせていただきたいと思います。天国を造る本尊様がメシヤ様で、○が宇宙でチョン(ヽ)がメシヤ様の救いの仕事である・・・極小さな教団メシヤ教がメシヤ様の救いの仕事を進めている。いずれ世界大の大きな波紋となっていくのでは・・やはり素晴らしい御神体を私たちはいただくことを許されたのであると思います。
 また、メシヤ講座で紹介のあった岸本英夫著「宗教学」には、一神教の神観について「神は宇宙の一切を無から創り出した創造者である。(略)神は人間が直接には見ることも触れることもできない超絶対的存在である。神は時間を超え空間を超えた超絶者である。」と書かれていますので、神観には共通するものがあります。
 「メシヤ様御降臨祭」で楳木先生より「施徳の最高位に浄霊を捉えていくならば万教帰一の在り方が見えてくる。浄霊があってこそ、それは実現するものである。浄霊の概念の広がりを意識しましょう。」と学ばせていただきました。
 浄霊を特定の教団の宗教行為に留めることなく、あらゆる人々がそれぞれの宗教、それぞれの生活の場で施徳の最高位と受け止め実践する。そして、一切の根源の主神様に心を一つにして真向かう姿勢ができた時に万教帰一が実現するのではないかと思わせていただきました。
 それでは、具体的にはと申しますと、私たち一人ひとりが、メシヤ様のご精神を学びお伝えしていく。御縁をいただいた方が「メシヤ様とより太く繋がらせていただけるように精一杯お世話させていただく」こと以外ないと思います。
 今年は新たな取り組みとして「ミニ・メシヤ講座」を出来る限り開催したいと思っております。これは御教えを学んでいただく機会を少しでも増やしたい、「メシヤ講座・三重」の学びを再確認し、また疑問点を洗い出す場を設けたい、との思いからです。
 幸いなことに昨年十月十日に開設したホームページ「メシヤ講座・三重」には、毎月の三重での学びをアップさせて頂くことができております。ネットを通じてたくさんの方々と学びを共有することができれば、嬉しく思います。
 これも、私に与えられた使命と自覚し今後も発信し続けたいと思いますので、皆様どうぞよろしくお願い申し上げます。

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...