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令和5年2月1日

   覚りの旅  令和5年2月 月次祭を終えて


三救責任者

今日の人間がいかに病気を恐れ、怯えているかということを念頭に『文明の創造』を拝読していただきたいと思います。よろしくお願いします。

「擬健康と真健康 」、259ページ。

 

参加者

『文明の創造 科学篇  擬健康と真健康』  拝読

 

三救責任者

はいありがとうございます。

「擬健康と真健康」ということで、最初に話したように、今日の人間はいかに病気を恐れ、怯えているかということがしっかり書かれています。

私が思うに、今の時期、ピッタリ合っていますよね、この内容と、次回が。

次回は何でしょうか?

「種痘」です。

そこ( 「擬健康と真健康」 )には伝染病なんかが流行って、自分もかかりはしないかと案じている状況と、「種痘」、ワクチンですから、そういったことが今の時代にも重なるようになってきている。だから「偽健康と真健康」ということをしっかり理解して、皆さんに話しをしていけるようになっていかないといけないのかなと思いました。

皆さんは、今のところを読んで、何か感じることがあったら、教えていただければと思いますが・・。

・・というと出ないよね。(笑)

 

参加者一同

(笑)

 

三救責任者

今日の新聞の、「コロナ後遺症 待たれる解明」という記事を、少し読みます。

 

後遺症とは何ですか?

新型コロナにかかり、ほかの人にうつす可能性がなくなってからも、明らかな原因がないのに何らかの症状が続く状態をいう。WHOは、「症状が少なくとも2カ月以上続き、ほかの病気の症状として説明がつかないものなど」としている。通常はコロナの発生から3ケ月たった時点でも症状がみられる、とされる。

 

どんな症状が? というと、

疲労感、倦怠感、関節痛、筋肉痛、せき、たん、息切れ、胸の痛み、脱毛、記憶障害、集中力低下、嗅覚、味覚障害。

 

コロナにかかっての後遺症と言っているけども、実際はワクチン後遺症かもしれないですね。結局、症状としては一緒ですから。

 

何人くらい?という話で、

オランダの報告では感染者の12.7%がコロナ診断から90日~150日後の時点で中等度以上の症状を抱えていた。これをもとに、米国の研究チームは少なくとも感染者の10%がコロナにかかってからずっとある程度の症状が出ている、

ということを言っております。

 

厚生労働省によると、国内の累積感染者は1月30日現在で約3250万人。このため、日本でも300万人かそれ以上の人が後遺症を経験している可能性があります。

そういう状態だそうです。

 

それで、どんな人が?ということで、

コロナで入院を必要とした人は、そうでない人に比べ後遺症を抱える割合が3.45倍高かった、また男性よりも女性の方が割合が38パーセント高かった。

原因としては、(・・医学の方でいう原因としてですね・・)、確定していないが、有力な候補としてあがっているのは、ウイルスまたはその断片が体のどこかに残っていて体に悪さをしている。感染によって免疫機能に異常が起き、体を守るはずの免疫が自身を攻撃している、などの説。

 

結局分かっていないよという。分かっていないんですよね。

いろんなものを体に入れてるからなってきているというメシヤ様の説かれたことが、未だに医学では解明されていない。

だから、医学は浄化作用停止を治る方法と錯覚してきた、ということが今書かれていましたね。

これを見ていて、薬後遺症、ワクチン後遺症ではないか、という風に思いました。

 

参加者

帯状疱疹なんかそうだよね。

 

参加者

そうですね。

知り合いの方も1回目のワクチンを打って帯状疱疹になったって言ってました。

 

三救責任者

何で「種痘」で終わっているのかと思っていたけども、今の時代に合わせて、この時代を見据えて書いて下さっているのかな、とも思います。

 

参加者

歴史は繰り返される。

 

参加者

本当に。繰り返されてる。

 

三救責任者

それと、医学迷信の打破こそ救世の第一義、ということが出てきましたよね、さっき。

打破 というのは、物事が進展するように差し障りになるものを打ち破り、取り除くこと。

第一義 というのは、最も大事な根本的な意義のこと。

医学迷信の打破こそ救世の第一義。

この、「破」という字がどういう時に使われるか。突破とか破格とか踏破とか言いますね。

突破 というのは困難や障害などを克服すること。

破格 というのは並外れている様子。

踏破 は踏むという字を書きますね。困難な長い道のりを歩き通すこと。

では、『文明の創造』を最初から最後までしっかりと読み終えました。これはなんと言いますか?

 

参加者

読破

 

三救責任者

はい。読破というね。

ただすっと読み終えたことだけを表現するのは?

 

参加者

・・・

 

三救責任者

読了。普通の本をということです。短いとか。

読むのに難しい困難な長い本をしっかりと読みましたというのは、読破。

破れるっていう字を見ていて思った。だから、今の話の医学迷信の打破っていうこと、破れるという、その打破するには、『文明の創造』を読破しようと思いました。

そして、御教えを生活に活かしていきましょう。

恐れ怯えたコロナも5類へなっていきます。浄化作用であったということ、病気は浄化作用ということを教えてあげましょう。

という風にこれを見ていて僕が思ったことです。

 

過去にメシヤ講座で学んだ事を思い起こしながら、メシヤ講座三重の平成26年度4月度分ですけども、

安心立命の生活 ということで、

次で科学篇が最後になります。まとめの文章のようになっていますねということですね。

科学篇のまとめのような感じになっています。

 

『今迄詳しくかいた如く、病気は浄化作用であり、医学は浄化作用停止を、治る方法と錯覚して来た意味は判ったであらう。』

ということですので、医学は折角体の中から出そうとして起こって来る浄化作用を〝停止させることを治る″というように錯覚しているのだ、と。と言うことをメシヤ様はみんなにわかってもらうためにズーッとここまで論を進めて来たということですので、ぜひこの点は確認しておいていただきたいと思います。

 

病気をいつも心配しながら生きている人は『安心立命の生活』ができないということに陥っているわけです。私たちはメシヤ様から病気の真の意味と『浄霊力』を授かっておりますので、安心立命の生活を許されているということです。〝病気の心配がいらない″というようになることが安心立命の生活だと思いますので、私たちは一歩ずつそうしたことを確認しながら安心立命の生活に入っていけるということは〝大変有難いことだな″と思います。

 

それから264Pを開いていただきますと、とありまして、

 

『茲(ここ)で標題の真健康と擬健康に就(つい)てかいてみるが、擬健康とは前述の如く、固結毒素があっても浄化が発生してゐない状態であり、真健康とは毒素が全くない為、発病しない状態である。』

と纏めていただいておりますので、私たちは『毒素が全くない為、発病しない状態』に一歩ずつ近づかせていただくことが大切だと思います。真健康と擬健康ということについてこのように理解していただきたいと思います。

 

とあります。

それから、その三重のメシヤ講座の時に山中教授のNHKスペシャルの話が出ていたわけですけども、そこで、オキシトンの話がありました。ちょっと離れるかもしれませんけど、オキシトン。

 

オキシトンには末梢組織で働くホルモンとしての作用、中枢神経での神経伝達物質としての作用がある。

これはWikipedia最終更新 2014年4月5日 (土) 14:08 より抜粋からですけども、分娩時の子宮収縮をさせるとか。

他で調べると、ギリシャ語に語源があって、クイックバース。

バース、生まれる。 クイック、素早く。

だから時間がかからない出産のことからオキシトンというのがきていて、分娩時に子宮の収縮を促し、胎児が下界に出られるように働きかける。乳腺を刺激し、授乳を可能にします。そういう物質が出てくるということね。それで、そのオキシトンの効果ということで、ネット等で調べるとですね、幸せな気分になるとか、そういう分泌物。分泌されて脳や心が癒され、ストレスが緩和されるとか、不安や恐怖が減少するとか、他者への信頼の気持ちが増すとか、社交的となり、人と関わりたいという好奇心が強まる、親密な人間関係を結ぼうという気持ちになる。

 

だから、人と接すること、接したいと思うようになる。

 

学習意欲と記憶力が向上するとか、心臓機能を上げるとか、感染症予防につながるとか、睡眠を促し質の良い眠りをもたらす、美肌効果、記憶力アップ。

いい事ばかり書いてありますね。オキシトンを増やす方法としては、家族、友人、子供とのスキンシップ。

触れ合う、頭を撫でられる、お喋りをするとか、親切な行動をした時、人を褒めるなど親切な行動した時に出てくる。新しいことにチャレンジするとか、腹式呼吸、ペットと触れ合う、マッサージ、エステ、リフレクソロジー、朝日を浴びる、恋愛ドラマを見る・・(笑)。

 

参加者

ふーん。

 

三救責任者

そういうのがオキシトンは分泌してくるのかな。

それで、食事も大事で、何を食べるかよりも、誰とどんな風に食べるかがオキシトンに影響するということです。だから、無敵の自然治癒力だと。

ここに浄霊をメインに据えて来れば更なる無敵ということだなと思いました。

オキシトンから、そういう話を調べてみました。

メシヤ講座では、

 

オキシトシン細胞も親がきちんと子供を育てていると、その人が生まれ今度は妊娠して子供を産む時にもオキシトシン細胞がいっぱい出てくるのだそうです。

だから親がきちんと子供を育てているとその子供もまたきちんと子供を育てるのですが、親がきちんと育てていないとその子供が子供を産んだ時にきちんと育てられないということが起きてくるのです。だからどこまでも精神が大切なのだということを強調していました。分泌物が中心ではないということです。分泌物を誘導するのは努力とか心がけが中心になってくるのだそうです。「努力は報われる」ということを強調していました。

 

山中教授の話からね。

 

それからもうひとつ説明があったのは60兆個の細胞自体はそれぞれが独立していて何かが起きた時にはそれに対応するように動いているのだそうです。ですからこの60兆の細胞は非常に素晴らしいものだということです。

「それではその素晴らしい細胞はどうして出来たのですか」と出演者が質問しました。

そうしたら「神様が作ったとしか思えません」と答えました。

ですから科学者でも頂点まで行くと〝神様が見えてくる″ということでしょう。ボーッとした人には神様は感じられないのです。科学者は緻密な実験を積み重ねて行ってこれ以上いけないというところまで行くと神様の存在を感じることができるのですね。

メシヤ様の御論文を裏付けるような科学者の研究成果というものがこれからどんどん出てきますので、良くチェックしておいてください。

これほどの文化の進歩発達のその〝恩恵に浴する時代を愈々迎えた″のだと。我々が学んでいる『文明の創造』を中心にしてそれを裏付ける研究成果がこれから続々と出てきますので、愈々この文化が実りを得る時代になってくるかと思います。

『右の如く病気の種を有(も)ってゐる擬健康を無毒者となし、真の健康者を作り得るとしたら、之こそ真の医術であって、人類にとって空前の一大福音であらう。』

ということですから、この一大福音をこれからも学んで発信をしていきましょう。

ということで、まとめておられます。

 

ここで、この時に資料として「真健康と擬健康」ということを検索した中で、昭和17年に、同じようなタイトルで、

真の健康と擬健康『結核問題ト其解決策』 ということで出ている中で

 

私の発見した――病気は浄化作用である――という、その浄化作用という意味は、言い換えれば、一旦固結したところの毒素に対し、自然的に溶解作用が起るという事である。従って、溶解作用発生以前は、何ら病気症状はないから健康体と同様である訳である。即ち、毒素保有者といえども、それが固結していて、いささかの溶解作用の発生がない時は、健康体として自己自身もそう信じているし、且つ顔色も体格も健康そうであるから、たとえ、医家が健康診断を行うといえども、今日の医学の診断では、浄化発生以前の固結毒素を発見し得られないから完全健康と誤るのは致し方ないのである。故に、医家の診断において、模範的健康とされたものが、間もなく発病して死に至ったというような実例がよくあるのは、右のごとき理によるのである。

 従って、毒素を保有しながら、浄化未発生の人に対して、私は擬健康というのである。

 

というように、擬健康について説明して下さっております。

途中とばしまして、

 

右のごとくであるから、真の健康とは、全然無毒の人間でなければならないのである。

恐らく一万人に一人位であろう。

 

ということが書かれています。

 

本医術によれば無毒者となり得るのであるから、完全健康体となり、九拾歳以上の長寿者となる事は、易々たるものである。

 

浄霊で完全に無毒者になり得るって書いてあるね。入れなければの話でしょうけどね。

もう一つ、

真の健康と擬健康 自観叢書10編『神示の健康法』昭和25年4月20日

ですけども、これは説き方が若干違う角度からありまして、

 

漢方医学においては、病気とは五臓六腑の不調和からといい、西洋医学は「黴菌の侵犯である」とされている。五臓六腑が不調和としたら、浄化作用発生の力が出ないから、発病はしない訳である。

 

だから、漢方の方の説明もおかしいよということを指摘されている。

 

また後者は微生物の侵犯というが、それも一面の理はあるが、微生物の侵犯のみが病原ではない、黴菌に関係のない病原も沢山ある。また黴菌が侵入するや、発病するという事は、健康体ではないからで、真の健康体なら黴菌が侵入しても病気発生はないはずである。近来非常に黴菌を恐れ、黴菌防止に苦慮し、あらゆる方法を施行しているのは、真の健康体が少なく、黴菌侵犯による発病者が大多数であるからである。吾らはこれを別けて、前者を真健康といい、後者を擬健康というのである。しからば、いかなる原因によって真健康と擬健康との区別が生ずるかを説明してみよう。

 

ということで、

 

元来浄化発生という事は人間が健康であるからで、弱体であれば浄化力発生はないのである。たとえば、人家に塵芥(じんかい)が溜るとする、家人が健康であれば掃除が出来るが病人ばかりでは掃除が出来ないのと同様である。もちろん浄化作用は苦痛が伴うので、それを間違って解釈し大病の発端(ほったん)のように恐怖し、一刻も速く止めようとする。それには浄化力を微弱にする事で、それには弱体化しなくてはならない。すなわちまず薬剤を用いる。元来薬なるものは一つもない。全部毒である。これは薬物学者はよく知っている。すなわちまず毒によって衰弱させようとする。近来注射が流行するのはそのためである。これは毒が強烈であるから呑むと中毒を起すので皮膚から注入するのである。その他絶対安静も氷冷も湿布もことごとく衰弱法である。光線放射はせっかく溶解し初めた毒結を元通り否それ以上に固める。このようにあらゆる衰弱方法のため注文通り、浄化は微弱となり、毒素は浄化発生以前の固結状態に還元するから一時的苦痛がなくなる。これを病気治癒と錯覚するのである。しかし治癒でない証拠にはしばらく経つと再発する。これはせっかく固まった毒素が、健康快復によって再び浄化作用が発生するからである。するとまたしても衰弱法を行う。すなわち薬毒使用であるから漸次、薬毒は累加する。ここで薬毒について概略説明してみるが、病気の原因が固結毒素の浄化作用であるとすれば、その毒素は一体何であるかというと、これがほとんど薬毒であるから驚くのである。すなわち先天性毒素とは、祖先や両親からの薬毒遺伝であり、後天性毒素とは生れてから入れた薬剤である。この事実によって先天性毒素に後天性毒素が加わるにつれて漸次毒素の量は増し、多量の毒素保有者となる結果、一時に大浄化が起る。これが肺炎、脳炎や一切の腫物初め、あらゆる重難病の原因となる。しかるに医療は相変らず浄化停止を可とし衰弱法を行うが、そうなるとよほど強力な衰弱法でなくては効目がない。この点医学はよく証明している。それは肺炎の特効薬などそうである。その際医家のいう言葉は非常によく効く薬でうまくゆくと短期間に治るが、まずくゆくと生命がないといわれるのはそのためである。言うまでもなく猛烈な浄化を停止するには生命に係わる程の猛毒性薬剤でなければ効かないからである。

 以上によって、病気は浄化作用である事、医療とは浄化停止方法である事は判ったであろう。

 

ここは、病気は浄化作用であるということと、医療というのは浄化停止方法であるということ。

 

ゆえに一言にしていえば、医療とは病気を治さない方法で、医学進歩とは治さない方法の進歩である。

 

これが、結構わかりやすいかなと思いました。

 

この中では、メシヤ様も昔は医学を信頼していたということが書かれていますね。

温泉に行った時に「医者は居るか」と聞かれているくらいですからね。それから、全く変わってきたということで。仲人が医者だったんですね。

 

参加者

体験を持ってだね。

 

三救責任者

うん。色んなことを体験されている。

私が調べたり、思った内容はこういう事ですけども、何かありましたら・・。

 

 

2月3日は節分祭を8時から行います。

2月4日は11時から立春祭。

2月10日は、ご家庭で教祖祭を執り行って頂きたいと思います。

 

それで、旧暦でいくと元旦が立春前後に置かれていたと。

節分が大晦日とかいうことですね、旧暦でいくと。

新暦だから、12月31日とか1月1日というところでズレてるわけでしょ。旧暦でいくと立春前後が1月1日になってくるわけですよ。

だから、今でいう2月3日が1月1日だったと思ってもらったらいいです。

旧暦でいくと数え方が違うからね。旧暦のを見てもらうと、大体そのくらいになってくる。

何が言いたいか・・ですけども。それを何で今持ち出すかということですけども。

節分というのは年越しなわけです、ということで、大祓い祝詞を奏上するのが年越しの時ということで、12月31日とかにやっていましたけども、前にも話した通りに、昔は6月がメインで12月と2回、大祓い祝詞というのは2回やっていた。それが、どこもやらなくなって、今度1年に1回というわけですから、どこが一番ふさわしいかというと、節分じゃないかなと思いました。

大祓い祝詞を奏上する時期はいつかということで、節分に持ってくるというのは意味合い的にも一番いいんじゃないかな、という。

これは先生もやられて、色々なところでもやるところもあるし、やらないところもありますけども、いつがいいのかという意味でいくと、今のやり方が僕はいいんじゃないかと思います。

だから節分に夜の時代の罪穢れと向き合って許しを請うと。大祓い祝詞と言われているのは『神言』ね、大掃除をすることは大変理にかなっている事かと思います。

そう思いません?

 

参加者

はい。

 

三救責任者

大祓い祝詞の意味とか、そういったことは今までもやってきましたので。

結局、いろんな神様の名前が出てきていますけども、

『天津祝詞』というのは祓戸の大神として毎日していますよね。

色々祓戸の大神としてひとくくりにしてるけども、神様の名前が一杯出てくるということですね、大祓い祝詞の時には。

 

罪穢れを海に流したりとか・・。色んなことの情景をしているわけで、全体が祓いという、大祓い。だからお祓いって言うんだね。日々は『天津祝詞』でやっている。

そういう意味合いの祝詞だと思って頂ければ良いかと思います。

対象となる神様というのも色んな誰に対してとかあるか分かりませんけども、国常立尊様を押し込めたということをずっとやってきたけども、今の私達にとってみれば国常立尊様の働きをされたのもメシヤ様であるわけですから、メシヤ様のこの『文明の創造』を世の中に出さないとか、何も知らないふりをするとかではなくて、ただ“メシヤ様”とお呼びしないということ自体が国常立尊様を押し込めたというのと、メシヤ様を押し込めたというのと、同じなわけですから、それを出ていただくということは、“メシヤ様”とお呼びしていてこそお出ましいただくということに繋がってくるわけであって、だから、ここを学んで“メシヤ様”と尊称して。そのメシヤ様自体も全て主神様、宇宙創造主の主神様から地球を救うためにでてこられてるわけですから、一緒なわけで。

だから“メシヤ様”とお呼び申し上げることがあってこそ、メシヤ降誕本祝典ということにも繋がっていくので。

押込めてこういうことも学ばずにきたこと、夜の時代の癖を引きずってきたことのお詫びの意味が2月3日にあるということで、2月3日の祭典と立春を迎えて6月15日までどんどん光が強くなっていくということ、その前の3月3日というのは、全部繋がった祭典であるという風に受け止めて、それぞれの祭典に臨んでいただけたらと思います。

 

司会

以上をもちまして月次祭ならびに一日祭を終わらせていただきます。

 

参加者一同

ありがとうございました。