2018年9月28日金曜日

「覚りの旅」平成30年9月度 勉強会を終えて

平成30年9月
「覚りの旅」平成309月度 勉強会を終えて
司会
楳木先生が、東北の大震災の後、「メシヤ講座」や「メシヤ様の御精神を現代に伝える座談会」でお話しくださった内容をここで確認させて頂きたいと思います。

東北の大震災の時に浜松でお話しくださった内容です。

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まだまだ一万人以上の所在がわからないことをはじめとして全体が全くわからないので、なかなか話す事が難しいのですが、言葉を口に出しただけでも表現が適格ではなく虚しくなる
ような事態です。各機関が全力を尽して救済に取り組んでいただければありがたいと思います。そして、元々はここの東海沖大地震の警告が出されていたことなので、やはりこういうことを通して、犠牲になった方々にお見舞いを申し上げて、お亡くなりになった方々のご冥福を祈りながらも、自分達は自分達として大地震が来たときにはどうあらねばならないかということを、家族を中心に話し合いをして、備えをきちんとさせていただきたいと思います。

〇私は、この10年余「日本人は、履き違えた民主主義、欲望を増幅させる経済至上主義、思考を画一化させる教育システム、秩序を乱し品格を貶めるマスメディア等によって視野狭窄状態に陥らされている」と指摘してきましたが、力及ばず、このような大震災を以ってしか覚醒させることができなかったのか、と深く塞ぎ込みました。

御教えに対する求め方の浅薄さに大鉄槌を揮われた思いがいたしました。これは被災された方に対してではなく、メシヤ様の御教えを学んできた者たちに対してです。

『文明の創造』を基に環境科学に対する研究を構築していたら、もっと啓蒙運動が進展していたのでは・・・、と思わされました。それを権力闘争に明け暮れ、人類のために貢献することができずに来てしまいました。ひたすら主神様、メシヤ様にお詫び申し上げました。 

「御教えに対する探求」とそれに伴う「人類への貢献」を、可能な限りメシヤ様信者に働きかけてください。遅すぎる観がありますが怠惰な罪を重ねてはなりません。

〇自分達は自分達として大地震が来たときにはどうあらねばならないかということを、家族を中心に話し合いをして、備えをきちんとさせていただきたいと思います。

〇我々が身を削って納めた税金をあの人だったら必ず有効に使うように動いてくれると思うからこそ、その人に投票する、と。世の中の事を考えれば考えるからこそ、納税と選挙に対して真剣になっていくのです。そういうことを我々、直接被害を受けていない人間がこの次の世の中をよくするためにそうしたことを家庭でよく話し合うということを今日はお願いしておきたいと思います。

〇そういう話をする時には我々には叡智をいただかないといけないので、より一層御教え拝読に取り組んでいくということをお願いしたいと思います。

〇過去繋がっていた救世(きゅうせい)教関係の人たちに、この文章を必ず伝えてください。浄霊力と御教えに出会った人間はどうもボーっとしているのでね。こうやってメシヤ教に出会った人たちは一生懸命勉強をしているけれど、何々先生の指導とかそんなことばかりやっているところもありますから。そんなことでは天国建設に繋がっていかないし、こうした大浄化が起きた時に適切に対応できないからね、一つみんなに知らせてあげてください。出来るだけ関係者を調べて、「今月、月次祭でこういう話が出ましたので・・・」と言って知らせてあげてください。

現在、大浄化時代の様相を呈しております。これから浄霊を求めてくる人が増えてくることと思います。その時に際し、一人ひとり浄霊力を磨くべく、精進し、メシヤ様に求めてまいりたいと思います。
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司会
このように、読ませて頂きますと、これは2011年3月の浜松のメシヤ講座での楳木先生のお話でありますが、7年後の今の様相でもあります。
先生が7年前の大震災を受けて、御教えを学んできた者たちに強く願われたことを自らの反省の上に立って取り組んで来たでしょうか。
歴史を繰り返しているからこそ再びの大鉄槌ではないでしょうか。
今一度、一人ひとり浄霊力を磨くべく、精進し、メシヤ様に求める信仰に立ち還らせていただきたいと思います。

という事をお話しさせていただいて、それでは、「覚りの旅」を始めさせて頂きましょう。

司会
一回読んだら分かる内容ですけども、視野狭窄状態という事を指摘していましたよね。
視野が狭いですよと。御教えの求め方が浅いです。だから、大鉄槌が来たんです。
御教えを学んできた者たちに対して言っていることです。
『文明の創造』を基に環境科学に対する研究の構築、そういったことに力を注いでいかねばならないのに、政治の世界に対しても、そういった働きかけっていうのをしていかなければいけないところを、権力闘争に明け暮れ(というのは世界救世教三派、今でもそうですけども小さい大きいはあるにしてもメシヤ教でもあるかもしれません)、人類のために貢献することが出来ずに来た。ここを中心に置かないといけないですよと言ってるんですね。
ひたすら主神様、メシヤ様にその事を先生はお詫びをした。こういう思いで、自分たちは来たのかどうかということですね。
で、『御教え探求』、それが人類の貢献となるようにしていかなければいけないのだと。
これは、7年前の話です。
可能な限りメシヤ様信者に働きかけてください。という事が書かれていました。
現在、大浄化時代の様相を呈してますねと。そうですよね、今年になって顕著に表れてきてますけども。
浄霊を求めてくる人が増えますので、一人ひとり浄霊力を磨いて、精進しましょう。メシヤ様を求めていきましょうと。

そういう事を最初にお話しさせていただいて、「心に高天原を」のブログに、先にアップして読んでおいていただいて、追加で話したことがあればテープ起こしを聞いてまとめていきたいなと思いました。その方が皆さん参考にしてくれるところがあるんであればいいかなと思ってこうやってます。

読んでもらえる?(覚りの旅 平成309月 資料 経緯結んで始まる)


司会
それでは、本日の御論文「救世(メシヤ)教とは何ぞや」の拝読をお願います。

参加者
【御教え】「救世(メシヤ)教とは何ぞや」栄光二五三号 昭和二十九年三月二十四日  拝読

司会
はい、ありがとうございました。

「覚りの旅」を復活するのに、『主神様とメシヤ様』の順番にやり始めましたよね、勉強会のテーマとして。それが、今回、「救世(メシヤ)教とは何ぞや」だったわけです。
先程の挨拶的なところにもありましたように、ご存知かと思いますけども、私、メシヤ教の方を退会いたしまして・・。
ブログ「心に高天原を!」2018826日にも書いてありますけど。(http://takaamahara.blog.jp/archives/11515858.html     
組織に囚われないメシヤ様信仰を目指しております。
御教えおよびメシヤ講座での学びを、実生活に生かせるようにとの思いをブログに綴って行きたいと思います。
「覚りの旅」を復活し、勉強会を積み重ねてまいります。ご愛読いただければ幸いです。
ということで、このブログの意味合いをここに書いてあります。
退会してもメシヤ様の信仰、御教えとメシヤ講座ですね、そういう事を中心にして勉強会をやっていきます。それを「覚りの旅」としてやっていきたいと思います。ということで、書かせてもらいました。
まず初めにそこを言わなくちゃいけなかったね、すみません。


経緯(たてよこ)結んで始まる

図ー1
図-1経緯結んで始まる
メシヤ様信仰、この先生につながって十一年目ということで、統一。十一ということが言いたかったんでね。
御神書に拠る信仰。私には二人の先生がいました。京都の中村先生と楳木先生です。
京都で学んだのは『御神書による信仰』
『御神書による信仰』というのは御教え中心にやっていきましょうと。当時の救世教の一元化を進められた時に中村先生が離脱して、『御神書による信仰』を打ち出した背景には世界救世(きゅうせい)教が、御教えの95%を封鎖してしまったと。5%くらいの「天国の礎」と「景仰」くらいしか公開しなくくなって、御教えを読んではいけないみたいな感じになってきたので、これではいけないということで、できるだけの御教えを入手して離脱されたそうです。
離脱の背景に、御教えを守る為という事があったことを知っておかなければいけないと思います。
それで、いろんな先生方の中には、メシヤ様、向こうは明主様ですけども、「明主様がこういうお話下さったんですよ。」というように、御教えに書いてないことまで、喋ってしまう人がいると。自分で思い込んでる人が多くて、そういうのが怖いと。「きちんと御教えに求めて何処に書いてあるんですか?と聞くようにして下さい。」と、御教導賜りました。
御教えは神の言葉であるということと、メシヤ様は、神人合一されておられましたので、メシヤ様がお話しくださったことは、寸分間違いない。というお話を聞いてきたわけです。
それから、御教えに求めることの重要性ですね。そういったことを、形は違うけどもやっておられる楳木先生と出会ったのです。
楳木先生の方は「メシヤ様の御精神を現代に伝える」ということで、御教えは昭和に書かれたものですから、現在の人にはちょっと分かりにくいかと思いますので、そういったことを今の世の中の現象、ニュースとかね、先程の大震災の話でも、一緒に合体させたように、どういう風に御教えに返して皆さんに伝えていくかという事をやっておられたのがメシヤ講座であると。
そういうお二人は、僕にとっては大きな先達であり師匠なので、お二人の姿勢を求めて、やっていきたいなという感じで思っています。
それで、神科学によって地上天国を建設する。先程の先生の話の中で、人間界に判るように論立てという事をやってこられたのがメシヤ講座であったと思っています。

救世教(メシヤ教)とは何ぞや

図ー2

図-2救世(メシヤ)教とは何ぞや

ということで、『救世教(メシヤ教)とは何ぞや』というテーマが出て・・。
メシヤ教を退会して、これは聖地に報告に行かなくてはと思い、報告に行ってきました。行って救世会館に行った時に救世会館にあった冊子「光明」の冒頭にある御教えがこれ、『救世教(メシヤ教)とは何ぞや』。
向こうは今、もめています。ですから、今の時期に『救世教(メシヤ教)とは何ぞや』に基づいてやっていかなくてはいけないんじゃないかと、この御教えを取り上げたのではないかと推測しました。
一方、私達は、今この時期に、順番にやっていてこの御教えが出てくるというのは、この事ををしっかり学んでおけと、そういった人たちの話をする時に、相手も読んでいるわけですから。
たまたまもらってきてね。帰ってきてビックリしたの。次のテーマだ!と。だから、順番にやっていいんだって思ったの。

参加者
すごいですねぇ。

司会
向こうはどういうつもりで読んでいるかわからないよ、それは。出す側もね。意図があってこれを出したと思うんですけども、こっちは意図があったんじゃなくて順番に、たまたま始めて、これでやろうと思って始めたら、このテーマだったということなんです。
そうすると、何が書かれているかということが大事になってきますよね。
根本は何かといったら、神様の御存在を見せることです、ということが書かれているんですね。それにはどうしたらいいかと言うと、奇跡よりない。メシヤ教が救わなければどうしようもないんですよと。浄霊の出来る人ね。これの意味合いはメシヤ様時代もそうですけども、そのメシヤ様の信仰を受け継ぐ者と捉えればいいかと思います。
ここに、跛行(はこう)的文化は是正され真文明が実現される。跛行的という言葉が出てきたので、跛行とはどういう意味があるのかというと、ちぐはぐ、まとまらない、足並みがそろわない、一致しない、かみあわない、不ぞろい、ぐちゃぐちゃの、調和しない、何か似てませんか。世の中の情勢、宗教界の情勢、跛行的じゃないですか、今。僕の思いですが。
そういったものが是正されて真文明が実現していくんですよ、ということが書かれてます。僕はそういう風に読みました。

図ー3

図ー3ハート

ハートを魂とすると、行動に示してこそ意義が生まれるんですよ、と言う事が書いてありました。それに合った想念という事が大事で、それは皆さんとメシヤ様が直に繋がるんだという想念を、持っていきましょうと。
  

救世教の聖書

図ー4

図ー4 救世教の聖書

もう一つはですね、内容というのが救世(メシヤ)教の聖書であると。要は、『メシヤ様の指示のまま弟子に選ばせ編纂』したんですよと。天国の福音書のことね。『天国の福音書』というのは、前の「天国の礎」みたいな感じ。メシヤ様の指示で弟子に選ばせ・・ですから、弟子が編纂したという事です。だから、今であればメシヤ様がおられないので、メシヤ様の想いを慮ってですね、自分の感じたことを
編纂していくというのが、
こういうことに当たるのかなと思います。メシヤ様が「これをやれ。」と仰っているんだと思ったらですね。『続々出る』と仰ってみえるのが出てないじゃないですか。まあ、先生はそういう意味で、『天国の福音書 続編』を出さないかん、ということでメシヤ様はこう仰ってるんで、その思いを汲んでいかなくてはということで、続編を出してきたのですね。これから、続々出されるつもりでしたから。
『聖書であり将来世界の法典となるであろう』と、続々出る御教えを、そういう意味合いでメシヤ様は捉えられておられたのですね。今もそうだと思います。だから、待ってるんだと思います。


『入門と奥座敷』の刊行の想い
どの教団に属していようとも(いなくとも)、(いなくとも)は僕が書きました。()

参加者
()本当ですよね。

司会
本来の信仰の形態はこういうことですよと。
浄霊の形態はこういうことですよと。
そういう事を整えて、メシヤ教に入らなくても実践できる。そういう為に浄霊の仕方というのを書いて、祈りの仕方ということを編纂した。そういう想いがあったんですね。今思うと、「あー!そういう事か」って、これでやれるなって思いません?
誰がどうのこうのと言ってるんじゃなくて、やっていけますよということ。
「どの教団にいてもメシヤ様と直に繋がった浄霊が出来るということですよね」と僕が質問したら、「そうです」と先生が話されました。なので、紹介しておきます。

何かピッタリじゃないです?今の話。


お言葉に裏はない
お言葉に裏はない。これはちょっと話がずれるかもしれないけども、僕が資料を作っている間に出てきた御教えで、ちょっと紹介しておきたいなと思って。

図ー5
図ー5お言葉に裏はない

色々な人によって御教えの読み方、読む人によって、メシヤ様が書かれた本でも表裏、裏表があるんじゃないかっていう先生方がいたそうです。
裏表があるように思う人は邪神が憑っていると。夜のものについては、お経とか、他の夜のものについては、裏表があっても仕方がなかったんです。
月が照らしたところだけ見えるでしょと。月の時は周りが真っ暗じゃないですか?太陽によって月が照らされて、月が光ってるところだけ明るいけども。
昼の世界は太陽の光が直接だから、全部見えるでしょと。だから、裏表ないんですよと。御教えそのまま信ぜよということですよと。今まで、根本が悪だったのであからさまに言えないことがありました。だから、キリスト教とか仏教というのは、そういう秘密を持っていても仕方なかった。今までね。これからは表に出てくるのか分からないけども。宗教としては仕方がなかったという話ですね。で、終戦前はハッキリ言えなかった。だから、メシヤ様の書かれたものでも裏表じゃないんですよ。昼のなりかけでしたので、『明日の医術』という本がありますけども、医学の事をズバズバ書くわけにはいかなかったので、ちょっとぼかしたんですよと。御教えを比べていくと分かると思います。

参加者
時代背景でということですね。

司会者
『文明の創造』というのは、本当の聖書として書かれているので、病気の事とかも。ほとんどが、放っておけばいいと書いてありますけどもね。

『結核信仰療法』

図ー6

図ー6結核信仰療法

『結核信仰療法』は、はっきり書いた。メシヤ様が仰っています。で、メシヤ教というのは昼の世界を作るんだと。メシヤ様の言う通りやれば問題ないんですと、裏があると思うのが間違いですと、素直になって下さいという事ですね。

  

今までの話を、「覚りの旅  平成309月 資料」に書いてあります。

奇蹟で有神思想を呼覚(よびさま)

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メシヤ講座・特選集(№119・平成2212月分)
「先月現魂と幽魂の話をしましたが、現界に存在する魂は行動を起こさなければ意義が生じないのです。このことは、メシヤ様が御述べになっている『これからは想念の世界だ』ということとは意味が異なります。その『想念』は、形ではなく『メシヤ様に直に太く繋がる』という意味の『想念』であり、現実世界の心言行の根幹的なものです。
 つまり、神界からの御指示があって、それを実行するかどうか、ということで全ての結果が違ってくるというものです。信仰上で大切なことの一つは『誠』の有る無しです。」
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救世教の聖書
司会
現在は全集がありますが、一般の方がすぐ手に取って読めるわけではありません。
『私の指示のまま弟子に選ばせ、編纂したもの』『今後も続々出るので、溜った都度刊行する予定』『これこそ救世教の聖書であり、将来世界の宝典』と御教え頂いております。
思い出してください。

ここで、『入門と奥座敷 天国の福音書(続編)』を編纂されるにあたっての楳木代表の想いをメシヤ講座で確認させて頂きましょう。
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メシヤ講座・三重84号 平成26年10月度
迷える人の善導を!
(先生)
形を整えてどの教団に所属していようとも〝本来の信仰の形態はこういうことですよ″と、〝浄霊の形態はこういうことですよ″と、認識していただいてメシヤ教に入らなくてもすべての教団でそういうことが実践できるような態勢を整えていかないと、上から組織的に抑えられておりますので、待ってはおられないのです。それぞれの教団の中で実践していただければ良いのです。
(質問者)
『浄霊力拝受お願い書』を付けていただけると良いと思います。
(先生)
折り込んでミシン目を付けて切って提出できるようにするつもりです。一枚で足りない人はコピーして書き込んで送ってもらえるような形にしていこうと思います。
(質問者)
どの教団にいても『メシヤ様と直に繋がった浄霊』が出来るということですね。
(先生)
そういうことですね。
最近はいろんな情報を得ていても総合的に整理できていなくて迷っておられる方が増えてきているようです。そういう人たちを善導していくためにも〝浄霊の在り方を整えて行きたい″と思います。

司会
ということで、3ページ(覚りの旅  平成309月資料)

『入門と奥座敷 天国の福音書(続編)』についての楳木代表の想いを例として挙げさせて頂きましたが、本来の信仰のあり方をどこの教団に所属していようとも、いなくとも、『メシヤ様と直に太く』繋がって頂くために、道しるべとなる『天国の福音書(続編)』の刊行を望まれておられたのではないでしょうか。
まずは、私達が出来ることは何かを自ら考え、資料つくりをコツコツと進めていきたいと思っております。

司会
先生の、天国の福音書 続編づくり。何で『入門と奥座敷』なのかなと思ってたんですけど、こういう思いがあったんですね。
後からの方が良く分かる。作っていたのにねぇ。作っていたのに、そんな深い意味とはなかなか・・。
だから、浄霊の仕方は?といえば、これをみてもらったらいいし。
あまりに変な浄霊方法になってく人もいるんで。
大分悩まれてやってましたからね。メシヤ教も色んなところから来てるんで、当然それぞれの特徴があって、やってるもんで、岡田浄化療法の時代の感じでやってるところもあるんで。探査の浄霊。医者もついてとか。医者もこちらの御教えがしっかり入っている人がやってもらうのなら全然いいと思うんですけども、そうではなくて医者に探査してもらって、「じゃ、手術を」、となると逆に何も言えなくなるじゃないですか。


液状化

図ー7

図ー7液状化


司会

話は全く変わりますが、これは液状化の話です。
十勝沖地震の時にすでに、液状化が指摘されているんです。

参加者
東北の時もそうだったですよね。

司会
こういう事っていうのは起こり得るので、自分の土地というのがどういう状態かというのは、キッチリ把握しておいたほうがいいかなと。
多分、防災地図みたいなのが役場とかに行けばあって、液状化の危険な所というのは色が変えて書いてあったと思うけど。そういうのは把握しておいた方がいいです。
特に都会で液状化になったらえらいことだね。

参加者
動けなくなる

司会
こういうのはどこでもあり得るんだよと。東海地区というのはそういったことの話が多かったわけだけども、今、起こってきているところというのはそういうのとは関係なく起こってきているじゃないですか?


日本人の霊的考察
図ー8

図ー8出雲族 天孫族



司会
これ、何でしょうか?
ほとんどが、メシヤ様の御教えの「日本人の霊的考察 上・中・下」にあるのです。そこに書かれてることが大事なわけで、教団に起こってくることとか、色んな事と言うのは、天孫系、出雲系、土匪というのがあります。日本の元々というのは少数民族の大和民族。これは、伊都能売神皇がインドに行って観音様になったという、ここ、大和民族の宗家ですね。だけども、28部衆しかついていかなかったわけ。他の人はどうなったの?という話ですよね。で、元々出雲族というのが日本の国を治めていたんですね。で、天孫族というのが高千穂に天から下ったとありますが、そんなわけがなくて、それは作り事で、支那から来て、先生の話では山口を通って高千穂へ来たと。
で、神武東征の話をすると高千穂から宇佐へ行って、宇佐から山口へ行って、広島へ行って、岡山へ行って、これ何だと思います?

参加者
面白いですねぇ。

司会
これ、先生が、神武東征来たところを教化していってるような。こういうところ、あるじゃないですか?天孫族にやられて来た所を教化していってるという。
ピッタリだからビックリしたの。地図に落として、先生が支部をつくってきたとこだなと思って。

で、ここ何か分かります?長野。

図ー9

図ー9 日本人の霊的考察

参加者
戸隠?

司会
そうそう、戸隠とか。
まあ、今回、骨子を読みました?何が言いたいのかなと思っていたんです。
意図は分からないけども、伝えたかったのは、ふっと思ったのが、皆神山が出てくるんですよ。皆神山はどういうところかという話をこの図に当てはめると、例えば出雲族というのは天孫族に・・。最初、2回失敗したんですね。やっつけようとしたんだけども、出雲族の方が酒と女で骨抜きにしてしまった。接待して天孫族が骨抜きにされて戦いもなく負けた。そうしたら、建甕槌命(たけみかづちのみこと)(陸軍の総大将)と経津主命(ふつぬしのみこと)(海軍の総大将)、この大将を天孫族は遣わしたのすね。すごく強いんで、負けたんですね。出雲の国譲りとなったのです。だけど、納得しないのが建御名方命(たけみなかたのみこと)で、あくまでも戦おうとしたので陸軍の建甕槌命(たけみかづちのみこと)がずっと追いかけて行って、逃げていったところが諏訪湖。

一方、天照大御神。丹後の国、綾部、亀岡、で伊勢。これ元伊勢のルート。
こう、伊勢に来ているんです。
天照大御神というのは、岩戸隠れしましたよね。岩戸隠れの時に隠れたのは戸隠と言われていますね。そうすると、信州の水上山(みなかみやま)、みずかみやまと書いて水上山。関係してませんか。

伊勢津彦
それと、もう一つ、これは御教えには出てこないけども、伊勢津彦という人がおりました。地元の伊勢に。これも、出雲と関係があるんですけども、こちらへ来て地元を治めていた神様が神武東征によって「国を譲れ」と言われて、民の事を思ったら戦うよりも譲ってどこかへ行きます、と言ったそうです。伊勢津彦というのは。
そういって民の暮らしを最後に見ていた山が、すぐそこの山、経ヶ峰だそうです。。経ヶ峰に登って、見渡して、去りますと言った。神武側は去った証拠を見せよと。何か企んでいるだろう、何か証拠を見せよと。私が去った後、大風を吹かし、大雨を降らします。と言ったところの名前が八風。四日市にありますよね。八風。地名にも表れているというのがあります。
何が言いたいのかというと、逃げたところがここ、戸隠だそうです。だから、要は、国を譲ったよと。侵略された。民の事を考えて譲ったのですね。

色んな戦いがあるけども、その戦いというのはずっと続いてきているわけです。
徳川の時代でも、いろいろ天孫族と続いてきてる。その中でも大和民族というのは現れたけども戦いはしないわけなので、聖徳太子というのは仏教を取り入れるという事をやって、戦いじゃないんですね。ま、最初の頃、戦ってもおるけどね。あと応神天皇、仁徳天皇、光明皇后、光明天皇、義経、光琳、紫式部、清少納言、西行、芭蕉とか、足利義光、義政っていうのは金閣寺、銀閣寺という美術の方に力を入れられてるね。そういった人というのは、戦いを好んでなかった。本当は。色々あったけども、応仁の乱とか。要は大和民族だったらしいですね。
見てると面白いんですよ。南朝、北朝というのは、南朝は出雲族で、北朝は天孫族。徳川というのは出雲族。今の明治になってから天皇中心になってきたわけです。徳川というのは出雲族というのを隠しながら、徐々に天皇の力を弱めていったという感じでやってきたけれども、最後の方では金が尽きたみたいな感じ。今の話は御教えにも書いてある話です。

で、色々因縁を感じたのは、この前、ここの土地の話をした時に、経津主(ふつぬし)が出てきましたよね。これは北陸の方からハタレが攻めてきて、ホツマツタエの話ね。ハタレというのは魔物。魔物が攻めてきて、春日の神様という神様から霊返しという技を授かったりして、経津主(ふつぬし)という神様が追い払ったと。というのもあって、その神様が香取神宮に祀られている。鹿島神宮にはさっきの陸軍の大将である、建甕槌命(たけみかづちのみこと)が祀られていると。で、メシヤ様はここへ参拝されている。御神楽をきちんとあげられて。で、静かに想いにふけっておられたみたいで、この時代のことまで遡っての事を色々考えられて、天孫族、出雲族の和合という事も考えられたのではないかなと思うのです。
だから、経津主(ふつぬし)に因縁感じ取って、香取神宮と三重と玖珠と一直線というのがあって。そうしたところに、今度は出雲族というのが結構出てきて、伊勢津彦ということも出てきて、ちょっと複雑な想いです。

この時のお歌がね、メシヤ様が昭和16年に鹿島香取を参拝された時のお歌が、
  坂東に名だたる鹿島香取なる神宮(みや)に詣でぬ今年文月
  老杉の森々として神さびし鹿島の宮に(おも)い深しも
メシヤ様は、結構、静かにされてたそうです。参拝が終わるまで。何か思いにふけるような感じだったと、「みあとしのびて」に出てきます。
で、昭和15年の11月末に当局の弾圧で、警察の弾圧を受けて、第一線の働きを辞めさせられたわけです。浄霊をストップされた。弟子たちの養成に力を注がれるようになった。昭和1660歳の春から、各地の御巡業を始められました。要は暇になったのも、巡業を始められたのも皆経綸上大きな意義があったことだと、メシヤ様がお話しくださったそうです。それで、ここを参拝した帰り道、ドイツとソ連の戦争勃発。第二次世界大戦の始まりということです。16年ですから、それが拡大して世界戦争に突入していきました。
この時は、そういう浄化の始りだったわけですね。


神様が現れた!

図ー10
図ー10 神様が現れた

これね、92日の夕刊。
『天が下大御光にもなく浄めます時いよいよ来にける』
大隈(おおくま)というのはメシヤ教さんの本部の所在地ですね。
神様が現れた。熊が現れたんです。北海道と青森。
「泳ぐクマ目撃増える」ということで、106年ぶりにヒグマの上陸が確認されたそうです。青森の方ではツキノワグマ。
「日(ヒ)」と「月(ツキ)」なんですね。

参加者
ホントですねぇ。

司会
大和言葉で熊はくま、アイヌ語だとカムイという意味で神という意味がありますよと書いてあって、先程の神武東征の熊野というところも古代から素戔嗚尊様を祀っていますというのがあって、伊勢の天照皇大御神、さっきの御神の地図と神様のことをいろいろ考えた時、で、これ(天が下大御光にもなく浄めます時いよいよ来にける)を出したんですけども、大隈でいよいよ来たんだなあということで、御本部竣成のときにこう思ったことと、符合しているなあと思って、ここ、北海道、青森なんだと思った時にすぐに大きな浄化でビックリしたんです。

参加者
ヒグマ と ツキノワグマ 、本当ですねぇ。
いないんですよ、北海道にはツキノワグマは。ヒグマなんです。

参加者
そうなの?

参加者
そうです。
ツキノワグマは北海道にはいないんです。

司会
そういえば境界線ていうのも何か書いてあった。

参加者
ブラキストン線でいろんなものがあって。

参加者
さっきの地図、分かりやすい。
これ、ちょっと見せてもらっていいですか。

司会
さっき言うのを忘れたけど、土匪という、ロシアから蒙古に来て満州に来て北朝鮮に来て、青森に入った。青森に入ったのが近畿まで一部は来たらしいです。そういう民族もいると。というのは、今の共産主義的な。要はロシア中心という感じ。

参加者
だから、赤化がすごかったのはそういう人たち、本当にそういうルーツがあるからですよね。

司会
だから、一時、天皇の言う事を聞かないというのは、こっちが強かった。

平仮名文学の人っていうのは大和民族。漢文学の人は天孫族。支那だからね。
支那から来てる。桓武天皇のお母様は朝鮮とゆかりがあると。
桓武平氏と清和源氏を調べた時に、桓武平氏がというのがそこにつながった。平家というのは素戔嗚尊様の系統があるのかなと。

参加者
そうでしたよね、清盛と重盛・・。

司会
清盛、重盛、時平、道真、・・・ここまで出雲が天孫族をやっつけようときたけれども、上手くいかなかったから、方針を変えて宗教でやろうと。
ということで、〇理教、〇本教、〇光教、〇住教、そして、これは仏教だけど日蓮宗というので。
〇理教の事が出てきたので、関係あるかもしれないので。
「高山の真の柱は唐人や是が第一神の立腹」と。あからさまにやってるんです。
天皇は〇〇人だと。これが神様が怒ってるんだと言ったのが〇理教。
と、露骨に言ったもので、天孫の方に迫害されると。だから、出雲系ということです。
メシヤ様が静岡で牢に入ってる時に、色々教祖がかかられたという話の中で、〇理教教祖がかかられて、これから信者をよこすからよろしく頼むと言われてるので、それがあって、繋がってきてるのかもしれないけども。〇〇に近い人は。

と、こんな話です。
興味を持っていただけましたでしょうか・・()

何で武家の頭領は源氏でなくてはいけないのかと言われているのかという話ですが、さっきの桓武の話です。平氏を遡ると母親が〇〇系じゃないか、ということがあるので、日本を治める武家の頭領というのは、生粋の日本人じゃないといけないと言ったのが、・・・だから、皆源氏として名乗って幕府を開いたわけです。

何でこう調べてたかというと、先生は源氏なんだけど、平氏に生まれたってのがあったじゃないですか。それで、源氏と平氏の事を考えてたんです。
源氏の中には源為朝という武将がいました。為朝というのは3年の間に九州を平定してしまったくらい豪傑だったらしいんです。そこはお嫁さんを平家からもらっているので、源氏であって平氏ですよね。
で、後に沖縄の方で琉球王朝をつくったという伝説もあるそうです。

先生が為朝とも関係があるんじゃないか()。と思ったわけです。

参加者
なるほどねえ。

司会者
豪傑じゃないですか。
 
参加者
弓の名手だったんでしたっけね?

司会者
そうそう。
歴史、雑学みたいな感じだけども、そういう今の因縁と考えているとね。
為朝をそうやって考えると、藤原泰衡には年が近すぎるんですけどね。

では、一旦終わらせていただきます。

2018年9月19日水曜日

あの時の浄化は決して忘れない。

 

今から3年前になりますが、大きな浄化を頂きました。疥癬だそうです。
あの時の浄化は決して忘れてはいけないことだと思っています。


【御教え】御光話録(補)昭和26年頃。

昭和二十三年十月二十八日(木)

――大浄化は来年辺りから急激に来るのでしょうか、または三、四年経ってから急激に来るのでしょうか。

  大浄化はもうよほど前から来つつあるんです。いまもそうです。終戦後、特権階級の没落とか、皇族の生活難とかはそうです。いま政界がゴタゴタしているのも大浄化です。そして大浄化は急激には来ません。だんだんに来る。いかなることでも急激に来ることはないんです。

――会員の疥癬が最近見られないようですが……

 疥癬はだんだん来なくなります。浄化が強くなるから、疥癬ではなくもっとひどい浄化をする。まあそうなったらたいてい生命がないでしょうね。つまり疥癬が天然痘の形になる。それだけではなく、天然痘のほかに他の病気も加わりますから。

――そのときは急激でしょうか。

  ええ急激です。……いまはほかの浄化が来てるわけだが、まあ神様がうまくやってられるんでしょう。

____________________________________________________


この浄化についてメシヤ講座でよく話題に上がりましたので、紹介いたします。

メシヤ講座・三重 第96号 平成27年10月度

(先生)
大分粉が落ちたね(笑)。

(参加者)
粉ふき芋のように(笑)。

(先生)
それ掃除機で吸いとった方がいいよ。

(参加者)
そうですね。いつも掃除機とコロコロでね。娘にも結構やられてました(笑)。

(先生)
もうこれはアトピーではないからね。疥癬です。疥癬と同じ状態です。

(参加者)
疥癬とアトピーの違いというのは?

(先生)
疥癬はこんな感じよ、見た目は。アトピーはもっと真っ赤になるでしょ?

(参加者)
もっと乾燥して真っ赤になりますね。なるほど。

(先生)
濵口さんの顔の色のようにこんな普通の色ではないから。もっと赤くてね。独特の真っ赤な赤ら顔になるでしょ?

(参加者)
あれはステロイドを塗ったからですか?

(先生)
それは違うでしょう。

(参加者)
娘は塗っていなかったけど、真っ赤だったしね。

(先生)
そして、アトピーは皮が薄くなるから、すーとね。こんなに象みたいな皮膚にならんから。

(参加者)
そうですね。今回ノーベル賞を受賞された先生のお薬、疥癬の薬の記事を読んでいたら、足が浮腫んでと書いてあったので、疥癬の形とよく似ているなって。主人はこの違いを見せていただいているんだねって薬を使わなくてもね、ご浄化を乗り越えることができるようになるってね。

(支部長代理)
長いですが・・・。

(先生)
でも、今日は正座が出来ているというのは、本当に早いと思う。こんなに早くないから。普通疥癬は4年くらいかかるから。

(参加者)
4年?

(先生)
そう、4年くらいかかっちゃう。それが、こんなに短時日で変わってきているというのはやっぱり、メシヤ様の御光が強くなっているというのがよく分からせていただける。椅子に座らなくて、時間を過ごせるということは凄いことだなって思いますね。もう楽しみでしょうがない(笑)。

(参加者)
どういうことですか(笑)?

(先生)
これから、メシヤ教、どんなに大きな御神業進められるかと思って、誠に楽しみ。

(支部長代理)
畏れ多いことです。

(参加者)
香りもすごくしていると思うのですけど。

(先生)
いや全然、臭いはないよ。それは敷布を洗うときでしょ?膿が敷布について時間が経つと臭い出すので。

(支部長代理)
シャツも臭う。

(参加者)
でも、一時のことを考えると随分ましになりました。夜も結構休ませていただけている様子で。

(先生)
うん、ただ声が全然違うから。

(参加者)
そうですね。声がちがいましたね(笑)。

(支部長代理)
声が出なかった。力がなくて。

(先生)
声に力がなかったね。

(支部長代理)
急に食欲が出てきまして、びっくりするほど。前全然食べれなかったのが・・・。

(参加者)
今はご飯も大盛りでね。

(先生)
素晴らしいことだね。

(参加者)
今月は声が元に戻っていますものね。先月は言っては申し訳ないのですが、かなりお年を召されたお方のようなお声で(笑)。

(先生)
顔も大分おじいちゃんのようだった。

(参加者)
犬の散歩をしに出かけるというので出ていったとき、隣の旦那さんが主人と分からなくて、どこのおじいさんか思ったって(爆笑)。

(参加者)
私も先月こちらに寄せて頂いた瞬間、どなたが濵口さんの位置におられるんやろ。初めてお会いする方やなって(笑)。でも、よく見たら、濵口さんの面影がなんとなくあって(笑)。

(参加者)
本当にわからんかった。

(先生)
もう、今月は面影がね。随分戻ってきたけど。

(支部長代理)
今は仕事を無理しないようにしないように終わらせることに。

(先生)
少しずつね。10%位無理するくらいにしてね。体力を付けていって欲しいと思います。では、この辺で終わらせていただきたいと思います。



メシヤ講座no.192三重(平成29年2月)

楳木先生
支部長代理が一昨年から昨年の春まで見本を見せてくれてますので、あの『天恩地恵』の写真をお守りのように見といて頂いて(笑)、そしてここまで酷くなることはないと、いうように思って浄化を力強く乗り越えて頂きたいと思います。
そして、自分の心身を浄めて頂いて、世界救世(メシヤ)教を復興する御神業の一端を担わせて頂くんだという気持ちで進んで頂ければ有難いというふうに思います。まあ、そういう浄化の話しをすると、今までの信仰ではちょっと脅かされているように響く方もいらっしゃるかもしれないのですけれど、メシヤ様が御在世中は疥癬の浄化を許されないのは御用を担っているとは言えない、という事を言われていた位のご浄化ですので、御在世中も先達の先生方はこうやって浄められつつ御神業をを担ってきたという所がありますので。


メシヤ講座no.189三重(平成28年11月)

これが本当の浄化作用
楳木代表
早くからメシヤ様と御縁を頂いた方々というのは、メシヤ様と御縁を頂いた自分であるからこそ、今、三重支部の支部長代理が報告してくれたように、「責任があるのだ。」という風にお互いに思って大勢の方々に御教えを伝えつつ、浄霊の素晴らしさをお伝えして行っていただきたいと思います。
今日は「天恩地恵」という季刊誌を持ってきましたので見て頂いたと思いますが、あの支部長代理の写真は大変好評で・・・。(笑)去年の10月26日に『伊都能売観音様』が御奉斎されている札幌定山渓温泉・岩戸観音堂の玄関に支部長代理が奥さんと一緒に立っている所をみんな、支部長代理と親しい人たちも素通りして、「おはようございます。」とお堂の中に入ってくる訳です。それはもう、奥さんが恐らく“お舅さんを連れて来たんだろう”と、奥さんは今日“義理のお父さんを連れて来ているんだろうな”と思ってみんな通っていたのですけれど、よくよく見ると支部長代理だった、と。「大体82歳位に見えた。」とみんな言っていましたけれど、それくらい、疥癬の浄化を頂いて、皮が何回剥げ落ちるかという位の浄化を頂いて、奥さんも毎日シーツの洗濯をしないといけないくらい大変だったと思います。
これは正にメシヤ様が御在世中・・・、御神業を許される人たちはその当時の先達は殆んど疥癬をしておりますので、「疥癬の浄化を頂かなければ、本物の布教師ではない。」と言われるくらい、その当時は疥癬をされていた様です。それと同じように支部長代理がその浄化を許された後ですね、ずっと願っていた、“もうちょっと大きい所に支部を移転したい”と思っていたことが実現しました。そして、ここに移って来ると同時に「ミクラタナの神様」の御垂示も始まったので、大きく御神業が進展して参りました。そういう姿を見た時に「これが本当の浄化作用」というのが良く分かるのではないかと思います。
世界救世(メシヤ)教から世界救世(きゅうせい)教になってしまってから・・・、「浄化を頂いたらお赤飯を炊け。」と昔の先生は仰っていたのですけれど、段々と“浄化というものは怖いもの”と受け留められるようになりました。指導者がそういう方向に持っていったのか、或いは組織運営に重きを置いたために成果第一主義になっていった中に専従者が巻き込まれていったため、成果を出すためには浄化というのは脅し文句にして信者さん方をコントロールするように押しやられた為なのか・・・。例えば献金なども、「あなた、そんな程度では浄化してしまうわよ!」とかいうようなことを口にしてしまうことが専従者にも出てしまった訳です。段々と浄化作用というのが有難いものよりも、怖いものとの受け留め方をしてしまうような教団になってしまった所があります。
しかし、本来の浄化作用というのはこのように素晴らしいものだという事に、支部長代理の浄化中と浄化後の写真の変化が教えてくれるのではないかと思うので、少し余分に『天恩地恵』はここに持って来ております。大いに活用して頂ければ有難いと思います。

2018年8月28日火曜日

「覚りの旅」平成30年8月度 勉強会を終えて

平成308
「覚りの旅」平成308月度 勉強会を終えて

事前にアップさせて頂いた資料をもとに勉強会を行いましたので、詳細は資料をご覧頂きたいと思います。ここでは勉強会の雰囲気が伝わるように補足的に掲載いたします。


司会
「覚りの旅」の復活ということで、『主神様とメシヤ様』の79Pの『法律と人間の野蛮性』から学びあいたいと思います。それでは拝読願います。

参加者
『法律と人間の野蛮性』拝読

司会
ありがとうございました。
ここへ書いたのは今の御教えを要約しただけですので、しっかり読んでもらえればいい話ですけども、何が書いてあるかというと、ここに書いたのをまた要約すると

(資料①)


資料1

という事に集約されます。もう一度復習の意味で読んでいきます。
それでは、もう一度要約しながら内容を確認してみましょう。

法律と人間の野蛮性   (栄百十八号  昭和二十六年八月二十二日) 
現代は法律万能時代
法規が多く一生かかっても覚えられない。
しかし
犯罪は減らないどころか増え続けている。
文化の進歩と矛盾している。
その原因は何かを検討してみる。

法律だけでは犯罪は無くせない

社会から犯罪を減らし、犯罪者なき世界を作る事
そうなったでしょうか?
今は、法規の条文を増やすのが国会の議事だ。
犯罪者が減っているなら法規も減ってよいではないか。
犯罪を無くすのは、法律だけでは到底駄目なのだ。
現状法律を無くせば悪人の天下となってしまう。
法は法として今のままで、他の有力な方法をあわせて行うのが良い。
では、他の方法とは何がある?
宗教と教育しかないだろう。
しかし、何十世紀もやってきてこの有様だから期待できないよ。
法律は獣を収容する檻だ。
隙をみて逃げようとする。
(法の網を搔い潜ろうとするという事を言うんですけども。)
逃げないよう細かくする。
(法律を細かくする。)
人間の恥辱だね。
だって、人間は、獣と同様の扱いを受けているのだよ。
威張った口は利けたものではないね。
一日も早く目覚めるべき
人間の形をした獣になってはいけない。
半文明半野蛮の域を脱しなければいけない。
しかし、人間扱いをされていい人と獣扱いをされなければならない人の区別はあるのだよ。
これはまたやむを得ないのです。
国にしても軍国主義=野蛮国と、平和主義=文明国とがあるでしょう。
教育は、野蛮時代からみれば人智は進んだ。
政治、社会機構、あらゆる方面に渉って驚くべき進歩発達を遂げた。
しかし、精神面即ち魂の改善には、力が足りなかった。
  (教育の事ですね。道徳とかをやっていますけど精神面即ち魂の改善には力が足りなかった。)
法律という檻を不要にする事が、出来ないではないか。
それでは宗教はどうか。
昔から偉い聖者や、卓越せる偉人が幾人も現われ、血の滲むような苦心努力を続けて来た。法を不必要とする迄には到っていない。
既成宗教にも多くの期待は持てないでしょう。


光明世界の先覚者たれ

そこで人間から真に獣性を抜き、檻を必要としない社会を作るには、どうすればいいかという問題であるが、之こそ凡ゆる既成文化を超越した破天荒的な力が現われなくてはならないのは言う迄もあるまい、処が喜ぶべし、其力こそ主の神としてのエホバから吾等に与えられ、今現に発揮しつつある事実で、之が本教の真髄であるから、本教は全く超宗教的大いなる存在であって、やがて来るべき光明世界の先覚者として、第一番に人類の迷蒙を醒ますべき警鐘が此文と思って貰いたいのである。 
===================================
資料②
資料2


 
司会
今、絵を練習してまして。下手ですが少しでもわかりやすくと思いましてね。
表面がきれいな人もいます、でも心の中というのは・・・これは狼を描いたつもりです。獣ですね。この獣性を除去していかないといけない。半人半獣と言われてますね。5の線を超えたらいけない。
1から10まであるとしたら、半々の内はまだギリギリで、それが獣性のほうが1つ多くなって6になってしまう。そうすると、ほとんど獣に支配されてしまうという事になるのでそういうことにならないように。今まで法律というのでくくってきたけれどもそれではなかなかいけないので、やはり浄霊ですね。本教の。そういう力というのは浄霊です。それで、覚醒していきましょうと。
先覚者ですから、やはり覚っていかなくてはいけないという事で覚りの旅ということで、復活したいと。


主神(エホバ)様から吾等に与えられた浄霊で、人間から獣性を抜いていく。
そして、檻(おり)を必要としない社会を実現する。
来るべき、光明世界の先覚者となれ!人類を覚醒させるのだ。

と要約できると思います。

檻を必要としない社会、人間から獣性を抜いていくことが使命なわけです。
それでは、なぜ人間に獣性があるのでしょうか?進化の道程として獣からスタートしたので半人半獣だったことがわかります。善と悪をお創りになられて文化を進歩させてきたように、人間もまた善と悪を持って進歩させられてきたのですね。
その説明が次の御教えにあります。

 
善悪発生とキリスト教 文明の創造 S27年  

『以上説いた如く、文化の進むに従って、必要であったものも不必要となり自然淘汰(とうた)されるとしたら、最後に至って人間と雖(いえど)も自然の法則から免(まぬが)れる事は出来ないのは勿論(もちろん)である。としたら人間に対するそれは何かといふと、勿論(もちろん)人間に内在する悪である。曩(さき)に述べた如く今後の時代は、悪は有害無益の存在となる以上、悪人は淘汰(とうた)されて了(しま)ふのは当然な帰結である。之を一言にしていへば、進化の道程として動物と同様の人類が進化し、半人半獣であった人間が、即ち外表は人間、内容は獣であった、其(その)獣性を除去して全人間にするのが今や来らんとする神意の発動であって、それに服従出来ない者が、自然淘汰(とうた)によって滅亡の運命となるのである。
 以上の如く善悪の人間が清算され、善の人間が大多数となった世界こそ、本教で謂()ふ処の地上天国の実相である。右によっても分る如く、滅亡の一歩手前に迄来てゐる悪人を悔改めしめ、犠牲者を少なくする其(その)救ひこそ、神の大愛である事を知らせるのが本教の大神命である。』


ここで気になるのが、「善悪の人間が清算され」と書いてあります。

参加者
本当ですねぇ。

司会
そうなんですよ。確認しても、そうだったんですよ。
おそらく、ここで言う善の仮面を被った人間もという事だと思います。善悪の人間。善の人間、善の方が多い人間は残っていくんですよというそういうことが言いたいんだと思います。ここの善悪というのはそういう事かなと。

このように宗教には、獣性を無くすという使命があるわけです。
その宗教が、宗教が社会を不安に陥れ、法律を平気で犯して牢に入り、死刑を執行されてしまったのが、オウムの事件でした。高学歴の信者を含め、多くの信者がマインドコントロールされていました。常識を逸脱した宗教になってしまっていたのです。違法薬物や機械まで使って、人間の獣性を無くすのと逆の善性を除去してしまったように思います。
これではもう宗教とは言えません。カルト集団です。

僕の私見です。

この事件について、メシヤ講座で代表は次のように御教導下さっております。


メシヤ講座・特選集二十八
最高神の御意図を求める取り組み

 
ということで
 また、日本を震撼させたオウムによるサリン事件にせよ、最近何かと騒ぎとなっています〝白装束集団〝にしても、私達は高い視座から理解しておかねばならないことがあります。それは、霊能力をもつ人が、欠かしてはならないことがあるのです。少し触れておきます。
 霊能力を体験によって磨く、ということがまず第一にあります。もちろんこれは〝人類救済〝に取り組むということです。
 次は、学習を重ねる、ということです。メシヤ在世中(昭和二十年代)は、すべての全国紙に目を通し、ラジオは浴室にまで設置し寸暇を惜しんでニュースに耳を傾けています。最高神の代行者として救済活動に取り組む立場にあってもなお、世界情勢や国内情勢を通して最高神の御意図を求めていたということです。
 そして三つ目は、〝人格の向上〝ということになります。特別な立場にあろうとも、〝更なる向上〝という課題はあります。最高位に向かって一歩一歩近づこうとする努力の生活者でなくてはならないわけです。しかもその努力が、苦痛ではなく〝遊行〝でなくては本物ではありません。
 この三点を欠かしてしまうと、その霊能者を中心とする集団は〝カルト集団〝化してしまう恐れがあるのです。
カルトはある意味、時間が止まってしまっている面があります。時代は主神様の御意図のままに進んでいるにもかかわらず、一つの事柄にとらわれてしまうのですね。ですから、社会病理という表現は当たっている面もあるのです。
 ただ政府側も〝カルトは何を人類に伝えようとしているのか〝という認識や柔軟性がないために、お互いに役割を果たせないまま不幸な現実に見舞われます。残念なことですね。
 私達の学びとしておきたいことは、私達の姿勢のあり方です。私達も浄霊力を授かり、霊能力を身につけていますので、更なる救済活動、学習、人格の向上に努めていかねばならないということです。
 そして人として努力していく時に、〝自分だけやっても・・・〝という思いがむくむくと湧いてきたり、面倒くさくなったり、消極的になったりすることがあったりしますと、薬毒に負けている状態です。また霊の曇りが発生している精神状態です。そのときこそ浄霊をいただいてください。
 浄霊とは、今の時代に活き活きとして、嬉々として生きるために取り次ぎ、いただくものなのです


司会
私達は、マインドコントロールされることがあってはなりません。
常に、常識を重んじる宗教なのです。

浄霊実践で体験を積み重ね、
学習を重ね、(御教え拝読の徹底)
人格を向上させ、
獣性を除去していく。

そして、檻(おり)を必要としない社会を実現する。
来るべき、光明世界の先覚者となっていかねばなりません。

それでは、今回の内容について自由に語り合い、学びあいましょう。()


参加者
質問があるんですけど、先程の資料①で「浄霊で人間から獣性を抜いていく」とありますが、御教えはそこに入ってこないんですか?浄霊だけなんですか?

司会
いやいや、入ってくるよ。
ここ(資料②)には書きましたよね。

参加者
そうですね。浄霊実践と御教え拝読。
やっぱり両方かなと思って。

司会
もちろん。

司会
今までの教育というのでは、上手くいかなかったよね。それじゃぁ、何かといえば、主神様からの力というのは浄霊ということですので、そこにポイントを置いてこの御論文はなってるというだけであって、メシヤ講座からいってもですね、当然御教え実践で人格を磨いていくということがなければ獣性を抜いてくという事が出来ていかないので、当然これを補足していかなくてはいけない。両立してという事ですね。
この御教えがどういう目的で書かれたのかによってね。

参加者
そうですね。

司会
だけど、その御教えを読んでいるということ自体が学んでるという事だからね。

参加者
そうですよね。

司会
メシヤ講座から引用することによってそれをきちんと補足出来ていくかなと思って。

参加者
そうですね。

司会
ただの要約になってしまうとなかなかその人によって受けとめ方も。
全集をしっかり読みましたという人もその全集の読み方というのがあるでしょうから。
ただ字だけを読んでいたんじゃ駄目ですよという。
先生は御教え自体を現代に置き換えてどういう風なことかということの思考、頭のその考え方というのをずっと教えてきてくださったわけですので、それを我々も実践していくという練習をしてきたのが「覚りの旅」であって、それが途中で止まっていたというのがあるように思うので、そこを復活していきたいという思いです。


〝覚りの旅〟の復活を!という資料配布
2年前、28年の9月9日にここで遷座祭を行いましたので、その時に話をさせてもらった内容です。

資料A

 
司会
絵が非常に難しい。

参加者
洋服がどうなっているか分からないと線一本も引けないと思うんですよね。観音様の。
いつも思うんですよね。どうやって着ているのかなって。
難しいですよね。

司会
非常に難しかった。
これは光背を言いたいだけです。
この真ん中と光背ね。

ここの話をさせてもらったポイントというのは、「仏教講座に1週間行ってきました」と先生に話をした時に、この前にある仏像、これは観音様の絵を描いてありますけども、阿弥陀様とか色々後ろに光背というのがありますね。それと前の白毫で、『⦿のお文字と同じじゃないですか。
で、先生が座行観音様のこれで 『⦿のお文字が浮かび上がってくるので主神様の御神名でお参りしてもいいですよという話を一番最初にいただいたんです。何回も話をしていますけど。

参加者
光背が大事だというのは仏教講座で勉強してこられた時に聞きました。

司会
先生から、あなたが行ってきたのはこれを聞くためですという話があったんです。
これは何かという事ですよね。
今の、世界布教という時期にあたってですね、今まで知らず知らず仏像を拝みつつも、主神様を拝んでいたのと同じ意味ですよと。要は仏教も包含しているんですという事が言いたいんですよ。
もう一つは、キリストは?というと、十が一杯でてくるじゃないですか。
天津金木、神様が真ん中に座られると。パッと描いても難しいんです。
経と緯を結ぶんで、西洋と東洋を結ぶという意味もあって、ここの真ん中に天照皇大御神様が座られたときに世界統治ということで、何れ天津金木を拝むことが来るのかもしれませんという話もあったんですけども。だから、十字というのが、キリストの方にいくと十字を拝んでるということで、そこも西洋東洋結ぶという意味ではそういったことも意識しておかないといけないかなと。
色んな宗教宗派があっても、全部包含してるので、別のところの事をむやみに批判は出来ないですよと。
国によって違うし。そこを意識しておかないといけないかな。

世界メシヤ教のマーク。
今回、615日、教主様が大阪で祭典をされたんですね。その時は御神体がないわけなんです。御神体がなくて、お写真とこのマークで参拝されたんです。このマークに向かって御神名を唱えられたと。“メシヤの御神”と唱えられた。教主様の方にも神界からのお働きがあってこういう動きになっているんだろうなと私は思っています。

参加者
天津金木って、上から見たらこんな感じですよね。

司会
そのマークについても、メシヤ様は昭和27年以降の御教えでもですね、何度も話をされてるわけなんです。
例えばですね
「中の十文字は何の意味でしょうか?・・・キリスト教と何か関係が・・・」
『関係っていうより、これは私の方の解釈ですがね、十字は経緯を結ぶという意味なんです。経は東洋、東洋文化ですね。緯は西洋であり、西洋の物質文明なんです。また、経は祖先との繋がりであり、緯はキリスト教の博愛的な精神です。だから、今度敗戦によって日本が民主国家になったという事は、経に緯の棒が入ったってことなんです。いままで忠君愛国といったふうな経だけのところへ緯がはいったわけですよ。御講話録13号、昭和24年』
これは24年の御教えですね。

それから、
「聖書の中には七の数字がよく出てまいりますが、いかなる意味でしょうか?」
『七は完成の意味です。言霊でも「ナリナル」などと、できあがることです。だいたい『聖書』に限らず一は初め、独一真神、二は陰陽、そこへ子が生まれて三、四は四方へ拡がる。そこへ熱、火ができる・・・・・五、火によって氷が溶け水になる・・・・・六、今度は土ができて完成するのです・・・・・七、だからキリスト教では七日目に創成されたというわけで、七日目を安息日としているのです。これは本当です。それから八は開ける、九は「つくし」といって極点です。十は経緯結ぶことでこれが本当の完成です。今は九の世でありこれから経緯すなわち東西文化を融合するのが観音教団の仕事なのです。みんながつけているバッジの〇に十はそれを表しているのです。十一は結んで始まる、二十一世紀というのは経緯が結んで始まる世紀というわけです。二十で王となり、その上に最高の神様がお乗りになって世界を御経綸になるのです。また、七は土が本当で片仮名の「ナ」も土になるのです。・・・・・・「ア行」は基音といって基本でありまた霊になるのです。従って「ア行」には物質的な働きはないが、音としては最高です。例えば「タカアマハラ」、「アタマ」などです。』

(中略)

司会
今まで先生が積み上げられてこられた事の議論、教論律ということで、教えられてきたことを大切にしていきたいなと思っております。やっぱり、原点に立ち返ってやって行きたいなと、まずは自分たちが学んでいかなくてはいけないので、「覚りの旅」ということでさせてもらおうかなと。

参加者
先程、おっしゃってた話、教論律のお話。
メシヤ講座、そもそも何でかというところで、教論律だったじゃないですか?
で、今の話、先程もそうですけど、教論律の話ですよね。
それを、今、して下さってるのかなと。
メシヤ講座は、教とは何だ。論とは何だ。律とは何だ。と、丁寧に教えて下さってます。
今はどうも学術的な何か文献のひも解いているような雰囲気で、評論家になっちゃってるようなところがちょっとあるよなぁと。
評論家はいらないってふうにおっしゃっているのに・・・。

司会
御教えを知っている人っていうのはいくらでもいる。深く知ってる人はいくらでもいますので、私は御教えを知っているんだという説き方では押し付けになってしまうと思いまして、ここは、一緒に共に学びましょうという場ですので、こういう形にしたんですけども、人数も少ないので、講座ではないので、先生のような高い境地には立てないので、一緒に学びましょうと。
先生は御教えを全部頭に入ったうえで下座の行もやられているわけであって、その下座の行と言うところを少しでも自分たちの身に付けていきたいと思います。

参加者
今のやり方だとやっぱり抵抗がある・・・・・
先生だったら、何の抵抗もなく入っていけたじゃないですか。

司会
いえいえ。
もともと、誰を見てしゃべるのかというところの食い違いがあるんですよ。自分たちは目の前にいる信者さんを第一にしてと思ってます。しかし、ホームページ上でほかの教団とかいろんな学のある人が見るから・・・。

参加者
信者さんは学のある人ばかりではないと思う。選民思考かな。

司会
選ばれた、キリスト教でも出てきますけども、選ばれた民というふうにでてきますが、
メシヤ様は、一人でも多くの人を救うと仰いましたね。

参加者
選ばれた民って、ユダヤの事だと思うんですけど・・。

参加者
先生がされてきたメシヤ講座のすごさは、メシヤ様を見つめてるという事が本当にそのままですよね。メシヤ様がされてきた事を、同じように自分でどうやってしていったらいいのかをずっとみつめてらっしゃるからずれてない。それを、フォローしてる私達にずれはないと思うんですけどね。
さっきの色々な時事に関してもほとんど色んなことを勉強されてましたよね、先生も。
全部メシヤ様がされていた事を先生も自分の時所位ですぐにそれをされようとしているから、ずれてないと思うんですけどね。
そこへ、私たちが先生を見て、ずれない自分でいられるという。


太陽神についての学び(その2)資料配布

司会
これは本部の資料(メシヤ講座no.204_2(平成308月))に上がってた体験です。それを見てもらわないと分かりませんけども。

その中で気になったのでちょっとだけフォローさせて下さい。
ちょっと皆さん勘違いするといけないと思ったので、
事例2のところで、資料の方では精神病は100パーセント霊的なものでという事をコメントで書かれているんです。これ、ちょっと勘違いするので、誤解を生む恐れがありますのでメシヤ講座の説明を引用させて頂きました。
先生の話の中で、腎臓をしっかり浄霊して下さいよと。要は精神的な病気っていうのも薬毒が原因なので薬毒をとっていくことが大事ですよと。何で精神病になるかというと、貧霊になっていく、貧血になっていく、血が薄くなっていくのでそこへ霊がかかりやすくなるんですよということで、かかった霊の事ばかりで説くと話がその方面ばかりになってしまうので、話を一般的な話とか、信者さん方に話をする上においてはですね、100パーセントという言葉は勘違いを生む可能性があると思いました。
それと、御教えの方でも、『悪霊が憑るということは曇りがあるからで、曇りというのは薬毒だから、結局根本は薬毒です。だからすべて病気は薬の毒なのです。』
逆に、全部病気は薬だよとメシヤ様は御教えの方では話をされておられます。

参加者
危ないですよね。勘違いしてしまいそうです。

司会
そうですね。

参加者
ご本人の体験発表で気付いたこと、ご自身の事じゃないですか。ご自身がどう思ったのか?でそれを引き出してあげるのが責任者の、そこのやり取りから先生はされてましたよね。いつでもね。
そこなのになぁって。

司会
体験談というのが本部の大祭の時に先生がコメントしてたじゃないですか。体験発表があって、コメントして、それを全体に通用するような話し方をされていましたね。それと同じ様なことは中々できるものではありませんが、目指していくべきところですね。

司会
それで、事例3ね。
「花は桜木人は武士」という言葉が出てきて、皆、分からなくて調べる人は調べるでしょうけど、ちょっとびっくりして、「桜木武士観音」という聞きなれない言葉が出てきたので、調べてみました。
「花は桜木人は武士」という表現に使うと。どういう表現、意味かといったら、花の中では桜が最も優れていて、人の中では武士が最もすぐれているという意味になると。何でこう言われているのかというと、桜の花はぱっと咲いてぱっと散る事からその瞬間が最も美しいと言われ、武士にしても最期が潔く美しい事から散り際が潔く美しいということだそうです。ですから、花の中で桜が最も優れていて、人の中だと武士が最も優れているという意味。そんなに使用する機会はない言葉ですが使うとした場合は「花は桜木、人は武士というように、自分も潔くありたい」という使い方がされます。

僕がこれで連想してしまうのは、『散花結実』の花が散る。を連想してしまってまたまた先生と結び付けて考えてしまいます。私はね。

やっぱり、メシヤ講座を引用してというのが他のところで少ないかなと思って。それは、先生が「全てメシヤ講座で話した」と言っておられるように、ほとんどの事例というのは出てくるので、当然御教えとメシヤ講座という形で答えを求めて、今、現代に当てはめるというのがいいかなと思って。そういうやり方をしていきたいなと思いました。

参加者
いい勉強会をしているところに人は集まってくると思いますよ。
皆、知りたくてしょうがない、勉強したいのになんかうまく勉強できないと思ってらっしゃる方とかいると思うんですけど。

司会
僕は組織にはこだわっていませんので。
御教えで帰一していく事だと思っています。

参加者
勉強会に来てもらうのは構わないですよね?

司会
全然問題ないよ
御教えの勉強会 とか 御教えの研鑽会 とか、要はそういう「覚りの旅」をやってますという事であって、共に学びたいという人が来るのは全然問題ないと思っています。

                                           以上


覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...