2023年6月30日金曜日

覚りの旅  令和5年6月 月次祭を終えて

 令和5年6月1日

   覚りの旅  令和5年6月 月次祭を終えて


三救責任者

皆様、月次祭おめでとうございます。

今日は、『文明の創造 宗教篇 結核と憑霊』 ですね。拝読を、お願いします。

 

参加者

『文明の創造 宗教篇 結核と憑霊』 拝読

 

三救責任者

はい、ありがとうございます。

 

おさらいしますと、

結核の原因には憑霊の場合も相当ある。

霊になっても結核患者なので病状も整然と変りなく苦しむ。

・・霊になっても結核患者なんですね。

死んだ霊は地獄界に入り、地獄の苦しみが続く。

語る相手もなく、孤独で非常に寂しい。

相手が欲しくなり、兄弟の誰かを自分の傍へ引寄せ憑依すれば自分と同様の結核となって死ぬのは分かっていて、そうする。何と恐るべきかと。

・・寂しすぎると霊がそうしようと思ってしまうんだね。何故そういうことをするかと言うと、

祀り方が悪いとか何か死後要求がある場合なんだと。

そういった事を頼むべく、知らせようとして、憑依する。

・・何か知らせたい事があるんだということですね。

憑依された者は、結核と同様の症状になるので、普通の人はそういう事に気付かず感染したと思ってしまう。医者も霊のことが分らないので同様なんだと。散々医療を受け遂に死亡してしまう。

メシヤ様がまだ修業時代に奥様が風邪をひき、激しい咳嗽、吐痰。時々血痰も混る。どうみても結核症状なので、普通の結核としてもこんなに急に起こるはずはないと思い、それで霊査法を行ったら、二十幾歳の青年で結核三期の重傷を治療したが一、二週間で遂々死んでしまった、その霊が憑った。

霊の要求というのがあるんだと。貧乏で供養せず、祀られていない。居所がなく、宿無し。
辛くて仕方がない。祀ってもらいたい。

ということで、メシヤ様は、「君が此の肉体に憑いていると、肉体が苦しいから、今私が祝詞を奉げてやる、それが済んだら直ぐ離れなさい」と言われると、霊も承知して、祝詞が済むや離れた。

妻はケロリとして平常通りになった。

 

ということで、まとめて一言で言うと、霊の要求がある。供養してほしくて、宿無しは辛いんだと。祀られていない、仏壇がないとか、辛いんだと。だから、祀ってあげるということを言って聞かせて、祝詞を奏げてあげる。

この場合、善言讃詞かな。

そういう内容でしたね。病気の中の「憑霊」ということについてです。

それで、御教えを調べたことを『天恩地惠』に書いておきました。

 

42行のところで、浄霊で結核起こるか

浄霊を続けて結核になる事は絶対にないが、浄化作用が起こる。毒が古くなるから微生物が湧く。これを結核菌という。

 

47行にいくと、患者の苦痛映る

重病患者を浄霊する時、必ず自分が患者の苦しい部分と同じ様な苦しみを感じる。

身代わりになる。今までの治し方は全部月の治し方であった。その親玉はキリスト。

 

だから、キリストの奇蹟 は 月の奇蹟 。

「月」というのと、「キリスト」というのがキーワードになってくるので、頭に入れておいて欲しいなと思います。

調べていて御教えの中で出てきた。

 

それから55行にいくと、薬毒を説く事に就いて

本は学説であるから、学説は構わない。言葉で出すと違う。

本に書くのは学説なんですって。

 

67行にいくと、死霊憑依の結核の場合

憑いて間の無いのはすぐ出る。実にはっきりしている。死霊が憑依せず、身体が弱ってから死霊の憑くのがあり、健康の時は憑けない。衰弱して血が少なくなる。霊が薄くなる時憑けるのである。

 

健康な時には霊は憑けないんだと。衰弱してくると、血が少なくなるので、血が少なくなるということは霊が薄くなってくる。その薄いところに、薄くなった部分を充実させようとして、憑いてしまう。

血を増やせばいいということですね、浄霊で。だから、5の線を割ってくると憑くということですね。

 

76行のところへ行くと、滅ぶべき運命の家系ということで、

親を恨むのはよくない。祝詞を出来るだけ奏げて、信仰雑話を朗読する。御教えを読みましょう。言って聞かしてもよい。そうすれば治る。死んだ執着の恐ろしさを説いて聞かす。余程罪があるらしい。審判にかかって、こういう家は滅ぶべき運命にある・・と、ちょっと恐い話があります。

 

93行にいくと、次々に病死、淋し、浄霊で苦し

その霊には未だ副守護神がいる。霊の淋しい気持ちが写るのである。浄霊で治る。

 

それから同じようなことで、104行、浄霊を断る末期患者

霊細胞が希薄になると、それを充実するだけの霊が憑る。浄霊していれば判る。

霊細胞が希薄になってくると、同じことですね、血が少なくなってくる、衰弱、同じ内容ですけども、御教えではそういうような説き方になっています。

 

「霊」ということと、6月ですので「6」ということを念頭に置いて、今月は内容が盛りだくさんですので『天恩地惠』を作成しました。

厳選してお話しますけども、取り上げなかった内容はお時間のある時に読んでいただけたらありがたく思います。

 

5月は19日に広島サミットが開催されまして、世界中が日本、広島に注目した月でした。

サミットというのはG7。G7は知ってますよね。フランス、ドイツ、日本、イギリス、アメリカ、イタリア、カナダ。でも、見てると9人でしたよね。EUが入っているからね。

ほとんど欧米。日本以外全部欧米です。

最初はG5(フランス、ドイツ、日本、イギリス、アメリカ)だったよね。イタリア、カナダが入ってG7になった。それで、G8は知っているかな?G7にロシアが入っていた。G7に枠外でロシアが入ってた。2014年にロシアは資格停止になっているんです。何で資格停止になったかというと、今と関係しているんです。クリミアに侵攻したので、ウクライナに侵攻したので資格停止になっているわけです。もともと枠外にいて、枠外での会合の資格も停止されたということで、G8も無くなった。今回はロシアの代わりみたいに、戦ってる相手としてウクライナが来たという。こういう図式です。

それで、どうしてロシアとウクライナが・・ロシアが執拗にということがありますよね。これは、今のロシアもウクライナも含んだ大きなキリスト教国家が10世紀前後にあったんです。キエフルーシという。この後継者はこっちだ!いやいやこっちだ!と。名前もキエフだから、キエフはウクライナの首都、ルーシはロシア。もう一つルーシの付いてる国があるよね、ベラルーシ。全部10世紀までいくと一緒。キリスト教が主な宗教ということで、全部キリスト教。

「6」だから話をしているんだけど、キリスト教の働きで「月」の物質的な働きがバーッといってるわけです。

 

参加者

うわぁ!

 

三救責任者

宗教ということでいくと、会議というのを宗教という目で見ると、日本以外はキリスト教が主な宗教です。
それで、宗教の比率を調べてみました。

日本は神道系51.2%、仏教系43%、キリスト教系1%、諸教4.8%です。

こう見ると、神道がわずかに多いけど、神仏半々ということです、日本はね。バランスが取れているんですね。

世界で見ると、キリスト教が31,5%、イスラム教が23%、無宗教が11億人。この11億人の6割は中国です。
中国は宗教を持たない国だということですね。

 

参加者

そうなんだぁ。

 

三救責任者

だから、仏教はインドで始まって中国を通ってきたけども、中国も一部にはそういう仏教系はあるけども、儒教とかもあってね、でも全然布教という意味においては無宗教の人が一杯になってしまった。86.1%が無宗教。無宗教の国だと見てもいいですね、比率で言えば。

だからほとんどがキリスト教が中心の会議。だから入ってこれないよね。日本は特殊ですよね。この会議の中では。

そういうことを念頭に置いて、ウクライナはたまたま枠外参加できました。広島でやったからでしょうね。

各国首脳が平和公園を訪れて被爆の実相にふれる。どう考えているかはよく分からないけども、ふれました。祈る、祈ったことは大事ですよね。

5月19日に被爆地広島に一同に会した歴史的意義は大きいと思います。

同日私は、最後の被爆地となって欲しい長崎を訪れ、原爆資料館で被爆の実相にふれ、悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと世界恒久平和への願いを込めてつくられた平和記念像の前で祈りを捧げました。

この像の製作者は長崎出身の彫刻家で、この平和記念像は神の愛と仏の慈悲を象徴し、天を指した右手は原爆の脅威を、水平にのばした左手は平和を、軽く閉じた瞼は原爆犠牲者の冥福を祈るという思いが込められているそうです。

祈る場所がしっかりあるのが長崎ということですね。

長崎出身の人が彫刻をした、そういう想いを込めた平和記念像の前で祈っておられる外国人の方が多かったです。
日本の修学旅行生と外国人の方が多かったです。

長崎を訪ねて私なりに発見がありました。

鎖国とは?

キリスト教をなぜ迫害したのか? 

ここで「キリスト」が一つのテーマになっている。「6」ということもあるので。

なぜキリスト教は日本人になじまなかったのか?

ということで、

キリスト教布教とは他国の植民地化であったと。

1452年ローマ教皇は、ポルトガル人に異教徒を奴隷にしてよいと許可をした、ということがあって、布教に乗り出します。

初めに宣教師を送り、次に商人を送り、次に軍隊を送る。そして植民地にして原住民を奴隷にしていく。というスペイン(フランシスコ会)は西へ、ポルトガル(イエズス会)は東へという風な流れで世界を征服していく。

スペイン艦隊とか、そういうのはまずはキリスト教を送り込んで、キリストは愛ですよ、皆平等ですよと言いながら、物を持っているものが原住民を蹂躙していくということをやって来たのがキリスト教。キリストの教えとはね・・・それを利用してという。日本は神道を利用してと言われているけども、他はキリスト教を利用している。植民地化をしてきたということがある。

歴史になるけども、九州平定、豊臣秀吉が鹿児島の島津藩を平定しようと・・九州の他のところが秀吉に助けを求めてきて平定するわけです。

秀吉は九州平定の帰路博多に立ち寄って、そこで500人の女子供が手枷足枷されて外国へ奴隷として送られている報告を受けた。長崎がキリスト教に寄進されていることを知る。長崎の土地というのは秀吉の知らない間にキリスト教に寄付されている・・、寄付ということがここに出てくるね、利用されているわけです。長崎の土地をどうぞ使って下さいと、キリスト教に寄付しているわけです。

そして、植民地化計画を秀吉は見抜いた。それがバテレン追放へと繋がっていく。だから、バテレン追放令で秀吉は迫害した、迫害した、と言うけども、日本の植民地化を食い止めたということです。そういう風に見ないといけない。

当時いたスペインの宣教師が、軍艦に秀吉を乗せ、「私はスペイン艦隊を動かせるんだ」というようなことを言った。要は脅迫です。スペイン軍隊を送って植民地にするぞと。それで、秀吉は植民地化されてはいけないということで、宣教はダメということで、追放していくということになってきます。

その時に、このフランシスコ会のザビエルが、「日本人のキリスト教布教は難しい」ということを言っている。手紙を残している。民度が高いんですって。

民度が高いというのは、先祖の輪廻転生とか、先祖のことをしっかり信じている日本人にはなじまなかったということがある。民衆もなじまなかった。でも、一部の人は、九州は大分取り込まれていったということがある。

だから秀吉は、なぜ日本人をキリシタンにするのか?なぜ神社仏閣を破壊するのか?なぜ坊主を迫害するのか?融和できないのか?なぜ牛馬は有益なのに食べるのか?なぜ日本人を奴隷にするのか?

ということを、宣教師に言っているわけです。

鎖国というのは、江戸時代にそういう風に言われていますけども、後に付けた言葉であって、鎖国はしていないんですね。教科書がおかしいんですね。

17世紀半ば~19世紀半ば 長崎・対馬・薩摩・松前(北海道)で貿易はしていますから。これは、鎖国ではなく、キリスト教の布教禁止だったわけです。奴隷貿易を食い止めるためのキリスト教の布教禁止と。日本人の渡航を禁じて、貿易を幕府の統制下においただけであって、鎖国はしていないんです。貿易しなかったのではなくて、拠点を絞って管理していたということ。

沖縄の方は薩摩を通じて貿易をしていた。

朝鮮は対馬・・宋氏というのが管理していたんだけども、朝鮮⇒対馬⇒幕府。

オランダ⇒出島⇒幕府。

中国⇒出島⇒幕府。

琉球⇒薩摩(島津)⇒幕府。

ということで、幕府がきちんと統制を取っていたということです。

鎖国はそういうことです。キリスト教の奴隷の部分を食い止めたということです。

一般人たちには最初は秀吉も布教は禁止していなかったですよ。信仰の自由は認めていました。天から預かって統治を任せている土地を、何で外国に渡すんだ!というような感じで大名を取り締まった。

 

参加者

今だったら中国だね。

 

参加者

ねぇ、そう思いました。そういう大事なところが抜けていくんですね。

 

参加者

だけど、公には出せなかった。その時代の背景としてそうじゃないのかなぁ。

だって、戦争が終わってアメリカから教科書も・・塗りつぶされて‥。

 

参加者

あぁ、そうですね。

 

三救責任者

そうそう。そのGHQが来た時に、日本の教科書の中からすっぽりと抜けたのがあって、それは国史。

日本は神道につなげて戦争を起こした。自分達は奴隷にしているじゃないかという話だけども、神道につなげて戦争を起こしたんだということで、日本人を恐れるわけです。日本は神の国だということに、天照大御神様が繋がってくるこの流れを学ばさないということがある。

そこで、昨日YouTubeで見ていたんですけども、そこでスコンと抜けていることが、神功皇后の三韓征伐。これは実際にあったようで・・前に話したよね三韓征伐。

神功皇后のお腹にいたのは誰ですか?

 

参加者

応神天皇

 

三救責任者

応神天皇がお腹にいたまま三韓征伐。朝鮮を従えてきたという、実際に朝鮮の三氏(金・李・朴)が、朝鮮の歴史の中ではこの三氏から始まったという。全部日本人に関係あるんですよ。その頃から三韓征伐しているから、貿易しているから人も行き来しているんですよ。歴史から抹殺されてきているんです…行き来していて皆関係あるんですよ。素戔嗚尊様から関係あるから。

国史が抹殺されたということで、三韓征伐もスコンと抜けてしまっている。実際にはあった事だろうと思います。

長崎に行った時に、「長崎はわしの希望じゃ。」「やがては回天の足場になる。」と、坂本竜馬の像が長崎を一望できるところにあって、そこに行った時に側に石碑があってそう書いてあったので、誰の言葉かと思ったら、司馬遼太郎の言葉で・・(「竜馬がゆく」の一説)。

司馬遼太郎、知ってる?

 

参加者

先生が好きだった人。

 

三救責任者

司馬遼太郎の名前というのは、調べると、司馬遷にはるかに及ばざる日本の者。日本の者というのは太郎というのが日本の名前ですよね、「遼」というのは、はるか という。だから、司馬遷に遼に及ばざる日本の者。ということで、司馬遼太郎とつけたんですって。

司馬遷は何をしたかというと、「史記」。歴史書の著者で前漢時代。紀元前です。

「平成」というのは史記と書経からとってるわけです。中国から。「平成」という言葉ね。内平らかに外成る(内平外成)というのが史記から。それから、書経からは地平らかに天成る(地平天成)。それが「平成」。

日本は勿論海外も平和な時代に成るように、ということで付けられた年号です。

 

それで、司馬遼太郎が言うには、物語の中で、船が長崎に入った時、竜馬は胸の躍るような思いを抑えかね、「長崎はわしの希望じゃ」と陸奥陽之介、後の宗光に言った。「やがては回天の足場になる」とも言った。

 

陸奥陽之助というのは、紀州出身の伊藤博文内閣の外務大臣です。勝海舟の神戸海軍操練所に入り、竜馬の海援隊に加わっています。

回天というのは、天をめぐらす、時勢を一変すること、衰えた勢いを盛り返すことを言います。

太平洋戦争の時の人間魚雷も回天という名前でした。

悪と善と紙一重というか、正反対のものが・・・同じ言葉で使われていた。

ということであります。

 

今、キリストが出てきて、広島で原爆も出てきましたね。そして、長崎も。

 

長崎というのはね、左手に稲佐山があって、右手に立山があって、その間に原爆の落ちた所がある。ここは第二の投下予定地だったんですね。小倉が第一目標だった。小倉へ行ったけども、落とせる場所がなかった(雲に覆われて目視できる場所がなかった)、長崎も雲に覆われていたけど、一点雲の切れ間が見えたんですって。それでそこへ落した。ずっと曇っていたら落とせなかった。この、一点、開いたところへ・・ということです。

 

参加者

はぁ・・。

 

三救責任者

これは余談ですけども・・。

だから、終わらせるためにというのは、やっぱりあったのかな・・というのはありますね。そうしないと、曇っていて燃料も切れかかっていたから、その一瞬開かなかったらそのまま・・・

 

参加者

落とさずに終わっていた。

 

三救責任者

うん。長崎へ。

 

参加者

長崎へ落ちたから・・・その後東京って言ってたよね。

 

三救責任者

そうそう。もっと被害が・・。

それは御教えにも出てるよね。

 

参加者

キリストの場所だったというのも・・。

 

三救責任者

そうそう。この6でここだけで貿易をしていて、ここが渦巻いていたわけですね、やっぱり。銃とかそういうようなのが入ってきて、取引したのは坂本龍馬が取引しているわけで。良い面、悪い面両方で見ないといけない。回天ということで、コロッと一新ということで、平和国家へ転覆させてという働きもあるけども、外国の力を頼って銃とかを薩摩名義で長州藩に渡したというのもね。幕府を倒すもとという、そういう働きがないと明治にはなってなかったかもしれないし、色んな意味があるけども、必要があってされたんだと思うけど。

 

御教えです。

「汚い人間は片付けられる」

「掃除は神様は戦争と病気で行う」

今、正にそういうことですね。

戦争は人間以外の物質の汚い物を掃除する。・・人間も含まれていく時があるけども、物質の汚い物を掃除する。霊的に。

病気は、一遍に10~15も病気が起こる。浄まった人で3~4ですむ。3つから4つは来るんだよ。これが、10から15も来ると体が持ちませんよという。

 

参加者

今、コロナが終わったら一遍に来てるよね。風疹とか麻疹とか。インフルエンザもまた・・。

 

参加者

コロナ自体も・・。

 

参加者

銃のことも言ってますよね。この間の和歌山、長野の立てこもり・・。

 

三救責任者

それで、「6」ということで、第六神のところ、これをどう見るかというところもあるので、そのままですけども読みますね。

523行のところ

 

浜松神界通信から第六神についての記述を引用します。

(省略)

 

広島と長崎と関係あるかなと思って、知ったということは知らせて、ということかと思って書きました。

片っ端から○○○ というのは読み取れなかったんですけど、多分周波数とか、後から出てきていますけども、悪神からの周波数を正神系に変えると何も使えなくなるということが、次に出てくるので、そういうことかなとは思うけど。それから、

 

(省略)

 

霊線とか波長とかいうことが、正神系と邪神系では違う。だけど、ここには、注意すべきは559行のところに、正神も邪神もこれからは無いんだと書かれているので、今までは正神系は正神系のことしか言わなかった、悪神系と戦いの構図でしたけども、これからは正神も邪神もないということを言えるのは、主神様の教えを説いて下さっているメシヤ様しかないので、この真贋を判定しようと思うに、こういうところを見てると合ってるのかなと思います。そう思いません?内容的に。

 

参加者

うん。

 

三救責任者

悪のことも書いてある。もう一つは587行のところに、

 

世界破壊原爆のボタンを押すよう赤龍頭目より命じられていたわけで(・・命じていたのは赤龍の頭目)、私でなければだめです。そこへ目を付けたのが邪神頭目御父神でもあったわけでありました。

だから、主神様は善のトップでもあり悪のトップでもあるということです。両方司っているのでね。そういうことをここから読めば、やっぱり主神様直接の御啓示の中の一部として出てきたという風に受けとめられるのかなと。

だから、この当時、昭和60年というのはそういう考え方では、皆ね、正しい正神系のことばかりでしたので。

それと、604行のところに、

 

正神系の仕事をするように命じられ治療機械完成。

 

610行

 

しかしこれは神界でのことゆえ、皆様の肉眼にふれる日は2001年ということになる。

広島長崎の犠牲者の追善供養のために全身全霊を込めて製作いたしました。

 

ということです。616行

 

皆様方御長兄様に愛される方々に成ってください。

私の如く道を踏み違えますと後悔懺悔の生涯となってしまします。

 

御長兄というのはメシヤ様ね。

それで、肉眼にふれるのは2001年というので、2001年を調べました。それで、『天恩地惠』に書いたんですけども、「ヒトゲノム計画」が完了しています。

 

「ヒトゲノム計画」というのは、ヒトゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクト。1953DNA二重らせん構造の発見から50周年となる配列コンソーシアムによって組織され、これまでにワーキング・ドラフトを発表し、その改良版の発表が継続して行われている。

 

これのことかなと思って見たわけです。これは山中教授のiPS細胞にも繋がっていく。万能細胞ね。それにも繋がっていく事なので、非常にこれのことに思えてならなくなったので書いたわけです。

それで、652行

患者自身から採取した体細胞よりiPS細胞を樹立する技術が確立されれば、拒絶反応の無い移植用組織や臓器の作製が可能になると期待されている。

 

科学的にはこうであるけども、メシヤ様を教祖と仰ぐ私達は?ということでいくと、メシヤ講座の方では、670行のところね、

 

一番最初は一個の細胞で、それが細胞分裂します。

卵子は万能細胞なので、それが分裂して増えてくると手になったり、骨になったり筋肉になったり皮膚になったり役割が分かれて細胞分裂します。

万能細胞は何にでもなる細胞なのですけども骨になる細胞の場合は、骨になる以外の能力を全部ストップさせて骨にしています。皮膚になる場合は皮膚になる能力以外を全部ストップさせて皮膚になります。

 

そういうこと。ストップさせてそれだけ・・。何にでもなるので。何にでもなるというと、やっぱり睾丸が復活してくるとかそういうことも、細胞は何にでもなってくるわけですから。そこに光を当てていけばいいという風に見ればいいわけです。だから、682行のところ

 

浄化作用の原理と一緒であるわけです。浄化をいただくとダメになった細胞が元に戻るというのは万能細胞になっていくから元に戻れるわけなので浄化作用の裏付けということを〝研究してくれている″と言えるのです。

 

ということです。それで688行のところね、

 

浄霊をしていけばもう一回細胞が復活していくんだと。

 

691行のところ、

 

「じゃぁ浄霊をどういう風にしていったらいいんだ」、「浄霊すれば細胞が復活するんだ」と、そういう風に考えて欲しいということをメシヤ講座で学びましたね、という覚りの旅でありました。

浜松神界通信で出てきた六神が良い方の何か作ったよということを現界に当てはめると、2001年頃に出てくるということですので、iPS細胞の発見のことかなという風に見れるんじゃないかと考えられませんか?ということで、それは、万能細胞であって、万能細胞というのは卵子も万能細胞ですよと。人間というのは細胞自体が何にでも変わっていけるという、修復して変わっていけるという能力を持っているんだよということで、そこに浄霊をしていけば復活してくるという風に捉えて欲しいなと思います。そういう浄霊の素晴らしさということ、メシヤ様の教えの素晴らしさということを、今発見してきた科学の科学者たちは研究してくれているんだよと、だから、善も悪も色々研究していることが善の方に受け止められるようになっていけば、地上天国建設に繋がっていくんじゃないかという風に、こういう考え方を出来る人が増えていくということが大事かなという風に思います。

だから、原爆も核分裂ということを平和利用に使えばいいわけですから、電気がない、電気代が上がる等言ってないで、きちんと管理して原子力発電所を上手く運用して発電稼働していけば電気代は安くなるということですので。今は悪の方がそれを攻撃目標にしたりするので、燃料も何もかもだけど、攻撃目標にして、物として使っているからいけないんだよね。

キリスト、原爆、広島、長崎、そういうことからなんですね。今はミロクの世の道具立てが出来て、掃除は神様が戦争と病気で行うんだよということで、それで、その原爆、過去において霊的に、神界的に原爆のスイッチを赤龍に言われて押したことが、誰か人間界で原爆の投下につながったということ、それを反省している、神界の方で使われた神が、反省しているということで、今度はそうさせません、頑張ります、と言っているから、それを信じたいなと思いますし、そういうことを私達は浜松の神界通信について知らされているんだよということで、そういう目で見ていきたいなと思います。

 

何か質問は?って聞かなかったけど大丈夫でした?

事前に教えてもらっておけばおり込みますって言ってあったけど。

 

参加者

読むのが一生懸命でした。難しかった。(笑) 

 

三救責任者

難しい?

 

参加者

単語が難しくて一つずつ分からないところを調べてて・・。

でも、今、話を伺ってて繋がりました。

 

三救責任者

長崎に行く前にこれ(天恩地惠)を作っていったので、こういう事を考えながら行って、後から分かってきたことを足して、今の秀吉の話とか、出島とかも行って話を聞いてこういう風に今話をさせてもらいました。

とりとめもないもので・・・。

 

参加者

沢山ある。

 

三救責任者

そうそう、沢山あるので。

 

参加者

そこに繋がってくるのって色々あるもんね。

話は違うんだけど、今、宮沢賢治の映画をやってるじゃないですか?「銀河鉄道の父」って。

肺結核で妹がまず亡くなって、その後宮澤賢治も肺結核になって・・だからそんな話から繋がっていって、聞きながらああそうか・・と思いながら。

 

参加者

宮澤賢治さんはどうやって治ったんでしょうね?

 

参加者

亡くなったじゃないですか、最終的に。

 

参加者

肺結核で亡くなってるんですか?

 

参加者

そうそう。

 

三救責任者

すごく多いんでね、文学者の結核。

 

参加者

それも宗教というか、目覚めていったから、仏教っていうか・・。

 

参加者

そうですか。

先日亡くなった義父も結核になったんですけど、義母が言うには、会社からペニシリンを打ってもらって助かったんだって言ってました。はじめて身内からそういう話を聞きました。

 

参加者

それは、おとうさんは大事な役目があったんだろうね。

 

参加者

そうですね。

 

参加者

やっぱりこれに繋がってくるまでの○○さんとこの家系というものが・・。

 

参加者

これを読んでて、亡くなってる方のこともあるから、もしかして何か知って欲しいこととか、その辺のこともあるのかなって思ったり・・。

 

三救責任者

一杯あるよ、結核の信仰療法というのは。結核で亡くなった人の体験談とか一杯書いてあるわけでしょ。今で言う癌で亡くなるのと一緒だよね。

ここでは、今の状況を見るのに、宗教は何かというのも頭に置いて見ないと、枠組みというのがね。

 

参加者

本当に。キリストの・・。

 

参加者

奴隷ってね。

 

三救責任者

天正の少年使節って知ってる?

小さい頃本を読んだよ。

九州のキリシタン大名の関係の子供たちが、天正の少年使節としてローマへ行くわけ。そこへ行って色々学んでくるんだけども、その時に、奴隷となって送られていた日本人を何人も見ているんだって。だから、本当に送られていってる。そういうのを見たという報告があって・・奴隷化しようとしていたのは間違いない。

だから、秀吉が見抜けなかったら日本は無かったかも、植民地化されてた。

家康も最初は鎖国じゃなくて貿易をしようとしたけども、気づいて。後に鎖国と言われるようなことで、絞っていくわけですから、最初はもっと広くと思っていたらしいんだけど。

信長は何でもイケイケですから、信長が受け入れたわけですから、秀吉もその後受け入れていたんだけど、こういう事を知って、最後に九州を平定した時に知って、これはいけないということでバテレン追放。それがずっとくると、島原の乱につながっていくわけですね。島原の乱というのは、キリシタンだけでなく地元の人も入っていたわけです。

徳川でも何でも加賀でも一揆はありました。一向一揆というのは浄土真宗で親鸞に繋がっていく。

観音様の光背を、○にゝ(チョン)をというのと同じようにと思ったのが、マリア像。キリシタンは迫害されるけども、慈母観音様をマリア像として拝む。観音様を拝んでるということですね、迫害を受けたが故に、マリア様として本人は拝んでいるけども、観音様を拝んでいるみたいな感じですよね。

そういうこととよく似ているかなと思って。意味分からずに光背を、観音様を拝もうとしているけど光背に、○にゝ(チョン)があるのと同じで、マリア様として拝んでいるんだけども、観音様だった。

そういう風に思った。

 

参加者

経と緯だね。

 

三救責任者

大浦天主堂に行った時にそう思いました。本当に観音様のような顔のマリア像がありました。この像を拝んでいたんだなあと思いました。

 

それでは終わらせて頂きます。

 

司会

以上を持ちまして、6月度月次祭、並びに一日祭を終わらせていただきます。

 

参加者一同

ありがとうございました。

覚りの旅  令和5年 地上天国祭

 令和5年6月15日

覚りの旅  令和5年 地上天国祭


三救責任者

皆様、地上天国祭おめでとうございます。

 

参加者一同

おめでとうございます。

 

三救責任者

今年は三救として5回目の地上天国祭です。

浜松の皆様と一宮の皆様はリモートで参拝されておられます。一宮の皆様、お帰りなさい。そして、おめでとうございます。

本日は昨年度令和4年の地上天国祭の挨拶と2010年の地上天国祭の楳木先生の挨拶内容を引用させていただいて、お話させていただきます。

本日のような祭典や月次祭の時に、「おめでとうございます。」と挨拶しますが、何がおめでたいのでしょうか?

メシヤ講座の説明を引用します。

 

真釣り

祭りというのは、真に釣り合うと書いて「まつり」と読めます。

何が釣り合うのかと言いますと、神様と人間がまことに真釣り合うのです。

月次祭というのは、人間の都合で決めた日でありますが、一旦そのように神様に御報告させていただくと、神様の側からすると、月次祭に一番光を注いでくださって、みんなに力をくださる訳です。その日に決まった以上、人間の一か月の生活は月次祭に合わせて毎月動いていくような生活をしていって、そして、旅行の計画や法事、結婚式などさまざまなことがあるのだけれども、月次祭の日だけは必ずここへ来ようとみんなで準備を重ねて、諸事情を乗り越えてくることができて、初めて、神様と人間が真に釣り合うことができるのです。神意と、人間のそういう思いが釣り合うことができるのです。

釣り合うことができたので、「おめでとうございます」と言うのです。

毎月の月次祭は、三重では一日祭並びに月次祭として一日に決め、浜松では一日を過ぎた最初の火曜日と決め、執り行うことが許されております。

大変ありがたく、おめでたいことであります。

一方、本日は「地上天国祭おめでとうございます。」と挨拶させていただきました。それは、6月15日という日に意義があるからなのです。

 

重大意義

メシヤ様は昭和25年6月15日の重大意義を次のように御教え下さっております。

 

いよいよ6月15日となった。すると、朝まだき、今日の重大な意義がハッキリして来た。というのは以前書いた著書に私のお腹の中に光の玉があるという事で、これを読んだ人は知っているだろうが、この光の玉には今まで魂がなかった。ところが、いよいよ今日、○から〇ったある高位の神様の魂が宿られた。すなわち、右の御魂が現世に生誕された事になるのである。

これから、この神御魂が段々御育ちになり、成人されるに従って、玉の光は漸次輝きを増し、将来大威徳を発揮さるるに至るのである。

 

この〇から〇ったという事を、巷では例えば「天から降った」と入れるんじゃないかとか・・そうすると、伏字にする必要がないですよね。

ここを先生はメシヤ講座で古事記にある文を引用されて「伊邪那岐命様から賜った」と解釈されております。

賜ったのはどなたでしょうか?天照皇大御神様ですね。それが、仮祝典での御神名。「天照皇大御神様」と御神名を唱えたことに繋がっていきます。

これについては、先生がメシヤ講座をしている時から、先生の解釈としてお話しくださっていたわけです。先生の晩年、宿題として “なぜ「天照皇大御神」と唱えたのか、各支部で考えて下さい” という話がありましたよね。その時、考えました? その話が既にメシヤ講座の中でされていたという事です。

 

ですから、昭和29年6月15日の「メシヤ降誕仮祝典」の際に、メシヤ様ご自身に『天照皇大御神守り給へ幸倍へ給へ』と御唱えしたのは「ミクラタナ」の神様の神御魂が宿られた本体としてお参りしたというように拝し捉えることができると思うのです。

 

そういうことで、既に回答していただいていたことを、私達はまた“考えなさい”と言われて、どこまで考えたかという事ですけども・・。そういう中で今日の祭典ということに繋がってくるわけです。

 

生誕の型

それから、 
生誕の型 ということで、先程の意義という事ね、重大な意義という事に就いても、メシヤ様もその日の起きてきた出来事から意義を考えて・・、留置場でお腹が痛くなって何事かと神様に伺うけれども、しばらく我慢せよと、重大な意義があるんだということで、意義を考えていて、生誕の型ということを言われております。

 

そうして面白いことには、翌16日には朝から食欲が全然ない。やっと昼頃になって牛乳だけが欲しくなったので、 差入屋に頼んで取り寄せコップに一杯呑んだが、その美味さは格別だった。その時、なるほどと思ったことは、生まれたばかりの赤ん坊だから乳が吞みたいのは当たり前で、確かにこれが型なんだ。

 

そういう風に、型と受けとめて教えてくださっているわけです。

この時には夢も見てるわけですね、富士山の夢というのも。

夢とか型とか、そういう風な考えでもって、これが神人合一ということに繋がっていくということです。

 

散花結実

もう一つ、 「散花結実」 ということも言われております。

 

という訳で、いよいよ大経綸の第一歩を踏み出す時となったのである。すなわち、花が散って実を結ぶという、その実の種の中心のポチが腹の中へ宿ったので、実に人類始まって以来の大慶事である。

ところが、このような万人祝福すべき空前の重大神業が、一人の部下もいない陰惨なる牢獄内で行われたということは、何たる皮肉ではなかろうかと私はつくづく思われたのである。この一事によってみても、神様の経綸なるものは、いかに深遠微妙にして、人智を許さないものたる事を知るであろう。

 

とメシヤ様のお言葉で、昭和25年6月15日の重大な意義を御教えてくださっております。

 

5W1H

英語で5W1H。 

When (いつ)  Where (どこで)  Who (誰が)  What (何を) Why (なぜ) How (どのように) 

これを5W1Hと言って、情報を整理するのに、こういうふうにまとめる、こういうことが伝わるように話をすると分かりやすいですよということを言われております。それで、今の情報を整理しますと、

When (いつ)  昭和256

Where (どこで)  富士山のふもと、静岡、清水の牢獄

Who (誰が) メシヤ様

What (何を) ミクラタナの神様

ちょっと Why (なぜ) を飛ばして、

How (どのように) メシヤ様の御腹中に生誕されたということですね

今の5W1Hの一つ残ったのが、Why (なぜ)。

ここが重要になってくるかと思うんですよ。ここが色んな解釈があるでしょうし、先達の皆様も知り得た人が、今の御神業となかなか繋がってこないので発表するということがされてこなかった。そういうふうに受け止めたらいいんじゃないかと思います。

これは、色々な解釈あるでしょうけども、メシヤ様の御神格が上がったんだと。 これは、ハッキリと出てるので分かりやすいと思います。だけどミクラタナの神様との関係が繋がってこないので発表できなかったと。 それを、先生は繋がったので発表したということです。

だから『』に『・』のこの御神体が出現することを知らせるためにと、多分受け止められたんじゃないかなと、僕は拝察します。

ミクラタナの神様
散花結実
文明の創造

先生は2010年の地上天国祭で発表されました、ミクラタナの神様の話が発表された年に『文明の創造』の分冊の第一冊目が出された。だから、『文明の創造』も繋がってきているということです。

「神様と私との関係」という御教えによると、メシヤ様は国常立尊という神様が時折御憑かりになる。

 

その神様は崇高な威厳と厳しい霊感のあった事は今でも覚えている。しかし一番憑られたのは何と言っても観音様で、絶え間なしにというぐらいでありました。 何ともいえない和やかさで、大慈大悲の御心が溢れていました。

 

もう一つは、伊都能売金龍と申す神様が憑られたことがあった。

これは琵琶湖での赤龍との戦いの話をされておられますね。


「神様と私との関係」という御教えの中で、

 

ここで言いたいことは現在の私である。それは静岡事件の際、留置場の中ですこぶる神秘な御神業が行われたことは、いつか話したことがあるが、その時私の体内に入られたのが最高最貴の〇〇〇〇○の神様であって、出所早々「散花結実」の書を千枚書いて、主なる信者に頒かち与えたのも、その時の経綸によったのである。

 

「散花結実」の御軸と御額の御写真を前もってラインで送らせて頂いたのは、こういう意味からです。

 

ところがその時から後の私は、以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在(おわ)す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままを行(や)ればいい事になったのである。』

 

これは、「神様と私との関係」で、神人合一になったということがハッキリと。とういうことは、ミクラタナの神様が御腹に宿られたので神人合一になった。そういう認識で良いかと思います。

 

それで、メシヤ講座の方で、先程の続きになりますけども、

我々の信仰はこの光の玉に御宿りになられた「ミクラタナ」の神様という御存在、その総体から御力をいただいて、そして地上天国を建設してゆく、そういう御力と智慧という尊いものをいただいてゆくというふうになっていると思います。その源ということを今回示されたというように受け取っていただければ有り難いと思います。

 

という話の続きの中でですね、

 

それから、この「ミクラタナ」の神様のことをいろいろ三重支部の方で調べてくださった内容の中には、例えば私達のしゃべっている、母音と子音によって日本語というのは構成されておりますが、「ミクラタナ」というのはその言霊を全部のせる棚(御倉板擧)のことなのだというような説明もあります。そうすると私達が物事を考える原点は言葉です。言葉がないと思考することができません。何か考えると言っても言葉で考えている訳です。その言葉の一番基が日本人は母音と子音の構成によって出来上がっていると。それが一番根源的なものであります。

ですから古代の日本で使われていた文字では、この『』に『・』という文字は「ア」になります。母音と子音の最初の言葉としての「ア」ということになってくるということに繋がってゆきますので、一回で聞いてもわからないと思いますが、根源中の根源を示されたという訳です。

 

という風にメシヤ講座でありました。

何回も古代文字、『』に『・』、「ア」ということについてはお話し下さっておりますけども、これは、Where (どこで)にも繋がっていきます。富士山の麓で日本の文明が始まっているわけですね。ホツマ文字、「ア」という文字、静岡の富士山の周辺が大和民族の発生。メシヤ様は大和民族の宗家。一番元として御生まれになっておられますので、それは御教えでハッキリとありますので、そこでミクラタナの神様が・・という御神業が行われたのはものすごく意義があることであって、その静岡に、浜松も静岡ですから、意義のある所に住んでおられるのだという風に考えて頂ければ良いかと思います。

 

「知る」ことは「使命」が共存する

こういうことを、「私達はそのことを知ることを許された人間なんだ」と受け止めておられるんですね、先生も。「知る」ということは「使命」が共存してきます。だから、ここに集まっている人達は、この許される人間を一人でも多く増やしてゆくということが実は本来の布教ということになる訳です。そういう神代のことまで解ってゆくということが願いとしてはあります。

 

という、2010年の地上天国祭の内容だったわけです。

 

それで、「神界の秘儀を知った上での御神業」ということで、

我々の信仰というのは単発的な御蔭をいただきたいとか、急場を良くしていただきたい、ということのみではなくて、神代の時代から継続してきて、いよいよこの地上に天国を樹立するという御神業なのだと、継続性のあるものだと捉えて、気持ちをより一層高めていただきたい。

 

という話もあった訳です。

それで、夜の時代に染みついた精神の癖を取り除く生活をしていこうということで、色々浄化が起こってきますけども、浄化作用と考えられること自体が救いなんだという話。これは、三好基晴先生の話を引用してあったわけですけども、悪化作用と考えるから、病気で悩み苦しまないといけないわけですけども、浄化作用と捉えることで、全てを感謝して受けとめることができます。

感謝というのは、「感謝が感謝を生み 不平が不平を呼ぶとは正に真理だ」という生活に根差した御教えにつながっていきます。

浄化作用というのは薬毒排出、もう一つは、夜の時代に染み付いた精神の癖、あるいはその既成宗教的、カルト教団的な信仰形態を引きずっている信仰に身を置いたことのある者の心の中に根付いてしまった心の癖、そういうものの改善。

例えば、「全ては自分の罪だから、その罪を許されるために献金しなさい」と繋げていくやり方。こういう中で信仰していると自分の中に答えがなくても、「まだ罪が許されないんだ」という諦め方になってしまいます。

メシヤ様の御教えに基づいて心の癖というものを取り除いていくのが救いにつながる御神業の一つなのです。

 

「因縁の人が因縁の人を導く」

ということで、

出会った時に、気になった人に気になったような話をしたという体験談がこの地上天国祭の前にありまして、

 

気になった人には必ず声をかけることが肝心なのです。

誰々の魂がメシヤ様につながることを求めている、救いを求めている、と我々の感性を豊かにしながら、敏感にしながら、魂の訴えとか魂の叫びというものを察知して、そしてメシヤ様の御光を届けていけるような日常生活を互いに送らせていただきたいものです。

 

そういうふうにメシヤ講座で教えてくださっております。

 

因縁の人が因縁の人を導くということで、一宮においても御神体御奉斎という縁で繋がっておりますし、 浜松の縁というのも前々から色々やってきましたけども、一宮の事も調べてみました。

今月の月次祭の覚りの旅で、「回天」という言葉が出ました。

天を巡らす、時勢を一変すること、衰えた勢いを盛り返すこと。

今回取り上げた特選集の中で、教団のゴタゴタ、当時の世界○○教の浄霊力をいただいて御教えを手にしている以上は必ず回心してメシヤ様に再度太くつながってくることを期待しても遅くなるから新たな気持ちで取り組みましょうと。そういう風な話をされております。

一宮の皆様は、今月の月次祭終了直後に連絡を下さいまして、三救で共に学び合うことになったわけです。
ずっと三救のブログを見て学んで下さっておられたことに感激いたしました。発信していて良かったと思わせていただきました。大なり小なり所属教団に不信を募らせ離脱して孤立しておられる方が全国には多数おられるのだろうと思います。継続して伝えていくことが地上天国建設に繋がっていくんだと思います。 一つの組織ではないわけです。メシヤ様に繋がり、その恩恵に授かる人が増えていくことが地上天国に繋がっていく。一人一人の心に地上天国はできていくのだと思っております。

それで先程一宮の話で、人間と人間の繋がりができる前に、神様の繋がりということもあろうかと思いまして、神様と地の因縁ということで。

一宮という地名は・・、平安時代に国司がその国の神社を参拝して回る時に最初に出かける神社を「一の宮」といいます。尾張の国の「一の宮」が真清田(ますみだ)神社であったことから、その門前町であるこの地域がいつしか「いちのみや」と呼ばれるようになりました。

全国に「一宮」はあるわけですけども、1市6町で、市は一宮市だけです。だから、一宮というのは、一の宮の型でもあるわけです。

調べていて私達の御神業と非常に関係あるなと思ったのは、真清田神社の由緒を調べると、創建が神武天皇(初代天皇)33年3月3日ですね。ご存知でした?

 

参加者

桃花祭(とうかさい)とか・・。

 

三救責任者

桃の花と書いて、桃花祭って言うんですね 桃の花につながってくるので3月3日としたんだろうということもありますけども、決めたということに御神縁があるわけですから、神武天皇33年3月3日、333ということですね。

私たちの「メシヤ降誕本祝典」30年3月3日で333ですから、非常に関係がある。神様の御鎮祭日がすごいなということを感じております。

それと、ここの真清田神社の御祭神というのは、天火明命(あめのほあかりのみこと)です。そして、神様の名前に本名がありまして、本名を調べると、天照国照彦天火明神命(あまてらすくにてらすひこあめのほあかりのみこと)。

だから、今日の祭典の天照大御神、太陽神とも非常に関係がある。太陽神である天照大御神様の孫にあたります。太陽エネルギーが神格化された神様であります。

「ますみだ」の言霊に注目してみますと・・「ますみの鏡」はご存知ですか?「ますみの鏡」とか「まそかがみ」というのは、よく澄んでくもりのない鏡。鏡というのは内宮の御神体です。これは八咫鏡(やたのかがみ)。外宮も鏡です。鏡が御神体であって、元々天皇陛下と同床同殿であったのが、いつしか別々になってきた、そこから政治が乱れてきたというようなことを言われております。

「田」という字がついていますよね、○に十ですけども、これにも意味があるわけで、「田」という事で言えば「主基田(すきでん)」「悠紀田(ゆきでん)」と言いまして、神様に食べて頂くお米を作る田んぼで、その中心の所が東日本、西日本でそれぞれ決めたところを言うんです。物質的にはそういう事ですけども、その「田」という言葉自体が先程の言霊に繋がっていく。

「悠紀田(ゆきでん)」はハマヤラワ、「主基田(すきでん)」はアカサタナという事があって、「真清田」の「田」というのは色んな意味があります。神様に非常につながることがあります。

 

言霊の原理

天照大御神に授かった御頸珠である言霊の原理・・これは言霊の本で調べた内容です。

この原理は崇神天皇の同床共殿の制度の廃止以来、天皇の、そして日本民族の自覚から忘れられてしまった。

この時より、人類の文明の創造のコントロールの力は失われ、世は弱肉強食の生存競争の時代となった。

この時代の精神の構図を言霊図によって表すと、我々が幼い時から教わったアイウエオの五十音図になって、この図のことを天津金木図と言います。天津金木というのは、そういう解釈の仕方によっては。天津金木とは何かというような話は色々出てきたわけですけども、そういうことが・・。

そういったところに、色々と一宮から調べていったら言霊と関係ある、太陽神と関係あるということが分かってきて、繋がるべくしてそういうふうに何かを知らせたくてということがあるのかなと思いました。

 

黙々として救いの業に精進

地上天国24号で「巻頭言」という御教えがありまして、ここにまとめのような話が書いてありましたので、それを引用して本日の挨拶を終わらせてもらいたいと思います。

 

世界人類を救い、病貧争絶無の地上天国をおつくりになると宣言なさる、ドエライ神様のことだから、その通り実現するのは絶対間違いないのである。しかし物には順序がある。順序は神成(かみなり)であるから、 例えば果物が生(な)っても、急には大きくならない、月日を経、雨風に当って、段々大きく美味(うま)いものになる。また寒さに震え、雪霜を凌いでこそ、春が来れば四方に匂う梅花が開くのである。これが天地自然の理法であるとしたら、いくら立派な本教でも、時を待たなければ、花は咲かないのである。

その代わり時来くれば、全人類ことごとくが歓喜の声を放って、地上天国建設に協力するであろうという事も、一点の疑ないところである。従ってこの夢を楽しみつつ、今は黙々として、救いの業に精進していればいいのである。

 

世界人類を救って病貧争絶無の地上天国をおつくりになるということ、これが実現するというのは絶対間違いがないとメシヤ様は仰っておられます。

今は黙々として救いの業に精進させて頂きたいと思います。

本日は地上天国祭、おめでとうございました。

 

参加者一同

おめでとうございました。

ありがとうございました。

 

司会

以上を持ちまして三救

地上天国祭を終わらせていただきます。

 

参加者一同

ありがとうございました。

覚りの旅  令和5年5月 月次祭を終えて

 令和5年5月1日

   覚りの旅  令和5年5月 月次祭を終えて

三救責任者

皆様、月次祭おめでとうございます。

今日は、『文明の創造 霊的病気』 276頁、お願いします。


参加者


『文明の創造 宗教篇 霊的病気』 拝読


三救責任者

はい、ありがとうございます。

霊的病気ということで、まず胃癌が上がっております。

胃癌といっても多いのは何癌?


参加者

疑似胃癌。


三救責任者


疑似胃癌。少ないのが真症胃癌。

疑似胃癌の原因は?


参加者

薬毒


三救責任者

病気の原因は薬。ここを見たときに、153頁の『胃病』に学んだことなんですけども、ここを読んでいくとですね、158頁に


次に胃癌であるが、これには凝似と真症とあるが、実際上凝似の方がズッと多いものである。そうして真症の胃癌は霊的であり、宗教的になるから、茲では凝似胃癌のみに就て説明するが、勿論之は薬毒が原因で、前述の如く一旦背部に固結し、胃に還元した際、医療は排泄を止める結果再固結する。之は普通の固結よりも悪性である。なぜなれば毒素に変化したものが、再び固まるからで、之が即ち癌である。然し之は薬の性質にもよるので、どの薬もそうであるとは言へない。之も放任しておいても長くは掛るが、必ず治るものである。


そういうふうに学びました。

疑似胃癌の方は、薬毒が原因で一旦背部に固結し・・固まるんですね、それで、胃に還元した際、薬を使って止めようとするので、浄化というのは排泄するように、固まった固結を排泄、浄霊などで排泄しようとするんだけども、自然に放っておいても出ていくんだけども、それを薬を使って止めるので、それがまた固まってしまう。再固結すると、普通より悪性になると。毒素に変化したものが再び固まるから悪性になる。それで、これが癌になっていくんだと。それも薬の性質によりますよと。放任しておいても長くはかかるが、必ず治る。疑似胃癌の場合は必ず治る。薬を出せば。だけど、薬を使い続けていれば治りませんよね、ということが分かりますよね。それで、ここで「性質」ということが出てくるのでこの「性質」って覚えておいて欲しいんですけども、『天国の福音書』、昭和22年2月ですけども、2月5日、ここに何が書いてあるかというと、


およそ人間がこの世に生を受くるや、遺伝黴毒や最初に述べた天然痘毒素を主なるものとして、種々の毒素を保有している事は前項に述べた通りである。そうしてこれらの毒素の支障によって健康が完全に保持出来得ないから、生理的に体外に排泄せらるべく、絶えず自然浄化作用が行われるよう造られているのが人体である。しかしながら自然浄化作用が行われる場合ある程度の苦痛が伴うので、その苦痛の過程を称して病気というのである。


だから、浄化作用ですね。ちょっと癌からは外れていますけれども、『病気の真因』ということで。

それで、


まず浄化作用とはいかなるものであるか、私はこれを大別して第一と第二に分類する。第一浄化作用とは血液中にある種々の毒素が身体各局所に集留固結するのである。


さっきも出てきましたけども、固結して凝りになる。


集留すべき局所としては、すべて神経を集中する局所及び人体静止の場合の下部である。そうして集留毒素は時日を経るに従い、漸次硬化する。俗に凝りと名づくるのもそれである。この場合、苦痛は全然無い事もあり、ありとするも肩の凝り位の程度である。


これが第一浄化作用。それで、第二浄化作用というのは、その固まったものが液体化するということで、


次に、第二浄化作用であるが、これは第一浄化作用である固結がある程度を超ゆる場合、自然排除作用が発生する。その際排除しやすからしめんがため液体化せんとする作用がすなわち発熱である。発熱の高下は固結毒素の性質 (・・ここで先程の「性質」がでてくるんですけども・・) と硬軟と量と患者の体質とによるのである。


運動すると、疲れるので疲労になって発熱すると。これは、運動中の浄化促進の役目もするので、浄化促進、だから毒素が液体化するんです。そうすると液体になって、汗とか喀痰とか鼻汁。それで、痰の場合はポンプ作用で外へ出る。鼻汁の場合はくしゃみで外へ出す。これで、体外へ排泄するということです。食欲不振というのも発熱とか吐痰、服薬のためです。それで、例えば、病気は痛みを伴うことで、頭痛とか節々の痛みとかも毒素を溶解し、液体となって排除するときに神経を刺激するので痛い、ということがこの『病気の真因』に書かれています。


この「性質」という言葉が出てきたということ、疑似胃癌を今説明している。真症胃癌の前に疑似胃癌を説明しました。

キーワードとして、「性質」という言葉が出てきました。

先ほどの霊的のところにいくと、今度は言葉は何でしたでしょう?


参加者

執着。


三救責任者

執着。今度は「執着」ということで、体的の方では「性質」、霊的の方では「執着」。

真症胃癌という場合は霊的であって憑霊なんだと。

では、何の霊が憑きますか?

ほとんどが蛇の霊です。蛇の霊が怨霊となってかかって苦しめる。

何で蛇の霊が?というと、自分の前世とか祖霊が蛇を殺した、その蛇の怨霊ですよと。蛇というのは、性格は執着が強い。だからその性格。人間が前々世における執着が強いという罪、その執着が強いので性格上執着が強いと、今度は前々世の話だけども、今世まで追求して復讐しようとするのが蛇の性格です。それで、人間が前々世において執着が強いというその罪によって畜生界に落ちて蛇となって再生する。その蛇となって再生した時に生き物を飲み込むと、今度はその飲み込まれた生き物の怨霊が固まって凝って、蛇の腹の中に宿る。蛇の腹の中に宿ったまんま、人間に再生する。これが本当の真症胃癌で、非常に悪性であって、執着、執着の塊みたいなものですね。

蛇も執着が強いけどもその蛇に飲み込まれた生き物の怨霊が人間に、蛇に再生したその蛇が人間にかかって人間となって再生してくると、丸々腹の中蛇みたいなものですね。

それが真症胃癌の原因だと書かれています。


「執着」ということで見ていきますと、『医学革命の書』 序文昭和28年に


人間生の執着程強いものはなく、此執着から離れられないのが人間の特性である。といってもそれを免れる事の不可能なるが為、今日迄は諦めてゐたに過ぎないのであって、若し此解決可能な方法が発見されたとしたら、之こそ人類にとっての最大福音であり、大問題である。処が喜ぶべし、その欲求は完全に達せられたのである。


浄霊のことですね。


何しろ人類から病を無くし生命の延長も可能になった。

私は叫ぶ(・・メシヤ様は叫ぶ・・)、最早人類最大の悩みである病は茲に完全に解決されたのである。故に此著を読んで信じ得られる人は天国の門に入ったのであり、之を信ぜず躊躇逡巡、何だ彼んだといって見過す人は、折角天の与へた幸福のチャンスを自ら逃して了ひ、何れは臍を噛む時の来るのは、断言して憚らないのである。


昭和28年。『文明の創造』 の後の『医学革命の書』にそのように書かれております。

それから 「我と執着」 ということで、『信仰雑話』は昭和23年ですけれども、

いろんな執着、例えば政治家が地位に執着するとか、実業家が金銭に執着して利益に執着するとか、男女関係においても執着する方が嫌われる。問題を起こすのも執着が強すぎるから。信仰の主要目的は我と執着をとることである。「取越苦労と過越苦労をするな」という事があるが、良い言葉ですねと。

我執を捨てるということは、「取越苦労と過越苦労をするな」という事ですね。我執を捨てると。


そうして霊界における修行の最大目標は執着を除(と)る事で、執着の除れるに従い地位が向上する事になっている。


霊界においてもそうですよと。


霊界においては夫婦同棲する事は、普通はほとんどないのである。それは夫と妻との霊的地位が異(ちが)っているからで、夫婦同棲は天国か極楽人とならなければ許されない。


ということは、天国とか極楽人の場合は夫婦同棲も許されているということですね。


しかしながら、ある程度修行の出来た者は許されるが、それも一時の間である。その場合、その界の監督神に願って許されるのであるが、許されて夫婦相逢うや、懐かしさのあまり相擁するような事は決して許されない。いささかの邪念を起こすや、身体が硬直し、自由にならなくなる。そのくらい執着がいけないのである。故に霊界の修行によって執着心が除去されるに従って地位は向上し、向上されるに従って夫婦の邂逅も容易になるので、現界と如何に違うかが想像されるであろう。そうしてさきに述べたごとく、執着の権化は蛇霊となるのであるから恐るべきである。人霊が蛇霊となる際は、足部から漸次上方へ向かって、相当の年月を経て蛇霊化するもので、私は以前首が人間で身体が蛇という患者を取り扱った事があるが、これは半蛇霊となったものである。

 従って信仰を勧める上においても、執念深く説得する事は熱心のようではあるが、結果は良くない。これは信仰の押し売りとなり、神仏を冒涜する事となるからである。すべて信仰を勧める場合、ちょっと話して相手が乗気になるようなれば話を続けるもよいが、先方にその気のない場合は、話を続けるのを差し控え、 機の到るを待つべきである。


だから、追うな、機を待てということですね。

それと、またこれも執着で、


病人でも、これを治したら宣伝力もあるし、ぜひ治したいと思うが治らない。そんなことをぜんぜん考えないで、なーに、とやっていると治る。それは、ぜひ治したい治したいと言うと、執着ですから人間の働きばかり出る。そんなことを考えずに神様にお任せしようと、執着を取るでしょう。すると神様のほうからくる。人間の執着が――想念がそこにいくから、神様のほうを邪魔する。病人でも、こんな病気に負けるものか、俺の精神力で治して見せると言うのは、たいてい死んじゃいます。そうでなく、神様の御意のままだ。とあきらめると、助かります。だから、よくもう駄目だ。あきらめなさいといってから、治るのがたくさんあります。面倒なものは、なんでも神様に任せてしまえと言うんです。そうすると、案外うまくいくんです。私なんか、始終ややこしいことがありますが、ええい。と、神様にお任せする。ややこしいのがあって、あっちを立てればこっちが立たない。という場合に――お任せすると、うまくいきます。思ったよりかうまくいく。よく、「惟神の大道」と言ってね。惟神と言う言葉は良いです。「カミナガラ」ですね。神様の思し召しのままに進んで行くというので、非常に良い言葉ですね。


メシヤ講座でも執着ということで、平成28年1月です。


世の中は、夜叉龍神はメシヤ様によって解脱しているのですけれど、その配下である者たちがまだしつこく、ずっとこの世の中に執着をもってはびこっております。それをひとつひとつ同じように改心させていかないといけないので、これからより一層朝夕のお参りは勿論、この月次祭を通して浄めていくという取組みを続けていかないといけないし、そういう浄めるという場がもっともっと拡がっていかないといけないと思わせて頂いております。ひとつよろしくお願いしたいと思います。


もう一つ、遺言について


祀ってない霊がありますが、盆とか彼岸に祀るべきでしょうか。

 一日も早く祀らなくてはいけない。霊は霊界へ行っても気になるからである。よく死ぬ時遺言したりなどするが、これは出来るだけ執着のないようという意味で、いわゆる浮ばれるためである。執着がなければ早い。(S23.11.25)


観音講座の方でも、昭和10年です。


又死ぬ時に想念で一人々々が余程違うのである。生の執着の多少にて非常に違う。早く死んで極楽に行きたいと思って死ぬ人は早く生れ変ってこない。なぜならば、自分の思った所へ行けた為、再び人として生れ変って来よう等と思わないからである。これに反して生の執着の強い人は早く生れ変ってくる。脳溢血等にて急に死んだ人は特に供養しなければならん。生の執着の為に身寄りに懸って病気をさしたり等するのはこの様な霊に多い。


執着の話で、メシヤ講座平成24年6月。

霊界の修行は何と言っても「我と執着」を取ること、ということで。



霊界の修行は何と言っても「我と執着」を取ることですから、何時までも恨んでいたり、心配していたら執着が取れないので、結局何時まで経っても救われないことになります。私は「救霊」を心掛けていくことが宗教の使命の一つだと思います。それから「慰霊祭」というのも人任せにせぬ方が良いですね。それぞれの宗教で、慰霊祭の斎行方法を知り得たならば、自分の霊性を高めつつ真心を込めて自分で取り組んでいく事も大切です。


救霊ということですね。

もう一つ、慰霊祭に関する話で、メシヤ講座浜松、平成26年3月ですけども。


だから救いを求めて来た人が憑かった場合も、やっぱり気持ちがいいからずーっといたいわけ。しかし、そのうち光をいただくと浄まっていくので、ああ自分はここにいつも留まっちゃいかんなーと自覚するので、スーッと帰るわけ。これがメシヤ様と繋がったところの一番の素晴らしさ。浄霊で浄まって元津御蔵へ帰るので全然執着が残らない。

しかし、祈祷(きとう)してしまうと、祓(はら)っていくと、無理やり帰されるから腹立ってくるから、今度はその人じゃなくて祓った方に怨んでくるわけ。だから祈祷師は不幸になっていく。だから昔の祈祷師は最期が悪かったわけ。

メシヤ様の浄霊というのは無理やりじゃないから。浄めて、そして本人が救われて帰っていくわけだから、感謝していくわけ。恨みじゃなくて感謝をしていくわけだからね。だから素晴らしいと。

だから我々はメシヤ様と繋がっているということはどれだけ幸せなことかと。

そして特別な地位を持たなくても、家族同士で浄霊できるわけだから、こんな素晴らしい、救いはないわけ。


それと、矛盾と思える出来事も、全て御神業に必要な事なのだ ということで、特選集の平成22年3月に、

「メシヤ様お出ましの夢物語をどう解釈するか」ということで、これは先生の夢のお話ですけれども、

呪術具というので、人々のムクムクと沸き起こる執着をとろうとするのですが、際限なく沸き起こるので、主神様にお願いし、最上天国から御光を呪術具に注いで頂くと、それを使用しようとした瞬間に人々の執着が消滅したそうです。夢の中で。それでそのことを報告しようとすると、メシヤ様が『私も知っている』と御答えになられたそうで、この時「矛盾に思える学習内容でも全て開拓布教に必要なことなのだ」と解釈されたと載っておりました。

矛盾と思えることがどんどん膨らんで執着になってしまいます。メシヤ様は何でも知っておられるのですから、私たちは矛盾と思える出来事も、全て御神業に必要な事なのだと受け止めて前向きに御神業に励み、自分の執着、人々の執着を取って行こうではありませんか!


執着ということで、結構な内容になったかと思いますけども。

霊的な胃癌の話から、そういうこと・・。

今の内容に何か思うところございましたら。


参加者

今回の真症胃癌のところで、この執着が課題になっていると伺って、『文明の創造』を読んだ時に執着が課題になっていることに全然私は気づかなくて、この資料をいただいてそういうことだというのが分かったんですけど、その後から、本当に「我と執着」ということを考えないといけないんだな、ということがいろいろ起こってきて、今まで「我」は意識してきてたつもりだったけど、「執着」はあまり意識がなかったなと思って、この資料を読ませていただいていたら今まで自分に起きてきていたことと応用して考えていくと、これも執着かな?これも執着かな?(笑)というようなことがいろいろ考える機会になりました。

まとめられないですけど、そういう機会をいただいて今、考えている状況かなと思って。


三救責任者

あまり一つのことをずっと考えすぎても。


参加者

そうですね。それがまた執着にもなるし。(笑)

前は言葉通りにしか取っていなかったかなと思って。今、いろんなことをちょっと応用して、これもそういうふうに当てはまるのかな、というふうな考え方ができるようになったかなと・・。


三救責任者

なるほど。


前にもちょっと話しましたけども、ある本の中で、例えば我の話でね、「僕がやります」と、自力で頑張っている間は「他力」が入る余地がないと。自分ができる、自分がやるんだと自力で頑張っている間は他力が入る余地がない。

本当は「自力」より「他力」の方が何万倍もパワーがある。自分が、というこの「が」をなくした途端に他力がわーっと集まってくる。他力が信じられないと自分の「が」を捨てられないので他力が増えません。

そういうバランス関係にあると。

自分が信じられないから、他力を頼れないと。

自分の「が」が増えると他力が減る。自分の「が」を減らすと他力が増える。簡単なバランスゲームですよと。


参加者

すみません、さっきのところですが、自分が信じられないと・・他力が・・?


三救責任者

だから任せられないとということね。自分ができる、自分が何でもできる、自分がやるんだって人を受け付けずに全部やろうとする、それよりも人の力を借りた方が物事は出来るでしょと。


参加者

助けてって?


三救責任者

助けてって言えるかどうかですね。


参加者

そこで、何でも出来るという思いじゃなく、頼ると悪いかな・・という思いであっても「我」になるということですか?


三救責任者

うん。その人を信じていないということ。だけど・・


参加者

信じていないって言うことになるのかなぁ?


三救責任者

頼ったらいいんだよということ。


参加者

ああ、そうですね。


三救責任者

頼れば、「助けて」って


参加者

物事によるということでしょ?


三救責任者

それはそうです。


参加者

何もかもじゃないけど。


参加者

何もかもじゃないけど、頼れるときは甘えて頼っても・・頑なにならなくてもっていうことですね。


参加者

強情ってやつだね。(笑)


三救責任者

頑張るということで、例えば、

ハードルは超えるのではなく、そもそも必要なかったんじゃないのという考え方もあるよということね。

なぜ頑張らないと自分は価値がないと思ってしまったのか。


参加者

思う思う。


三救責任者

小さい頃、親や先生や周りの人にそう言われ続けたからじゃないの?と。

大人は子供に「頑張りなさい」「楽するな」「世の中は厳しいんだ」と言います。子供の心には頑張れば褒めてもらえる。頑張れば認めてもらえる。褒めてもらいたくて頑張る。親に悲しい顔をさせたくなくて頑張る。ハードルが高ければ高いほどたくさん褒めてもらえる。次はもっと高いハードルを、次々とハードルを上げていく。頑張り屋さんになっていく。そもそもそのハードル、必要ですか?脇を通ってもよかったんじゃないの?と。

それを、ズルだと思うから、あなたには最初から脇を通る道は見えてなかったでしょう。脇を通るのをズルだと思ってしまうから見えてないでしょ?その道は。道があるのに見えない。それはあなたが拒否しているからです。試練という、ハードルを越えなくても価値ある自分を・・だから、自分を認めるってことね。


参加者

自己肯定感みたいな。


三救責任者

自分はここまでしなきゃいけないしなきゃいけないと思うんですけども、自分で作った目標ですよね。でも、今の自分も素晴らしいんじゃないのと、そういう価値ある自分を認めたらどう?と、ハードルなんてなかったんだと、超える必要なんてなかったんだよと、ハードルなんていらないんだと気づくことが、本当の自分の価値を見つけることじゃないですかと、頑張りすぎてる人に対しての言葉ですね。


参加者

頑張りすぎてる人にね。


三救責任者

何でも放り投げよと言うわけではないんですよ。


参加者

それをそのまま受け止めてしまうと怠惰にもなりますよね。(笑)


三救責任者

それは怠惰なのか、人が見たらズルやってるって思われるのが嫌なのか、別に思われてもいいじゃないかっていうのも、そういう自分は自分が好きなことをこれだけやって、その価値があるんだよっていうことを・・。自分をいつも卑下してしまうので、そうじゃなくて、自分が自分を認めなかったら誰にも認めてもらえないのと同じようなことで、それなら好きなことをすぐやってみたらと、「いつやる?」 「今でしょう」と。今、好きなことができない人はどこに行っても好きなことができません。まだまだ、こんなちっぽけなことじゃない自分がやりたかったことは、と自分でハードルを高く作ってしまって、いつまでたっても好きなことをしているという満足感が得られない。今ある好きなことができる人は、本当に好きなことが出てきたときも、「あ、やろう」とフットワーク軽く動くことができる。普段から体を動かしていないと体は急に動きません。そういうことと同じじゃないですかと。

だから好きなことをするには・・、これがねここの本の中ではね・・、好きなことをするには、一番嫌なことをする。


参加者

うーん。


三救責任者

好きなことをしたいと思ったら、安定を手放す。収入をなくす。築いてきた地位や立場を捨てる。恐ろしくてあり得ないいところに飛び込まないと好きなことをして生きていけません。

好きなことをするには一番嫌なことをしなければいけない。上手に嫌われないことばかり選んで逃げ回っていくのが楽な生き方で、この生き方はいつも周りに振り回されてしまう。

この人のことばかりを考えて逃げているというのは楽な生き方を選んでいる。この生き方は、いつも周りに振り回されている。人を見ているから。自分を見失ってしまう。だから好きなことができない。楽な生き方ではなく、好きなことをして生きていきたいと思うなら、「嫌われてもいい」、「非難されてもいい」と、「他人軸」のハードルを超えなくてはいけません。

「ああしたらあの人どう思うかな?」、という気配りのように見えるけれども、自分をずっと押し殺してしまっているんじゃないですかと。本の話ですよ。(笑)


参加者

痛い(笑)


三救責任者

みんな好きなことをして生きていきたいと思うのに、それができないのは、目の前の「嫌われる」という一番大きな問題が乗り越えられないからです。

手前で、「これでいいや」と我慢して生きているからなんじゃないですか?と。

家族を幸せにしたいから働いているのに、いつの間にか働くことに一生懸命になりすぎて、家族を犠牲にしてしまっていませんかと。

日本人の、頑張りすぎの人に対しての。

ちょっといい言葉かな、というふうに思ったので。


参加者

自分の好きなことをやるっていうのが、人良かれとか、そういうのにもつながる?


三救責任者

自分の好きなことをやって人が幸せになるのが一番いいじゃないですか。自分も幸せになって、人も幸せになるって。考え方の・・・。


参加者

考え方ね。


参加者

程ですね。程々というやつだね。


参加者

大分前になるんですけど、仕事を辞めて、色んな迷いもある時に、周りの人に恩返しというか、これからどうさせてもらうといいのかなぁというのを考えてる・・みたいなことをある人に話したら、「あなたが好きなことをやったらいいのよ。笑っていれば周りも楽しくなるから」って言われたのを、今ちょっと、これを伺っていて思い出しました。


三救責任者

だから人の言うことにも耳を傾けるということですね。

だけど、その、自分でハードルを上げて、自分の目標としてはいけども、自分が人によく思われたいという目標じゃなくて、自分が好きなことをしていくための目標だったらいいでしょうけども、それで、好きなことやって人も楽しくなればいいんじゃないという、これはそういう考え方。

メシヤ様もね、「朝起きると先づ家族の者の御機嫌がどうかという事に関心をもつのであるが、一人でも御機嫌が悪いと私も気持ちが悪い」という、『私というもの』にも出てきますし。


参加者

はい。


三救責任者

目標は世界人類を救うという非常に高い目標ですけども、まず自分の・・。


参加者

本当に。そうだなぁっと思って。

あんなにずっと読んできてたのに・・(笑)。

この間も言いましたけど、『○○の礎』。○○光教団の時にあった『○○の礎』の「私というもの」には、「執着」という言葉が無かったから、何でだったんだろうと思って。


参加者

ん?


三救責任者

え?


参加者

「どこまでも平和的幸福的で執着を嫌う」って書いてあるじゃないですか。


三救責任者

そこが抜けているの?


参加者

「執着を嫌う」が無いんです。

あれっと思って。『○○え抄』に「執着」が書かれていないなって気付いたんですけど・・。


三救責任者

それ、今回見つかったの?そういうことが分ったの?この「執着」の話から。


参加者

そうそう、今回。

「執着を嫌う」というところが、何でここにこれが入っているんだろうと思って、これはスゴイ言葉だよなと思って、今までなんで気付かなかったんだろうって、『○○え抄』にあったはずだからと見てみたら、無かったんです。


三救責任者

でも、「一つ事を繰り返し聞かされることも随分辛い」っていうのは?


参加者

ありました。それはありました。

「どこまでも平和的幸福的で、それが私の本性である」になっていた。


三救責任者

ほう。


参加者

『○○え抄』は抜粋されてるから、ところどころ編集というか、部分的に抜かれてたりするじゃないですか。だからそうかなと思って今朝『○○の礎』の方も見たら、その部分は無かった。

何かの間違いとか・・?


三救責任者

そのまま出していないっていうことだね。そういうことは他にもあるでしょうけど。色んな手が入って、それこそ人の目を気にしているというか、社会の目を気にしているという。

だから薬はダメだとか、そういう部分のメシヤ様が言われている部分をカットしてるということがあるわけですから・・。


参加者

時代背景かもしれないしね、その時代。


三救責任者

本として出すには出せなかったということでしょ。だから、本とか原文で読まないといけないというのはそういうこと。


参加者

だから、60年前の時代と今の時代、厳しい時代もあっただろうから。


三救責任者

それは発見ですね。


ちょっと話は変わりますけども、先日の岸田首相の演説会場は和歌山県の和歌山市雑賀崎。

ここはね、雑賀衆(さいかしゅう)は、中世戦国最強の鉄砲傭兵・地侍集団の場所。

何でここかなと思ったんですけども、信長とも対立して・・三好三人衆と対立していたり、秀吉とも対立して秀吉が紀州征伐をしてあの辺を滅ぼしていますけども。水軍で言えば信長、秀吉の方は九鬼水軍、毛利方は村上水軍、雑賀水軍という、いろいろな歴史のその舞台の傭兵、鉄砲傭兵。一杯鉄砲があったらしい。そういうところだったと。

それともう一つは武内宿禰、これは知ってますね? 三百歳ぐらいまで生きたんじゃないかという、メシヤ様のお話の中でも、長寿だったということの確かな文献を見たことがあるということが出てきますけども、この武内宿禰というのが神功皇后(じんぐうこうごう)の時に・・新羅遠征、三韓征伐という話を昔にしましたよね。それに従軍した、一緒について行って三韓(百済・高句麗・新羅)征伐に従軍したのが武内宿禰らしいです。それで神功皇后というと?三韓征伐に行くのに神功皇后は妊娠していました。お腹の中に誰がいたでしょう?


参加者

・・・(笑)


三救責任者

応神天皇。応神天皇はメシヤ様の前世。

そういう武内宿禰の神社がここにあるんですよ。

安原八幡宮奥宮に武内神社というのがある。武内宿禰が産湯を使ったとされる武内宿禰誕生井があるらしいです。武内氏は後に紀(き)氏・巨勢(こせ)氏・平群(へぐり)氏・葛城氏・蘇我氏というその共通の祖先であるので、武内氏から日本のほとんどの有力豪族に分かれていく。その元のところ。だから、家臣団の主力みたいなところでもあって、鉄砲の使い手が沢山いた、そういうところでもあったという。場所を調べるとね。

伝説ではあるけども、武内宿禰というのは、この前の大河ドラマの鎌倉の北条義時に生まれ変わったという生まれ変わり説もあります。ちょっとネットで調べたら・・(笑)。そんなことはよく分からないけども・・。

そういうことをこの前の場所から。

安倍さんの時に調べても、いろいろと。


参加者

ありましたね。衝撃的でした。


三救責任者

定かではないけど、場所として、雑賀崎に何かあるかなと思って見ていたらそういうことがあって、何かいろいろ動きがあるんだろうなと思いながら。

今度はまたサミット。サミットということは、原爆だね。広島でやるから。使わずに済むようにという。原爆といえども、戦争を止めるために神様が作られたものであると御教えに出てくるので、悪も善も主神様が握っておられて、人間を動かしているので、そういうことが分かると、一方的に悪いというよりも、必要があって、戦争を止めるために神様が作らせたものであるという御教えがあるので、そういうことも自分たちは意識しておかなければいけないかなと思います。

物事の見方として、今まで一方的に善の側にだけ立ってずっと来ていたのが、御釈迦様とかキリストとかそういう先人の宗教ですけども、こちらのメシヤ様の宗教というのは両方、善があって、悪があって、繰り返しながら科学を進めてきたんだと。それで、最後に悪を転覆させるのが「一厘の御霊」であるということがはっきりと書かれているのがこれ。これが、最後の時に出るということですので、これを学んでいるということはやっぱりすごいことですね。

ちょっと霊的な話に入ってきましたので、そういう話もさせてもらいました。


司会

以上を持ちまして、5月度月次祭、並びに一日祭を終わらせていただきます。

ありがとうございました。


参加者一同

ありがとうございました。

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...