2024年3月9日土曜日

覚りの旅  令和6年3月 月年祭を終えて

 覚りの旅  令和6年3月 月年祭を終えて

 

三救責任者

皆様、月次祭おめでとうございます。

今月は三つの御論文を学ばせていただきます。

『仏教に於ける大乗小乗』

『キリスト教』

『善悪発生とキリスト教』  です。

そして、3月3日の本祝典記念祭で、

『経と緯』

『天国篇』

『ミロクの世の実相』

を学ばせていただくと、『文明の創造』の読了になります。

既にメシヤ講座で1回(浜松は2回)読了しておりますが、「覚りの旅」での読了が叶うわけです。

3月3日の祭典の意義を考えていて、『文明の創造』の学びの進捗と合わせて考えたときに、

『文明の創造』を頒布して後末期至る 、とメシヤ様は仰っておられます。

発刊が許されたことに満足してしまってはいないか、ということで、

メシヤ様の願いを拝察させて頂くに、『文明の創造』の内容が世界中に知れ渡ること、内容を学んだ、知った人間が実践し、一人でも多くの人々に伝えることなのではないか、と思います。

メシヤ様はすでに現界に現身をお持ちになって現われております。12月23日ですね。御降臨祭をさせていただいておりますね。これは人間として。

そして日本語で私たちにわかるように、安易なお言葉で御教えを授けてくださいました。信者でなくてもわかるように、救いの綱をさしのべられたわけで、それが『文明の創造』であるわけです。

いよいよ終盤にさしかかっておりますので、今月の御教えを続けて拝読をお願いいたします。

 

参加者

『仏教に於ける大乗小乗』

『キリスト教』

『善悪発生とキリスト教』 拝読

 

三救責任者

はい、ありがとうございます。

351頁の後ろから4行目、1文字空白になっていますね。これは確認したところ、日本武尊(やまとたけるのみこと)の名前が分割されて読み難くなるのでこれでOKという話で、間違っているわけではありませんので。

今、読んでもらったことを念頭に置いてもらって、関連の在りそうなことの話をしていきます。

 

今日は、3月1日ですね。朝日新聞からですけども、今日は何の日でしょうか?

水着のビキニって、何でビキニという名前がついたのか知っていました?別の呼び名もありますよね。今は、ツーピースとかセパレート、タンキニとも言うかな。

ビキニって何? ということですけども、

アメリカがマーシャル諸島で核実験を始めたんですね。核の話は先程出てきましたね。それが、1946年7月1日で、日本敗戦の翌年だったそうです。4日後、パリで水着コンテストが行われました。それで、フランス人のデザイナーが核実験に魅惑されている世の人々を察し、名前を「ビキニ」と。マーシャル諸島のビキニ環礁というところで、ビキニという地域で核実験をして、そのすぐ後に水着のショーがあったので・・当時の風潮としては、核実験を世の中は容認しているような風潮だったということです。

マーシャル諸島ではその後も核実験が続いて、70年前の今日、3月1日には水爆ブラボーの実験があったそうです。ブラボーですからね、ふざけた名前だね。これで多くの人が被爆し、苦しんだと。

つまり、日本は核兵器の被害を受けた唯一の国ではないという事ですね。こういう実験によっても被害が出ている。不幸な事に、日本はまた、この実験によっても第五福竜丸が近くで操業していて被害に遭っています。

3月1日、核の話に関してということです。

今読んだ中で、宗教篇の総まとめ的、『文明の創造』の総まとめ的な話になっていたかと思います。

一番思ったのは 「宇宙意志」 ということですね。これは今迄にも何度か出てきています。

主神様の御意図というのは 「宇宙意志」 という表現もされているということですね。

『文明の創造 天国建設の順序と悪の追放』、 25頁にも出てきておりますので、少し読んでみますと、

 

こうみてくると、今日までは悪も大きな役割をして来た訳になる。といっても悪の期間は無限ではなく限度がある。それは世界の主宰者たる主神の意図であり、哲学的に言えば絶対者とそうして宇宙意思である。
すなわちキリストが予言された世界の終末であり、そうして次に来るべき時代こそ、人類待望の天国世界であり、病貧争絶無の真善美の世界、ミロクの世等名は異なるが意味は一つで、帰するところ善の勝った世界である。

 

「宇宙意志」 ということですね。ここが重要なのかなと思います。

たまたま調べていたときに・・、皆様にLINEでもお知らせしましたが、弓前文書(ゆまもんじょ)というのがあって、詳しくは説明しませんけども、弥生語という言葉があるそうです。

弓前文書の中の歴史書「委細心得」にもとづく推測ということで、鹿島と香取の事が書かれていまして、例えば、 「スサノヲ」 という名前で、

「スサ」 というのは、「何もない」という意味があるそうで、

「ノ」 というのは、弥生語で「秩序」を表す、

「ヲ」 というのは、古代では過ぎ去った「過去およびその記憶」、そして「罪」を意味する。

従って、スサノヲの神とは、罪穢れを過去の世界に祓いやる神。

ここから、スサノヲの神を特徴づける「荒ぶる姿」「罪をつぐなうという贖罪(しょくざい)的側面」「根の国にいる海の神」という神話が生れてきたのだろう。

そういう風な説明がなされています。

それで、古代の弥生神道の理解の鍵は自然科学にあると。現代では元の発音が変化しているそうです。

弥生時代が始まった約2千数百年前から主に五島列島や壱岐、対馬、博多などの九州西北地方、中国東南、南朝鮮などの沿岸地方拠点に栄えていた、中国の漢や魏(ぎ)から「倭人」と呼ばれていた、海人族(天族)(あまぞく)が使っていた言葉。

ホツマの時代とか、縄文時代から使われていた言葉、その時代は文字はホツマであったんでしょうけども、口伝で伝わってきていたのが・・・、歴史的に、弥生文化というのはもともとの人とも融合していっているので、これは侵略とは別にね、その文化が一緒になった時に、この弥生語という言葉自体は、祝詞とか、神様の言葉を表現するのに、その周辺の言葉を使って表現したらしいです。

ちょっとややこしいですね。

8~9割は縄文語、アイヌ族・隼人族・熊襲族(くまそぞく)・大和の国や常陸国(ひたちのくに)の国栖(くず)と言われる人種など、8~9割がそういう言葉を使っていて、弥生語、渡来語というのは、1、2割だったそうです。その弥生語を基にして生まれたのが、古事記、日本書紀です。これは、神々の言葉を・・だから、神様の名前というのは、弥生語で解くと解明できるんだと書かれていました。祝詞の中の言葉、万葉集とかのことは、字を調べていくと、弥生語で見ていくとわかる。

 

天津祝詞 を弥生語で読むと、

タカマパル カムロキミユ イツァナキヨ ウツジュケグマカ・・・

日本語なのか何なのか分からないようになりますけども、日本語なんですね。これを解明すると、

 

タカマパル の タカは偉大な力。

マパル は マワル。

読み解いていくと、 高天原に神留り坐す ということが、 タカマパル。

 

カムロキミユ というのは、カムロ というのは、神ながらということ。

カムロミチということばで、神ながらの道ということになるそうです。

キというのは、枝分かれ。

ミユというのが見えるようになった、現れた、ということで、 神漏岐・神漏美の命以ちて という言葉に現代に分かるように変わって来たんだと。

 

だから、ここのところは、

大宇宙の偉大な力が森羅万象に枝分かれし、現象化した。

目に見えない  宇宙の意思 が目に見える形になったもの。

それが自然だという事。

「神」 「唯一のもの」 いろんな名前で呼ばれている。

だから、 高天原に神留り坐す・・ と読んでいる、 天津祝詞 というのは、神唯一のものということですので、宇宙意志、主神様・・御教えで主神様となっているので、宇宙意志ね、主神様に対して祝詞を奏上していることになるわけですね。

先生は大和民族の宗家と、これも宗家ともいえるわけですね、一番最初の言葉、大和民族の祝詞に使用する言葉だったわけなので、・・が作られたという。ある意味それは合致するんじゃないかなと思って、本を読んでいました。この本は図書館で借りられます。

 

『キリスト教』のところで、メシヤ講座で学んだ内容がありまして、平成27年6月です。

『祈りの栞に寄せて』の本の事について、お話がありまして、

この「まとめ」のところに、

 

『愈々の時、初めて諸々、浄まった者それぞれに因縁通りに諸々の御用を申しつける。神格をいただける者もいる。その人によって御用は変わる。』

ということでありますから、愈々の時を迎えた時にですね、因縁通りの御用をメシヤ様から申し付けられるわけですが、申し付けられるという時に、どういう形で申し付けられるかというのは、人間にとって一番は疑問からスタートします。疑問から。そして、その因縁使命を覚る出発は疑問ですので、疑問のひとつが仏教においては、「インドでできた宗教なのに、なんで日本にこれだけ定着してるいのだろうか?」だとかということを若い人が思った瞬間が、実は因縁使命を頂く時なのだということです。

それで、思った時に誰かに質問するので、質問した時にそれに答えてあげないと因縁使命を引き出してあげることができない。その時に「どうしてだろうね?」とか言ったら、もうそこで因縁使命が消えてしまいます。その時に今言ったここを、話してあげて貰いたいのです。これだけを。「それはね、・・・」って言って話してあげると、因縁使命を少しずつ引っ張り出してあげることができると思います。

この言い方がやっぱり上手になる為には、これをダイジェストに自分の頭の中に入れておいて、それを説明する練習をある程度しておかないといけません。それをやっておいて頂きたいと思う訳です。

 

というお話を頂いております。

これは、観音様がインドに渡って儒教を拾ってきたんだよという話、そこの一連の話をできるようにしておいてねということでした。

それで、思ったのが、この前の「神音」はどう読むのでしょうか?という話がありましたが、その中で、僕が調べて 「かんのん」 と読めるよねと。

疑問があって、自分も調べたからこそ、ああいう話題につながっていったということ。そういうことが因縁使命、メシヤ様のことを考えるという事、因縁使命を、使命を受けてそれをやっていこうとしている事だと思います。御用をね。

疑問がなければ読み返して「かんのん」と読むこともいいなと気付けなかったわけですから。

やっていることが全部つながっているよね、という話です。

 

それから、これもラインでしたのとタイミングが合っていて、「キリスト教と呼応し・・」という話ですね。

前の教団の人と会って・・という話。

キリスト教的になっていて浄霊をしなくなってきた、という話をラインで送らせてもらいましたけども、「キリスト教と呼応し」、という捉え方が、先生はどうだったかとういうことですね。

向こうはキリスト教の方に寄っていっていますけども、そうじゃないということで、

 

「今まさに『キリスト教と呼応し』ということが言えると思います。」 と。

 

これは何かといえば、キリスト教は物質であり、科学ですから、科学をメシヤ様の御教えの裏付けにしようとメシヤ教は進めているわけです。そういう話をされていたわけで、全然考え方が違いますね。

 

「まさにメシヤ様の御教えどおり進んでいると言えるのではないでしょうか。

勉強していかないとメシヤ様が説いてくださっていることと関連付けられないので、ぜひメモをとるように心がけて下さい。」と。

 

だから、科学を裏付けにということと受け止めるんだと、「キリスト教と呼応し」ということをね。

 

「面白い番組がやっていたら神様が〝このことを判れ!″とお命じくださっておられるのだと考えてメモをとってください。」

 

これを学んでいる時が、ちょうど私の大浄化のときでした。ちょうど出てくるんです。

 

H家の話を暴露しますが、息子さんが「俺たちが幼少期にアトピーを患ったのはお父さんが原因だったのだ」とHさんの浄化を見て言ったそうです。

「外へ毒素を排泄できているから命が続いていくのだ。」とHさんが言うと言い訳のように聞こえますので、そういう時は何にも症状が出ていない奥さんが話をしたほうが分かりやすいです。」 

 

というような話が出ていました。

「キリスト教と呼応」 という話の中で、これも記者との話、「人類の救済と世界平和に貢献 世界メシヤ教誕生の意義と使命」 という話があって、

 

「第一に仏力衰退の兆しすこぶる顕著です。勿論仏教そのものの存在理由は大いにありますが、たんなる経文を読んで、極楽浄土への来世御利益を願ってばかりいては、とうてい複雑な今の人間は済度し難いものがあると思います。現にいまの仏教界、お寺の有様をみればだれでも理解がつくように、有為転変の移り方があまりにも惨めすぎる。敗戦のための人間下落を嘆いて責任を回避するがごときは大乗の仏法のとらぬところと思うが、それにしてももう少し生きるものへの救いの業がなければならぬと思う。そこに仏力廃頽(はいたい)の一因が蔵されていると言わねばならない。第二に神社凋落(ちょうらく)の趨勢いよいよ激しいことだ。これは仏力よりも低下し、神社に本当の神威あるやとさえ疑問を抱かざるを得ない。まことに寂寥(せきりょう)の感深いものがある。従って、本教が観世音菩薩を信仰の象徴とすることに変わりはないが、

 

・・・これは、昭和25年2月4日ですからね。だから、この時点で記者との話の中で、日本観音教団と日本五六七協会が一緒になって世界救世(メシヤ)教になった時に、“本教が観世音菩薩を信仰の象徴とすることに変わりはない”と。・・・

 

しかしこれまでの観世音菩薩とはその御使命の方途が非常に変わられたと言いたい。またミロク大神もそうだ。解りやすく言うならば観世音菩薩は化身仏であらせられたが、御本体である神のお働きとなり給い、いままでよりはさらに位が上位におなり遊ばされたと言ったほうが至当であろう。従ってその御救いの御力がいままでより幾倍か強くなったという観方ができるのである。

 

使命が変ったから上がったということは、“またミロク大神もそうだ”と、神格が上がったということです。観世音菩薩と同じ様に上がった。

昭和25年ですから、まだメシヤ降誕の仮祝典はやっていないときですね。ただ、御腹中にお入りになる直前ですね。

 

問 「世界救世(メシヤ)教の世界的な意義は・・・・・」

答 『信仰によって世界人類を幸福にみちびくのがその最大の目標です、しかし西洋にはキリスト教があります、そのキリスト教の曰く「天国近づけり・・・・・」はわが教理と最も近きにあり、わが教理は「現世の天国」を一日も早くつくることにある、キリストの遺訓まことに立派で、やはり世界人類救済の神力や偉大です、私はわが新教はこのキリスト教と呼応し、東洋において、わけてもまづ日本で、人類の善導と救済に全知全能をあげて働いてゆきたい、従ってこのことが今後の世界平和に必ず大きな寄与をなすものと堅く信じています、まことに本教こそ日本で生れた最初にして最大の世界平和推進に役立つ宗教であらう、宗教に国境なしという言葉がある通り、本教の真面目と現実の霊験が納得できれば必ず日本人は勿論東洋人全体が真に平和に徹した高邁(こうまい)、純粋な精神を保持することが可能である、世界平和のために、人類世界の争闘をなくするためにも本教将来の活動が活溌にならなくてはならない、この真理を了解できざる人々こそ平和を希求しない不幸な人々だといえよう』

 

これは、アメリカの記者に対しての話でもありますので、アメリカはキリスト教主体の国であるのでね。広い目で見ればキリスト自体も・・、素戔嗚尊が御釈迦様でもありキリストでもあるわけですから、元々の罪の贖いの意味で宗教で広める事をやってきているのであって、この 「呼応し」 というのは、そういう意味もあるだろうね、昔に立ち還れば。

「呼応し」、誰かと会うということもそういうことかもしれません。

 

色んな話があった中で、『善悪発生とキリスト教』を読んだ後のメシヤ講座の話の中で先生が僕に、6500万年の歴史をいつまとめて下さいますか?というような話をしていまして。

6500万年、どんな時代? と思いませんか?

調べていたんですけど、三内丸山はよく話題に出てきていましたね。縄文前期から中期で、紀元前3900~2200年。現在から、5900~4200年前です。さっきのは6500万年といったから、もっともっとですね()

以前に紹介した、鹿児島の上野原の遺跡の話、これが、縄文早期1万600年前に村があった、8600年前に儀式場があった、ということですので、三内丸山よりも古いんですね。それでもまだ1万600年前。

もう少し古いのがありまして、浜北原人、浜松でした。旧石器時代、縄文時代よりもう一つ前の時代の旧石器時代の本州最古の人骨化石が出たのが浜松。これが、1万8000年前。

恐竜が絶滅したのはユカタン半島の話。チクシュルーブ・クレーターという、6604万年前に小惑星が衝突した跡のクレーターね、直径160キロメートル。この衝突が、恐竜 を含む大型爬虫類 をはじめとする多くの生物が絶滅 した白亜紀 末の大量絶滅 のもっとも有力な原因。

先生は、ユカタン半島に小惑星が衝突した時代からの歴史をまとめるように言ってみえたんだね。

人類だけじゃなくて、そこからということだね。

ちなみに、人類からというと、700万年~600万年前にアフリカの猿人、後ろ足で立って歩いていたということで、前足、手ですね、自由に使えて道具を使う事を覚えて知能が発達してきた。

ユカタン半島よりも前に、南アフリカに隕石が衝突していまして、直径190キロ、これは世界最大で、フレデフォート・ドームと言うんですけども、約20億2300万年前に直径10から12kmの小惑星が速度約20km/sで衝突し、フレデフォート・ドームが生成されたと考えられている。衝突時のエネルギーはどれだけかというと、原爆の話で例えると、 広島型原爆 の58億倍です。人間が作ったものよりも、ものすごい事。何が起こるか分からないという話ですね。この時の衝突熱でマントルが溶融して多量のマグマ が発生して、大量の岩石が蒸発して、急激に冷却されていくと。3つあるんですね、大きな隕石衝突によるクレーター。もう一つのクレーターというのは、カナダで、これは18億5000万年前だそうです。衝突によってマグマが発生し、そこから生じた火成岩類にニッケル・銅硫化物鉱床が含まれ、物が出来てくると。ぶつかったところというのは、そういうものが採れてくる。

ユカタン半島の歴史が恐竜を絶滅させてということで、メシヤ様の御教え自体にそういうところがあるので、そういうところからの話をされていたわけですね。

人間が生まれるまでの過程として、そういうことがあったと、隕石をピンポイントでぶつけてという話があったわけですね。

地球は奇蹟の星 と言われていまして、それは何でかと言いますと、水が液体で存在することが出来る星であることだそうです。金星にも水はあるんですけども、太陽に近すぎるので気温が高くて水は水蒸気になっていく。天王星や海王星にもあるんですけども、太陽から遠すぎるので水は常に氷の状態で地表を覆っているので、生物が生れるというわけにいかない。だから、太陽から程よい距離、

 

・・・伊都能売だね!

 

太陽から程よい距離にあり、大部分の水が液体で存在できること、これが地球のすごいところだと。

地球の水は、地球が生まれたときに内部から水蒸気が出て、冷えて、雲になって、雲が雨を降らして、雨が岩のカルシウムを溶かして、海水は元々酸性だったけども、中和して。中和することによって、海水には80種類の元素が溶けている。その溶けた元素が結びついて、アミノ酸とか糖ができて、それからタンパク質や核酸ができて、それが遺伝子の元となって、生命が誕生した。生命が誕生して、人間にまで進化していくのに水が必要だった。私たち生命は、すべて「海の子」と言えるんじゃないかということが、関電のホームページに書かれていました。

私たちの体は約60%(20歳男性)が水でできています。
だから、人間の社会が発展する動機には、「水をいつでも便利に使えるようにしたい」という望みもある、ということが書いてありました。

徳仁天皇は水の研究をされていますよね。こういうところから来ているのかなと思ってしまいました。

 

今回は、『仏教に於ける大乗小乗』

『キリスト教』

『善悪発生とキリスト教』 を学ばせて頂きました。

資料作成の過程で、宇宙意志について、主神様の御意志=宇宙意志 という御教えは既に学ばせて頂いておりましたが、古代に縄文文字 → ホツマ文字 ⦿ あ ですね

弥生語という言語で読み解くと、古事記の「天地の始め」の箇所が現代の宇宙物理学、地球物理学、そして、生物学の最先端科学とほぼ同じ内容を持つのだそうです。

「天之御中主からイザナギ・イザナミまでの神々」の出現の順序の記述が、そのまま、現代自然科学が述べる宇宙や、生物創成の順序とほぼ一致していることがわかるそうです。

古事記の15番目の神、阿夜訶志古泥(アヤカシコネ)は、弥生語ではアヤクチコネ、現代でいう遺伝子の事であったということがわかるのだそうです。

 

天津祝詞というのは、

大宇宙の偉大な力、

目に見えない宇宙の意思、

が、目に見える形になった、神であり、唯一のものであると、主神様のことと読みとけるのではないでしょうか。

祝詞を奏上させていただくことは、即ち、宇宙を創成なされた、主神様に、古代から連綿とつながっている、その一瞬を担っているわけです。

3月3日、メシヤ降誕、弥勒下生(弥勒下生の 弥 と 生 で弥生)、に想念をあわせ、メシヤ降誕本祝典記念祭をお迎えさせて頂きましょう。

 

本日はありがとうございました。

 

参加者一同

ありがとうございました。

 

司会

以上を持ちまして 月次祭ならびに一日祭を終わらせて頂きます。

ありがとうございました。

 

参加者一同

ありがとうございました。

覚りの旅  令和6年2月 月年祭を終えて

覚りの旅  令和6年2月 月年祭を終えて


三救責任者


月次祭、おめでとうございます。


参加者一同


おめでとうございます。


三救責任者


本日の『弥勒三会』の御教えは節分祭、立春祭と深く関わっています。

昭和29年2月4日、立春祭御講話に 『○○教の意味というものは、つまり私の仕事の準備です。「弥勒三会」と言って、仏教の方の言葉があります。「弥勒三会の暁」とか、あるいは「弥勒三会の鐘が鳴る」という言葉がありますが、弥勒というのは、三人あるのです。それは日の弥勒、月の弥勒、土の弥勒というわけで、日、月、地になっているわけです。』 という立春祭の御講話があります。

そういうことを踏まえまして、本日の御教えの拝読をお願いいたします。


参加者


『文明の創造 弥勒三会』 拝読


 

三救責任者


はい、ありがとうございます。

覚りの度で、10月から何をやってきたかということで、タイトルだけ言いますと、


10月は 『仏滅と五六七の世』 

11月は 『仏教の起源』

12月は 『伊都能売神』

1月は 『観世音菩薩』


2月で 『弥勒三会』 


ということで、順番がこのようになっているということで非常に意味があるのかなと。


まずは、中心は「伊都能売神」で「観世音菩薩」、「観世音菩薩」は「伊都能売神」ということですので、御本体は。今度は「弥勒三会」とは何かということが書かれていました。


三人の弥勒 ということで、日・月・地。その中心の 日 というのは 伊都能売の身魂 であるということが書かれていました。

阿弥陀様を 法身の弥勒といい、


お釈迦様を 報身の弥勒、


観音様が 応身の弥勒。


観音様はメシヤ様であるわけですけども、阿弥陀様というのが法身で、これは○○教でいうと聖師様にあたる。

お釈迦様というのは、報身の弥勒ですけども、これは○○教の教祖○○○○にあたるということですね。


○○教の○○○○○○が阿弥陀で、教祖○○がお釈迦様、お釈迦様は稚姫君尊でもある。


他の御教えにも出てきますけども、そこのところを、そのままのことをお話ししますと、


「○○の御魂というのは国常立尊様が半分、稚姫君尊様が半分。稚姫君尊様はお釈迦様でもあるので、○○教の教祖というのはお釈迦様でもある。」

そのお釈迦様と○○○○○○聖師、阿弥陀になるので、このお釈迦様と阿弥陀様が先にインドへ行って仏教の基礎を作られた。そうして今まで学んできた、観音様であるメシヤ様が、観音様が、その基礎を作られたところに行って教えを垂れられた、お釈迦様に。そういう関係性ですからね。


お釈迦様といっても魂もあるので・・先程の話の素戔嗚尊でも一人だけではないということです。色々分身されるということね。

応身の弥勒というのは観音です。最初の頃、“そこで観音会をつくった”という御教えございます。

“観音を芯にしてやっていたから、観音会というのをまずはつくった。” 昭和10年の御教えです。


それから、仏というのは神の化身です。これは、学んできましたね。 化仏化身といいます。

応身の弥勒というのは、いかなる事でも自由自在、千変万化です。


伊都能売思想が出て始めて人類は本当のことを知る。


本当の世界が生まれるとはどういうことか、どういうものかというのを今書いている。

今書いているのがこの『文明の創造』なんです。

伊都能売思想が出て始めて人類は本当のことを知る。

本当のことって何? というと、それは 『文明の創造』に書いてある。

それから、弥勒三会 というのは伊都能売思想のこと。伊都能売思想というのは色んなことに対する考え方。

そういう考え方が伊都能売思想でいけば正しく間違いなくいく。

本当のことが腹の底に分かるために、私たちは『文明の創造』を学ばせていただいているんです。


今回の御教えというのは、『文明の創造』であり、私たちのやっていること、これを学んでいるので、そこの中心の、根幹のことをやっているわけです。



昭和26年10月1日の御教えの中に、“言霊で言霊界に一つの波紋を起こす”、ということが出ていまして、それで、世界に広がって具体化するんだと。


この時は東京の丸の内、要は日本の中心といわれるところでやっていて、小さくやっていてもそれが世界に広がるんだ、言霊を発しているから。その言霊のことをやっています。この前から言霊の話が出てきていましたね。

丸の内でやる前にも小さくやっているんだと、小さく・・・型ですね。

こういう座談会的なことでやっていても、メシヤ様がお話ししたことというのがバーッと広がっていく。

それを私たちはこういう形で引き継いでやっているんだと思っていただければ、思いが大事ですからね。

小さくやっている、だけど、メシヤ様は、小さい時から世界に向かって発信しているという意味合いでやっているんですね。


それから、メシヤ講座27年4月にやったんですけども、「深奥なる神の経綸」・・・27年4月というのは今の「弥勒三会」を学んだ時です。


「文字は神様がつくられた」と、文字は神様がつくられたお文字でもあるわけですし、「神」の字というのは、しめすへんに申す と書く。「申す」というのは〇に十で上から貫いているということが出てきていますので。今、御教えを抜粋してやっています。今日の御教えと色んな御教えを抜粋してね。


 それから、「釈迦、阿彌陀は根本からいえば、ヤハリ日本の神」、それも今出てきましたね。

根本からいえばヤハリ日本の神。これはメシヤ講座からです。


「『浄霊』というのは三千年来に起きている尊いこと」なんだということを、27年4月のメシヤ講座で。


 そう考えると 感謝の念がふつふつと湧いてくる。


この時に質問で、「今度の事」とは? と出てきましたね。

「今度の事」というのはどういうことですか、と質問したんですね。

その時の先生の回答が、ちょうど27年、『文明の創造』をお書きになっている頃の話ですので、『文明の創造』をお書きになられたこと。今度は、その『文明の創造』を私たちは発刊したということがあるので、そういうことを言われているんじゃないでしょうかという回答。


いろいろな考え方があるのでね。ちょっと読み解きにくいところだったので質問させてもらったんですけども、今はそういうふうに考えたらいいんじゃないかと。


そして今、ネットの世界にブログで発信しています。これはメシヤ講座からもやっていますけども、音声で世界にスタンドFMでやっています。こういうのは、言霊界に言霊で波紋を投げかけていることになる、ということですね。



『光の活動』という御教えがございまして、これが「無限極」の活動なんだと。

文字が「無限の速度」で、「無限の拡がり」で、「無限の活動」を起す。メシヤ様が書かれた御文字ですね。

そうして意味合いもありますね。文字通りの「意味の働き」をされていくんだということが出ております。

これは昭和10年の5月21日の『光の活動』という御教えです。

霊的な活動があって、無機から有機的になる。そうすると、活物的意志が発生するようになる、文字が。


だから、春の寒い時に、メシヤ様が「春の風」と書いたら、部屋が暖かくなったと、そういうのが景仰に出てきてますかね。



昭和26年11月25日の御教えで、浄霊を世界中の人がやるようになっていくんだと。

それで初めて人類は根本的に救われていくんだと。


これも同じく26年11月25日の御教えからですけども、病気の根本は種痘です。

邪神は巧妙なんだと、医学は邪神が経営しているんだと、人類を目覚めさせるべく『文明の創造』をメシヤ様はご執筆なされた。

キーワードとして、 種痘 ということと 邪神 ということはくっついて書かれているということね。

医学は邪神が経営している。


『文明の創造』というのは、人類を目覚めさせるべく・・邪神に操られるとか、根本は種痘なんだ、ということを分かってもらうために書いたんですよ、ということを。ざっとまとめるとこうなります。

ちょっと分かりにくかったようなところをもう一回いきますと、『弥勒三会』の後の御教え というのがございまして、今の『文明の創造』の『弥勒三会』を朗読して、その後でメシヤ様のお言葉を給わった、というところを少し読みますね。



○○教は、教祖様のやり方で失敗し、○○様のやり方で失敗して、その間に生まれたのが伊都能売で、私が伊都能売になる。釈迦、阿彌陀、観音・・之が一緒になった時が弥勒三会になる。だから、弥勒三会はもう済んだんです。東洋の経で失敗し、緯の西洋文明も失敗した。経は善になり、緯は悪になるんですが、東洋-経は、善で失敗した。それで、東洋人は善なんです。印度やビルマ人なんかですね。支那は緯が入りましたがね。純粋の東洋人は実に善接なんです。西洋文明は、悪の文化です。處が悪の文化は必要なんです。物質文化は神を否定しなければ発達しないんですからね。ですから、今迄は西洋文明で良いんです。だが、それでは何うしてもいけない。結ばなければならない。中の文明ですね。今私が書いている「文明の創造」それが根本なんです。今迄の文明はどっちかに偏っている。つまり、左翼と右翼ですね。どっちもいけない。左翼にあらず、右翼にあらず、左翼であり右翼であり、その中心を結んだそれが本当のものです。「文明の創造」はその結んだものですね。そこで、本当の善悪が出来るんです。それで、経と緯を良く知らなければならない。バッチの真ん中が伊都能売になる。伊都能売と言うのは、金属で言うと、金になる。ですから観音さんは黄金の一寸八分となっている。神様は昔から準備してあるんですからね。ですからこの根本を知って、色々なものを見ると良く分かる。


 

これは昭和26年10月1日の御教えでした。


先ほどもメシヤ講座での話が出てきましたけども、『弥勒三会』は『文明の創造』の333ぺージに掲載されています。

重要だということですね。数字的にも。


 

先ほど「深奥なる神の経綸」と出てきましたね。


「深奥なる神の経綸であって」 と書かれております。この 「深奥なる神の経綸」 ということをしっかりと受け止めていただきたいと思います。


メシヤ様がこの 「深奥なる神の経綸」 を与えてくださっているわけであります。


「一厘の御魂こそポチであり」 ということですからこの「ポチ」がメシヤ様の腹中に宿られたわけでありますし、私たちが御参拝いたします、主神様の「○にチョン」のお文字の「チョン」が「ポチ」であるわけですので、そのように受け止めていくということがこの 「深奥なる神の経綸」 を〝少しずつ分かっていく″ということであります。


 

それからさっきも出ましたけど、「文字は神様が造られた」。

『文明の創造』335ページに、


『そうして火と水の密合が光であるから、文字もそうなってゐる。即ち光の文字は、火の字の真中へ横棒を一本入れてある。横棒は水であるから、実によく出来てゐる。之によってみても、文字は神が造られた事が分るであらう。』 と書かれております。


皆様方、掌に書いてみてください。火を書いて横棒を入れてみてください。そうすると光という字になります。拝読する時に紙に書いてみるとわかりやすいです。そのように漢字の構成を見ていっていただきたいと思います。


 

『三千年目に一度桃の実が生り、之を貴重な宝として・・』 ということが、336ページの後ろから2行目に書かれておりまして、ここがまた大切なところであります。

私たちが今、『浄霊力』を拝受させていただいて人様に浄霊を取り次ぐということは〝実は三千年目に起きていることだ″と受け止めていただきたいと思います。


このことを知らないと、浄霊の意義が崩されていってしまいます。そして〝薬と併用した浄霊″というように崩された浄霊になってしまいます。


浄霊というのはここに書かれておりますように三千年来に起きていることですので、〝それほど尊いのが浄霊なのだ″と捉えていかないと浄霊観が非常に低いものになっていきます。ですからここのところは非常に大切なところであろうかと思います。


 

それから、「感謝の念がふつふつと湧いてくる」 ということも先ほども言いましたけれども、


 

最後に、観音様と大仏様の違いを、


『観音は堂宇の中に祀(まつ)られて御姿は小さく、大仏は外に鎮座されて大きいのは、観音は日本内地の仏であり、阿彌陀(あみだ)は外地の仏といふ訳であらう。』という事が書かれていましたね。


それから、黄金の一寸八分の本体が観音様であると。


黄金の一寸八分というのは内地の仏であるからその大きさなのだということです。そして大仏は大きくて金箔をはっているのは外地の物を象徴しているからだということです。


いろんな仏閣を訪ねた時のそこの仏の見方もメシヤ様の御解説によってよりわかってきますので、こうしたことを教えられる我々というのはなんと幸せな人間なのかということをここを拝読させていただくと感謝の念が沸々(ふつふつ)と湧いてくると思います。


この感謝の念が湧いてくるということが実は信仰が深まってくるということになっていきますので、そうしたことを今月は心に留めていただいて拝読をかさねさせていただければ大変有難いと思います。


 

思い出してきました?


 

337ページの『今度の事の予言といってもよからう』の『今度のこと』と言うのは、3000年目に起きている御神業のことなのか、浄霊のことなのか、彌勒三会のことなのかどのように受け止めたら良いのでしょうか。


 

という質問をさせて頂いた時に、


 

『今度の事』というのは昭和27年に書いている時期のことです。昭和27年にこの文章を書いておられますので所謂(いわゆる)我々信者にとっては、『文明の創造を発刊した』と受け止めるのが一番良いのではないかと思います。


というのも『文明の創造』を出して行かない限りこの世の中は変わっていきませんのでね。


メシヤ様は『天の父(エホバ)』の教えとしてこれを出した理由はキリストが天の父と言っていたそのエホバ直接にいただいた御啓示だということでこれを書いたわけです。


我々の御神業というのはその破壊と建設が根っこにあるわけなのです。


破壊というのは建っているのが崩れる程度に考えておられる先生方もおられるのですがそうではないのです。ガチガチに固めた思想体系を崩すというのが破壊なのです。そしてその時に必要なのが絶対的な救済力である浄霊なのです。浄霊力が強くなければその思想体系を崩すことはできないのです。それがわからないと浄霊力が弱まっていきますので各教団で御守護が戴きにくくなっているのです。最初は初心者は浄霊力は強いのです。しかし信仰が深まっていった時にこの考え方が伴っていかないと浄霊力が強まっていかないのです。


ですからこの本が出て初めて『文明の創造』が出たと言えるわけで、『今度の事』というのは『文明の創造』と捉えていただいて・・・この『文明の創造』発刊によってやっと3000年来の御神業、メシヤ様が進めようとされた『本筋の御神業』を進めることができる時代を迎えたというわけです。


 

とお答えいただいております。


今のはメシヤ講座の復習でした。


メシヤ講座三重の平成27年4月。


 

先ほどの 『光の活動』 ということで、昭和10年の5月21日の御教えなんですけども、


 

霊界にも、縦横に、平面と立体が、層を成して、無限大から無限微に及んで「無限の速度」を以て「無限極」に活動をしているのであって、一次元、二次元、三次元、四次元所ではないのであって、之を本当に、説明するには、相対性原理よりも難しいと思うのであります。


 

・・アインシュタインより難しいです。


 

之を識るには、観音の光に浴して、真に智慧証覚を磨き、不言不語の裡(うち)に覚る、詰り仏教で言う「大覚者」にならなければ、真相は判り難いのであります。何時か、○○さんのお宅に、掛っております「大経綸」という額の文字が、一つ一つ「大」の字から消えて、次が「経」の字、次が「綸」の字という風に、順々に消えては又、元へ戻り、何回も繰返すという話が、ありましたが之は、其文字が、活きて働くんであります。大なら大の字が、額から抜け出るが否や「無限の速度」と、「無限の拡がり」と、「無限の活動」を起すのであります。


そして「大経綸」という文字通りの「意味の働き」を、東京、日本、世界という風に拡がって、霊的活動をするんであります。ツマリ無機的な文字が、有機的に化し、文字の意味通りな活物的意志が発生する、否、活物其ものになるのであります。


文字通りになるということ。


 扨(さ)て、一軒の家に、先ず「光の活動」が起きるとすると、其家の暗黒が、解けて行きますから、悪魔の活動力が、弱って行きます。


悪魔の弱るのと正比例して、悪い事が、段々無くなって行き、善い事が、増えて行きますから、自然に、一家は栄え、終(つい)には天国になるのであります。ですから悪魔は、光を恐れる事、実に甚だしく、先刻の○○氏のお話にも、観音様をお祭してから、借金取りが来なくなったと、言う事がありましたが、 それは、金は貰い度(た)いのでありましょうが、其借金取に、善からぬ霊が憑いているので、観音様の光が、恐しいので、来られなくなったんであります。ですから、観音様をお祭りすると、悪い人は段々来なくなり、反対に善い人が、段々来るという事になります。


斯ういう実例は、沢山あるのであります。又、強い光に遇う時は、悪魔の霊は、溶ける性質がありますから、恐ろしくて側へは、寄れないんであります。弱い光だと畏縮するんであります。そういう訳でありますから、光明世界を作るには、理屈や議論は後からでいいんで、先ず第一に、御神体を、お祭りすれば、いいんであります。そうすれば、朝夕拝んでいる裡に、魂が、お光に照らされて、どんな悪人でも、不良でも、善道に立還り、どんどん救われて行くんであります。


 それから一軒の家へ、観音様を祭り、信仰を熱心にしておれば、その家が救われるばかりでなく、黙っていても近親が、段々救われてゆくから面白いのであります。斯ういう事を見た時、其御霊徳の洪大無辺(こうだいむへん)なる事は、到底――言葉では現わせないのであります。


甚だ悪口を言う様で、申訳がありませんが、徹底させるには、致し方がないので、他の宗教の事を、少々お話するのであります。今迄の信仰は、一種の取引関係の様な事が、往々あると思います。信者の方では、之程信仰するのに、どうしてもっと、御利益を呉れないんだろうか、斯んなに長く信仰していても、斯んなに苦しみがあると言う様に、思う嫌いがある様でありますが、之は実際、不純な信仰でありますが、又止むを得ない、同情すべき点もあると思うのであります。罪があるから病気が治らぬ、其罪を除(と)るには、之々の事をしなければならない等と言われる事が、能くありますが、是等も一種の脅喝的であり、交換条件的で、面白くないと思うのであります。


 

昭和10年5月21日の御教えです。


観音様を御神体として御奉斎していたときの御教えであります。


 

今回の話が○○教にも関係があって、節分祭、立春祭にも深く関わり合いがあるということで、「弥勒三会」という言葉も「立春の御教え」に出てきますので、そこの所だけ、同じような内容になるんですけども、言いますと、


 ○○教というものは、やはりたいへんな意味がある のです。しかし、○○教の意味というものは、つまり私の仕事の準備です。「弥勒三会」と言って、仏教の方の言葉があります。


○○教の教祖という方は、「イズの身魂」と言って、つまり経です。これは父になるわけです。次の○○○○○○、聖師様という方は母の身魂になるわけです。だから、変性男子(へんじょうなんし)と変性女子(へんじょうにょし)と言って、女でいて男、男でいて女というわけで、霊と体とは違うわけです。それで、教祖の父と聖師の母との間に生まれたのが私になるわけです。ですから私が伊都能売というわけで、経と緯を結んだ真ん中が私になるのです。教祖の方は経ですから霊になり、聖師の方は緯だから体になり、それで霊と体を結んで力が生まれるのです。力というものは、霊体一致、霊体が結んで力を発生するのです。ところが今までは、釈迦、キリストにしろ、ああいった偉い人は結んでなかったので、片方だったのです。釈迦は霊でキリストは体、釈迦は経でキリストは緯ですから、力がなかったのです。それで力というのは、一番は病気を治すことです。ここ(掌)から出る、目に見えない、一つの気、火素と言いますが、この力というのが、つまり霊体結んだ力なのです。ですからこういうことがだんだん分かってくると、実にはっきり分かるのです。今まで随分偉い人でも、こうやって病気を治すということはなかったということは、力がなかったのです。ということは、霊体が結ばれてなかったのです。そしてまた、時期がそこまで行ってなかったということです。この話はいずれだんだんにはっきり分かるようにします。それで、神様は今まで、それをはっきりしてはいけないということになっていたのですが、今度いよいよ節分から変わったのです。ですからこういう点も、これからだんだんはっきり説いてゆきます。そうするといろんなことがいっそうよく分かります。


 

昭和29年2月4日の立春祭。4日、5日、6日、7日、の4日間あって、御教えは結構長いですけども、同じ事もあるし、違う事も書かれているので、その内容というのは、僕等は毎年節分祭の前には読んで、節分祭・立春祭を迎えていたわけです。非常に意味がある御教えだと思います。


 

ずっと硬い話になっていましたので・・。


「光る君へ」、大河ドラマ。これは舞台は1000年前なんですね。


藤原道長は御存じですか? 藤原氏は御存じですか? 舞台は平安時代ですね。


 世界最古の長編小説として、1000年の時を経て読み継がれる「源氏物語」。作者・紫式部を全面的に支援したのは、摂関政治の最高権力者となる藤原道長だった。光源氏のモデルともされる道長と紫式部はどんな関係だったのか。


 これは、ネットからですけども・・。


 紫式部は1001年、夫を亡くした寂しさを紛らわせるため、物語を書き始めた。これが源氏物語の原型とされその才能に目を付けたのが道長。


999年に娘の彰子を数え年12歳で一条天皇に入内させたが、八つ違いの2人はなかなか打ち解けない。そこで道長は文学好きの帝を源氏物語の力で彰子のサロン(文芸サロン)に呼び込もうとする。狙いは的中し、やがて彰子と帝の間に敦成親王(のちの御一条天皇)が生れる。道長に摂政への道が開けた瞬間である。


 

権力を握るために源氏物語を書かせた、とも言えるわけです。そういう舞台。僕、見てないんですよ。藤原で、紫式部で、探してみました。


それで、藤原氏の系図を見ていくと、


(系図を見ながら)ここに道長がいるわけですけど、道長の先祖をたどっていくと、鎌足がいて、不比等がいて、4人の子供、武智麻呂(むちまろ)、房前(ふささき)、宇合(うまかい)、麻呂(まろ)がいて、これが南家、北家、式家、京家といって、4つの系統に分かれていきます。


道長は北家です。この同じ北家から、また分かれて、奥州藤原へつながっていく。そして、ここが泰衡です。遡っていくと・・・疑問に思うかもしれないけど、源氏であるのに平家に生れて、藤原泰衡だと・・何それ?と思うかもしれないですけど、全部一緒ですね、元は。平家も天皇から分かれていって民になり、武士になっていったのが平家であり、源氏もそうですからね。だから、ずっとたどっていけば一緒でしょ。日本を仕切っていたというのは一緒です。


たどっていくと鎌足に行きましたよね。鎌足というのは元は中臣氏です。一番最初というのは天児屋命(あめのこやねのみこと)。


記紀などにみえる神。中臣氏 の祖神 。天照大神 が天の岩屋戸 に隠れた時占い を行ない、祝詞 を唱えた。


天(あま)の岩屋戸 の神話では、うるわしき称辞を読み上げて天照大神(あまてらすおおかみ)を引き出すことに成功し、天孫降臨神話 では天孫に随行した。名義 については〈言綾根(ことあやね)〉の意とする一説 がある。美しい言葉すなわち祝詞の奏上が役目 だからである。そこには 宮廷 祭祀 を主掌した中臣氏の職掌 の反映がある。


 この藤原氏というのは春日大社に祭られています。枚岡(ひらおか)、春日に祭られているようですね。


天児屋命 のコヤネのネは接尾語、後ろに付ける接尾語。コヤは言綾(ことあや)の意で、綾なすうるわしいことばで祝詞を唱えることが元になっています。


源氏物語の時代から、藤原から中臣鎌足、その先祖は天児屋命。中臣氏というのは祝詞を奏上することがお役目であった、天職使命だったという事だね。その祝詞というのは、中臣祝詞と言われて節分祭で奏上する神言、これは大祓祝詞で、普通は6月と12月、それを大祓祝詞と言うんですけども、中臣祝詞と言われて、ずっと現代に。神言と言っているけれども実は大祓祝詞。節分と関係がある。こういうことが、お分かりかと思います。


これは、平成31年2月の勉強会でやっています。「天津祝詞・神言のてほどき」からです。


この時に、僕が話した内容ですけども、


「6月にはやらなくなりましたので、一つ、その一つと言ったら何時かと言ったら、神様を押し込めた節分祭だから、節分祭としての内容的に意義あるでしょうというとらえ方なんですね。


それは国常立尊様がメシヤ様であるという事を分かったら、当然押し込めたということに関わる。何時だと言ったら、2月3日にこの祝詞をあげて、大祓いですから。それをやって立春を迎えるというのが筋でしょうと。」


だから、節分祭をやらなくなったよという話の中で、大祓祝詞とはどういうものかというのを学ばせてもらって、“だから節分祭に神言をあげているんですよ”という話をさせてもらったと思います。


それで、京都の方では主宰神が国常立尊様だと言われているわけですので、国常立尊様の事を分かって立春の御教えを強く、この御教えは一番大事ですから!という事で教えて頂いていたわけで、先生と出会う前の話であって、一番最初にやっていたのがこの立春の御教えだと。実際に、立春の御教えだというけど、内容的には節分の御教えですよね。


この時も一緒の事を言っています。


国常立尊様の事を、立春の御教えという事でやられてるので、そこでは「本教の主宰神は国常立尊様です」とはっきり言われてるので、そこを分かっておられて言われているわけですね。


と、僕が話をさせてもらいましたけども。


この前やりましたよね、国常立尊様はメシヤ様です、という話を。


メシヤ様は色々な神様であったわけですので。


神言を節分祭に奏上しますね。


藤原の先祖は中臣鎌足が最初です、という話が出て、これもやっているんですね。覚えていないかな?


 


参加者


・・・(笑)


 


三救責任者


聖徳太子と関りがあってね、聖徳太子はメシヤ様ですね。


聖徳太子の時のお子さんに山背大兄王(やましろのおおえのおう)という人がいたんですね。それで、蘇我稲目、蘇我馬子、蘇我蝦夷(えみし)、入鹿って続いるわけ、ここが牛耳っていたわけです。国を。天皇を席巻(せっけん)するほど。子供が天皇と結婚したりしてるので、姻戚関係を結んでたので、めちゃくちゃ力が強かった、蘇我氏が。その蘇我氏が、蘇我入鹿が襲撃したんですね。自害に追い込んだ。要は、蘇我氏がこの人(山背大兄王)を、メシヤ様の息子様を。ということがあって、このままではいけないという事で、立ち上がったのは、中臣鎌子、鎌足ね。この頃、鎌子っていうんだね。子というのが、何かの役につけるのかな。鎌足、誰を味方にしようかと思った時に、軽皇子(かるのおうじ)という皇子様がおりまして、この軽皇子というのがなよなよとして弱かったんです。これはだめだと思って中大兄皇子とも組むわけです。この3人が組むわけです。中大兄皇子は後の天智天皇ですけど。


で、この時、実権を握っていたのが入鹿です。入鹿をやっつけようと。じゃ、いつやっつけたかというと、朝鮮とまだ国交があったんですね、貢ぎ物に来た時に大臣だから出るじゃないですか。出た時に、そういう公邸の場で殺害したわけです。中大兄皇子と中臣鎌子。これを、 乙巳の変 (いっしのへん)っていうんです。これが大化の改新と間違えてる人がおりますけども、違うんですね。(乙巳の変があって、これも含めて、後々に色々改革をしていくというのを大化の改新といいます。) これから後の、これも含めて色んな政策を行ってきました。律令国家にする為に。律令国家とは何?というと、天皇中心の国家を作ろうという事です。で、行政法とか刑法とか、律というのは刑法、令というのが行政法ですから、税とかの事。これは、中華思想。儒家、儒教とか中華思想。法中心。そういったので、律令国家なんですけども、要は、中央集権国家にしていこうと。


そういう改新を行っていたのが大化の改新という事で、公地公民制。豪族の持つ土地・民を天皇に。


班田収授法、戸籍を整備しようと。


それから、租税。


こういうのを大化の改新というんですけども、その後で、朝鮮に攻めるというのがあります。中臣鎌足中心に。これを白村江の戦と言います。


 

全然覚えていない?


 

参加者


覚えているところと、覚えていないところとあります。


 

三救責任者


聖徳太子とか出てくるわけです。蘇我氏が牛耳っていたのを今度は藤原氏、中臣がと色々あるわけですけども・・。国家の体制を作っていく中で、そういう戦いがあったという事ですね。最終的に勝ったのが藤原氏、それで藤原氏が平安時代になると実権を握っていると。先祖というのは中臣鎌足だったということです。


もっと遡って、三韓征伐という話もしたかと思います。この時は、神功皇后がいて三韓征伐に行くわけですけれども、戦いの時にお腹に応神天皇がいたんです。応神天皇はメシヤ様ですね。日本人の霊的考察につながっていくわけです。応神天皇がお腹にいる時に三韓征伐に行っているわけです。


 

今の藤原氏の話から、中臣、乙巳の変(いっしのへん)・・・いっしって、乙(へび)に巳(へび)と書きますね・・。本来の藤原氏の役目というのは「祝詞を奏上すること」だった、それを子供たちを、天皇の中宮、妃にして自分が実権を握っていた。・・世の中の乱れのもと・・。


 

現実的な話、科学で調べるというと、


(図を見ながら)これは龍ですね。


「神々の警告」という話ですね。東北の時の話と一緒です。


日本はなぜ地震が多いのか?


日本列島の総面積は、地球表面のわずか1400分の1にすぎないが、有感・無感をあわせた地震の総数は、世界で起こる地震の10パーセントにも及んでいる。


1400分の1にすぎない面積の所に、世界の10パーセントに及ぶ地震がきている。これは、よく言われるように、日本列島の周囲で4枚ものプレートが力と力でせめぎ合っているためで、プレート境界地震、断層型地震、火山性地震など、様々な地震を多発させているんだと。


これは素戔嗚命につながってきますけども、日本の神話というのを、この科学的な話の中で、研究者が神様と結び付けたという話ですけども。


地震の事、火山の噴火の事を荒ぶる神様、素戔嗚命と結び付けているという事があります。


気性の烈しい素戔嗚命の神話には火山現象を彷彿とさせるものが多く、八岐大蛇(やまたのおろち)の話も火口から流れだす溶岩流を連想させる。天照大御神が、天の岩戸に隠れて天地が真っ暗になったという下りは火山の噴煙降灰による。それで真っ暗になった、ということと結び付いて考えるという。だから、神話で伝えてきたんじゃないかと。


これは御教えではないですよ。科学研究の話です。


 (図を見ながら)位置関係を見ているとね、分かり難いですけど、こうプレートがありますよね。三重県ではこのプレートを挟んで外宮と内宮があります。


参加者


えー!


 

三救責任者


地震を鎮めるために、荒ぶる地震を鎮めるために、神社を配置するのであれば、先程の素戔嗚尊が荒ぶる神様ですから、素戔嗚尊を恐れて、鎮まって欲しいということの、神話と繋がってくるわけですね。


素戔嗚尊様というのは、結構高台に。天照大御神様を祀られているところは平地で、津波の被害に遭いやすい。素戔嗚尊様が祀られているところというのは、高台にあって、前に研究の話もしましたけども、東日本大震災の時に素戔嗚尊様を祀っている神社というのはほぼ被害がなかった、天照系を祀っているところというのは、当然稲の神様で田ですから、水害の被害というのは・・。プレートということで、そこを鎮める。要石(かなめいし)というのがあちこちにある。


GPSのない時代に位置が正確に分かっていた。


例えば、出雲大社と外宮の距離が380.435キロ。外宮と香取神宮の距離が381.273キロ。ほぼ正確な二等辺三角形となる。奈良時代かそれ以前に聖定されたものとして見れば、誤差838メートルなど、ほとんど問題とならないレベルの測量技術だと。


すごいね!


日本列島自体が国常立尊様であり、龍でありと考えると、そういう荒ぶるものが一杯いて鎮める。その荒ぶるものは何かといえば、もしかしたらプレートとかそういうものかもしれない。だけど、龍になって、八大龍王がいくつもの海になってというところも、そういうところから来ているかもしれない。


現実と神話というのは合っているんだなという話があったと思います。


今回は『文明の創造』を学んでいる意義というのが「立春の御教え」とも関わっていますし、神様の事を学んでくる中で、この『文明の創造』というのは非常に尊い事を学んでいるのだなということがお分かりいただけたかと思います。学んだ事を、内容を、出来るだけ平易な話で人々に伝えていくのが私達の使命ではないかと思っていますので、引き続き・・『文明の創造』はあと少しですけども学ばせて頂きたいと思います。


以上で終わらせて頂きます。


司会


以上を持ちまして 月次祭ならびに一日祭を終わらせて頂きます。


ありがとうございました。


 


参加者一同


ありがとうございました。


  

2024年1月17日水曜日

覚りの旅  令和6年1月 新年祭を終えて

 令和6年1月5日

   覚りの旅  令和6年1月 新年祭を終えて

三救責任者
皆様、新年祭おめでとうございます。

参加者一同
おめでとうございます。

三救責任者
今回の御教えは『観世音菩薩』です。
それでは拝読をお願いします。

参加者
『文明の創造 観世音菩薩』 拝読

三救責任者
はい、ありがとうございます。メシヤ講座から確認させていただきます。平成 273月ですね。
これは先月の『伊都能売神』と関わりがあります。先月の『伊都能売神』のところからですけれども、

『素盞嗚尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売神の地位を狙って犯さうとしたが、容易に応諾されない為威圧や迫害等から進んで、遂に生命に迄も及んで来たので、急遽御位を棄てられ、変身によって眼を外らし、窃かに日本を脱出し、支那を通って印度へ落ち延び給ふたのである。』

これが、実は『三千年来の罪穢れ』の根本でありますので、私たちは日常生活の中で職場であろうが家庭であろうが様々なことで威圧や迫害によって事を治めようとした場合は、『三千年来の罪穢れ』がまだ続いていると判断していかないといけません。

それを切替えていくということが、私たちの御神業であるわけです。

職場や家庭で仮にそういう威圧や迫害が出た時には、このままではまだ当面『夜の時代だ』と判断していかないといけませんので、どこからか切り替えていくようにしていただきたいと思います。

それから、国常立尊様は閻魔大王になられて、観世音菩薩の御本体である伊都能売神様とお分かれになったと。そういう関係性を認識していただいて、

『観世音菩薩』の御論文から、

長男が 伊都能売神皇様

次男が 天照天皇

三男が 神素戔嗚尊

長女が 稚姫君命

次女が 初稚姫命

と書かれております。
この御関係を『文明の創造』で明確にお示しくださっておられるわけです。
日本人は 天照天皇 の御存在を知りません。心を許せる人には、話をしながら御神業を進めていただきたいと思います。
『目的のために手段を選ばず式で』というのは、そこは、素尊が殺したということが類推できるが、ぼかしてお書きになっておられるということです。
こうしたところをお汲み取りいただきながら、拝読していただければありがたいと思います。

このように、メシヤ講座でお話いただいております。

国常立尊様は霊界で閻魔大王、現界で観世音菩薩となられる。この観世音菩薩というのは御本体は伊都能売神様である。こういう御関係です。

次に 観世音菩薩 と 観自在菩薩 の違いが示されておりまして、
観音様が「インド滞在中は自在天の世を客観してゐたので観自在といひ、今度は音姫の世を静観する事となったので、観世音と名付けられたのである。」

ここで 観世音菩薩 と 観自在菩薩 の違いを明確に理解していただけるのではないかなと思います。

「徳高き菩薩の事とて、四隣の民草は親を慕ふが如く追々寄り集ふ有様で、此(この)時から観音信仰は遂に支那(シナ)全土にまで行き渡ったのである。」

中国人の方で非常に強い観音信仰を持っておられる方がおりますが、〝その理由はここにある″と受け止めておいていただきたい。

このように、メシヤ講座で学びました。

ここで、このことについて仏教学者、浄土真宗の僧である道端良秀(みちばたりょうしゅう)氏の御論文「中国における民間信仰と観音」から紹介したいと思います。

これはメシヤ講座ではないです。少し前に調べたことです。

〇観音信仰は中国における民間信仰の第一位を占むるということができる。

今の、中国全土に行き渡ったという話の内容を、現代の・・。
五つの観音信仰の形態があるということで、

➀ 法華経普門品の観音
七難三毒を除き、三十三身を現じて一切の苦難から人々を救い、更に全ての願に応じて福を授け、特に玉の如き男女を思いのままに授ける と云う
というのが法華経普門品に出てくる観音様。だから「善言讃詞」の元というか、関係性が、観音様のそこの話ですね。

② 浄土経典による観音
阿弥陀仏の脇侍仏。お寺とかに行くと、阿弥陀さんが真ん中にあって、その脇侍としてある仏。
これは死後の浄土往生への仏としての観音である。
そういう考え方、中国の考え方を調べて言われております。

③ 『華厳経入法界品』による補陀落迦山上の観音
補陀山信仰の ・・これ(補陀落山)は観音の浄土という受け止め方です。
これは、補陀落山の観音は日本の僧(慧蕚(えがく))によって、五臺(ごだい)山から勧請(かんじょう)されたもので、補陀山信仰の始祖をなすもの。
南海大士、補陀大士 ー 海上の守護神はこの補陀落山上の観音だそうです。
そういう考え方が、華厳経に出てくる観音様。

④真言密教系の観音
空海とかの関係。
金剛界胎蔵界の曼陀羅。真言密教の不可思議なる魅力が如何にこの観音をして一般庶民に力強く信仰せしめられていることかと書いてあって、多くの化身の出現はこの系統だそうです。

⑤ 道教系の観音。
これは水月観音とか蛤蜊観音(こうりかんのん)。観音の娘々(にゃんにゃん)化。

参加者
にゃんにゃん化?

三救責任者
中国ドラマとか見ると、宮廷の皇后様は天使の皇后とかを女神に祀りあげたり、高貴な人の事を娘々(にゃんにゃん)という。
先程の水月観音とか蛤蜊観音というのは、岩戸観音堂に行くと出てますね、洞窟の中に。
今の、中国全土に行き渡った、ということの裏付け的なことが、仏教学者の中で示されているんだなと思って紹介させていただきました。

それから、昭和26921日の御講話で、この『文明の創造』の「仏教の起源」、「伊都能売神」、「観世音菩薩」と学んできたわけですけども、その3つを紹介した時の、メシヤ様御在世当時の御講話ですけども、

「みんながわからないことをずいぶん書いてますからおもしろい点も多いにありますが、また非常に参考になる点もありますから、特別耳の穴をかっぽじって聞きもらさないように」、として3つの先程の御論文を朗読されました。そしてちょっと書けないことが相当あるとして、次の御講話をされておられます。読ませていただきますので、耳の穴をかっぽじってお聞きください。

 御講話、昭和26921日。 これは未発表ですね。

これは『文明の創造』における「宗教篇」です。この前読みましたがその続きです。これはみんなが分からないことをずいぶん書いてますからおもしろい点も大いにありますが、また非常に参考になる点もありますから特別耳の穴をかっぽじって聞きもらさぬように。

(御論文「仏教の起源」「伊都能売神」「観世音菩薩」朗読

これでまだいろいろおもしろいことがあるが、ちょっと書けないことがそうとうあるのですから、そういうのは話をするかしようと思っているが、ここに伊弉諾尊の子供で五人としてあるがもう一人ある。もう一人というのは伊弉諾尊と言う神様は国常立尊になるんですね。息子に国武彦尊と言うのがありそれが一番長男になる。

だから、メシヤ様のお兄様になるわけですね。メシヤ様が伊都能売神皇、ただ国常立尊でもあるのでね。

 当時大将軍と言い勇猛でかなり勝手なことをやっていたその罪によって、言わば地獄に行かれたようなことになる。一番末が初稚姫尊と言い、これが○○教祖の○○となる。そういうようにいくども生まれ変わっている。大将軍の妹になる。そこで霊界で地獄と言ってもふつうの人間と違います。修行するんです。修行した結果、大いに世の中のためになろうと言うので○○教祖の○○に憑った。それで○○に最初憑ったのは夫(そ)の大将軍が憑ったんです。そういう因緑なんです。そこで最初のうちは力がありますから病気治しもさせたが、その力によって良く病気が治った。それで最初は病気治しで世の中に出たんです。それからもう一つ日本民族の霊的考察の中にありますが、そこにもっていってそれを出雲系・・・素戔嗚尊が利用した。利用して、そうして、盤古神皇に取って代わろうとしたわけです。それが徳川家康の系統なんです。

「どうする家康」をやっていましたけれども、素戔嗚尊の系統、出雲系の系統だということですね。御教えにあることです。今度は長州・毛利と薩摩・島津で明治になるわけですね。これは天尊系、これで読み解けるわけです。

○○教の本体を書くことは○○教に悪いですからそこで書かなかった。それからもう一つ書こうと思って止(よ)したことがある。いまの稚姫君尊ですね。これがこの次に書きますがお釈迦さんですね。ですから釈迦、阿弥陀というのは伊都能売神皇がインドに行かれて観自在天というお名前になられ、霊は釈迦と阿弥陀となった。阿弥陀は素戔嗚尊です。そこで稚姫君尊は釈迦になる。そこで釈迦は変性女子と言われたというのは稚姫君尊だから女になる。それで弥勒三会にあります「鐘の音」というのがありますが、三人の弥勒というのは釈迦が報身(ほうしん)、報いるという字です。阿弥陀が法身(ほっしん)弥勒、観音は応身(おうしん)弥勒、これが三尊の弥陀になる。ところが弥勒三会というのは○○教になる。○○教はそのために出た宗教です。○○教祖○○と言う方は釈迦の稚姫君尊です。○○教のお筆先にあるが「○○の御魂は半分は国常立尊、半分が稚姫君尊である」というのはそういうことです。○○様この方が阿弥陀になる。それで自分は月の神様で、瑞月(ずいげつ)という名前をつけたんですね。だから寂光の浄土と言いますね。月の天国と言うんですね。そんなようなわけで、○○教の教祖さんが釈迦になる。そうして○○さんが阿弥陀となる。そこの二人に生まれたのが私です。私が応身弥勒ですね。この三人が会った。これはだれも知らない。私は知らせたくないと言うのは、○○教の信者がこっちに来てしまうからね、だから書きたいが書かないんです。分かったらたいへんだからね。そんなようなわけで応身の弥勒と言うのは観音です。そこで観音会をつくった。観音を芯にしてやっていたからね。つまり○○教は○○教と姉妹教になる。それで○○教では○○教の教祖を祀ってやっている。教祖さんの○○の妹になる。で、その親が伊弉諾尊・・・国常立尊になるわけです。なかなかここのところは不思議です。すっかり分かればなんでもないが、なかなかね。それで仏というのは神の化身です。化身ということはインドは大自在天が支配していたとき、バラモンというのがインドですから、そこに仏教をひろめなければならないと言うので、最初稚姫君尊と素戔嗚尊が行って仏教の基礎を作った、そこに伊都能売神皇が行った。

だから、改心して働かれているんですよ。素戔嗚尊様もね。

それを化仏化神と言う。そのとき天の八人のお子さんで五男三女と言う、これが八大龍王になる。なぜと言ってそのとき五男三女というのは、自分はインドに行くのは嫌だと言ってどうしても 日本にいると言う。仏はいずれ仏滅の世になると言うので龍神になってそれを待たれた。日本の近海ですね、越後と佐渡の間だとか、東北のほうにもあるし、房州と関東の間の海、九州の有明、そういう所に飛び込んで時を待った。それが八大龍王です。そうして総大将が伊都能売神様ですね。

こちらは琵琶湖の方、金龍神となられて神上がった時にも船が転覆してますね。

それが日本に帰ろうと思ったところ、いま読んだように帰れないので霊で日本に来て自分も仏滅まで隠れていると言うので、先にも言った通り近江の琵琶湖に入り琵琶湖の底に龍神となられて、これが金龍ですね。それで霊でも霊と体がある。霊の体のほうは木花咲爺姫で、そうして富士山に祀られている。それから琵琶湖のほうが伊都能売金龍として隠れている。このことは先に書きましたが、そうして時を待たれた。そうして約三〇○○年、本当言うと二六○○年ですが、これが最初三〇○○年のつもりだったが神様のほうで力を強くしたんですね。それで邪神のほうも書きます。邪神のほうの活動ですね、たいへんなんです。こういう宗教的なものはいままでなにもないが中味をさらけ出すわけです。いままではこれを分からせることができない。なぜ分からせることができないかと言うと時期が早いからです。やはり成功しないからです。と言うのはいろいろ夜の世界と昼間の世界の関係もありますからね。邪神のほうの活躍ですね。まだずっと先までやるつもりだったが、だんだん神様のほうでも強くなって、邪神のほうがこの辺で往生することになる。邪神の活躍というのももうじきなんです。それで五六七の世ができるんですがね。○○教のお筆先にありますが、「遅き速きはあるが一度神の申した事に違いはないぞよ」これは千変万化邪神に対抗していくことになるので、いままでの私とメシヤ教に対するいろいろな手も邪神との闘いです。いまもって続いているわけですがね。だんだんこっちのほうが勝って行くわけです。もう一息ですね。もう一息でこっちが本当に勝って行く。そこでその期限と言うのは来年あたりですね。来年は勝って行く。しかし先でもいろんな妨害があるんです。五六七の世まで続くんです。しかし先のほうでだんだん弱まってきますから、同じ闘いでも楽になってきますね。ですからもうわずかです。もう一息です。来年から再来年にかけて、すばらしいいろんなおもしろいことがある。それから霊界もなかなか複雑ないろんなことがある。ちょうどいま出てますがね。中共と連合軍との停戦協定ですが良く現われている。邪神のほうでもなかなかね。それから神様のほうでも、つまり一挙にやってしまえば邪神が負けるんですが、そうすると救われない者や亡ぶ者がたくさんできますから、神様の慈悲によってそういう者を救いながら分からせる。そうして被害を少なくしようというのが神様の慈悲なんです。そのためにまだるっこいようなことがあるんですね。

(一部省略)

国常立尊が閻魔大王で三〇○○年の間霊界で観ていられた。それが今度出たお筆先に、「今度は国常立尊が此の世の閻魔になり世の建替えを致すぞよ」というのがあり、建替えとは審判です。だから今度は俺(メシヤ様ですね)を使って国常立尊が審判をするんだと思った。
ここで国常立尊様がメシヤ様をお使いになられて審判をなさる、ということですね。
その関係と言ってはなんですが、これは昭和2371日の御教えです。

・五大洲の型を採って取って日本が出来たものである。地球の収縮により海は深くなる。氷河が溶けたり、海面が低く現れると熱が平均してきた。それで暑いところは涼しく、寒冷地も暖かくなる。今に南極北極へも住むようになる。
温暖化、温暖化と言っても、南極北極は住めるようになるかもしれないという御教え上の話。
メシヤ様は知らされてますからね。
それから、その続きのところです。

(問) 龍神や天狗は地球上に生存したことがあるでしょうか。
(答) 龍神は最も古く生まれ、大地を構成した時、即ち地球の元からあった。即ち○○教の泥海時代である。
天狗は新しい。
宇宙は(初め水蒸気の塊のようなものだという)兎に角柔らかい泥海のようなものだったに違いない。そして(日月星辰が出来)固まったが、ドロドロで、生物が棲むには固めなくてはならぬ。それを龍神がこねた。

そして霊界へ行って活動した。ある程度固まった時マンモス時代となった。象が駆け回って固めた。その両者の間に大トカゲ時代があり、それがまたこねた。恐龍とはトカゲである。その前にも龍神があったことになっている。それは非常に大きいものである。故に、国常立尊は日本の国土の大きさの龍神だと○○教では言っているが、これは嘘でもないらしい。

国常立尊も豊雲野尊も龍神であった。日本は龍系である。九州は元、 球州(くす) と言ったらしい。 球は玉で龍神が呑もうとする玉である。

新発田(しばた)は肛門で、東京湾は陰部、北海道は尾、伊豆半島は男、陽、などと言っているが、満更コヂツケではないらしい。房州の日本寺では天照大神がお生まれになった。

人間が龍神に、龍神が人間になることもたくさんある。龍神は慥(たし)かにある。

新発田というのは新潟です。
ここで“おおっ!”と思ったのは、
九州の元は球州です。龍神が呑もうとする玉。この球というのは、龍神が呑もうとする玉だそうです。地球の構成の時から龍神は活躍していたということです。

・太陽、月、星、地球の関係という御教えがありまして、
 抑々(そもそも)、宇宙の中心は地球で、地球はその真中にある。地球の中に生物がある。生物は地球以外の天体には生存しない。一切は地球の為に、否人間の為にある。

地球にある人類を育て、進歩発展さすのが神様の目的である。その目的に対する種々の物がある。それには火、水、土の三つの力が加わらなくてはならない。その為に日月地星辰がある。

日月地星辰という、星辰、たくさんの星のことですけども、星辰という辰(しん)という字は辰(たつ)の字ですからね。

今年は辰年ですね。

 太陽は火の塊、月は水の塊、即ち水が固形化した氷の塊である。月からは太陽熱の為しじゅう水蒸気が出ている。月夜の晩、特に水気が多いのはその為である。何時の時代でも必ず日月地星辰に相応した人間が表はれるものである。天地は合せ鏡になっており、天にあるまま地に写っているのである。火と月は霊線で牽引し、地球へ全体的に霊気を送っている。日と月が調和して凡ての陽気が出来る。又星からも霊線で地球に栄養を送っている。

神の働きは大抵二つになっているもので、神様の事の解釈も二つに考えるとよく合ふのである。凡ての物には中心がなくてはいけない。太陽の黒点はそれで、⦿(ス)はその象形文字である。果実ならその種のようなものである。

主神様の象形文字だと御教えにあります。

・ 最後の審判の表はれ方 という御教えがございまして、
(問) 最後の審判は何のような形で行はれるので御在いませうか。
(答) 之は、はっきり言えぬ。(浄化が)極端になる。表はれ方は神秘である。

こういう話はあったかな。

・ 地球の浄化

(問) 地球の浄化とはー
(答) いろいろで、病気、地震、洪水等、或いは物質不足等いろいろある。戦争等もそうで、米ソの冷たい戦争などもそうである。風水害等もある。
浄化の種類など書いてあります。
言霊が大事だという話があって、

・ 言霊・行いは永遠に残る

(問) 悪い行いは霊界に積り、悪い言霊も霊界に積ると申しますが、霊界に於ける浄化作用によって是等の言霊は永遠に消えるものでせうか。それともその儘の形を変えて悪の想念の人の所へ行くのでせうか。
(答) (言霊は消えない。言霊の毒素分は浄化作用で除れる)人間の行ないも言霊も永遠に残っている。古都などへ行くと、家屋などにもその時代の人間の想念や言霊がシミ着いている。だから古い時代の美術品は価値がある。時代は価値がある。

良い言霊も悪い言霊もあるので。

・ 言霊や文字の働き(雀)
(問) 稲田に雀がついて困りますので、「此の稲は人間が食べるものであって、雀は食べてはいけません」と張り札を致しましたら来なくなりました。

 言霊の話です。これ聞いたことあるでしょ?

(答) 言霊や文字が霊界に働き、雀の霊が食わぬよう、霊界に働きが起こる。斯ういう事は雀など敏感である。蛇などは特によく判る。

 あなたの来るところではありません、お前の来るところではない、という風に書いて貼っておくとか、言霊に出すというのは効くんだね。言霊が読めるんですね。

浄化の話をさせてもらいました。

 今回、『観世音菩薩』ということでしたので、観音様の御教えを確認させてもらっていて、伝えたいことだけ話します。

 〇 主神様(の知)は観音、光明如来、救世主(メシヤ)を通して働く
これは、「新伝道の手引き」にあります。

万能の神は観世音菩薩またの御名光明如来と現じ応身弥勒と化し、救世主(メシヤ)の御手を通じて自由無限なる御活力を駆使し、多々ますます奇跡を示し給い、本教を機関として救世の大業を行わせ給いつつあるのである。  
これは「宗教は奇跡なり」、昭和24611日の御教えです。

応身弥勒と化し のところで、観世音菩薩(光明如来)、応身弥勒、メシヤはいずれも日の系統の神霊であり、主神様の表現神であると思います。

 それからここが一番。

〇 観世音菩薩は主神の表現仏
この療法の創成は主神が人類の最も苦悩とする病気疾患を根絶せんとなし給う御目的に出たるものにして、その御目的遂行のため、表現仏たる観音の霊体を通じ、仁斎の肉体を活用させ、ここに、神人合一的大能力を発揮するに至ったのである。

この仁斎というのは昭和9年以降、浄霊、医療の関係の御論文等に一時使われたペンネーム・・ここにはペンネームと書いてありました。

昭和10年、「岡田式指圧療法の原理とその目的」からでした。

 

『観世音菩薩』ですけれども 主神様の表現仏 ということが、この御教えが一番、今回調べて言いたかったことでありました。

いい時間になりましたので終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。

司会

以上をもちまして、令和6年の新年祭を終わらせていただきます。

ありがとうございました。

参加者一同

ありがとうございました。

 

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...