2021年9月14日火曜日

stand.fm 覚りの旅  令和3年9月 月次祭を終えて

 


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 stand.fm  覚りの旅  令和3年9月 月次祭を終えて

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覚りの旅  令和3年9月 月次祭を終えて

 令和3年9月1日

   覚りの旅  令和3年9月 月次祭を終えて

三救責任者

皆様、一日祭並びに月次祭 おめでとうございます。
三重、静岡双方に緊急警戒宣言が出されておりますので、浜松の皆様には二会場に分かれてリモートで参拝してくださっております。どうぞよろしくお願いいたします。

この9月9日で主之大御神様の御神体の三救御神前での遷座祭を行いまして5年になります。その時の様子は、メシヤ教会報 №3 2016年10月号を見ていただければと思います。
それで、私も確認しましたら、その号に 「信仰とは何か」を考える機会に と題して、青年奉仕参拝の時の先生の挨拶が掲載されております。

「価値」の分析を、昔の学者、マズローという学者が行ったことで、車に興味のある人は “いい車に乗れたらいいな” とか色々考えてお金を貯めたり、それからローンが組めるくらいの給料もらえるよう努力したりする。 “これが手に入ったら自分は満足だ” というところに価値を見出すところから、だんだんと自分が人生の中で “こういうことを果たしていけたら良い人生を歩んでいるなあ” と思えるとか、色々考えて高まっていくと、 “このことが出来たら自分はもう死んでもいい” というような世界が芸術家の世界とかでは起きてきます。それでその “死んでもいい” というところまで行く、そういう価値を見出せた人は、非常に幸せな一生を送ることができるという風に見ていくわけなのですけども、宗教というのはその中で “自分は死んでも人を幸せにしたい” とか、あるいは “この世の中を良くしていきたい” というところまで導こうとして行くものです。そういう機能が一つ、宗教の機能としてはあるわけです。
それからもう一つは、人間というのは色んなお勤めをしていても、家庭でも、様々な問題にぶつかっていきます。この問題にぶつかっていったところを解決していくという、「解決方法を宗教は提示してくれる」と、 “そのことに取り組んでいくと段々と自分たちの問題が解決していって幸せに導かれていく” と、そういう役割が宗教としてはあります。

このように平成28年2月3日に、若い方々に向けて 「宗教」 「信仰」 についてお話くださっているのです。
身近な人々の様々な問題解決に寄与し幸せに導いていく、メシヤ講座を開講され、生涯をかけて、この人間の問題解決に取り組み続けられた御姿勢ということを、私たちも「覚りの旅」を通して見習って参りたいと思います。
“このことが出来たら自分は死んでもいい” “自分が死んでも人を幸せにしたい”というのは、言い換えれば 生き甲斐 ということだと思います。
生きる目的、生きるということの意義を持つ、ということなのだと思います。

それで先ほど出てきました、アブラハム・マズローというのは、「マズローの欲求五段階説」ということを提示されております。
人間は自己実現に向かって絶えず成長する生き物であると仮定し、人間の欲求を5段階的に理論化しております。
この学者は1908年生まれのアメリカの心理学者で、人間心理学の生みの親と言われておりまして、人間の肯定的側面を強調した人間観に基づく心理学を提唱されております。
先生が突然マズローというのを出されておられたので、ちょっとマズローについて、どういうこと言われているのかを調べていましたら、

5段階の中の一番下のランクというのが「生理的欲求」。
食欲とか排泄欲とか睡眠欲。生きていくために必要な基本的・本格的な欲求のことで、

その次の段階に入ると「安全欲求」。
安心安全な暮らしへの欲求で、病気や不慮の事故などに対するセーフティネット。幼児にはこの欲求が顕著であると。大人になると反応を抑制することを覚え、次の段階へ行くんだと。

その次の段階というのが、「社会的欲求」
友人や家庭、会社から受け入れられたい欲求。集団への帰属。・・宗教もそうかもしれないね。
愛情を求める欲求。満たされないと孤独感や社会的不安を感じやすくなり、時にはうつ状態に陥っていく。

ここまでが外的な欲求であって、
その次の段階からは内面的になるんですけども、「承認欲求」
他者から尊敬されたいとか認められたいと願う欲求。前提に帰属欲求があると。この承認欲求には高いレベルと低いレベルがあってですね、低いレベルというのが、他者からの尊敬・名声・注目を得ることで満たされていくんだと。高いレベルになると自己尊重の意識づけとか、技術や能力の習得、自立性、他人からの評価より自分自身の評価を重視していく。それが高いレベルの要求であると。

その上の段階があってね、「自己実現 存在欲求」と言います。
あるべき自分になりたいと願う欲求だそうです。自己啓発的な行動とか、創造性の発揮とか、そういったところになってくると。自分の世界観、人生観に基づいてということです。

このマズローというのは、もう一つその一番の超越したところがあると。
自己超越 という一番の、これは覚りを開いたというところになるのかなと思いますけども、目的の遂行達成のみをピュアに求める領域に入っていくと。見返りを求めず自我を忘れ、ただ目的に没頭していくと。これが自己超越の段階で、全人類の2パーセント程度。だから、「覚り」というところはそういうところなのかなと思います。
先生がさらっと述べられたところをですね、ちょっと詳しく調べてみました。


それでは今月の覚りの旅、 『文明の創造』 の 「薬毒の害」の拝読をお願いいたします。
『天恩地惠』の1,2ページにも掲載しております。

参加者
『文明の創造』  「薬毒の害」の拝読

三救責任者
はい、ありがとうございました。
内容を簡単に手書きでまとめたのが16ページからありますので、『天恩地惠』の16ページ、666行の辺りを確認して頂きたいんですけども。

図1
9-1

要約していつものように書いております。右側を見て頂ければ。
薬を飲ませると一時的に苦痛が緩和されます。これを病気を治す方法だということで勘違いして誤謬が発生したんだと。

図2
9-2

17ページですけども、右ね。
毒素の排除作用が病気であります。病原というのは薬剤ですよと。メシヤ様も毎日自己浄霊をなさっておられました。

図3
9-3

一切の病原は薬毒なんだと。メシヤ様の経験上、絶対誤りはないんだと。そのように御教え下さっております。

図4

9-4-2

18ページですけども、768行。
メシヤ様の御出現により病気が解決されると。メシヤ様の御教えを宣べ伝え、浄霊を実践していかねば、病気は解決されないんだと。私達の使命は大きいんですよ。ということが書かれております。

図59-4-2
9-5-2

それから19ページ。
布教とは薬害と添加物の問題をみんなに教えていく事ですと。入会者を増やす事ではないんです。
これはメシヤ講座で先生が述べられておることです。

図6
9-6

20ページに行きますと、
意義付けを得なければ生甲斐は生まれませんと。
薬禍薬害をもっと宣べ伝えよう。本来の健康を確保する人を増やそうと。
浄霊を授けて行きたい。
薬害を排除しないと人類の健康、世界平和は実現できないんですよと。
そういったことで、一番の今回の根本というのは 一切の病原は薬毒 なんですよということになるかと思います。

『薬に殺される日本人』
 まんがで簡単にわかる! 薬に殺される日本人~医者が警告する効果のウソと薬害の真実


『薬に殺される日本人』という、漫画で書いた、内海聡という内科医の先生。この先生は NPO 法人薬害研究センターの理事長です。その人の本の中からですね、ちょっと紹介をさせていただきたいと思います。今回の薬害の話と非常に似ている内容でありますし、漫画で書いてあるので分かりやすいのです。気になったところをピックアップしていきますと、
人々を騙し続けているワクチン(予防接種)の嘘ということで、
・日本の薬や医療で人々から絶大な信頼を受けていながら一番裏切っているのがワクチンであると。
・ワクチンは効かない
・ワクチンの信頼が強固なのは、私たちの親や祖父母が生まれる前から、製薬会社と医学会が長い時間をかけて人々に刷り込んでいったから。
刷り込むという言葉を使ってるので、夜の時代の癖の刷り込みという話し方とですね、非常に似てるなと思って読んでおりました。 それから、
・全ての人がワクチンの嘘を知った上で、打つ・打たないを自分の意思で決められるようにしなければならないっていうことを言っております。
・インフルエンザワクチンは効かない。効かないワクチンの筆頭なんだと。
インフルエンザウィルスは変異が早く・・コロナも変異が早いね・・、誰かが感染して治る頃には変異していることがある。一緒だねと思います。
前シーズンに流行した中から当たりをつけてワクチンを作っていますのでギャンブルみたいなもの。的中率が低いんですよと。
それから学童への集団接種ですけども、成果が上がらず廃止されました。
廃止したのに国が製薬会社をバックアップしてキャンペーンをしております。
売り文句とかターゲットが変わってきていまして、最初はですね、「感染予防効果あり」と言っていたのが、「感染は防げないが重症化を防ぐ」と。
似てません?インフルエンザの時の話ですけども。このようにトーンダウンされたと。
それから、学童に打っていたのが、今度はお年寄り、65歳以上の人、60から65歳の基礎疾患のある人を公費負担にして打つようになっていったと。そういう風に国が製薬会社とのやり取りはあるんでしょうけども、いろいろ作戦を変えていってるわけですね。おかしなことに。
新聞やテレビで不安を煽り、お年寄りの接種数は急上昇したんだと。
例えば、テレビで言ってるのは、「今年も高齢者がインフルエンザで何人死亡しました」とか、そういったことをテレビで言っているんですよということ。
で、ワクチンは効果がなくて重症化を防ぐというのも実証はされていないんですよと。
それでも医師は言うでしょう、「ワクチンを打っていなかったらもっと酷くなっていた」と。
そういったことの嘘に騙されないでねということ。

それから前橋医師会レポートというのがありまして、「接種と未接種で患者数に大差はない」ということがアンケートの結果が出て発表したレポートがあります。
これがきっかけで学童への集団接種が廃止されたということです。
これは、約75000人に6年間調査したと、両方とも約40~50%で、あんまり変わらないねということだったそうです。だから意味なかったよっていうことのレポートです。
それから中京地方の教師がアンケートを取ったそうです。
806人に調査して、未接種が8.2%、摂取者が15.8%ということで打った方が2倍近くインフルエンザにかかっていたんですよ。
打った方がかかっていたんですよ。中京地方の調査。
何故インフルエンザワクチンは効果が弱いのかというのは、副反応の原因である成分を除去してるんだって。あんまり副反応を言われたくないので、除去してるので、結局何も効果が・・。ワクチンとしては弱く、持続時間が短いんだと。だから、効果があるように打とうと思うと、毒が一杯入ってくるという、そういうこと、そのままですね。

参加者
ある意味、打ってる人たちにとっても薬毒が少なく済んでるという事ですかね?

三救責任者
効果無いんだから。
でも、副反応が色々あったから中止したわけですよ。
分っていないのに打ってるという事ですよ。今はね。
自然感染ではインフルエンザウィルスは喉や鼻の粘膜にくっつき、ほんの少しの時間で体の中に入ってきます。自然感染すると様々な経路を通って体の至る所で抗体が作られるんだと。自然感染すると抗体が作られる。
だから、コロナでも自然に感染した場合は抗体が作られていくので、次のと同じなら大丈夫でしょうけども。
しかしワクチンで打つと、注射によって打つと、インフルエンザの場合は体(血管)に入る為、自然感染の経路を全く通らないので血中のみで抗体が作られると。
抗体というのは、抗原(体に入ってきた細菌やウイルスのこと)の刺激によって体が作り出すタンパク質の総称を言います。で、その抗原だけに結合する性質によって、抗原である細菌などを溶解する毒素を中和するなどして体を防御しているんですよという。だから、自然の経路を通って抗体を作られるんだということを知っておいて欲しいかなと思います。
不自然にするとそういった自然の経路で作られるべき抗体が作られていかないんだよと。
ワクチンで血中に抗体ができると感染症予防しますとか、重症化を防ぎますというのは最大の嘘ですと。ワクチンにより 血中に抗体ができた=ウイルスに対する抵抗が上がった わけではないんですと。
というのは、さっきの話、ウイルスへの抵抗力(免疫)というのは抗体だけで成り立っているわけではない。リンパ球とか粘液とか唾液とかマクロファージとか発熱、マクロファージというのは体内に侵入した細菌などの異物を捉えて消化するとともに、それらの遺物に抵抗するための情報をリンパ球に伝えるアメーバ状の細胞の事をマクロファージと言います。こういったその全てが揃って初めてウイルスに抵抗できるんです。一つだけじゃないんですよと。注射を打ってできるものだけではないと、色んな、その身体に自然に入ってきた場合は、ウイルスが来たよという情報をいろんな各担当に伝達するんですって。そういう役目を持つのも体の中には上手くできていて伝達するんですけども、それで皆で「あっ、やばい、ちょっと抵抗しないといけない、ウイルスと戦わないといけない」と、身構えるんだけども、そういうことがワクチンでは出来ていかないということです。
で、インフルエンザワクチンを接種した人の方が拡散力が強く、咳やくしゃみ以外に呼気からも拡散します。
6.3倍も。これはアメリカのアカデミーの発表です。
だから本当に必要なのは、ワクチンよりも、体調が悪い時にインフルや風邪にかかった時にゆっくり休んで治せる、そんな社会づくりですねと。

参加者
うんうん。

三救責任者
それで、麻疹。15歳以下の麻疹のワクチンの死亡率で見ると、見にくいけど(折れ線グラフを見ながら)、
ビューッと下がって来たところから始めてるわけです。麻疹のワクチンね。予防接種の開始は。
だから予防接種によって少なくなってきたんじゃなくて、下がってきた時に始めてるわけですね。
だから、そういったように、あらゆるところに嘘が入り込んで、そのようなことを想像もできない市民達は嘘を信じてしまいました。嘘をばらまいた者たちにはワクチンが効こうが効くまいかは関係ありません。
勉強し、情報を集めて選択して、ワクチンを打たないと決めた人達に対し、嘘をばらまいた者たちは大罪人扱いして追い込んでいきます。そんな中で正しい情報を得て、自分なりに行動するということは勇気のいることです。
製薬会社と医学会が、免疫と抗体の情報を歪めて流しているということで。
確かに抗体は抗原を攻撃しますがそれだけでは免疫として不十分です。抗体は免疫機能の一部分でしかないのです。さっき言ったことね、一部分でしかないんです。

それから、日本人は薬によって不健康になっている。
がん患者の増加、ワクチン接種による自閉症児、細菌性髄膜炎の増加、抗生物質乱用による耐性菌の問題とか。
例えば、
・先進国でがんの死亡者数が増え続けているのは日本だけだそうです。
・抗がん剤というのは増がん剤と呼ばれて、アメリカではもう使わなくなってきております。日本では完治の見込みのない患者に複数使う医師も出てきて、がん死亡率を逆に増加させています。
・医師が治るなんて信じていないような薬を患者は信じて苦痛に耐えながら使っているわけです。
医師は自分の治療に抗がん剤は使わないそうです。
・それからワクチンにはアルミニウムが入っている。これは脳に作用します。今までのワクチンね。血液の中に直接入れられることによって、免疫細胞に取り込まれて、リンパ節を通過して、脳に流れ込み、そこで免疫炎症反応を起こし、脳に悪影響を与えると考えられております。だからこれは、子供の自閉症に大きく関わってきております。

アルミニウムは銅の2倍の電流を通すんです。
そういうアルミニウムがワクチンの中に入っているんですよ。

参加者
ベーキングパウダーと一緒ね。

参加者
アルミフリーとか言いますね。

三救責任者
アルミは磁石にはくっつかないけども反応するんですって。それは自由電子にですね。で、磁場から影響を受けて動き出して電流を作るので、反応するわけです。

三救責任者
それから定期接種の数と1000人当たり5歳までの死亡者数というのを比較した数字が載っていまして、
例えば5歳までに予防接種を
アメリカは 36本打つと、その中で1000人当たり予防注射によって亡くなった人が7.8人。
イギリスは 20本打って 6人
スペインも 20本で 5.3人
フランスは 17本打って 5.2人
日本は 11本打って 4.2人
スウェーデンは 11本打って 4人
アイスランドは 11本打って 3.9人
こう見ると、ワクチンの定期接種の多いほど、ワクチンを打って亡くなってる人が多いという確かな数字が出ておりますよという事ですね。
今、ワクチンということで、インフルエンザの実際のある数字を使いながら話をしてくれてるので、それを言ってます。
だから、どんな世の中の親でも、口から入れるものは神経質になりますけども、口よりも注意が必要な血液に直接入れるものに悪いものが入っていても声を上げないのはどういう事かと書いてあります。
日本ではワクチンで防ごうとしている病気で死ぬ人よりも、例えばインフルエンザを防ごうとしてインフルエンザの注射を打つんですけども、そのワクチンで防ごうとしている病気で死ぬ人よりも、ワクチン接種が原因で死ぬ人の数が多いですと。今までのワクチンを捉えてね。
さて、今はどうでしょうか。
最近の研究では、国内の外来診療で出された抗菌薬、抗生物質の6割近くが、効果のないウイルス性の感染症などに対して使われていた。
だから、適切な処方を、抗生物質の処方をされていなかったということが分かっています。6割近くが無駄に使ってるわけですね。無駄に処方された抗菌薬の86%が耐性菌が発生する。
抗生物質を打つことによって耐性菌が発生してしまう。及び、増殖しやすい広域抗菌薬でしたと。そういう耐性菌が発生しやすく増殖しやすい広域抗菌薬という抗生物質を国内の外来診療では多く使っておりますよと。「抗生物質を打っておきますね」と言われるのは、そういうそれに本来使われないような物を使われていたと。ヨーロッパではまれにしか使いません。そういうのを日本では多く使っていますよという事です。
抗菌薬の間違った使い方と乱用によって、予想されるのは世界規模のパンデミックですと。感染爆発ですと。
これで予想されてることですよね、結局、今までの注射の打ちすぎ。
適正な薬じゃないものを打っていたことによって、耐性菌ができてきてということによるパンデミックが発生するでしょうと言われていたのが発生してると。
細菌とウイルスの違いはあるけども、新型コロナウイルスで実感したのではないですかと。
自らの治癒能力で手に負えない時に、救急で使った薬が効果を発揮できるように普段の準備が大事ですねと。だから普段からそういう薬を使っていると、いざという時に必要な、止血したり、事故なんかの時にでもね、そういういざという時に必要な薬が効きませんよということです。
だから、不必要な投薬で耐性菌をつくったり、臓器を痛めている場合じゃないんですよと。

それから、この人が提唱しているのが三つ。
・健やかな心
・知識を身につける
・強い体をつくる
ということを提唱してまして、

健やかな心 というのは、
製薬会社とか医学会がばらまく嘘の情報の恐怖に負けない心が大事ですと。
それから、生きる目的が明確にあり・・これが先程の生きがいに繋がってきてますね・・、一番冒頭にあった生きがいにも繋がってきていると思います。生きる目的を明確にあり、それが軸になってくる人は傷ついても回復できます。そういったことが考えられない人は一度ゆっくり休んで考えましょうと。
仕事に追われてって、そういった事が考えられない人は一度ゆっくり休んで考えてみてはいかがですかと。
知識を身につける ということですけども、
健やかな心も健康な体も正しい知識が支えてくれますと。正しい知識がないと、嘘の見極めとか嘘を判断できずに嘘の情報に振り回されたり騙されたりして行きますと。
例えば、情報の出所のスポンサーが分かれば、自然と見えてくるものがあります。それをすることによって誰が得をするの?とか、誰がお金を出したの?とか、そういったその社会の構造を頭の中に入れて用心深く情報精査をする。この人が言うには、「まず全てを疑ってかかりましょう」と言っています。
知識を身につけるということは、我々で言えば御教えの拝読であったり、メシヤ講座であったり、覚りの旅であったりするかと思います。そういうこともあってこういう本の紹介もさせて頂いております。
強い体をつくる ということで言えば、
これは健やかな心を強い体は支えることができますよという。これは筋肉隆々ということを言ってるわけではありません。芯のある生き方と体を持とうと。
人間が予防したいと考えるのは、病気症状を敵視しているからですねと。
この考え方はすごく御教えに近いところがありまして、病気とか病気による症状というのも自然の一部なんですよと。自分たち自身なんですよと。ということは、病気は神様の最大の恩恵ということで、先月、先々月、習いましたけども、そういったことを・・、病気も一部、病気、浄化作用という受け止め方、自然とこの方はされてるのかなと思いますけども。
それから、強い体を作るポイントというのは、“入れる”、“出す”というのを適切にということで、
“入れる” というのは、悪いものを極力避けて質の良いものを体に。食生活。だから、添加物を避けるということに繋がっていきますね。
“出す” というのは、便とか汗。入れるものに気を使っていれば自然に出すことができますよと。これはだから運動ということに繋がっていきます。
添加物をなるべく避けて運動。
ただ、ちょっと、注意すべきことで挙げられてるのが、この人の話ね、通じるところがあるので紹介したいんですけども、完璧を目指さないこと。出来る時に出来る分だけを心がけていれば、自然に少しずつ選別眼が身に付き、ストレスなく行動できるようになる。完璧を目指すとストレスにつながっていきますので、ストレスというのも今の中の重大な要素になってきますので、病気のね。病気を起こす要素になっていきますので。神経質になっていたら友達との食事会も楽しめません。ゆる~く 長~く。
いい事を言っていますね。
病気になるというのは、そこに至る過程が大きく作用するんですよと。
体に悪いものを体に入れず
良いものを体に入れる
しっかり体から出す
と、そういう大事な自分づくり。人間関係や環境にも通ずるものがありますよね、ということを言われております。
それから、たいていの医師は教本に書いてある病名、症状、薬に何の疑問も持たず、診断して対症療法の薬を処方します。でも、おさまりませんので、効かないなぁ・・おかしいなぁ・・と、医者が考えるのね。そうすると、何種類も処方すると。そういうことに陥ってるわけですね。
日本人は医療を盲信しすぎているんだと。
これは、夜の時代の癖なのかなとは思いますけども。
人の考え方というのは幼い頃から刷り込まれてきたいろいろなものの影響を受けてできているんだと。
これはメシヤ講座と同じような話の仕方ですよね。

三救責任者
精神薬、抗がん剤、ワクチン、根底からおかしい薬さえ疑わないんですね。
強力な土台を日本人の中に作ってきている。刷り込んで。
夜叉龍神も解脱したのに、夜叉龍神に刷り込まれてるわけですね。
だから クスリはリスク ということをしっかり考えて欲しいなと。
薬の危険性を認識して、薬に頼らない一歩を踏み出しましょうと。病気を考えるということは生き方を考えるということに繋がっていきます。病気になってからケアするのではなく、病気にならないようケアしましょう。
で、薬漬けの医療から脱却した社会へと繋がるように努力していきましょうと。
医療や薬の嘘ほど堂々と使われている嘘はありません。もっと住みよい国にしたいと思うなら、医療や薬の嘘や社会毒の嘘に気がつくべきです。多くの人達が嘘に騙されることなく生命の原則に沿った気づきを得られるよう願っております。

すごくないですか?この本。

ちょっと話が変わりますけども、ハンクアーロン、知ってますか?
ハンクアーロン。アメリカのホームラン王。王貞治がホームランの数を八百何本とか出す前の記録を持っていた人だよね。アメリカの英雄ですけども、この人は黒人なんですね。で、アメリカでね、黒人のワクチン接種がなかなか浸透しないので、アメリカはハンクアーロンという有名な人を使ってワクチンは大丈夫だよということを言おうとしたんですって。で、打って、ツイッターでも「打ちましたよ」って言ってたんですって。その17日後の22日に死亡したと。
ただ、例のごとく因果関係ははっきりしてないよって言われてますけども、ちょっと・・。
で、黒人の間で拒否がものすごく広がってるよという記事がありました。

それからこの本に書いてあったことで参考になるかどうか分かりませんけども、ワクチンを打てという圧力から逃れる方法ということが書いてあります。
ワクチンの害を受けないためには、“ワクチンを打たないことが一番”です。
日本においてはほとんどのワクチンは任意接種です。つまりワクチンを打つ、ワクチンを打たないは、皆さんの自由なのです。法的な強制力はありませんし、ワクチンを打たなかったことへの罰則もありません。
しかし、今は社会がワクチンを打てと強要してくる時代になりつつあります。それらへの対応策を講じると同時に、ワクチンの問題について啓蒙して欲しいと思います。
大人の場合は、健康診断の面談などで医師や保健師から「ワクチンを必ず打ちなさい」と言われるでしょう。そして医師や保健師は製薬会社の作ったデータを使って、ワクチンを打つように説き伏せようとします。対応策としては、ワクチンを打てと強要することは違法行為であることを知っているのか相手に確認しましょう。そしてワクチンを打たない根拠として、ワクチンの無効性と危険性に関する資料を事前に揃えておくことが肝心です。さらに、相手との会話を録音して、ワクチンを打って何かあった時の全責任をとらせる書類を書かせるようにしましょう。
・・書くわけないですからね。
また「過去にワクチンを打って体調が悪くなった」「昔、ワクチンを打ってアレルギーが出た」というのも一つの方法です。ワクチンによる体調の悪化やアレルギーは常にあることなので嘘でも何でもありません。理解のある医師がそばにいるのであれば、アレルギーの診断書を書いてもらうという方法もあります。
次に子供の場合は、幼稚園の先生、学校の教師、保健師などから、ワクチンを打つように要求されるでしょう。基本的には大人の場合と同じ対応策になりますが、子供の場合は、保健師、医師、児童相談所が手を組んで、ワクチンを打たせないことを虐待として扱ってくることがあります。その対策として、ワクチンに理解のある小児科の医師を必ず見つけておきましょう。さらにママ友や地域の有力者、家庭内でワクチンに対して同じ危機意識を持つようにしておきましょう。
人目をはばからない過激な行動に思えるかもしれませんが、それくらいの気概が必要なのです。体裁など捨てる覚悟がなければ、ワクチンを打てという圧力から、自分や家族を守ることはできません。全ては皆さんの本気度次第なのです。
最後に、何よりも重要なのは同じ考えを持った仲間を増やすことです。とても残念なことですが、今の日本でワクチンを否定する人はまだ少数派です。ワクチンについての真実を知る人が増えない限り、どんな対応策をこうじても、じり貧なのです。皆さんが周りの人にひたすら啓蒙することが、ワクチンを打たないですむ最も重要な方法なのです。

『薬に殺される日本人』の中から紹介させていただきました。

最後にまとめとしですね、『天恩地惠』の20ページ編集後記でちょうどまとめ的な話を書いております。

今月のテーマは『薬毒の害』でした。いつもながらタイムリーな内容となりました。
薬禍薬害の警鐘が鳴らされているとしか思えないのです。
ワクチンも薬ですので、人体にとって異物です。消化処理されずに、毒素として体内に蓄積されます。
今回掲載の『救世の警鐘』に、『薬で病気が治る処か、反って病気が作られる。』とありますが、現在の変異株が次々と出現し、鼬ごっこの様相を示しているのは、この御教え通りに進んでいるのだと言えます。自然に逆らった対策を世界中が行っているのです。人類自らが、『最後の審判』を招いていると言っても過言ではないと思います。
メシヤ様は昭和に御出現されました。そして昭和27年に『文明の創造』をご執筆されました。『最後の審判』に際し、一人でも多くお救い下さろうとの大愛であります。
『メシヤ様の御出現により病気が解決される。』とは、『メシヤ降誕本祝典』によりメシヤ様はこの地上に再び御出現くださったから大丈夫だ。と何も行動を起こさないことではありません。メシヤ様の御教えを宣べ伝え、浄霊を実践していかねば、病気は解決されていきません。メシヤ様の御存在を一人でも多くの人が認識されるような啓蒙活動がメシヤ様の願いであると思います。私達の使命は大きいのです。

ということで、まとめさせていただきました。
言いたかったのは以上ですけども、何かご質問がありましたら。
大丈夫ですか?
それでは終わらせてもらいます。

司会
以上をもちまして、今月次祭並びに一日祭を終わらせていただきます。

参加者一同
ありがとうございました。

覚りの旅  令和3年 8月 月次祭を終えて

  令和3年8月1日

覚りの旅  令和3年 8月 月次祭を終えて

多様性と調和

(三救責任者)
皆様、月次祭おめでとうございます。
連日オリンピックで熱戦を繰り広げております。
東京オリンピックのテーマはご存知ですか?
「多様性と調和」 です。 
この多様性ということにつきましてはメシヤ講座でもしばしば取り上げられました。
どのようにかと言いますと、人類の抱える諸問題は多様化している。地上天国建設の要は「現代の諸問題を解決する」ということと、「問題解決のあり方を示す」ということだと。
諸問題を集約する「時代苦」は御在世当時と異なり、複雑かつ多様化してきている。「病貧争」というハッキリとした区分で掌握できなくなっている。御教えはネット上で公開されておりますが、それを現代にどのように活かしていくかということを示していない現状であるということを言われております。
例えば『霊主体従の法則』で生きていかないといけないんだよと、いくら説明しても相手の問題は解決していきません。人の話をよく聞くことが大切なんだと。人の話を聞くうちに相手の問題点が明確になっていく。相手は喋っているうちに、私はここが間違っていたんだと気付くようになる。
その気付いたところへ光を当てていくのだと、御教導賜りました。
そうすると御浄霊をいただく姿勢というのは、メシヤ様に、自分自身がこういうことに気づいて、そして今、このように改めて生活していこうと考えておりますので、それが順調に行くように、お浄めいただけますようにという気持ちでいただかないと、その人の人生というのは変わっていかないんだと、問題は解決していかないんだと。
それからメシヤ様に繋がると、自分自身がやってきたことを振り返ることができるので、その振り返った分だけ変わってきます。これが『霊主体従の法則』によって変わってくるんだと。
今回のテーマの『霊主体従』を多様化している現代の諸問題をどう解決していくかということにスポットを当てて現代に活かす方法をメシヤ講座で教わっていたのです。
もう一つの「調和」ということでは、令和3年3月の「覚りの旅」で、神様は霊、人間は体 であるから、霊と体と調和すべきであると。これは 神様との、あるいはメシヤ様との共同作業ということに繋がっているのだと学ばせていただきました。
入信ホヤホヤの頃、手にされた 『天国の礎』 に、 『調和の理論』 という御教えがあります。

『調和という言葉は良い意味で使われるが、考え方が浅い。
大宇宙の一切は、悉く調和していて寸毫の不調和はない。
人間の目に不調和に見えるのが表面だけの事。
不調和とは人間が作ったものであって、その原因は反自然の結果である。
大自然から見ると反自然によって不調和が出来るのが真の調和であり、これが厳正公平な真理である。
人間が天地の律法に遵いさえすれば、万事調和がとれ、順調に進むのである。
不調和を作るから不調和が生れ、調和を作るから調和が生まれるのが自然の大調和であるとしたら、人間はこれを深く知ることで、これによって幸福者となるのである。
不調和(小乗的) → 調和(大乗的)
不調和というのは小乗的、調和というのは大乗的。だから調和から不調和に変わっていくというのもよくある。』

調和というのは、大宇宙とか自然に対して御教えでは使われております。
人的交流を止めるとか、外出制限をするとか、というのは今の状況ですけども、不自然なわけですよね。そういう意味でいくと、ワクチンというのも不自然なわけです。血を汚してしまいます。血を汚すと霊が曇ります。霊が曇ると浄化します。これが自然な流れです。ですから、今の状況でいっても自然免疫が一番ですよね。不自然なことをして病にかかるより、 浄化作用を受け止めてですね、お一人お一人の体験から振り返って、自分の言葉で不自然から不調和を引き起こしていることを伝えていくべきではないかと思います。

それでは本日のテーマ 『文明の創造』 「霊主体従」 の拝読をお願い致します。

『文明の創造』 「霊主体従」拝読

三救責任者
はい、ありがとうございます。

挨拶も含めていきますと、

図1

3-8-1

最初にオリンピックの話をしましたよね。オリンピックのテーマというのは『多様性 と 調和』。

図2
3-8-2

多様化する現代の諸問題を解決。
解決の在り方を示していかなければいけない。

図3
3-8-3

それから、霊体の調和ということで、調和ということから、今ちょうど『霊主体従』ですけども、霊体調和していかないといけないんだよということが出てまいりました。

図4
3-8-4

霊が主で、体が従となっているのが万有の法則。これが『霊主体従』の御教え。

図5
3-8-5

で、今回のテーマは『霊主体従』ですよと。
今の話を要約していくと、

図6
3-8-6

病気というのは汚物の排泄作用なんだと。
今まで学んだ事の続きの中で、今、『霊主体従』をやっていますので、その話も含めていきますけども。

図7
3-8-7

現代医学の欠陥というのは、霊を無視して体のみを対象としていることなんだと。

図8

3-8-8
毒素排除作用の・・、体内に溜まった毒素の排除作用の伴う苦痛ということを、今の世の中では病気と称しているんだと。ですから、病気こそ浄血作用。血をきれいにする。
だから、全部血液。体としては血液が関係してる。

図9

3-8-9
何ヶ月か前、『肺炎と結核』という学びをしましたけども、痰が固まると・・・固まった痰というのは腐敗していくんだと、腐っていくんだと。そうすると、微生物が発生します。それが結核になっていくんだと。如何なる物質も腐敗するでしょう。腐敗すれば微生物が湧くのは必然ですと。

図10
3-8-10

肺患と薬毒ということでは、薬を多く使うので、薬毒が、薬が身体に溜まってしまうと。溜まりに溜まってどうにもならなくなると、薬毒を・・。それを除る方法というのは浄霊法がありますよと。
これはメシヤ様から与えられた力ですので。

図11
3-8-11

それで、人間と病気。
病気とは人間の健康を保持するための神の最大なる恩恵なんだと。病気というのは神様の恩恵ですよということを学んでます。

図12
3-8-12
で、無機質界。神霊界と科学界の間の空白を埋めてるのが無機質界と言います。
無機質界というのは目に見えない世界であって、科学と神霊界の繋がりの存在。これを繋ぐための、要は霊というのは神様と科学界を繋ぐものであるよということを言ってます。
科学を否定しているわけじゃないということを分かって頂かないといけないという事です。別に否定しているわけじゃないんです。見方が間違っているんですよと言ってるだけで、科学についても。
顕微鏡が発達すれば霊も見えるようになってくるわけであって、今、微生物、ウイルスとかも見えるようになってるわけですので。

図13
3-8-13

霊と体ということで、霊界は無機質界とも言いますよと。
霊は見えません。体の方は見えます。
霊界が曇るというのは、体で言えば垢が溜まる。垢が溜まったら入浴しますよねという事で、そうすると、例えば、体ばかりでなくて自然界ですね、暴風雨とか洪水とか火災とか震災とか、そういったものについても要は霊界の曇りによって、引き起こされているんだと。だから、そこの人の誰がというんじゃなくて、全体的に地域に溜まっていた曇りとかがあるので、そういうところに発生してくるんですよということです。自然浄化作用と言います。
だから、曇りの原因というのは霊自体に発生するものもありますし、体から移写してくるものもあると。体から移写してくるものというのは先程の薬とかを入れて血が濁ると浄化するので、それというのは霊の方へ反映していって、また自分の病気となって戻ってくる。

図14
3-8-14

さっきの魂・心・霊という三段階になっていますよという事で、善より悪が多ければ多いだけが罪穢となって魂を曇らせるんだと。その魂の曇りというのが心へ反映して、心というのは霊へ反映して、色んな事となって起こってくるんですよという。

図15
3-8-15

で、濁血とは薬剤。薬毒によって病気が作られます。現代医学の治療方法自体が、病気を作っているんですよと。

図16
3-8-16

万有の法則は霊が主で体が従。
病苦は霊の曇りさえ解消すれば、濁血は浄血と化し、全治しますと。
ということで、 浄霊 、霊を浄めるという方法を私達は学んできました。

それで、『天恩地惠』1ページ目の…『霊主体従』のテーマでしたので、『霊主体従』について。
これは未信者さんと対談されている内容です。6行目から読んでみますと、

『人間は霊と体との両方で成り立っているのです。ところがその霊を認めないのです。医学というのは体を根本にして研究しているのです。しかし私の方では霊主体従と言っているのです。つまり、人間一人ひとりの中心は魂ですが、魂というのは霊界に属していて、体は現界に属しているのです。この霊界というのは現界と同じで層になっていて、その層は百八十段ありそのどれかに魂は属しているのです。たとえて言えば地獄にあれば、貧乏、争い、忌まわしい悪いことばかりがあり、だんだん上に行くに従ってだんだん良くなって、真ん中の中有界というのは、良いこともあるし悪いこともある中位の所です。それを越すと天国になりますが、ここは良いことの方が多いのです。良いことばかりが流れているのです。そこで人間に曇りがあると、罪によって、下の地獄に行きますから、地獄のすべての影響を受けます。そこで貧乏で苦しむということも、そういった下段の方に影響されているわけです。籍が下にあるからです。そこでその籍を上にすれば、そういう忌まわしいことが少なくなるから、貧乏やいろんな苦しみはずっとなくなるわけです。だから籍を上にすれば、嫌でも良いことばかりが来て、悪いことは来ないというわけです。そこはそういうようなことになっているのですから、しかたがないのです。貧乏もそういうわけです。今の人間はみんな地獄にいますから、それをだんだん上に引き上げなければならないのです。ですから救世教の信者はみんな貧乏をしなくなります。
(真山氏)では救世教の信者はみんな、病気もないし貧乏もしてないわけですか。
(メシヤ様)しかし最初はありますが、だんだん年限が経つとそうなるのです。
(真山氏)それは、どういうようにして引き上げるのでしょうか。
(メシヤ様)魂の罪が減ればよいのです。つまり、罪の重荷と言いますが、その罪を取れば軽くなるから上がるのです。
(真山氏)どういたしましたらその罪が取れましょうか。
(メシヤ様)浄霊によることと私の本を読むとかすることです。それは光が出るからです。私の方で発行する新聞の活字から光が出るので、それを見る人があります。

だから、浄霊と御教え拝読という事を一般の未信者の方に分かりやすく話をされていると思います。

タイトルをやっていこうかな。
2ページ目は、『霊主体従』の順序 ということで、 物事を進めようとして行く時に絶えず見ておくこと! ということで、

霊主体従の順序
箱根と熱海だったら、箱根が霊で熱海が体という関係になっていまして、それも順序があると。先に箱根の整備をして、次に熱海という順序があるんだよということを・・。
これは箱根とか熱海のことで言われていますけども、色んな事が順序、霊が主で体が従という順序が狂ってくると上手くいかない事があるので、何かそういう事が起こった時にはですね、きちんと順序が正しかったかどうか、そういう事を見る必要がありますよという事を、ここで言っています。

物事を進めようとして行く時には、その『霊主体従』の順序であるかということを絶えず見ておかなければいけないという、そういうことをメシヤ様は教えていただいている、ということであるかと思います。

それから、 『霊主体従』は長い歴史に関わる御教え ということで、
よく先生が言われていましたけども、人間の進化論、71行目に

(楳木先生)例えば、私達が、蛇やトカゲを見て、気持悪いと思ったり、恐いと感じたりするのは、ずっと遡って行くと、恐竜時代に、哺乳類として生きていた頃の、踏みつぶされたりした記憶が遺伝子の中に残っているからだと言われています。という事は、メシヤ様の御教えは、霊主体従の法則というものは、ものすごく歴史の長いスパンの中で、出て来ている御教えだという事なのです。

(三救責任者)
これは、ウイルス自体も人間がウイルスを体に取り込んだからこそ胎盤が出来たんだと。胎盤の出来た進化の過程において、体の中で子供を育てるようになったのは、コロナのようなウイルスを体に取り込んで、それが進化を与えるわけですね。それは新聞記事にも出ていましたし、あと、脳の発達の過程においてもウイルスによって変化があった。その歴史の長いスパンの中で、ウイルスというのは必要性があって人間界に関与してきてるわけです。必要だったんです。だから、絶滅してないわけですね。色んな事、形変えて、それは別に自然に。昔は薬がまだ無いのでね、まだ胎盤のできない頃の話ですから、外敵から守るためにウイルスを体に取り込んで進化。それによって進化して、胎盤が出来た。また、脳もそうだったということが。これも科学で解明してきたことではあるけども、そういう目に見えないものであって、今だからこそウイルスという話だけど、昔のその頃は何もわかってない時代ですから、そういう頃の人間というのは自然界と調和してきたということ。
そこまで、こういう『霊主体従』の話を御教えに書いてあってもですね、そういう話をする人というのはほとんどいないので、御教えできちんと話をされていますよという事です。
だから、科学と私達が学んでいる御教えというのは、最後まで科学が進歩してくればですね、ずっと一致してくるわけ。
目に見えない世界のことを解いてるのでね。
それがだんだん見えるようになってくるんだと。

それで、3ページの82行のところ、

自分自身を振り返った分だけ変わる
(楳木先生) 実は、メシヤ様に繋がると、御教えを求めるようになると、自分自身がやってきたことを振り返ることが出来ますので、その振り返った分だけ“変えていこう”と思うと、変わってくる訳ですね。これがね、『霊主体従の法則』によって変わってくる訳ですので。このことが、皆が、変わっていかないといけないですので、そういう信仰をですね、この出張所を中心にやっていただきたいと思います。

89行は、
かけがえのない体験から解かる『霊主体従の法則』
(楳木先生)これは、御教えからゆきますと『霊主体従の法則』ということになります。受胎は、夫婦の愛の営みによって許されるものではありますが、趣向の変化というところから見ると既に魂が宿っていることが解ります。

魂が宿っているからこそそういう趣向の変化があるんじゃないですかと。

この魂が本日ご参拝した主神様の分け身魂なのです。その魂が欲するので、母体の食べ物が変化するのです。つまり、魂である霊的なものが主になるのです。そして、それに肉体が従ってゆくのです。こうしたことを『霊主体従の法則』と教えられていますので、どうぞこの機会に覚えておいてください。

『宗教と科学の一致』の根底は神観の確立
(楳木先生)『宗教と科学の一致』の根底にはその神観の確立がなければなりません。そうでなければ、この度のヒッグス粒子確認の意義も把握することができませんし、今後の方向性も見出せません。また、人類の研究がここまで来たので更なる最小化が目睫に迫っているのです。つまり霊子の領域です。そこに達してこそ『霊主体従の法則』を科学的に理解できるのです。私達は、こうした神観の確立に基づく考え方の、その普遍化に努めてゆかねばなりません。これからも弛まぬ努力を重ねさせていただきます。

次の106行のところ、 
『無機質界』を先月学びましたけども、そこに、 
『一新紀元を劃(かく)する』
(三救責任者)
『一新紀元を劃(かく)する』 との記述について、浜松で次のようにメシヤ講座を頂いております。
「おひかり」なしの浄霊、宗教宗派を超えて浄霊力を授けることが出来るようになったことが、新世紀を迎えたという意義付です。
そして、入会のお世話として、『霊主体従』は教習で皆様方から未信者さんへお話しして頂きたい内容として取り上げておられます。

で、その 『一新紀元を劃(かく)する』 という御教えからですね、 『一新紀元』とは何だ?ということで、今まで御守りとかお光という事を掛けることによって、という事で来ましたけども、新紀元を迎えてですね、御光無しで浄霊が出来るようになったんだと。
それは画期的な事ですので、物を介さずに直接メシヤ様と・・。メシヤ様と唱えて、神様と繋がれば浄霊ができるんですと。
このことが 『一新紀元を劃(かく)する』 という事ですよと、随分前に学んでるわけです。
新紀元と言うのは、メシヤ教が発足してですね、先生が御光無しの浄霊ということを推進すると決めてやって来た浄霊力拝受、お光を入会という形で授けるのじゃなくて、誰でも出来ますよという事で、そういう話をしてきた、そのスタートの時点を ‶新紀元と意義付ける″ と、先生ご自身がおっしゃっておられたのだという認識を持っておいていただきたいと思います。
これは今の『霊主体従』とものすごく結びついているわけですので。
先生の頭の中にこういう論立てがあってですね、浄霊力拝受の活動を展開しておられます。
時代が下って、御神体の御奉斎と入会と絶対条件となったのは御存じのとおりです。
僕等の頃はそうでは無くて、この浄霊力拝受、受けて浄霊すること自体は誰でも、入っていても入っていなくても出来ますよと。で、そういう活動に協力していくんだと、自分も誰かにこういう浄霊力を、御光無しで浄霊をどうですかという話を推進していくことに協力していくということが、入会でありますよということの話で、入会教習を組み立てておられます。
私は、その先生のその頃の活動が好きですし、その御精神というのは
だから、ちょっと変わって来たけども、そういう意味を大切にしないといけないので、メシヤ講座というのはそういった初めの頃のをしっかり読んでおくべきかなと思います。意味合いを理解してね。


そういうことと、その流れの中で123行から

『現代文明の一大転換を捲き起し、人類史上空前の一新紀元を劃(かく)する事となろう』と。
この『一新紀元』ということが21世紀であるということ。
そして、皆さん方に21世紀になったときに、「おひかり」がなくて、『宗教宗派を超えて浄霊力を授ける』ということを、浜松支部を出発点に始めましたね。これが一新紀元をかくしたということです。
一新紀元をかくしたのは、「おひかり」がなくても『メシヤ様にお祈りすれば宗教宗派を超えて浄霊力を授けることができる』という、その新世紀を迎えたのだという意義付けをもって生活していただきたいということです。
で、最初にできたのが、この浜松支部なのだというふうに意義付けして進んでいただきたいと思います。
このように、『メシヤ様の御名を唱えれば、宗教宗派を超えて浄霊力を授かる』という御啓示の下に進めてきた現在ただ今の取り組みが『一新紀元を劃(かく)する』ということなのです。

ということで、この頃いろんなところからの問い合わせが殺到していた頃で、 入会のお世話についてということで、こういう内容を話して下さいよ、ということをメシヤ講座・特選集の方で先生は纏められておりまして、その中で『霊主体従の法則』が、教習で理解していただきたい御教えの一番に上がっています。それは、浄霊力伝授ということと、密接に関わっていますし、メシヤ様の御教えの中の中核の部分であるということかと思います。
それでこの機会に、入会教習的な内容の、先生が特選集にあげられている部分を、何号かに渡って掲載されていたのを『天恩地惠』に集約しました。これは、浄霊力伝授とかの時に、未信者さんに対してお話しして頂ける内容になっているかと思います。
この『霊主体従』の話しを未信者さんにされる時に、こんな風な話し方をしたらいいんですねという纏め方になっているのだと受け止めて頂ければと思います。

救霊祈願祭について
今回の『天恩地惠』の一番最後のまとめに、救霊祈願祭について掲載いたしました。
平成13年に、玖珠のある処に建立された「塚」の慰霊祭を、先生が斎主をされて、行っています。
「今のこのコロナ禍で行けないんです、気になってるんです。」という話があったので、皆さんと話をしてですね、どういう形がいいんだろうかということで、考えた経緯が書いてあります。
救霊祈願祭という形でさせていただくことになりました。
この前、『救霊・慰霊』について御教えとメシヤ講座、その他の資料を編纂しました。
その中でも、浜松は新盆という事で7月なんですよ。こちらは8月ですよね。そういうことがあって、慰霊、盆の時はずっと「善言讃詞」を奏上した方がいいですよという話とか、御教え集を纏めたわけですけども、その中で、遠隔でも墓参りができませんかという話があった場合は?などの話もありましたので、こことここの御教え、何番と何番を読んでおいてもらったらいいですよ、という話でここに掲載したわけです。ダブっているかと思いますけども、そういう意味合いで、考え方・・御教えはこうだよ、メシヤ講座でもこういう事ありますよという話をさせてもらって。
画一的ではないので、こうじゃなきゃいけないって言うんじゃないので。
今もコロナの状況で県外へ出てはいけないとか言われた場合に、どうしたらいいんだっていう事は、今までなかったわけで、こういう状況でどういう考え方をしていったらいいだろうかということ、慰霊についてもね。そういうことで考えたわけですね。なんていうかな・・救霊祈願祭という形にしたと。
本来御教え上では、御文字にかかるので、仏壇のお位牌のお文字ですね。そこで、慰霊祭というのはさせてもらう。墓だったら墓でもそうですね。それが本来なんだけども、そういうことが叶わない場合は?ということだったので、こういう風にしたと思って欲しい。だから、何でもかんでも、行けるのに・・安易に考えるのは・・・。行けるようになったのに、前にこうやったよね、とかいうようなことを言う人がいると思いますが、それは先祖様に対して話しして本当に納得して頂けたのか。そこの辺ですね。
御教えでも「墓参りに行かなくとも、善言讃詞をその霊に奏げてやる気持ちで奏げる。
そうすると離れていても霊へは届く。」ということが990行のところにも書かれておりますので、色んな御教えというのがあって、自分が周囲の状況を把握して整理した上で、それがだから、先程出てきていた自分の人生を振り返る。振り返るということです。
今回僕も話を聞いて、そこの家庭に関わることじゃないの?と。最初、そう思うじゃないですか?だから、そこの家がやったらいい話でと思うんだけど、僕に質問が来たという事は、これは何か意味合いがあるのかなと思って調べた。そういうことで調べていったらですね、諸々の関連性が見えてきたのです。

(中略)

ある資料に、菅原道真公の供養をされたということと、御釈迦様も最後の仏滅の時に一旦日本に来て、その礼を言いに来たのかな、で、見送りをしましたよということが書いてありました。今回、天神様ということと、この菅原道真公の供養の話が頭にあって、何か関係あるのかなと思ってもうちょっと深く調べていったら菅原道真公というのはご存知のごとく大宰府に左遷されたんですね、ある人がチクってというか、天皇に讒言(ざんげん)というか、色々言って、そういうことで太宰府へ送られた。太宰府へ行く途中で刺客に襲われるかも知れないからといって何か月か留まったところが玖珠だったんですよ。

(参加者)
くす?

(三救責任者)
玖珠。先生の所。玖珠ね。
これ(天恩地惠26ページの写真)、玖珠ですよ。
この話からね。色々調べていたらそういう・・菅原道真公も色んなことを言われて左遷されたその想いというの?その想いというのがずっと残ってて、それがあまりにも怨念が強かったので、雷とか雷雨とかになって人々を苦しめるもので、天皇家はじめ皆困って、天神様として祭り上げて神様にして、そういう災いというのは無くなってきた、慰霊する事によって無くなってきたというのが天神様であるわけですから。
ここで、今の自分達に起こってきた事と、そういう過去に色んなこと、何でかということを調べていくと繋がってきたので、やっぱりそういう祈願というのは大切なんだなと思います。

それで、令和の時代の始まった時にですね、これは私の挨拶文ですけども、令和ということ自体がですね、意味合いを調べていきますと、万葉集の出典で、これはテレビで何回も放映されていますので

梅の花の宴会(歌会)の序文である事、楳木先生のお名前の和麿の「和」のお文字が入っていることに吃驚いたしまして、さっそく万葉集を調べてみました。
九州の大宰府に師匠を慕って集い、宴会、歌会を催すのです。
そして思い思いに語り合う、みんな非常に良い気持ちになります。満ち足りるのです。
昔の人も梅の花を見て楽しみ語り合った。今も昔も変わらないではないか。
膝を突き合わせて語り合おうではないか。そういう情景を詠んだ序文なのです。
ハッとさせられませんか。お前たちもいろいろあるだろうが師の家に集まって語り合えと。今のメシヤ教の状況を憂えて先生が元号にまで働きかけたのかと思ったのです。

というような話をさせてもらいましたけども、そこでも太宰府ということですので、菅原道真公の何等か関係していたかもしれませんという事と、842行の左遷という所を見るとですね、今の玖珠へ左遷されたというのがあって・・。847行

都から大宰府へ向かう時、刺客を避けてしばらく玖珠の地に滞在するのです。
そういう縁もあって道真公が大宰府で延喜3(903)年2月25日亡くなると供養を始めたのが玖珠の菅原天満宮です。

救霊祈願祭と言っても、させて頂くことは一緒で終わった後で、天津祝詞、善言讃詞を奏上して、御浄霊をさせてもらうという事だけではありますけども、そういう何でこういう事をしているのかという事を想いを馳せることが大事なんだよという事ですね。自分たちが今まで、何事も全部学んでるわけですので、それをどういう風に組み合わせして自分の生活の中に活かしていくかということ、そのやり方を今後皆さんとともにですね、考えながらやっていけたらいいかなと思います。
全ていろんなことはもう教えられてる。メシヤ様も御教え下さっている。先生からも御教導賜った。
それを現代に活かすのは私達というわけです。
ですから考え方の一つを今回ここに掲載させてもらったということです。

『霊主体従』というテーマにピッタリだったなと思います。

(参加者)
深い! すごいなぁ。

(三救責任者)
何かあって調べていくと繋がってくるよ。遡れば遡るほどね。今も何代も遡ってますからね。皆関係してきますよ。その関係性を因縁とか御神縁と捉えることが出来るかどうかですよ。自分に関わってきてそこへ分かる人に向かって霊界から、神界からいろんな形で知らせてくるので、それをキャッチできるかどうかだと思うので。何かあった時にこれは何かを知らせてきてるのかなと、どういうことかと、こういう御教えとかをめくりながら、どういうことかということを自分の腹の中に落として、何を求めてるのかというのを考えて行くという事が大事かなと思います。

(参加者)
うんん。

(三救責任者)
遠隔浄霊でも出来るという事は、今は浄霊する気持ちというのは先程のことですと、その塚の霊に届くようにと、霊に対してじゃなくても人間に対してもですね、来てる人に浄霊をすることによって、その人に繋がっている霊線があるので、その霊線で誰々に届くようにという思いというので浄霊をすればいいと思いますし、それは浄霊力を授かったら誰でもできるわけで、どういう形でやらせてもらうかと決めて出来るわけであって、そういう事を学ぶいい機会になったのかなと思います。

では、終わらせて頂きます。

司会
以上をもちまして、8月度月次祭、並びに一日祭を終わらせて頂きます。

参加者一同
ありがとうございました。

2021年7月9日金曜日

覚りの旅  令和3年 7月 月次祭を終えて

  

   覚りの旅  令和3年 7月 月次祭を終えて

 

三救責任者

月次祭おめでとうございます。

 

それでは、『文明の創造 科学篇』をメシヤ講座で読む。12回目になりましたね。

では 『文明の創造』 の 『無機質界』 、131ページですね。お願いします。

 

参加者

『文明の創造』 の 『無機質界』 拝読。

 

三救責任者

 

はい、ありがとうございます。

『天恩地惠』の1ページに書きましたように、6月、7月、8月のテーマ、

先月の『人間と病気』

今月の『無機質界』

来月の『霊主体従』 

というのは密接に関連している御論文だと思います。三つまとめての論文の構成になっていると、そういう風に思いました。

 

『人間と病気』というのは、先月のテーマでした。

病原の殆どは細菌で目に見えませんが、人間に必要があるから存在しています。宇宙も人間も万物一切は、主神様がおつくりになられました。

その御目的は人間をお使いになられて、真善美完き理想世界を造り無限に向上発達せしめることです。私達が最も問題とする病気も、人間の健康を保つための、神様の最大の恩恵だったのです。

 

数行で要約するとこういうことになるかと思います。

 

今月の、今、読んだところですが、『無機質界』ということで、

細菌は有機物であり補足に限度がありますが、科学の進歩は、超微生物を補足できるようになってきます。科学は無機質界の一歩手前まで来ているのです。そして、『物質界と霊界の世界の中間を充填する』のが、この御論文なのです。

 

来月、『霊主体従』になりますので、詳しくは書きませんが、

無機質界と物質界の関係を『霊主体従』の御論文でご説明されております。

 

だから、『霊主体従』ということ、霊の世界と、体の物理的な世界、そういうことの、今は中間的なところの御論文が『無機質界』であるんだよという、そういう内容かと思います。

だから、三部作みたいな感じということですね。

 

それで18行目の『病原と浄霊の原理・無機から有機へ』

ということで、関連している御教えかと思いますので、そこのところを読んでもらえますか。

 

参加者

『病原と浄霊の原理・無機から有機へ』

別の御論文の『病原と浄霊の原理・無機から有機へ』S26.8.25で、次のように分かりやすく御教えくださいました。

『曇りの濃度化が進むと、人間の体温の助長により、無から有を生じ、超微粒子が発生します。天空の広さが無限大とすれば、反対の無限小で、これが宇宙の真理なのです。無限微粒子が、漸次(ぜんじ)生育すると、無数の微粒子が生まれ、それは生命を有し、運動性もあり、時の進むに従って、発育し動物化してしまいます。

これを、無機質が有機質化するといいます。そしてこれが、最初の黴菌(ヴィールス)となります。生物(有機質化)となった黴菌は、互いに食い合いを始めます。

病原になった黴菌は、黴菌中の大きなものであるというのはこの事なのです。

病気の根本原因こそ全く黴菌の発生源である無機質に等しい霊の曇りなのです。』

無限大の宇宙から無限小の微粒子まで、無機質(霊)も有機質(体)も一切は主神様からその存在を許されているのです。

 

三救責任者

はい、ありがとうございます。

で、35行にいくと、

 

そして、『無機質界』の関連記事を調べました。 ということで、

〇太陽系の天体である小惑星「イトカワ」とか「リュウグウ」、あるいは地球という天体は今から46億年前に誕生したと考えられている。地球のような大きな惑星は生まれた時に一旦溶けてしまって、それが冷えて固まって現在の惑星になった。小惑星のような小さな天体では溶けていないので、46億年前の物質がそのまま残っていると考えられ、特に『リュウグウ』という小惑星には有機物があると考えられている。有機物というのはもちろん地球の生命の元になった材料です。

宇宙と有機物と人間の生命の元に科学は迫っています。

もう一歩進んで無機質(霊)を解明するに至った時、漸くメシヤ様が御教え下さった、『宗教と科学の一致』となるのだと思います。

私達には『浄霊』の奇蹟で無機質界(霊)の存在を明かし、『霊主体従』をはじめとするメシヤ様の御教えを、人々に伝えていく使命があると思います。

 

無限大といくと、天空とか宇宙とかそういうところまで広がっていって、無限小となってくると微粒子、目に見えない世界になってくると、そういう無限大も無限小も全て主神様がお作りになられたものであるよ、ということが分かるかと思います。ですから、霊と体というのはですね、『霊主体従』という御教えは、一番この浄霊の元でもあるし、根本的原理っていうことであるかと思います。

 

『無機質界』(昭和二十七年)をもう一度要約するとですね、

科学の進歩は科学界と神霊界との中間にある空白を充填したと。

この先は神秘の世界、目に見えない霊の世界、霊と体の関係、霊主体従を明かさなければならないんだと。これは一宗教家のメシヤ様が発見されたんだと。そういうことが書かれていました。

で、こういう原理を活用することで病患の九十パーセント、要は浄霊をすることで病気になった患者の九十パーセント以上は治癒し、寿命も延びるんだと。だから人類の福祉にものすごく貢献するんだよということ、役立つんだよと、そういう大きな意義がありますということで、人類への恩恵は大ですよということが書かれておりました。

それで、偖て愈々無機質界と物質界との関係に移るとしよう。ということで、次回の『霊主体従』という所になっていくわけです。

さらに確認で、地上天国27号、昭和26年の御教えがありますので、

『病原と浄霊の原理・無機から有機へ』ということで、ここも読んでもらえますか? 99行。

 

参加者

病原と浄霊の原理・無機から有機へ   『地上天国』27号、昭和26(1951)年8月25日発行

 本教信者になって、御守を懐へ入れ、ただ手を振り翳しただけで、医者に見離された大病人でも、一生涯治らないと宣告された難病も長い間患って医療でも民間療法でも、信仰でも治らず、進退きわまって自殺を決心するようになった者でも、浄霊によってたちまち快復に向い、驚異的偉効を現わすこの不思議さは、実地体験者でなくては分らないと共にこれを目の辺り見た人達も、心境一変今日まで散々疑ったり、非難した事などが恥しくなったり、カチカチの無神論者も頭を下げ、兜を脱ぐという例は、数え切れない程あるのである。だからといって、この実際をいくら口で話したところで、仲々納得は出来ないもので、吾々は常に遺憾に思っているのであるが、そういう場合決って言う言葉は、そんな簡単な方法で難病が治るとしたら、医者も薬も要らないじゃないかというのであるが、全く仰言(おっしゃ)る通り、吾々からいえば医者も薬も要らないどころか、むしろない方がいいとさえ思うのである。これについてその根本的理由をここに詳しくかいてみるが、これは信者としても大いに知りおくべき事で、説明の必要上目下執筆中の文明の創造中の一文を、左に転載する事とする。

 

三救責任者

はい。

ここで、無機から有機へということで書かれていますけども、これで見ると、『文明の創造』の一文を紹介するよということで、無機から有機へ ということで、有機無機質界、実際には『文明の創造』の『無機質界』になったところがですね、こういう書き方になっているよということで、また見ておいてもらえればいいかと。

下線だけど読みますと、125行のところから。

この微粒子こそ実に言語に絶する程の無限微粒子であって、ちょうど天空の広さが無限大であるように、これはまた反対の無限小であり、これが宇宙の真理である。

ということ。それから、133行の

無機質が有機質化するのである。と、先程書かれていましたよね。

それから、144行で、

病気の根本原因こそ全く黴菌の発生源である無機質に等しい霊の曇りである。

 

今、細かいことをやっているようですけども、目に見えない霊の曇りについての話を科学的な湯川博士の例も捉えつつですね、科学的なことと絡めてメシヤ様は御論文として出されているということです。

それで152行のところ、

霊の曇りが決定的病原なんだということが書かれています。

この目に見えない無限小であるところの霊の曇りというのが病気の原因ですよということ、それを知ってほしいということですね。細かいことが色々書いてありますけども、そういうことだと思います。

それから結構重要なことがこの御論文に書かれていまして、6ページの205行のところに行きますとですね、

 

そもそも私という者は、世界の終末に際し、全人類を救い、病貧争絶無の地上天国を造るべく最高神の御経綸の下に、主脳者としての大任を負わされたのであるから、神は私に対して絶大な救いの力を与え給うたのである。その力というのは病貧争絶無の中心であるところの病の解決であって、それに対する智識と力である。前者は私が今日まで解説して来た医学の誤謬や病理その他であり、後者は浄霊による治病の力である。すなわち信者の懐に入れてある御守の文字と、私と霊線によって繋がれており(・・この霊線というのが大事ですね。今はメシヤ様と直接霊線によって繋がれており・・)、私から発揮する霊光は霊線を通じて、絶えず(・・皆様の体ですね。霊線を通じて皆様の体に到って・・)施術者の肉体を通じて、掌から放射されるのである。一言にしていえば、仲介者として、私が間接に病人を治すのである。

 

だから、メシヤ様が人間をお使いになられて治しているんだと。そういう事がここに書かれていると思って頂ければ良いかと思います。

で、その次がまた重要で、215行のとこね。

 

その力の本源は一体どこにあるかというと、私の腹の中には、以前から知らしてある通り光の玉がある。この玉はそれまでは玉だけの力であったものが、昨年六月十五日、日本で昔から云われているところの麻邇(まに)の玉、または五百津美須麻留(いほつみすまる)の玉、または如意宝珠(にょいほうしゅ)の玉である。玉とは魂であるから、その魂が右の日時に、静岡県清水庵原署の留置所内で、天から降下され、宿られ給うたのである。この事はその当時簡単に発表しておいたが、これを私は結実といったのである。それが段々育つに従って、玉の力も日に月に強力となりつつあるのである。これはその頃から浄霊の力が特に強化された事にみても、信者はよく分るであろう。

 ただ現在その神様の御名前を詳しくいう訳にはゆかないが、いずれ時期が来たら発表するつもりである。しかし釈尊、キリストをはじめ幾多の聖者の予言を、よく考えてみればおよその見当がつく訳である。

 

この、およその見当がつくのは例えば釈尊だったら弥勒下生と言われてるので、弥勒下生の神様でしょうと。キリストだったら、メシヤ降誕と言われているので、メシヤですよねと。そういう事になるよね。

日本というか、実際に I先生にお話しされたのは ミクラタナの神様 であると。

ミクラタナの神様が天から降下されてメシヤ様の御腹中の光の玉に御宿り給うたのだと、これを結実。

散花結実の結実の方と仰せられたんだよということです。

重要かと思います。今までの事が集約されてるような御教えになっていますね。

 

『病原としての細菌』ということで、232行のところで、

何となれば無に等しい世界であるからで、私はこれを名付けて無機質界という。

無機質界というのは無に等しい世界ですよという。

 

で、『宗教、哲学、科学の一致』  これは、8ページの262行のところ。

 

これを一言にしていえば、宗教も哲学も科学も、神霊界の一歩手前に来て、行き悩んでいる以上、今日のごとき暗黒無明の時代となっているのである。ここにおいて神は、私をしてその障壁否岩戸を押開き、光明世界に導かんとする、その大愛が本教の出現となったのである。いわゆる、世界の岩戸開きといってもよかろう。

 

だから、宗教と科学の一致というところがですね、世界の岩戸開きになってくるんだと。

日本の岩戸開きじゃなくて、今は世界の岩戸開き。

ということで、それではですね、それについてメシヤ講座で習ったことですが、

8ページの288行。読んでいただけますか。

 

参加者

物質界と霊界の世界の中間を充填する

(先生)今月はタイトルが『無機質界』ですが、この御論文をお書きになられた昭和27年当時というのは、顕微鏡は6万倍でした。

ここに湯川博士の中間子の事が書かれています。

中間子と素粒子の違いですが、湯川博士が発見したころの素粒子と言うのは中間子とか電子とか陽子とか回っている世界の素粒子です。その素粒子を拡大した時に17の素粒子があるというのが、今回平成24年に確認できた世界なのです。

愈々(いよいよ)メシヤ様が、『物質界と霊界の世界の中間を充填(じゅうてん)する』という話が、〝より霊の方へ近づいた″という認識で今回これを拝読させていただくと、より一層メシヤ様が何にご注目なされていたのかということが、お解かりになるのではないかなと思います。

〇『理論神霊学』に沿って生活すれば御守護に溢れる。

(先生)私たちが浄霊をさせていただくときに〝お陰をいただく″という世界をメシヤ様は『実験神霊学』と呼ばれていたということですね。

それから、この世の中はすべて『霊主体従の法則』に沿って動いています。だから、〝見える世界″の原因は〝霊の世界″に原因があります。これは次回に拝読する『霊主体従』に繋(つな)がっていきます。それが『理論神霊学』の世界ですので、その『理論神霊学』に沿って生活をさせていただくと〝御守護に溢れる。″・・・そういう生活が許されますよ、ということですので、この『理論神霊学』と『実験神霊学』というメシヤ様のお言葉を自分の中で解釈をしておいていただきたいと思います。

〇毎日一ヶ月『無機質界』を拝読する

(先生)『人類の福祉に役立つ』ということ、役立っていくためには、大勢の人に浄霊のことを教えて差し上げて、そして浄霊を大勢の人が取り次ぐことによってみんな健康で豊かで平和な世の中に導いて行くことが大切なわけですので、そういうところを目指す拠り所に今回の御論文をさせていただければ有難いと思います。

 

メシヤ講座no.140浜松(平成24年9月)

そして、この御論文はどこまでも昭和27年にメシヤ様がお書きになったのだけれども、そのお書きになったことが平成24年によって科学的には極点に達しているのだということです。それから新紀元というのは21世紀になったときに、宗教宗派を超えて浄霊力を授けられるようになったということですので、“これからいよいよ一大転換を迎えていくときを迎えているのだ”というふうに受け止めていただいて、今日のこの『無機質界』というのを毎日1回は読んでいただきたいと思います。

 

三救責任者

毎日1回読んでもらわないといけないね、本当に。

 

新紀元ということが出てまいります。

こういう風に今世紀、21世紀になった時に、先生が御光無し(御守り無し)の御浄霊ということで、お話しされてですね、浄霊力というのが誰でも宗教宗派を超えて出来るようになったと、そういう事を新紀元と捉えるのであればですね、メシヤ教が始まった時だよね。浄霊力伝授が出来るようになった時、これからもっと広めていくんだということで、起点とするのであればそれはそれで良いかと思います。
そういう気持ちでなくただ新紀元と言うとですね、それは神武天皇の東征の話になってしまうので、それがイメージされてしまうのではないかと思います。

ここで言う新紀元というのは、そういう先生は受け止め方をされておるよと。21世紀になって先生が浄霊力伝授、御守り無しでもできるようにということで広めていったと、これは画期的なことです。

 

参加者

うんうん。

 

三救責任者

ずっと思ってるわけですから、御守りがなければだめだよと、救世教の方々は。だけど、自分達もそう思ったけども、実際無しでこういう風にやってこられてるわけであって、そういうことを・・メシヤ教に集った人たちには広がりましたよね。それ自体を広めていくのがですね、自分達の使命でもあるかと思います。そういう意味での新紀元ではあるかと思います。

 

次に、山中教授の話が書いてあって、その次に『誠』の不足を直視せよ、ということで344行から選んでもらえますか。

 

参加者

『誠』の不足を直視せよ

メシヤ講座・特選集no.140(平成24年9月分)

多くの問い合わせのうち、メシヤ様を教祖と仰ぐ教団所属者から「組織の違いによって何故浄霊力に差が出るのですか」という疑問が多く寄せられます。これは、三重支部中の『善言讃詞』に詠み込まれた内容に繋げて考えると頷けるのではないかと思います。また、日常的に慣れ親しんだように錯覚している御教えや祝詞の文言の意味に対して思考停止状態に陥っていることに関連します。

様々な施策を展開しようとしているようですが、神の座にある御方が御詠みになり、御書きになった内容を求め続けなければ形骸化してしまい、意味を成さないのです。先程の信仰姿勢を問う内容と相まって充分考慮を要することです。

そして、『無機質界』を拝読して判るように、メシヤ様は最新の科学に注視されながら時代の最先端を歩まれていたのです。その御姿に照らして考えてゆけば、自ずから答えも見えてくるものですが、見えてこないという人は、これはこれで仕方がないところでもあります。何にもまして『身魂相応でしか御教えは理解できない』と言われてきましたので。

それにしましても、『文明の創造』が如何に現代の私達の信仰姿勢に対してお導きをいただけているかが身に染みてまいります。大変に有り難いことです。

 一方、組織の問題に言及すると、「全ては明主様(メシヤ様)がやっておられる」ということで“事無かれ主義”を通そうとする方も見受けられます。しかし、その方々が見落としているのは、その後の『御教え通り』ということなのです。

そこでよく考えていただきたいことは、慣れ親しんでいる御教えとも言える短い御論文『誠』の内容です。

 

誠 (昭和二十四年一月二十五日)

世界も、国家も、個人も、凡ゆる問題を解決する鍵は『誠』の一字である。

政治の貧困は誠が貧困だからである。物資の不足は誠が不足してゐるからである。

道義の頽廃も誠のない為である。秩序の紊乱も、誠のない所に発生する。

凡ゆる忌わしき問題は誠の不足が原因である。

宗教も学問も芸術も、中心に誠がなければそれは形骸でしかない。

嗚呼、誠なるかな誠なる哉、人類よ、問題解決の鍵は、ただ誠あるのみである。

 

教団裏面史をつぶさに検証すると、メシヤ様の御寿命を縮めてしまった『御法難』の原因も『誠』の不足からでした。その『誠』の無さの後人に果たしてどれ程の影響が出るのかは、現代生じていることの多くを見れば一目瞭然ではないでしょうか。

この他、面談した人の中では様々な分野で研究を深めている方もいました。想念の持ち方で病気症状を誘発することは学究の明かすところまで来ています。そのため、日々の生活姿勢(心・言・行)によって病気症状を改善することができる広報をしている人もいました。これに対して、例えば〇L教団などは“天に対して不平を言うと頭痛持ちになる”ということで心の営みの大切さなどを説いてきました。

浄霊を取り次ぐ教団は、そうした想念面、行動面の営みを疎かにしてきたきらいがあります。御教えに具体例が満載されているにもかかわらずにです。

 今月拝読する『霊主体従』は、改めて深い示唆をいただけるものです。拝読を重ねると“『文明の創造』の出版に踏み切ることができて本当に良かった”と更に思えてまいります。そして発刊後の御神業の進展ぶりを拝すると、御神慮の深さにただただ感謝の念を深くするものです。

 

三救責任者

はい、ありがとうございます。

 

浄霊だけでいいんだ と言っているところはですね、想念面とか行動面の営みを疎かにしていませんかという事を、先生は御指摘されてます。

『誠』という御論文は『天国の礎』に載っていましたよね。

 

その次のところ、12ページね。リュウグウの砂に有機物という事がありました。

だから、宇宙へ行って広大な・・、無限大な方の宇宙へ行って、そこに有機質を発見したと。

『無機質界』の資料を作成している最中に上記の記事を読みました。というこいとで、

 

JAXAは昨年12月にはやぶさ2が持ち帰った小惑星「リュウグウ」の砂を大きさや色、形などごとにカタログ化してきた。採取した砂から水分子を構成していたとみられる水素原子が大量に見つかったと。有機物もあったが、「どんな有機物か、具体的な種類については今後の論文で明らかにする。」という記事が6月18日の朝日新聞に出ていました。

 

432行のところで、

〇太陽系の天体である小惑星「イトカワ」とか「リュウグウ」、あるいは地球という天体は今から46億年前に誕生したと考えられている。地球のような大きな惑星は生まれた時に一旦溶けてしまって、それが冷えて固まって現在の惑星になった。

〇「地球のような大きな惑星を調べても、46億年前の物質については情報が得られないが、小惑星のような小さな天体では溶けていないので、46億年前の物質がそのまま残っていると考えらる。

特に『リュウグウ』という小惑星には有機物があると考えられている。有機物というのはもちろん地球の生命の元になった材料ですので、我々はこの有機物を調べるということを一番大きな目標としています」。

という、これはこの記事の中村さんという方が言ってる事です。

〇現在、地球生命の起源についてはまだ謎が多い。

「我々は特にアミノ酸に注目しています。2つの同じアミノ酸でも、2つの立体構造があります。地球の生命は左手型のアミノ酸を使ってできています。その理由はまだ分かっていません。『リュウグウ』にアミノ酸があれば、その立体構造を調べることによって地球の生命との関係がわかるかもしれません」。

〇アミノ酸には左手型と右手型があるのに、地球生物は左手型のみを使うようになったのは、何らかの原因で両者に僅かな差が生じたからと考えられている。(中略)宇宙において円偏光の作用により左手型のアミノ酸の割合がわずかに多くなり、それをもとに地球生命が誕生した可能性を示唆している。

〇地球生物の「左利き」の起源が宇宙からきたものである可能性を示唆。

 

左手型。左手に注目したというか。左の方が多いんですって。物質ね。物質が左手型、右手型があるそうです。

同じだったものが、宇宙の揺らぎによって何らかの物質、片方の物質が増えることによって地球誕生とか、そういうことになって行ったんだよという事を言いたいだけね。

人間は元々左利きだというのがあるよね。それと関係しているかどうか知らないよ。これの言う左利き右利きというのは分からないよね。アミノ酸の結合の仕方ですから。物質の。

で、それから発想して、「左巻」という御教えがあるので、それを読むと、

 

左巻

大光明世界の建設 『光明世界』創刊号、昭和10(1935)年2月4日発行

『千手観音様は別名、千手千眼観世音と申しまして、千の手を以て、あらゆるものに生命を与え甦(よみがえ)らせ、千の御眼から放たれる御光に浴さしめて救われるのであります。西方文明が九分九厘になって行詰った時、一厘の力が出て生かすという事は、ちょうど螺旋(らせん)にたとえると能く判ります。今までは右巻きに西洋文明が進んで来たのでありますが九分九厘の瀬戸際で俄然、左巻きに変るのであります。右進左退即ち右巻は必ず破壊するもので、例えば炭団(たどん)を練っても団子を捏(こ)ねても左進右退なれば纏(まとま)って、巧くゆくが右進左退でやると崩れてしまいます。又鍵も左様であって、閉める時は右進左退、開ける時は左進右退であってこの理屈で当てはめれば能く判ると思います。ツマリ西洋文明は右進左退の破壊文明であります。時計のゼンマイも同じであります。』

 

ということで、ねじが右進左退だとハッキリ書いてある。右進左退。

時計の話もありましたので、前から色々上から見たり下から見たり、人間の左回り右回りという言い方自体がおかしいんだよという話をしましたよね。見方によって違うので、天から見るのと、下から見るのと違うよねというのと一緒で。

だけど、メシヤ様が考えておられたのは、ねじは昔から右へ巻くと閉まりますから。右へ向かって巻くと閉まるのを右進左退というと。左へ巻くと開く。だから、広がっていくのを左巻という。これからは左巻でないといけないよと。物理的には無いですよ。

今まで色々の見方があってやっていたけども、ここに出てきたので、左進右退、右進左退の・・メシヤ様がどう考えておられたかということね。

 

参加者

左から始まるということなんだね。

 

三救責任者

左に向かってという。これだとね。

時計のゼンマイを巻くのも右に巻くと。これも右進左退。

この御論文でいくとね。

だから、どこからとか、どこへ向かってとか、どこから見てとか、そういうのがあるので、御論文を読むときには注意して欲しいなと思います。

 

新盆が7月で旧盆が8月ということですので、盆についての御教えとメシヤ講座を後半部分には掲載させてもらいました。これをやっていてもうちょっとまとめようかなと思って、168ページになったので、特別編の 『慰霊・救霊』について作りました。

 

ここまでで、何かありましたら。

 

 

三救責任者

大人の週刊現代 というのがあって、意外と面白いです。また読んでみたらどうですかと思いました。

何か紹介しましょうか。

・日本の牛乳が嫌われる。

・パンは脳梗塞を招く。副腎がどんどん弱ってく。ふわふわのやつね。種類によってグルテンの量が変わってくると。それは、自ら脳を傷つけているんだって。極端にパン食ばかりの人いるでしょ。そういうのは怖いよ、自ら脳を傷つけているよということが書いてあります。

・風呂に10分以上入ってはいけない。熱中症になる可能性があると。

 

参加者

水分をとって入らないといけないって事ですよね?

 

三救責任者

そうそう。

体温が普段の平均体温より1度以上上がってしまうと、風呂の中で熱中症になる、そういうことでなくなる人もいるのでちょっと要注意。ヒートショック、熱中症が原因だったっていうことがあるという。

 

参加者

41度以上になると血液は固まるから・・

 

三救責任者

それで血栓できるよね。だから、ぬるま湯の方がいい。

基礎疾患がなくても危険なんですよということが書かれている。

・ウォッシュレットの話があります。先生も言ってましたね。洗いすぎに注意。細菌を噴射しているみたいなものです。タンクにね・・

 

参加者

タンクからとる水って事でしょ?

 

三救責任者

そうそう。

 

参加者

2種類あるじゃないですか。タンクから引き込むウォッシュレットと水道管というか直接蛇口からとるのと。

 

三救責任者

緑膿菌というのが検出された。

 

参加者

それにも勝つほどの菌を持ってたらいいけどね。(笑)

 

三救責任者

洗いすぎのリスク。

皮脂が取れてしまい肛門の周りがカサカサに乾燥してしまうという症例が報告されています。

だから人間には常在菌があるのでそれも取ってしまうんですという。皮膚炎、そういったところになるよと。

 

参加者

洗いすぎに注意ってことだね。

 

三救責任者

そうそう。海外では普及していない。日本で清潔を求める意識が高すぎてかえって悪影響を及ぼしていることもあるんですってこと。

それから、長生きしたいなら使ってはいけない日用品として

・うがい薬で喉頭癌になる可能性がありますよと。

・柔軟剤や香料の匂いで頭痛が起きるということもありますと。

化学物質過敏症という病気があるのかな。

 

参加者

多いみたいだね。

 

三救責任者

危険物質が使われているのね、うがい薬というのは。

イソジンうがい薬の箱に記載されている成分の中にはサッカリンナトリウム。これは歯磨き粉にも使われています。それから、歯磨き粉を選ぶときにはフッ素入りのものも避けた方が良いと。フッ素を口から摂取すると血液中のカルシウムやカリウムの濃度が下がってしまいますよと。結果、中枢神経や心臓に障害が出て頭痛や動悸といった症状が出ますと。

メシヤ講座でも昔の初期のには調べている人がいました。昔のを見るとあるよ。ある特選集の最初の方にも書いてある。

 

参加者

シャンプーの話とか。

 

三救責任者

そうそう、そういう話。

シャンプーは洗剤といっしょですと。

シャンプーのメリット買おうかこれポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸アンモニウムという合成界面活性剤が含まれています。だから洗剤を頭にかけてるのと一緒ですよという。

だから、ボディソープの代わりに安全添加物のない石鹸を使うのもお勧めですとは書いてありますね。

年取ったら、60代を越えればお湯だけで頭を洗えばいいんだって書いてある。

要は皮質を全部取ってしまう、洗いすぎると。顔もそう。洗顔、洗顔と言って、こんな洗顔をするのは日本人くらい。皮質をとるからだって。皮質をとっておいてまた塗る。外国ではではそういう皮質も大事にしてるよという。そういうことが書いてある。

そういうリスクも考えながら日用品を・・。

 

大人の週刊現代、参考になるかなと思って、紹介させていただきました。

 

何かありましたら。

 

参加者

『誠』の不足を直視せよ(344行~)の、ここの(日常的に慣れ親しんだように錯覚・・・)ところが難しいなぁと思って。

御魂相応に受け取れるんでしょうけど。

 

三救責任者

ここの『誠』の不足って、善言讃詞からきてるので・・・。

 

参加者

日常的に慣れ親しんだように錯覚している御教えや祝詞の文言の意味に対して思考停止状態に陥っている・・・って?

 

三救責任者

先生も奥津城で参拝して祝詞を奏上していて思い浮かんだのが、善言讃詞の中で無医薬にと出てくるのに、何で善言讃詞出てきて皆、無医薬に、無医薬にと何回もやってるのに無医薬になって行かないんだろうなぁっていうことを思ったよと、そういうところから来てると思うよ。そういう話をこの頃されてたからね。

 

参加者

あぁ・・。

 

三救責任者

もっと言えば、善言讃詞に「救世主(メシヤ)とならせ・・」という言葉を入れられたのに、何で素直にメシヤ様と御呼びしないの?と。そこ、おかしいんじゃないの?もうちょっと、ボーッとしてないで、メシヤ様が整えられたことを求め続けなければいけないんじゃないのと。

 

参加者

あぁ!分かりました。(笑)

それが、思考停止状態にって。はい、はい。

 

三救責任者

当時の幹部にしても「御光はなくてもいいんだよ」っていうのをきちんと伝えてくれればいいのに、「印刷してもいいでしょうか?」って聞いて、「それでもいい」って・・メシヤ様の言い方というのはそういう言い方で、選ぶのは自由ですよと。だけど、「なくてもいいんだけどな」というのが本心なわけであって、そちらの方を選択せずに、印刷する方を幹部は選んだのですね。だからきちんと考えなさいよということを先生はずっと考えておられたわけです。

 

参加者

意を汲んでいないということ。

 

三救責任者

「御光なしでいいんですよ」、「メシヤ様に繋がればいいんですよ」 と先生が言ったら、メシヤ教に入らなければ御光無しの浄霊が出来ないわけじゃない。そういう風に考える人がいるけど、違うじゃないですか。別にどこにいてもいいんですよ、という話でしたから。メシヤ様の前で住所氏名年齢を報告させていただけば浄霊ができますよ、メシヤ様と唱えれば浄霊が出来ますよ、という事を教えて下さってるのです。教団運営にこだわっていくと、そういったところが広がっていかないのだと思います。

これは『誠』につながるよね。

『誠』を持って、なぜやれないの?

 

参加者

御玉串にしてもそうじゃないですか?

感謝献金、本当に有難いと思ってあげさせて頂くのが誠じゃないですか。言われたからあげるのは違うじゃないですか。

 

三救責任者

私の玉串どうなった?とかってずっと言ってる人がいるじゃないですか。
それ、誠あるの?って思いません?神様にお捧げしたのでは?って。

 

参加者

それこそ、この間読ませてもらったような、借金してまでしてる人ならそういう感覚にもなっちゃいますよね。

 

三救責任者

そうですね。上の人の言い方・・。

だけど、その時に自分が「何故?」「おかしいんじゃないの、これは?」って考えなかった自分がいるわけじゃないですか。上の人に言われたからやったという。普通、考えておかしいと思いません?家の財産全部教団に寄付したら救われるって、入信したら救われるとか、御神体を奉斎したら救われるというのはやめておけという話です。

だから、神様と取引をするなという話です。

御神体を奉斎したら治してもらえますかとか、そういうものじゃないよと。入信したら、この病気を治してもらえますかっていうもんじゃない。治ったから有難いと言ってするのが本来であって、そこのところ。

これが、全部『誠』に通じてくる。

 

参加者

色々体験談が書いてある中で、それぞれの捉え方でしょうけど、浄化してる方に、そこは御神体を御奉斎しているのかとか、活動しているのかとか、そういうことを仰ってみえるじゃないですか。で、してるとかしてないとか答えて。そうすると、その事を読んで、例えば先生からそういう事を言われたら、自分で「あぁ、御神体を御奉斎した方が御守護頂けるんだな」っていう思いにかられてしまう事もあり得ますよねぇと思っちゃいました。そういう風に捉える人もいる。

三救責任者
『誠』ということについて考える機会にしていただければありがたいです。

 


(省略)

司会

以上をもちまして7月度月次祭、並びに一日祭を終わらせていただきます。

 

参加者一同

ありがとうございました。


『誠』の不足を直視せよ

メシヤ講座・特選集no.140(平成249月分)

多くの問い合わせのうち、メシヤ様を教祖と仰ぐ教団所属者から「組織の違いによって何故浄霊力に差が出るのですか」という疑問が多く寄せられます。これは、三重支部中の『善言讃詞』に詠み込まれた内容に繋げて考えると頷けるのではないかと思います。また、日常的に慣れ親しんだように錯覚している御教えや祝詞の文言の意味に対して思考停止状態に陥っていることに関連します。

様々な施策を展開しようとしているようですが、神の座にある御方が御詠みになり、御書きになった内容を求め続けなければ形骸化してしまい、意味を成さないのです。先程の信仰姿勢を問う内容と相まって充分考慮を要することです。

そして、『無機質界』を拝読して判るように、メシヤ様は最新の科学に注視されながら時代の最先端を歩まれていたのです。その御姿に照らして考えてゆけば、自ずから答えも見えてくるものですが、見えてこないという人は、これはこれで仕方がないところでもあります。何にもまして『身魂相応でしか御教えは理解できない』と言われてきましたので。

それにしましても、『文明の創造』が如何に現代の私達の信仰姿勢に対してお導きをいただけているかが身に染みてまいります。大変に有り難いことです。

 一方、組織の問題に言及すると、「全ては明主様(メシヤ様)がやっておられる」ということで“事無かれ主義”を通そうとする方も見受けられます。しかし、その方々が見落としているのは、その後の『御教え通り』ということなのです。

そこでよく考えていただきたいことは、慣れ親しんでいる御教えとも言える短い御論文『誠』の内容です。

誠 (昭和二十四年一月二十五日)

世界も、国家も、個人も、凡ゆる問題を解決する鍵は『誠』の一字である。

政治の貧困は誠が貧困だからである。物資の不足は誠が不足してゐるからである。

道義の頽廃も誠のない為である。秩序の紊乱も、誠のない所に発生する。

凡ゆる忌わしき問題は誠の不足が原因である。

宗教も学問も芸術も、中心に誠がなければそれは形骸でしかない。

嗚呼、誠なるかな誠なる哉、人類よ、問題解決の鍵は、ただ誠あるのみである。

 

教団裏面史をつぶさに検証すると、メシヤ様の御寿命を縮めてしまった『御法難』の原因も『誠』の不足からでした。その『誠』の無さの後人に果たしてどれ程の影響が出るのかは、現代生じていることの多くを見れば一目瞭然ではないでしょうか。

この他、面談した人の中では様々な分野で研究を深めている方もいました。想念の持ち方で病気症状を誘発することは学究の明かすところまで来ています。そのため、日々の生活姿勢(心・言・行)によって病気症状を改善することができる広報をしている人もいました。これに対して、例えば〇〇教団などは“天に対して不平を言うと頭痛持ちになる”ということで心の営みの大切さなどを説いてきました。

浄霊を取り次ぐ教団は、そうした想念面、行動面の営みを疎かにしてきたきらいがあります。御教えに具体例が満載されているにもかかわらずにです。

 今月拝読する『霊主体従』は、改めて深い示唆をいただけるものです。拝読を重ねると“『文明の創造』の出版に踏み切ることができて本当に良かった”と更に思えてまいります。そして発刊後の御神業の進展ぶりを拝すると、御神慮の深さにただただ感謝の念を深くするものです。


覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

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