2023年2月10日金曜日

令和5年 立春祭を終えて

 stand.fm


 

 

令和5年2月4日
              令和5年 立春祭を終えて


三救責任者

皆さま、立春祭おめでとうございます。

昨日は、厳粛に節分祭を執り行い、お詫びをさせて頂きました。

メシヤ様の時代にはメシヤ様は赦す権能をお持ちの神様ですので、節分祭は行わず、国常立尊様を押し込めたことを昭和29年の立春祭で初めてお話になられたと聞いております。

 

立春の御教えとして何度かお話しさせて頂きましたが、再度確認をさせて頂きますと、

 

『その時に世界を主宰していた神様が国常立尊という神様です。

この神様は非常に厳正な神様で、間違ったことは許さないというような政策をとったために、

非常に多くの神様――八百万の神――から、その時分でも世論が、どうもあんまりやかましすぎてとてもやりきれない、だから押し込めてしまった方がよいというので、排斥運動、押込運動をした結果、押し込められたのです。

それで艮(東と北の間)のある地点に押し込めたのです。

そうして、ふたたび世の中に出てこられないようにというので、豆を炒ってまいて、その時に“炒豆に花が咲いたら出てきてもよい”と……

もっとも、炒った豆が芽を出すはずがないのですから……

それを条件のようにして押し込めたのです。』

これは、『御教え集』31号 昭和29年2月6日です。

 

豆まきの風習というものを拵えて、知らず知らずに押し込めた神様をお出ししないことに、民衆は加担してしまっていたわけです。

 

それで、押し込めたことをお詫びするのが節分祭ですが、本日の立春祭から神様の光、偉力が強くなってきます。それで立春祭をお祝いするのです。

 

メシヤ様がお体をお離れになられたのが昭和30年2月10日です。
今、読ませてもらっているのが、2019年のご挨拶させていただいた内容ですけども、それから昨日(2019年の節分祭)までの日数が23,369日だということにその時気付いて、お話しさせていただきました。
ミロク369の数字が出ていたわけです。

さて、今年は令和5年、2023年の今年は?ということで、今年の数字を少々考えてみました。

 

朔旦立春(さくたんりっしゅん)

 

“朔” は一日、初めということです。

先程の立春の御教えは昭和29年、1954年です。この年は朔旦立春でした。調べていて気付きました。

旧暦というのはおよそ一月遅れになります。旧暦では立春近くに元日がめぐってきますが、必ずしも立春=元日にならないのは、二十四節季は太陽の動き、元日は月の動きで決められていたからです。

旧暦一日は必ず朔(新月)ですが、立春は朔に関係なく定められるため、多くの年は一日になりません。

ただ、何十年かに一度、立春が朔と重なり、旧暦一月一日になる年があります。これを朔旦立春、または立春正月といい、大変めでたい日とされてきました。

1954年(昭和29年)は朔旦立春でした。

その次が1992年(平成4年)

次が2038年、令和20年、今から15年後が朔旦立春だそうです。

立春は新しい年の始まりであったことから新暦となった現代も年賀状に「新春」「迎春」と書く習慣が残っています。

このめでたい朔旦立春の年に立春の御教え、先程の厳正な神様である国常立尊様を押し込めたという詳しい話の御教えがあったのがこの年だということです。

そしてその時より、1954年の立春より今日は69年。週でいくと3600週でした。ここでもミロクという数字が出ているということです。

数字においても知らせて下さっているのです。

もう少し昭和29年の立春の御教えについてお話しします。

 

『今年の節分はいよいよ艮の金神様が表になる。つまり、今まで三千年隠れていたのが表面になるのです。

○○教を開いたのは、霊界がそうなったのです。

ところが今度は現界がそうなる。という事になったのは、この節分にお知らせがあったのです。

というのは、御隠退になっている時は、霊界に行かれて閻魔大王になるのです。閻魔大王というのは要するに霊界における審判の……今で言う検事総長とか最高裁判所長というような、そういった裁きの最高の地位です。ところが「この世の閻魔と現われた」というのですからして、今度は現界的の裁きをされるわけです。これが審判です。』

 

昭和29年2月7日の御教えです。

立春の日に、閻魔の絵がメシヤ様の手に入った。これが一つの型だと。

その型によって、「(この世の)閻魔が審判に入る」ことを啓示された。

『神様はすべて型で見せますから、この閻魔王の掛け物によってお知らせになった。』

ということが、御教えにでていまして、

 

節分が夜の世界の罪穢れが清算される。すると、6月15日の方は明るくなるというようなそのようなものですね。

で、それがだんだん強くなっていくんですがね。

近頃は浄化が非常に強くなってきた。

信者の人で浄化の強い人が随分・・。これは信者の人も皆知ってますがね。なかなか古い人でも、かなり強い浄化が起こるんですね。

で、信仰の固まっている人は、どんな強い浄化でもそれを逃れますけども、少し、フラフラしている人は、なかなか危ないことがあります。

けれども、結局は救われますけれどもね。

たまには、子供や何かの身代わりなんてのがありますから、よほどしっかり信仰を握っていなければ負けですからね。

 

昭和27年2月5日の御教えです。

今の、「子供や何かの身代わり 」というのはですね、親に養われている間は親の罪穢れも分担すると。

それから、先程の「信者の人も皆知ってます」 というのは、信者なら誰でも気付きます、浄化が旺盛になってくるということ。

それから、信仰の固まっている人ということで、これは、メシヤ様に対する深い信仰を持っている人。御教えの真摯な実践に励む人。そういうことが、信仰の固まっている人。

それから、子供や何かの身代わりというところで、宿命を素直に受けとめなさいと。

 

『一切、現れること、人から交渉あることも、住む土地も、みんな因縁があるのです。つまらないようなことでも、それに従わないとやっぱり悪いのです。』

 

ここは、何事も因縁によって起こるものであるから、自分として納得できないことにも素直な気持ちで即応しなさいと。

 

よく、それ(我)を通して自分の思った通りを突き抜こうとしますが、ロクなことはないのです。だからそういうのは我です。

「よし、俺がこう思ったら、誰が何と言ってもやり抜いてみせる」「どんな事情があってもやり通してみせる」という、これが危ないのです。それよりか、ちょっとやってみていけなければよしてしまうのです。

さっぱり信念がないように見えますが、ところがそうではないのです。

つまり、そこで素直、運命に従順ということが一番よいのです。これは決して間違いないことです。

間違いなければうまくゆくのです。

ところがどうも人間というのは、「精神一到何事か成らざらん」主義でなかなか素直にゆかないのです。

私はいつかも言ったことがあるが、人間は腹に力を入れなければいけないと言いますが、腹に力を入れてはいけないのです。武芸者でも、腹に力を入れているのは、まだ本当ではないのです。もし、腹に力を入れていると敵がパッと来たときに、パッとゆく千変万化の働きができないのです。

それが腹に力を入れてないと、千変万化の働きができるのです。機に応じての働きができるのです。

 

この機に応じての働きというのは、

神様は出来事を通して、御自分の意志を伝える。しかも、人間の思惑とは全く異なることが多い。裏に神意のあることをよく知れば千変万化に応じることができる、ということです。

 

今の話は『新伝導の手引き』からお話しさせていただきました。

 

 

2018年3月3日、メシヤ降誕本祝典を行い、メシヤ様に現界にお出ましいただいて、今年の本祝典記念祭は5年目になります。

国常立尊様を押し込めた、隠退に追いやって以来、夜の時代の癖を引きずって現代にいたっているわけですから、私達は、再びメシヤ様が御隠退なされることがあってはならないのです。

昭和に『メシヤと呼べ』と仰せられたメシヤ様の御意図を察せず、再び明主様とお呼び続けていることは、神代に国常立尊様を押し込めたことに加担してしまった、見て見ぬふりをしてきたことと通じてしまうのだと思いませんか。

メシヤ様の御存在を認識させていただくということは、メシヤ様と御尊称申し上げてこそ叶うことであると思います。

メシヤ様にお出ましいただいたかどうかとは、メシヤ様の認識が許されたかどうかなわけだと思います。

私達はメシヤ様のことを宣べ伝える、御教えを学びその実践につとめる、御教えに基づいた浄霊を実践していく。

これが、この事が、救いにつながっていく、人類救済につながっていくただ一つの道であると思います。

大きな、壮大な話をしておりますが、救いの一歩は家族です。集団の最小単位は家族なのです。

そして、皆さんにつながってくる人々、ぶつかってくる人々です。今まで学んできたことをフル活用して頂きたいと思います。

まず、病気とは浄化作用である。神様が体を浄めて下さっておられる。大変ありがたい神様の恩恵なのだと、自分の体験を自分の言葉で世の中の人々に伝えていきましょう。

あなたの体験をあなたの言葉でご縁ある方々に話しましょう。

あなたの発する言霊によって、御神縁は結ばれるのです。

宗教学者の岸本英夫先生は、人間生活そのものが宗教であると説かれ、先生もよく引用して話されました。

節分の本当の意味を知ることができた私達は、「鬼は外」と鬼を追い出すのではなく、鬼門に太古に押し込められた、隠退に追いやられた厳格な尊い神様、審判の神様を認識することなく、夜の時代の癖を引きずって今まで過ごしてきたことをお詫びしなければなりません。

メシヤ様は国常立尊様の御働きもされておられました。

メシヤ様は全ての神々の頂点であり、主神様であられるわけですから、お詫びし、赦しを請うのは主の神メシヤ様であります。

また、イザナギの尊様の御働きをされておられましたので、もちろん観音様が初まりだったということが、善言讃詞にも出ております。

私達は『主神様とメシヤ様』を刊行し、全ての神々は、主神様御一方に帰一していくと学ばせて頂いております。

善の神も悪の神も主神様が必要があって創造され、派遣されました。

人間界が行ってきた行事や習慣、人間の営み、全てのことは、主神様の壮大な御意図のもとに進んで参りました。

 

ということで、『主神様とメシヤ様』につながっていくということで、

『文明の創造』の朗読、スタンドFMが昨日完了いたしました。
次に、『主神様とメシヤ様』の朗読をアップしていきたいと思います。

これは、メシヤ様の御神格を求め続けていくということです。
朗読することにより、またアップすることにより、アップした音声を聞くことにより、新たな気付きや、これだと感じるところが一つでもあれば一歩一歩地上天国に近づいているのではないかと思います。

昨年の自分より一つでも成長して、弥増す光を体で、魂で受けとめ、地上天国に近づいて参りましょう。

本日は立春祭、おめでとうございました。

 

司会

以上をもちまして救いの三本柱、三救立春祭を終わらさせて頂きます。

 

三救責任者

ありがとうございました。

 

参加者一同

ありがとうございました。

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