2023年9月10日日曜日

覚りの旅  令和5年9月 月次祭を終えて

 令和5年9月1日

   覚りの旅  令和5年9月 月次祭を終えて

三救責任者
皆様、月次祭おめでとうございます。

参加者一同
おめでとうございます。

三救責任者

先月、地球の平均気温はおよそ12万年ぶりの最高気温を記録したことを新聞記事からお話しさせていただきました。この異常な暑さは、地球にとって初めてではないのです。
今月の御教えに『霊界においても現界に1日のうちに昼夜があるごとく、10年にも100年にも1000年、万年にもあるのである。』とあるように、この万年10万年という長いスパンで現界においても考えてみるのも必要なことだと思います。
メシヤ講座では『3つの循環と文明論の科学』岸田一隆著 株式会社エネルギーフォーラムから、
この人類の中には飛躍した時がある。
第一の飛躍は10万年前言語を持つことを許されて世界に散らばった時期。
第二は約1万年前に農業を手に入れ栽培、定住をするようになり文明が始まった時期。
第三は18世紀に産業革命が起きて物質文化のものすごい飛躍。その一方、自然の破壊も進んだ。自然が再生産をする力とか浄化をする力が、現代においては飽和状態になっている。
著者の言いたいことは、我々の生活を発展に向けるのではなく、いかに穏やかに生活するというように切り替えていかなければいけない時期を迎えているということですが、今月の御教えに当てはめて考えることができるので、取り上げられたわけです。
10万年前が言語、1万年前が農業、200年前が産業革命。歴史の見方をこのように考えていけば、非常に深いものになっていきます。

とメシヤ講座で学んでおります。
先生が紹介された。この著書を取り寄せて改めて読みました。
私の印象に残ったことを一つ紹介します。「着眼大局、着手小局」という中国のことわざがあります。
 
<「着眼大局・着手小局」とは、事を成そうとする人は、いつも大きな目標を持ち、その目標に向かって計画を決めて実行して生きて行くことが大切である。という意味で、中国の荀子(じゅんし)(313BC~238BC)の言葉です。
着眼大局とは、広い視野で物事を全体的に大きくとらえ、その要点や本質を見抜くこと。 そして着手小局とは、実際に取り掛かるときには、細かなところにも目を配り、具体的に実践していくことです。
荀子の思想の、勧学篇は「学は以て已(や)む可からず」の語から始まる。人間は終生学び続けることによって自らを改善しなければならないと説く。学ぶことは自分勝手な学問ではものにならず、信頼できる師の下で体系的に学び、かつ正しい礼を学んで身に付けた君子を目指さなければならない。荀子にとっての君子は、礼法を知って社会をこれに基づいて指導する者である。>

時代的に言えば、「着眼大局・着手小局」という事の時代は、中国の秦王朝・・・映画のキングダムは知ってる?

参加者
今、映画がやっていますね。

参加者
見てはいないですけど。

三救責任者
項羽と劉邦という武将がおりました。
項羽は始皇帝の墓を暴いて宝物を持ち出し、宮殿すべてを焼き払ってしまいます。劉邦は部下に命じて、秦の時代の歴史書、法令を保存します。武力での王朝交代でさえ破壊してゼロにして戻してしまうのではなく、節度ある継続性を意識できたかどうかが鍵となり、漢帝国の成功へと繋がっていきます。
着眼大局、着手小局 変革には時間がかかります。目標設定は大つかみの視野を持って、実行は小さな努力の積み重ね、このような考え方です。
 
私たちに置き換えれば、地上天国建設という大局を持ち、日々御教え研鑽、浄霊実践、祭典の積み重ねが大切だ という事かと思います。
 
文明の創造の拝読の前に、新伝導の手引きの解説から聞いて欲しいことがありますので、紹介致します。
神様は永遠。神様にとって人間の時は一瞬。霊界における昼夜の転換解説。
現界での人間の一生は長くて百年なので、現界の一日は二十四時間が周期になっています。
しかし、霊界では魂によっては次の使命の下るのに霊界で千年待つこともあります。(天国の福音書、天国の礎宗教編下)
まして永遠なる神様にとっては千万年も一瞬なのです。(新伝導の手引き)
霊界は主神様の経輪が中心で、したがって全く小さい存在に過ぎない人間霊の現界での生活を反映した二十四時間という周期はないのです。
人間の立場で見ると、『霊界は意志想念の世界』(天国の礎、宗教編)
『時間空間を超えた世界』(御教集33号)ということに尽きる。
以上のことを前提として考えると、この御教えは理解しやすくなります。
 
ということで、その御教えの、『霊界における昼夜の転換』の拝読をお願いします。

参加者
『文明の創造 霊界における昼夜の転換』 拝読

三救責任者
はい、ありがとうございます。
ここで夜昼転換の基本概念を新伝導の手引きより紹介します。
 
夜昼転換の基本概念
霊界の転換と現界への移写。地上天国を作るにあたっての最大の障害は病気です。
これまで論じたように、病気の原因は薬剤と肥料と罪です。
(先月学んだばかりですね。先月の御教え『唯物医学と宗教科学』304P で学んだばかりですので、記憶に新しいかと思います。)
薬剤と肥料は人間の意志でなくすことができます。
しかし、罪の問題は今までの宗教では解決できませんでした。
本教(メシヤ様信仰)はこの問題も解決して病なき世界を作ることができますが、それを説明する前提としてある重大なことを知らせなければならない。ある重大なことというのは、昼の世界が来て、日の神が世に出る。
人間を改心させる力を持ち、人間の獣性を消滅させる。改心した人の罪を許す権能を持たれている。従って罪の問題も解決するのです。
『大宇宙のそれ』305P というのは、大宇宙における昼夜の転換のこと。
『このことを知るとしたら』305P というのは、大宇宙に昼夜の転換のあることと、その転換の真相を知るとしたらということ。
 
次も新伝導の手引きから
 
夜昼転換
主神様は宇宙の始まりから終わりまで支配されておられます。
主神様の計画とその遂行を『経輪』と言います。

(主神様の計画とその遂行を『経輪』と言う。だから、経綸が変ったのだ、とかいうような事は御教えに合致していないということです。)

経輪には夜と昼があり、悪が強く、不幸の多かった時代を「夜の時代」あるいは「夜の世界」と言います。しかし、最奥の霊界は700年くらい前から昼に入り始め、昭和6年6月15日から現界も昼に入り始めました。
メシヤ様はこのことを昭和元年の神掛かりの時、神様から啓示されました。夜昼転換して文明の誤りが正され、地上天国の道が開けるのです。
昭和元年12月下旬、三月ばかり神掛かりになられました。
『観音様のご本体である伊都能売の神様がかかられ、私の使命を知らしてくれた。それは観音様が私の肉体を使って人類救済の大業をさせるということや、2600年以前、釈迦出世の時代、観自在菩薩としてインド補陀落山上に安住され、救道を垂れたことなど、種々の因縁を明かされました。』

(今出てきましたね、観音様が御釈迦様に求道を垂れたという話は。)
因縁というのはメシヤ様がこの地上に天国を作るのは、前の世、観音様にお生まれになって救いを垂れられたことと縁があるということ。
昭和24年10月5日「観世菩薩と私」 という御教えの内容を『新伝導の手引き』で解説されておられます。

フリーディスカッション
ここでフリーディスカッションとして、夜昼転換とは?仏滅とは?そのほかこの一月の出来事を通して思った事や○○を御教えを現代に生かして考えてみたというようなことを皆さんに話してみてください。
記憶に留めて一緒に考えるというのも良いのではないでしょうか?
フリーディスカッション!(笑)
何かあります? 一月間この資料を作るのにずっと考えているわけですけども、皆さんも何かしら次のテーマはと言ったときにね、仏滅、夜昼転換という非常に私たちのやっている宗教の中の根本の、夜昼転換というのは、御教えであるので、皆さんも聞いているだけじゃなくて、何かしら考えてほしいなと思って。

参加者
一杯ありました。ありすぎて、まとまっていないです。
神界通信とか御垂示とかもみせて頂いていたんですけど、夜昼転換の事も当然出てきていて、その場その場で色々考える事はあったんですけど、まとまらないです。

参加者
関係ないかも知れないんですけど、親戚が墓じまいをすることになって、これも仏滅と関係あるのかなと少し思いつつだったんですが、その墓じまいのお参りに本山へ一緒に行かせて頂く事になっていたんですが、急に行けない事情が出来てしまって、それで、後日改めてお家の方へお参りに行かせて頂くことになったんです。今迄お参りをさせて頂く機会が一度もなくて、今回も本山に行けてたらこういう機会がなかったと思うんですけど、初めてそこの御仏壇で善言讃詞をあげさせて頂けて良かったと思っていたんですけど、これもこういう時(夜昼転換とか仏滅とか進んできている)だからかな・・・とふと思いました。


善言讃詞
三救責任者
今、善言讃詞の話が出ましたので・・まとめの挨拶で善言讃詞について書いていたんですけども、先にこれを話しますと、

善言讚詞には天国になっていく様子が読み込まれている。とメシヤ講座で学びました。
メシヤ講座・三重no.22 平成21年8月度
 善言讃詞  は 御神前では自分に。仏壇では霊界の人に。
(質問者)御神前で奏上する善言讃詞と仏壇であげる善言讃詞の意味合いを教えてください。
(先生)御神前で奏上する天津祝詞は神様に聞いて頂いているのではなく、自分たちの霊界に響くように奏上しているのです。
【諸々の曲事罪穢を 祓ひ給へ浄め賜へと申す事の由を】
曲事罪穢をとってもらうよう自分に聞かせているのです。
御神前では自分の霊界を変えて頂くというそういう気持ちが大切です。
近所の手前大きな声で奏上できない時には小さな声でも良いのでそういう気持ちを込めて奏上して下さい。
一方、善言讃詞は天国になっていく様子をあらわしています。
神様の御前で自分の霊界が天国になっていくようにお唱えさせて頂くのです。
神様は天国そのものなので神様に聞いて頂くのではないのです。
自分が聞かなくてはならないのです。自分に聞かせるために奏上しているのです。
そして、仏壇では霊界の人(仏壇の御先祖様)たちに聞かせるために善言讃詞をあげるのです。

このように、善言讃詞について学びました。お墓でもそうですよね。善言讃詞をあげる。 

『地上天国』4号、昭和24年5月25日
化身で一番重要なことは、仏は全部神の化身であって、夜の世界の間は仏の世であるから神々は全部仏に化身された。天照皇大神が大日如来、月読尊が阿弥陀如来、稚姫君尊が釈迦如来というようにである。
従って、仏滅ということは仏がみな元の神格に還り給うことである。

仏滅というのは化身されていた仏様が神様になっていく事ですね。それが仏滅です。

善言讃詞に「観世音菩薩此土に天降らせ給ひ 光明加来と現じ 応身弥勒と化し」とあるが、観音は伊都能売の神であり、ミロク神の化身である。従って、いずれは観音という御名もなくなる時が来る。霊界ではすでにほとんどなくなっている。

ここがね、善言讃詞においてもね。
浜松の神界通信というのがあるわけですけども、観音様が○○さんにおかかりになって
「私の御用は終わったので神界へ帰らせていただきます。皆さん、さようなら」というのがあります。
神々の出世に伴って天国になっていくのだということが善言讃詞に読み込まれているのです。観音様の神界通信は一個しか出ていないです。「さようなら」はもう観音様が『元の神格に還り給う』ということです。
そこがわからないと観音様はもう居られないんだとなるけど、名前が変わったということですからね。「さようなら」と出てきてますから、そこを御教えを見ていないとわからないですね。
善言讃詞の話で、「救世主(メシヤ)と成らせ」と、最後に入れられたことは、夜昼転換の主神様の経綸における最重要なことですね。一人でも多くの人がこのことを認識させていただけるか否かが地上天国建設と密接に関わっているとお分かりいただけると思います。
今の時代のためにメシヤ様は観音様として善言讃詞の最初、先ほども出てきましたけども、天界から、宇宙から、地上に主神様の命令で天降らせられたのはどなたですか?と言ったら、一番最初は観音様ですね。元、天界から来られたのは観音様ですから。
ずっとメシヤ様は 自観 という名前を使っておられましたし、観音様が元ですね。
最後にメシヤとなる。それがいつの時代からかと言ったら、お釈迦様の時代にもあるように、ずいぶん前に日本から渡られてという、その時代からメシヤ様は観音様と密接に関係ある・・というか、メシヤ様だったんでしょうね。
だから善言讃詞というのはメシヤ様の天界から天下ってから何度も生まれ変わっていく、働きが変わっていくと、そういうことが読み込まれている。
それによって天国になっていくんだと、初めから人を救うために観音様として最初は地球に来られたんだということが読み込まれているんだな、というふうに思います。
だから、ずっと、なかなか「救世主(メシヤ)とならせ」といれなかったということですね。それを最後に入れられたんですから。だからメシヤ様と御尊称させて頂かないで、どうするんだという話になってくるわけです。
ここが認識できたかどうか。
そこと、主神様の経輪で来られたわけですから、私たちの的となる神様というのはメシヤ様であり、当然その奥の主神様である、主之大御神様であるということがわかるかと思います。
だから今の時代のためにメシヤ様は観音様として天界から天降らせ給ひ、夜の時代から救いを続けておられたんだ、と善言讃詞には夜昼転換が読み込まれているんです。
私たちは日々奏上させていただける。なんと有難いことではありませんか。

参加者
仏滅 の捉え方が、さっき言って頂いた言葉で変わりました。仏滅って、滅すると思っていたんですけど、無くなるんじゃなくて・・

参加者
上がっていく。

参加者
そうそう、上がっていかれるから、という事なんですね。段階として。

三救責任者
化身しておられたという事が分かってないと、仏様が全部なくなっていくんじゃなくて、全部出世されていくんですからね。

参加者
出世。そこが上がっていくという意味で。今まで聞いていたのに・・。今、ようやくピーンってきました。

参加者
一つ聞いてもいいですか?
仏法は無くなるけれども、仏界はあるという御教えにあったと思うんですけど。
化身の仏が神にかわるから仏界がなくなるという意味ですか? 

三救責任者
無くなるという意味が、化身していた仏が神にあがっていくという、だから、仏滅になっていくという。
夜の世界が昼の世界になっていくんだよという。この夜昼転換の話ですね。

参加者
悪が少なくなるってこと?

三救責任者
何が気にかかる?今までのご先祖様はどうなっていくんだろう、ということが気にかかることかな?
声が聞き取りにくい状態で・・。

参加者
御教えに、仏法はなくなった、と書いてあって。
今日、拝読された、日蓮が清澄山で御唱えした、その前までは南無阿弥陀仏の六字の称名を御唱えしてたとあるじゃないですか。それが、日蓮が五字の称名の妙法蓮華経を唱えたところから昼の時代に転換していっている。それを聞いて私は、仏法というのはその六字の名号を唱えた後からが昼の時代に転換していく、それが、仏法は無くなったけど、仏界はあるのかなという風に解釈しちゃったんですけど・・・。

三救責任者
仏界も仏滅ですから・・。

参加者
そういう御教えがあるんです。

三救責任者
ええ、あります。
日蓮の話は型ですよね、宗教界の。東から出るという型と。
六字から五字になる、六から五になる、南無阿弥陀仏から妙法蓮華経に。
六六六の天界の一厘が降るから五六七になるわけですから、六自体が、六六六自体がフリーメーソンとかに現れるように物の方。物と仏は通じていますから。仏滅というのは物質中心の世界が無くなるって・・無くなるわけじゃないですからね、実際は。まだ残っている。悪も認めているわけですから。この悪を認めるというのが、メシヤ様の一番の御教えの骨子にもなってくるわけで。今までの悪を認めていたという事ね。
仏滅の話からもう一つ、今までの中心になっているのは経綸という事ですけども、経綸の主要テーマは夜昼転換であって、それに基づく文明の転換、その前提としての「医学革命」と「最後の審判」があるわけです。これらを経て「地上天国」が到来し、ついには「水晶世界」に至る。これらは全て神様からメシヤ様に啓示されたことです。経輪に関するメシヤ様の御教えの特異性は、「悪の存在」の価値を肯定するところにあります。
悪も肯定しているわけね。いわゆる、物質を引き上げてくる、物質世界を引き上げるという、悪ではあるけども、そのためにということで。だから六というのもある意味、肯定しているわけですね。

無神論ということが問題で、今まで神様がその存在を許された重要な悪に無神論がある。
無神論の普及は今日まで人々を物質世界の充実に駆り立て、絢爛たる現代文明を生むのに役立ったが、他方悪の淵源(えんげん)、源ともなってきた。故に、神様はもう無神論の存在を許すことができない。しかし彼らにも神様の実在することを認識させて救おうと、神様は、メシヤ様はですね、『浄霊法』を授けてくださったのである。そういうところにつながっている。
だから神様を信じない。そこが、仏滅ってことは、仏しかないんだではないわけですね。その仏界とか仏法とかと言うわけじゃなくて、神様。元は神様なんですよという。それが仏滅ですから。その世界がなくなる云々。悪がなくなる云々。もう悪を許すことはできないと仰ってるわけ。
以上のように、今まで物質文明の発展のため必要なものとして存在した諸々の悪が不必要となって、あたかも存在価値を失った生物が自然淘汰されたように淘汰され、人間も「地上天国にふさわしい、完全人間になれるように」という神様の意思に従えない人は淘汰されて滅亡するのである。
昭和27年、『文明の創造 善悪発生とキリスト教』。

今、仏滅の話ばかりしてるけども、今度は『善悪発生とキリスト教』ということで、キリスト教のことについても出てくるわけですから、物質文化の一番の元というのは素戔嗚尊様がキリストとしてワーッと物質文化を広めた、キリスト教を広めていったということにあるわけで・・順番としてそうなっているので。

仏滅ということで見ていて、昭和28年の御教えの中に
インドには仏教信者というのはほとんどいないそうです。全部ヒンズー教とイスラム教だそうです。そして残っているのはビルマが一番だそうです。が、あとはマレー、タイ、その周囲、それから日本、それだけだそうです。ですから仏教はほとんどなくなったようなものです。というのは、今読んだ通り、お釈迦さんは奇跡を行わなかったということが根本原因です。キリスト教がともかくああして発展したのは、キリストは奇跡を行なったからでしょう。しかし、キリストの奇跡を取れば、あとはバイブル、つまりお説教です。そこで神様はメシヤ教を作って大奇跡によって救うのです。それで奇跡奇跡と言うが、本当は奇跡ではないのです。つまり、これが本当なのです。今まで嘘のことばかりやっていたから、本当のことが奇跡になってしまうのです。世の中が本当になれば、奇跡が本当のことで、そうなれば奇跡とは言わなくなります。それから一言言っておきますが、どうも浄霊に力が入るようです。よく御守護の伝報が来ますが、じき治るようなことが大変困るように書いてあります。これはやっぱり浄霊に力が入るせいです。そこで治りが悪いのです。この力を抜くというのはなかなか大変なものですが、力を抜くほど治るのです。そこで力を抜いて向こうに通らなければならないので、これがなかなか大変なのです。ですからどこまでも力を抜くということに注意するのです。そうすると、とてもよく治ります。ですから私もこうして浄霊していますが、力を抜くということはなかなか楽であって、骨が折れるわけです。

仏滅の話から浄霊の力を抜くという話に・・。
要は、浄霊の方法も押していたり、力を入れていたのが、離して力を抜くようになった。神格が上がっていくにつれて、そういう風になってきた。という浄霊法まで変わってきているわけですね。

最近知ったことですが、仏教が生まれた土地はインドですよね。インドの人口の8割がヒンズー教なんです。最近は、カースト制度の最下層にある人たちの中で、仏教に改宗する動きが目立ってきている。導くのが日本から来た老僧だという話があります。今、インドの仏教のトップが日本人なんですよ。これはネットからです。
カースト制度というのがあって、階層のどこにも属さない人がいるわけです。
仏教はそういう階層のどこにも属さない人たちをも認めている。日本から行った老僧が岡山出身の人だそうです。いま、トップになっているそうです。
仏教は、先程の御教えでも「ほとんどいないそうです」とありましたよね。インドには仏教信者はほとんどいないそうです。実際にほとんどいない。ヒンズー教がほとんどだそうです。

水晶世界
さっき、「水晶世界」と出てきましたね。
「・・前提としての「医学革命」と「最後の審判」があるわけです。これらを経て「地上天国」が到来し、ついには「水晶世界」に至る。」
水晶世界とは?
「地上天国」が到来し、ついには「水晶世界」に至る。と先程出てまいりました。水晶世界、想念の世界。新伝導の手引きの中に、浄霊は二の問題という話。まず想念だということを捉えて、よく間違うから。
「これから想念の世界である。御浄霊は二の問題でまず想念である。お念事しなさい。」とたびたびおっしゃいました。
これは昭和30年の3月15日の信者さんの話です。間違えてはいけないのは、メシヤ様から聞いたことを信者さんがおっしゃっていることだということですね。御教え座談会というのがあって、昭和30年にメシヤ様がお亡くなりになってからやっているわけです。側近者が集まってした話の中でこういうことがあって、この御言葉は神様メシヤ様の側近に御仕えするする、すなわち想念によって御光をいただけるという特殊な立場にあった方々に対する御言葉であるから、その語句通りに理解して浄霊を軽視すると行き過ぎることがある。

きちんと教えてくださっているんですね、新伝導の手引きで。

どこかの教団のように、これから想念の世界なので浄霊は教会や布教所ではしなくてよい、という方針は、今のこの御教え、ご指摘に当てはまるのではないかと思います。
伝導の手引きでの話にね。行き過ぎてますよね。

参加者
そうだったんですね。

三救責任者
そこを考えないと。言葉だけ、浄霊は二の問題だと言って、これから想念の世界なんだと言って、浄霊を軽視してはいけない。浄霊を非常に大切にされておられるのに、なんでそこを私たちがね、一般信者がね、そこまで想念が高まったと見るの?という話です。

ここで関連したことで、メシヤ様は、昭和29年4月12日、奈良公会堂における御講和でキリスト、釈迦、マホメットの霊を救われた話をされました。
あらゆる神仏が、何百年、何千年待った。メシヤ様が出現されたことに歓喜しているという事の話です。
メシヤ様のことがわかれば大変な力を頂けることを御教え賜っております。それで、その一週間後に御浄化に入られました。ここ(御教え座談会)に紹介しているのは、御浄化当時、側近で奉仕している人がいただいたお言葉です。座談会で話した人はどういう人なのかということを知って、メシヤ様はこういう状態のこういう人にお言葉をかけたんだという事をわかっておかないと、みんながみんな一緒に、私らも想念で・・と。
想念は大事なんですよ。

参加者
誰に・・という事ですね。

参加者
その過程というのが、本当に。

三救責任者
続きが知りたければ、地上天国68号に続きが出ているそうです。特に、メシヤ様に対する想念のあり方によって大変な御守護をいただいた例がいくつか紹介されております。

想念の無線電波時代
それで想念の無線電波時代ということがありまして、御教えですが。
メシヤ様がね、しばらく会わない人のことを思うと、ひょっこりやってくるんだと。浄まった人間の「想念」の働きというのは最高の学問です。これは御垂示録24号に出てるんですけども、知性の働きより高次元な魂の働き、それが想念の働き。学問とも言えるということも御教えであります。
天国というのはその階級に応じて、上の方になると目で意思を交換するんです。目は口ほどに物を言う。
もっと上になると目も使わず、ただ 心、想念だけになるんです。こうなると、どんな遠くでも、あるいは何十年、何百年先のことも自由にわかるようになるんです。これは昭和25年4月23日の御教えです。

これですよ、想念の無線電波時代、想念で先のこともわかる。メシヤ様はそういうことだったんでしょうね。
それで、伝導の手引きの方にも、こういう御教えの後で、しかし何百年先も神様の永遠に比べると、一瞬のことに過ぎないことを心に銘記しておくべき、心に刻んでおくべきだと。一瞬のこと。
僕は天国編とはこのような内容なのではないかと思います。天国編がちょっと短かったですよね、それは、こういうような内容のことを、みんながそこを理解しようとするところまで行っていないので、なかなか書けなかったというところもあるんじゃないかなと思います。
永遠の命ということを考えていく。今ここに生かされているけれども、ずっと昔から、今ここに生きているだけであって、神様から見たら一瞬の世界になる。
もう一つ浜松神界通信においても、何千年も地中に閉じ込められていた、やっとメシヤ様に救出されたという話が第二神様のことだったと思いますが、出てまいります。現在の人間の感覚からすると途方もないことのように思いますが、こうして御教えと照らしていくと、急に現実味を帯びて私たちに迫ってまいります。事実は小説よりも奇なりと言えます。どうです。学ぶことが楽しくなりませんか。ワクワクしませんか。これからも共に覚りの旅を続けてまいりましょう。

自分の納得するまで仏滅、考えてみてくださいね。考えてわかったことをまた教えてください。
今は僕が考えるというか、自分が調べて仏滅ということを話しさせてもらった。今までこうやって一方的に話してきたけれども皆さんも疑問に思ったことは調べて、自分で学んだことを皆さんに話す機会もこれからもちょくちょく設けていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。(笑)
では終わらせて頂きます。

司会
以上を持ちまして、月次祭並びに一日祭を終わらせていただきます。
ありがとうございました。

参加者一同
ありがとうございました。 

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