2017年2月4日土曜日

立春祭挨拶・二月度『覚りの旅』

令和二年二月四日
立春祭挨拶・二月度『覚りの旅』
三救責任者




202002資料-2
皆様、立春祭おめでとうございます。
昨日は厳粛に節分祭を執り行わせていただき、謹んで『大祓祝詞』を奏上させていただきました。そして、人類の罪をお詫び申し上げました。そのことによって本日より御神威弥増す訳です。そして、①救済力 ②浄化力 ③真理の具現 となって現れます。
さきほどは、弥増す御神威のもと地上天国建設の御力を賜りますよう主神様(メシヤ様)にお祈り申し上げました。
このように、三救において立春祭を執り行わせていただきますことを改めて心から感謝を申し上げたいと思います。

初めに、平成29年の立春祭での先生の挨拶文がメシヤ講座に掲載されておりますので、振り返ってみたいと思います。
三千年前の罪穢れの出発点について、
〇人類はどこまでもお詫びをしなければ天国というのは到来しない。
〇人類を代表して、三千年来の罪穢れを祓うことを求められている。
〇まだまだ浅いお詫びだった。
〇三千年前に素戔嗚尊が武力をもって押し寄せてきた。
〇伊都能売神皇様の皇位を奪おうとした。
〇大和民族は伊都能売神皇様の盾にはならなかった。
伊都能売神皇様は、日本人の命を慮って急遽皇位を天照天皇に御譲りになり、インドへ下られて行かれた。
〇しかし、二十八部衆しか付いて行かなかった。
〇大半の大和民族は武力に屈して、トップを護らずに、その武力に従ってしまった。
〇瓊瓊杵尊は、素戔嗚尊に付いてきた。
〇宮崎県の高千穂峡に潜んで、素戔嗚尊の失政するのを待っていた。
〇素戔嗚尊が癖で政治をやって行くと必ず失敗するだろうというのを見越した。
〇その失敗を待つこと3代、愈々治世が乱れた。
〇瓊瓊杵尊のお孫(神武天皇)が高千穂から出て東征。
〇東征時には飴と鞭、武力で当時の権力を撃破し、庶民に米の美味しさを伝えた。
〇鞭と飴で日本全土を制覇していった。
〇飴と鞭に大和民族は慣らされて行った。

三民族の特徴
〇元々出雲民族だった人の武力によって人を圧していく姿勢
〇天孫民族の人の失敗に乗じて全てを支配していく性格。
〇元々徳によって治める素晴らしい考え方を持ちながら、武力とかに屈していく
〇どの民族にしても、大きな、良い面と悪い面を持っている。
〇三千年間の中で我々は、様々なものを、生き方として、私たちの魂の中に沁み付いている〇平均的に、約10回生まれ変わっている。
〇三千年間の中の生き方で、我々にはずっと癖が付いてきている。
と御教導賜りました。覚えておいでですか。
そして、そのようなお詫びが昨夜出来たでしょうか。

資料に沿って、復習してみますと、

立春-1

〇出雲族
出雲族を考える時は、古事記に出てくる素戔嗚尊の行動とかを考えればわかるように、武力によって人を圧していきます。

〇天孫族
天孫族は人の失敗に乗じて全てを支配していきます。

〇土匪
土匪というのはコーカサス地方に起源があると教わりました。

立春-2

「全体的に山がちな地形で、山あいには様々な言語、文化、宗教をもった民族集団が複雑に入り組んで暮らしており、地球上でもっとも民族的に多様な地域であると言われる。」
ロシアだけではなく人種が多様に入り混じった地域なんですね。
土匪の性格としては、「反抗的、逃避的、下積み」ということを御教え下さっております。

〇大和民族
そして、元々の日本人の祖先である大和民族ですが、
立春-3
「徳によって治める良い面を持ちつつ武力に屈してしまう。
伊都能売神皇に従ってお伴したのは28部衆のみだった。
ここでは、素戔嗚尊に追われ、天照天皇に皇位を譲られてインドへおくだりになられる、伊都能売神皇の話ですが、ブログで何度も取り上げました『立春の御教え』にありますように、国常立尊様が治めていた時代も徳によって治められ、間違いは絶対に許さないという厳しい政治でした。それでは堪らないと天若彦は民衆をあおり失脚させてしまいます。その天若彦は、現代では天邪鬼という性格に受け継がれているのです。

【御教え】地上天国29号、昭和26年10月25日
二十八部衆
『「観自在菩薩は補陀洛山上柔らかき草地の上に、二十八部衆を随え、金剛宝座に結跏趺坐(けっかふざ)して説教をされた云々」』

参考
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』最終更新 2019年12月31日 (火) 15:56
「仏教では人間の煩悩を表す象徴として、四天王や執金剛神に踏みつけられている悪鬼」
「日本古来の天邪鬼は、記紀にある天稚彦(アメノワカヒコ)や女神天探女(アメノサグメ)に由来する。天稚彦は葦原中国を平定するために天照大神によって遣わされたが、務めを忘れて大国主神の娘を妻として8年も経って戻らなかった。そこで次に雉名鳴女(きぎしのななきめ)を使者として天稚彦の下へ遣わすが、天稚彦は仕えていた天探女(アメノサグメ)から告げられて雉名鳴女(きぎしのななきめ)を矢で射殺する。しかし、その矢が天から射返され、天稚彦自身も死んでしまう。」

〇霊統と系統
霊統と系統ということでメシヤ様は御教えくださいました。霊統というのは魂の繋がりで永久不変です。系統というのは変わりますし混血していきます。

〇混血するほど良い
立春-4
混血で種々の性格が混じるということは、色々な苦労をし、世の中の経験を多く積んだのと同様で聡明になります。
経糸は霊的で動きません。これが霊統ですね。
緯糸は左右へ動くのですこれが系統です。体的です。

『日本人種の霊的考察』の御教えから説明させて頂いているわけですが、メシヤ様は人数としては ①天孫族 ②出雲族 ③コーカサス ④大和民族 で、大和民族は1/100だということです。
そして、『日本人種の霊的考察』というタイトルですので、渡来人も日本人なのですよ。
四種とも日本人なのです。そして誰もが皆、それぞれの或いは複数の性格という癖を持って生まれてきているのです。自分は違う。というのは自分だけ蚊帳の外において傍観しているという事です。それもまた、「見て見ぬふりをする」という癖であるのですね。
そういう民族を代表して、人類を代表してというのは日本人が霊的に言えば人類を代表している、世界の型だからなんですね。
ですから、祈りを捧げる人の想念次第で、個人に限定してしまった祈りとなったり、人類を代表した祈りとなったりするのだと思います。
御神縁、因縁ということをどこまで膨らませて祭典に臨ませて頂けたのかだと思います。

伊邪諾(いざなぎ)尊が主神の代表神」御教え集十六号・・・158
が、今月のテーマです。そこで、伊邪諾尊様について調べていたのです。
先月の学びについて思い出してください。

 立春-5


伊弉諾尊の仕事ということで、
それから『今私がやっている仕事は伊弉諾尊の仕事なのです。』という箇所ですが、先ほどは『私が光明如来様としてのその働きをする』と出て来ましたね。先月は「仕事」ということにスポットを当ててお話ししました。御神名は神様のお働きを表しています。神様の仕事を表してもいるわけですね。
それで伊弉諾尊様の仕事ということで、古事記を例に御教えくださいました。
天の御柱の回り方ですね、妻の方が先に右回りをして失敗した、それで伊弉諾尊様の方から先に左回りをしたら天下が治まった。これは、右進左退ではだめで左進右退が本当のやり方なんだと、体主霊従ではだめだ、霊主体従が本当のやり方なんだということを古事記を通じて古代から教えてくださっているわけですけども人間は、分からなかったんですね。それで、霊主体従の一番わかりやすいのが『浄霊』なんだと。医学で治すのは体主霊従で、浄霊で治すのが霊主体従で本当のやり方なんだと、古事記に出てくる伊弉諾尊様の仕事を通じて御教え下さったわけです。
という内容でしたね。
伊弉諾尊様は『浄霊』『霊主体従』のお働きをされるわけです。
浄めの業ですね。朝拝で奏上させていただく『天津祝詞』は主人公は伊弉諾尊様ですね。
『皇御祖神伊邪諾尊 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓ひ給ふ時に生ませる祓戸大神等』この『御禊祓ひ』というのも祓い浄める『浄霊』と受け止めさせて頂くならば、伊弉諾尊様は太古より現代に至るまで『霊主体従』の法則を連綿と繋ぎ続けて下さっておられるのではないでしょうか。そのように想いを致せば祝詞の奏上というのも深みが増して、神様にお聞き届けいただけるのではないかと思います。

古事記の神様
立春-6

先月に予習の意味でお話しさせて頂きましたこの図ですが、
古事記に出てくる神様を順番に書きだしました。
伊弉諾尊様は、国之常立尊の神様から神代七代(かみよななよ)と言って、七代目になるんですよ。
図の天之御中主の神から豊雲野の神までが独り神です。図の3から7までが、男女ペアの神になるわけです。それで、「このただよえる国を修理(おさ)め固め成せ」と。古事記の言葉ね。整え固めて完成せよということ。で、淤能碁呂島(おのころじま)という、日本の国ができてくるという。最初から数えると、17柱になります。
立春-7


立春-8

それで、天上の神々から国を整え固めて完成させよ。との命を受けて地上に降りて国造り、子造りをなされた。失敗しても改めてやり直し治められた。
ここが、体主霊従→霊主体従 に改められたから成功したのだと。御教えにあります。
それから水蛭子というのは葦船に乗せて流してしまいます。
子の数に含めないとわざわざ断っています。この葦というのが邪気を払うということで、ここに大祓いの思想性が現れていると古事記に注釈書きがありました。
水子というのもここから来ているのかもしれないですね。

それから、最初から数えて50柱目の神様が『火之加具土の神様』になります。
「神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神である。火の神であったために、出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとでイザナミは死んでしまう。その後、怒ったイザナギに十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」で殺された。」
伊弉冉尊様は、火之加具土の神様を御生みになって、陰門を焼かれてお亡くなりになり、黄泉の国へ行きます。火之加具土の神様というのは、夫婦共同で御生みになられた最後の神様なのですね。ここから現界と幽界(黄泉の国)の記述が古事記では出てくるのです。
火之加具土の神様というのは現界と幽界の境界の神様であるわけですね。この神様を祭る総本山が浜松にある秋葉神社です。火の神様、火防の神様として祭られています。

名前の由来
火之=火 迦具=輝く 土=超自然的なものをあらわす
つまり、火の輝く神となるのです。

火之迦具土神(カグツチ)の鎮座

立春-9

本当に余談になりますが、火之迦具土神の主な鎮座地は、三重・別府・浜松 なのだそうです。別府の鶴見岳は、初めて玖珠に参拝させていただいた、主神様の御神体御奉斎9周年の時に、先生がご案内くださったことを思い出します。

話が横道にそれてしまいましたので戻しますが、
火之迦具土の神様が伊弉冉尊様を死に至らしめたとして怒った伊弉諾尊様は首を切って殺してしまいます。生まれて直ぐ父によって殺されてしまう悲運な神様です。

そして、伊弉諾尊様は黄泉の国へ伊弉冉尊様に会いに行かれます。
しかし、「見てはならない」というタブーを犯し、魔物に追われ逃げます。黄泉津比良坂を逃げるのです。後ろ手に刀を振りながら逃げます。「しりので」と言って、相手を困らせる呪術なのだそうです。
立春-10
立春-11
 

今の話は先月お話しさせて頂いた内容ですので、詳しくは先月の『覚りの旅』をお読み願います。

立春-12


黄泉の国から逃げかえった伊弉諾尊様は祝詞にあるように禊祓いをするわけです。
そして、三貴神と言われる天照大神、月読尊、素戔嗚尊 様を御生みになり、どこを統治するかをお決めになるのです。そして御頸玉(御倉板挙神様)を天照大神様にお授けになられるのも伊弉諾尊様です。
「伊邪諾(いざなぎ)尊が主神の代表神」という意味合いが国造り、子造りの主人公の仕事をなされたことから合点がいくのではないでしょうか。
宣長さんと大祓祝詞
先日、本居宣長記念館へ行きまして、いろいろ考えることがありました。
昨年も大祓祝詞を奏上させていただくにあたり、同様のことを思考していたのです。

宣長さんは言います。
「古への祝詞を読み申すとても、古の言をあやまたず、つとめてその読みを正しくして、かりにも後の音便にすたれたる言などをまじへず、清(す)み濁りなどをも厳(おごそ)かに守りて、ゆめゆめなほざりに読むべきにあらず」
そして、たとえ心がこもっていても、麗しくない言葉で綴った祝詞では、祈りも神に通じない、聞いて下さらない。相手に恋い焦がれていても、相手に渡す恋歌が感動を与える良い歌でなければ恋心は相手によく通じない、それは神様に申し上げる祈り言においても同じだ。と言うのです。
祝詞の始まりは、日本書紀に、天照大神が天の岩屋にお隠(こも)りになったとき、天児屋命(あめのこやねのみこと)は「広く厚く称え辞(ごと)を祈(の)み啓(まを)し」たとあります。祝詞を奏上されたのです。すると天照大神は「いまだかく言の麗美(うるわ)しきあらず。と仰せられ、磐戸を少しお開けになりました。それはまさしく天児屋命(あめのこやねのみこと)が「申す詞の麗美(うるわ)しきに(天照大神が)感賞給(めでたま)」うたからであります。だからこそ、正しく麗しい言葉を選んだ祝詞を作るように努めよ、と宣長さんは主張したのです。

そもそも「大祓詞」とは祓えの行法を行って、その後に祓えの行法を行ったことを改めて神様に申し上げる詞です。それを祓えの行法を省略して「大祓詞」だけ読み上げるのは、かえって神様を欺き申し上げるもので、たとえ詞が麗しくても、ただ読み上げるだけでは、罪穢れは清まらない、と宣長さんは語気強く注意したのです。

これを私達に置き換えてみるならば、祓えの行法とは、『浄霊』であり『御教えを宣べ伝える』ことではないかと思うのです。

それがお詫びの御神業なのです。
「三千年前に正しい神様を押し込めた人間側はお詫びをし続けなければ神威というのは弥増してはいけない訳です。そして、お詫びの御神業に取り組まなければお詫びした事にはなりません。それでより一層私達はお詫びの御神業に取り組ませていただくのです。」
と昨夜挨拶させていただいた内容に繋がっているのです。

纏めますと、日本の民族の殆どは、出雲族、天孫族、大和民族の別れである。
三千年間の歴史を振り返れば、武力によって人を圧していく出雲族、人の失敗に乗じて全てを支配していく天孫族、徳によって治める良い面を持ちつつ武力などに屈してしまう大和族に分けられ、何度も生まれ変わる間に癖が沁みついてしまっている。
その癖をしっかり把握して2月3日の節分祭で主神様にお詫びを申し上げる。
そうすることで、地上天国建設の在り方、私達のこれからの活動の在り方、信仰姿勢というものが明確になってくるのだということです。

自分は大和民族だからと思っている人も、権力に屈して、見て見ぬふりをしてしまうとか、情報を得る努力をしないで、知らなかったから仕方がない。私は悪くはないと自己防衛し、仏教的な諦めの思想に陥っていませんか。

そういう自分たちの癖をしっかり把握して節分祭で主神様にお詫び・・・主神様にお詫びを申し上げるのですよ。
ホツマに登場する神々も、古事記に登場する神々も、善の役、悪の役を担ってきました。
善悪を司る、主神様の命によるものであります。ですから、主神様にお詫び申し上げるのです。伊都能売神皇様や国常立尊様のお話をズーっとさせて頂いているわけですが、主神様の御神前で主神様にお詫び申し上げるのです。

お詫びできた人も出来なかった人も、さらにこれから1年間ずっと自分をしっかり見つめさせて頂いて、自分の中に色濃く残っている三千年間の癖をしっかり把握して、それを来年の2月3日に主神様にお詫びを申し上げ、地上天国建設の在り方を明確にさせて頂くのだとの思いで、これからの1年間に取り組んでまいりましょう。

祝詞のことで伊邪諾尊様のことを中心にお話しさせて頂きました。
本日は、三救の月次祭『覚りの旅』も兼ねておりますので、今月のテーマに入らさせて頂きます。
伊邪諾(いざなぎ)尊が主神の代表神」御教え集十六号・・・158
「天国篇」・・・66

立春-13
イランとアメリカの応酬を見ていて、「52カ所と言うなら、こちらは300カ所を攻撃する。」という記事がありました。

古事記に伊弉諾尊様と伊弉冉尊様の応酬があります。

「愛しい私のイザナギ。こんなことをするのならば、あなたの国の人民を 毎日1000人を締め殺してしまいましょう」 と言いました。
するとイザナギは 「愛しき私のイザナミ。 あなたがそうするならば、 一日に1500の産屋を立てましょう」 と言いました。

破壊されたら破壊するという思想では戦争になってしまいます。
その点、伊弉諾尊様のお仕事は、破壊するならそれ以上に創造すると言っています。
破壊と創造、文明の創造の在り方ですね。
善と思っている伊弉諾尊様の人民にも、悪の心を多く持つ、自然淘汰される人間がいるのだという事ではないでしょうか。
ユダヤ文化が推し進めた、物質文化、石油文化を見直す大転換期に来ているのだと思います。

伊邪諾尊様については、御教えの主なところを挙げてみますと、
〇天照大御神様もお祝いに来られたのです。それから月読尊、伊邪諾尊などです。
秋季大祭御講話(S27年9月27日)
主神様(メシヤ様)にお祝いに来られたのですから主神様ではないわけです。
〇比良坂の戦で、伊邪諾尊が桃の実を取って、敵をめがけて打つける、それで鬼共は敵わぬと逃げたというのでありますが、その桃の実が桃太郎になるのであります。
聖王母 光明世界5号、昭和11年1月25日
〇【問】分霊と化身について。
【答】分霊とはわけみたまと言い、人間にはないが神様はいくつにも霊を分けられる。しかし神社で同じ神様をほうぼうで祀る場合、神の分霊と言うが本当を言うと、家来の直系とか傍系などの神様もある。しかし天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とか高皇産霊(たかみむすび)、神皇産霊神(かむみむすびのかみ)とかはそうでないが、伊邪諾尊、伊邪冊尊、天照大御神などは人体をもって一度この世に現われ給うた神であるから、爪や頭髪を分けて祭られたのである。
化身で一番重要なことは、仏は全部神の化身であって、夜の世界の間は仏の世であるから神々は全部仏に化身された。天照皇大神が大日如来、月読尊が阿弥陀如来、稚姫君尊が釈迦如来というようにである。従って、仏滅ということは仏がみな元の神格に還り給うことである。善言讃詞に「観世音菩薩此土に天降らせ給ひ 光明加来と現じ 応身弥勒と化し」とあるが、観音は伊都能売の神であり、ミロク神の化身である。従って、いずれは観音という御名もなくなる時が来る。霊界ではすでにほとんどなくなっている。
地上天国4号、昭和24年5月25日
〇皇御祖神伊邪諾尊  天津祝詞・救世(メシヤ)教版

〇私がやっている仕事は伊邪諾尊の仕事なのです。それで古事記にある“天の御柱を両方の神様が廻り合った”ということがありますが、最初伊邪冊尊すなわち妻神様の方が右まわりをした。そうしたところが世の中がうまく行かなかったので、要するに失敗したのです。そこで伊邪諾尊が「そうらみろ、オレが最初右まわりはいかんと言ったのに、お前が右まわりをしたからそうなったのだ。」  御講話(S27年11月17日)

左進右退という霊主体従の仕事で『浄霊』ということに代表されます。
祝詞にある禊と祓いそして浄霊という仕事ですから、主神様のお仕事を人間界で行う代表の神様であるわけです。
しかし、メシヤ様のように主神として生まれたというわけではないのです。
人間界で主神様とお呼びできるのはメシヤ様だけなのだという事になりますね。

『天国篇』
立春-14

『天国篇』をお書きになられている目的についてメシヤ様は次のように御教えくださいました。
【御教え】御教え集5号、昭和27年1月15日
それから、五六七の世について、「文明の創造」の天国篇を書き始めたですが、天国篇の最初の――大体基礎的の意味ですね。そういう事を書いたんですが、今読ませます。
(御論文「天国篇」)【栄光 第一三七号】
 これから、色々――経済、教育、芸術、社会機構ですね。そういうものも、私が書いていくつもりです。人類世界というのは、こうなるべきものだ。こうすべきものだ。こうすれば、戦争とか病気とか貧乏とか言う――色んなそういう苦しい事はなくなると言う説明書ですね。で、これを、出来あがったら、英文に訳して世界中の主な識者ですね。そういう方面に読ませるんです。要するに、新しい文明ですね。新しい文明の教育ですね。それをして、そうしてなるほどこういうやり方は本当だという――昔から――西洋の学者の言う――つまりユートピア的な理想や、色々書いたのがあるにはあるようですが、つまり徹底しなかったものを――今度は、はっきりと、こうだ。というように書いていくんですね。私はあんまり見ないけれども、そういうふうに思われるんです。そうして、つまり、やる事が――設計書というのが、これが天国の福音なんです。聖書にある「天国の福音を普く述べ伝えらるべし」というのは、これなんですね。「しかる後末期至る」というんですね。そうして、浄化力が強くなる。浄化力が強くなって、一番現れるのは病気ですね。人類が、病気が起こって、どんどん死んじゃうんです。 そうすると、医学で治そうとして、ちょっと触ると、ころっと死んじゃうというんです。注射したら、即座に死ぬ。つまり浄化力が強いから、固まっている時間がないから、医学じゃ駄目です。で、メシヤ教が言ったあれに違いないというので、ワーッと来て、頭を下げるんです。そう単純に――すぐにはいかないですが、結局そこにいくんです。そうして五六七の世が出来るんです。今読んだのは、世の中の――世界の組織ですね。その根本ですね――そういうものを書いたんですがね。「文明の創造」という本は、天国の福音と――その「天国の福音を普く述べ伝えらるべし」と言ったところで、これは世界人類に知らせなければならない。それを信じないで亡びるのは、自業自得なんですからね。神様の方は、ちゃんとやるだけの事はやって、世界中にたくさん、つかまるように綱を出している。つかまらないのは、つかまらないものが悪いんだから、亡びるよりしようがないですね。そういう根本は、意味があるんです。段々メシヤ教の動きと、世界的に浄化が段々強くなるという事や何かも、それから色んなことがありますけれども、結局段々そこにいくと、大体解る訳ですね。




「人間が幸せになっていく道」
三重支部 です。
「文明の創造」を仕上げていくという壮大な構想をお聞きしそれではどのように?と思いをめぐらせておりました。
「文明の創造 天国篇」には天国篇の説明と「ミロクの世の実相」の御論文しか残されておりません。しかしここにヒントがあるように思いました。メシヤ様は、天国篇について『文明世界設計の根幹となるものである。』そして、『主神の御目的である地上天国を建設する基本条件としては、何よりも大自然の実相そのままを表す事である』と御教えくださっておられます。『之迄の世界は一切に調和が欠けていた』『本来宇宙の原則としては、日月地の三段階が正しい順序である』とお述べになられ、「ミロクの世の実相」でミロクの世になった時の国際状勢として『国境は現在のままであるが、実質的には撤廃されたと同様になる』『隣国に対する権利は平等になる』世界議会があって『如何なる問題でも慎重審議の上可決する』各国の国会もあるが『議員の素質も立派で自利的観念を棄て何事も世界的人類愛的に解決する』『法律は善人に必要ないから非常に少なくなる』『世界各国に武力はなくなる』とお書きになられました。

そして、「文明の創造 既成文化の謬点」に『文明の創造は現代文明に対する原子爆弾で宗教、思想、哲学、教育、科学、芸術 悉く包含されている。』とありますが、芸術、教育、自然農法に関する御論文の掲載が少ないように思います。

地上天国建設の基本条件である大自然の実相をそのまま表し調和できるようにするには、そして、「ミロクの世の実相」の世界になっていくには、どのようにしていくのか、個人個人としてはどのような生活を営んでいったら良いのかを具体的に天国篇でお示しになられるおつもりではなかったのでは?と思わせて頂きました。そしてそのことが、これから私達が研鑽し仕上げていくことなのではと思います。

そういったことからも「人間が幸せになっていく道」というのは適切なテーマではないかと思いました。
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2010-02-11 10年前のメシヤ様のご精神を現代に求める座談会 のタイトルを皆で決めている頃の投稿です。
この後、『文明の創造』の発刊は許されました。
そして、『天国の福音書 続編』を次々と出していく予定でおられました。
頓挫している様相でありますが、三救として何が出来るのか、どういう形が望ましいのか、模索しつつ前進してまいりたいと思っております。
最後のメシヤ講座
「『天国篇』文明の創造」は平成29年3月に拝読し学び合う御論文でした。
ですから本部(当時)でのみ先生のメシヤ講座がありました。
最後のメシヤ講座が『天国篇』であったわけです。

メシヤ講座no.193本部(平成29年3月)
<今月の御教え>「『天国篇』文明の創造」(昭和二十七年)

本来の人間の体の使い方

先生
例えていえば、そういうように人間の体というものは本来の使い道があるにも関わらず、自分が正しいと思うが故にそのようなこともしてきたということがあるので、その一つ一つを今私は痛みに耐えながら考えて、人類が犯して来た「本来の『主神様』が御造りになられた内容」と自分達が良いと思ってしてきたことのあいだの、その罪穢れなどを充分見つめながら今取り組ませて頂いております

そうしたことをある程度自覚できて、これから人類を救済して行く為には、そうした一つ一つの細かいことまで御取り次していかなくてはならないという、そういうことが分かった上で神様に更に御詫びをして、お誓いをする中で痛みの方は段々と取れてきました。しかしながら、出張から帰ってからずーっと寝た状態でいるので、なんせ腰が痛いので皆様の前で不恰好な姿勢で祭典に臨まなければいけなかったことを大変申し訳なく思っております。

しかしこの浄化を乗り越えて行って、そして御神業に臨ませて頂ければ、きっと人類の為、将来の地球の為、将来の宇宙の為に、そういう動きが出来ていくのではないかと思いますので、どうか今後も皆さん方には支えて頂いて御神業を共々に担って頂ければ大変有難いと思います。

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天国篇をテーマにメシヤ講座で最後に先生が残されたお言葉ですので迫るものがあります。
〇主神様の御意図を求め罪穢れを見つめる。
〇自覚して、細かいお取次ぎをさせていただく。
〇更にお詫びしてお誓いする。
この繰り返しの中で、浄化を乗り越え御神業に臨ませていただく。

きっと人類の為、将来の地球の為、将来の宇宙の為に、そういう動き・・・
『天国篇』地上天国建設の動きが高まってくる。
支えて頂いて御神業を共々に担って・・・『メシヤ様の御教えを伝える』『浄霊実践』
そして、メシヤ講座の学びを現代に伝えていくことなのです。
本日は立春祭おめでとうございました。

2017年2月3日金曜日

節分祭挨拶


 令和二年二月三日
節分祭挨拶
三救責任者
 
202002資料

「節分祭を行っていない教団は多いようですが、「メシヤ様御自身は執り行わなくて良い」ということでありました。しかし、メシヤ様は神様方および人類の罪穢れを許す側であって、メシヤ様がお詫びをする側ではありません。
三千年前に正しい神様を押し込めた人間側はお詫びをし続けなければ神威というのは弥増してはいけない訳です。

そして、お詫びの御神業に取り組まなければお詫びした事にはなりません。それでより一層私達はお詫びの御神業に取り組ませていただくのです。
それは、メシヤ様が本来取り組まれようとなされたことを、メシヤ様から力をいただきながら、私達が後を継いでやらせていただくものなのです。」

このように、御教導下さった先生のご遺志を受け継いで、三救において節分祭を執り行わせて頂けましたことに感謝申し上げます。

私達、日本人種に受け継がれた、良い面、悪い面、両面の性格をしっかり見つめ、改めるべきことを主神様(メシヤ様)にお詫び申し上げ許しを請い願う祭典となったと思います。
日本は世界の雛形でありますので、私達が厳粛に祭典を執り行わさせて頂く、毎年継続して取り組むことの意義は大きいのです。

本日はありがとうございました。

2016年5月5日木曜日

編集出版部長を拝命して【決意表明】

 編集出版部長を拝命して【決意表明】

2018年08月02日


2016年

5月5日 編集出版部長を拝命して【決意表明】


編集出版部長を拝命して【決意表明】

平成28年5月5日

三重支部 H・H

皆さま、おはようございます。

本日は本部御神体御奉祭記念ならびに本部竣成記念大祭おめでとうございます。この目出度き日に発表の機会を賜りありがとうございます。

はじめに、このたびの熊本地震で、被災された皆様へ、心よりお見舞い申し上げます。被災された皆様の生活が1日も早く平穏に復することをお祈り申し上げます。

さて、ただいまは楳木代表より編集出版部長を拝命いたしました。重責に心震える想いでございますが、誠をもって新たな御用に取り組んでまいりたいと思います。

私が、昨年いただいた大きな御浄化を乗り越えたこと、新たな救いの拠点を賜わったこと、季刊誌発刊の御用に取り組んだことにつきまして御報告させていただきますと共に、編集出版部長拝命の決意を述べさせていただきます。

 

新たな救いの拠点を賜る

4月8日に、三重県津市安濃町安濃の地に新たな救いの拠点を主神様・メシヤ様よりお許しいただき、御遷座祭を執り行わさせていただきました。

実は今まで何度か良さそうな物件が出るたびに楳木代表に御相談申し上げておりましたが、資金の問題やら収納、アクセス道路の狭さ、農地転用など様々な問題があり、購入することが出来ませんでした。そこへ団地内のお客様用の駐車スペースが使えなくなるという状況が発生しましたので、2月の月次祭の時に再度お話いたしました。「あせらずに、まずは敷地内に駐車場を1台でも追加確保できるよう智慧を絞っていきましょう」とご指導いただきましたのでゆっくりと物件選びを始めました。するとどうでしょう。直ぐに条件ピッタリの物件が見つかり、トントン拍子に話が進み、月次祭の翌週にはもう契約することが出来ました。

 

御先祖様の御協力

諸々の問題の一つに資金繰りがありました。古民家をフルリフォームしてから販売している人気のある業者さんですので早く手付金を打たないとすぐに売れてしまうのです。 

昨年の『メシヤ降誕本祝典記念大祭』の翌日に母が帰幽し、志摩市大王町波切の実家は空家となっており、維持していくのが困難になってきておりましたので11月に売りに出したのです。大王町波切は「絵かきの町」として知られていますように、坂道と階段が多く、車社会の昨今家は非常に販売しにくいそうです。ところが売りに出してわずか三ヶ月で売却できたのです。高台で海の見えることが決め手だったようです。購入してくださったのは海に関するご職業の方でしたので漁師だった父が霊界から協力してくれたのだと思います。この資金が大いに役立ったのです。

業者さんにも恵まれました。契約の商談の一番最初に、仏壇を見て、「Hさんのご先祖様にご挨拶させて下さい。」と結構丁寧にご挨拶してくださいました。そして、帰りの時には「Hさんが信仰されている教祖様にもご挨拶させて下さい」ということで、自分なりのご挨拶をされました。2回目の時もご先祖からでしたが、主神様、メシヤ様にもご挨拶されました。そして「私どもの教祖にご挨拶して下さいましてありがとうございます。」と私が言いますと、「こんなに早く話が決まったのは神様のお導きがあったと思うのです。ですからHさんの信仰されている教祖様にもご挨拶させていただきました。」と仰られました。不動産売買というのは一般の人にとって人生に何度もあることではなく、それだけに神様や御先祖様のお働きが必要なことがわかっておられたのだと思います。

1年半程前のことになりますが、息子が「お父さんが布教所を買ってる夢を見た」と言ったことがあります。その頃から御先祖様が働かれて“夢で知らせてくださったのだ”と古民家購入が現実になって思いました。

ここで、新三重支部の所在地「安濃」のことについて調べたことをお話します。

御神体のお文字はホツマツタヱが書かれている古代文字の「ア」ですが、そのホツマツタヱ8文(アヤ)に「安濃」の地名が登場します。「大ハタレ 根の立山に現われて 安濃(アノ)に至れば 神議(かむはか)り フツヌシ遣(や)りて これを討つ」と出てきます。人の恨(うら)みや妬(ねた)み等、程度の低い想念が生き霊(りょう)となったものをイソラと言い、物質化して生き物にとり憑くと、オロチとかハタレと呼ばれるものになります。曇(くも)りが多くなると邪神や悪霊にとり憑かれるのと同じようなことかも知れません。

安濃の地でハタレを討ってくださったフツヌシと言いますのは香取神宮の御祭神フツヌシノミコト様です。このフツヌシお神様は鹿島神宮のタケミカヅチの神様ともう一方の三柱の神様でアマテル神様の命令により、初めて「魂返し」の術を行っております。「魂返し」と言うのは、乱れた魂の緒を解いて迷える魂(たま)と魄(しい)を天地の宮へ返すことです。これこそ現代における『浄霊』のことではないかと思ったのです。

そしてフツヌシの神様はアマテル神様の命により香具山(富士山)を治めることになります。富士山麓の地ですので、ホツマの国を治められたということになります。ここで、本部−三重支部−富士山が一直線上だったことを思い出し、新しい本部、三重支部と富士山(久須志神社)と香取神宮を結ぶとなんとこれまた一直線上になるのです。古代ホツマの時代より安濃の地はあったのだと古(いにしえ)の世に想いを馳せ、“神定めの地に間違いない”と思わせていただきました。

ハタレ、魔者を討ち払ったということにあやかり、「魔者を破って幸せになれる」との願いを込めて、季刊誌の編集後記で使用するペンネームを「破摩幸(はまこう)」とさせていただきました。

 

死相が表れるほどの御浄化より救われる

ところで私は今、こうして元気にお話しておりますが、8月頃より大きな御浄化をいただき、許される限りの御神業は続けておりましたが、約半年も会社を休み、漸く4月6日より職場復帰したところでございます。2月3日の節分祭、4日の立春祭への参拝が許されてよりメキメキと体力が回復すると同時に、「死相が表れていた」と楳木代表が仰ったように一番酷い時にはミイラのような顔つきだったのが、顔の皺(しわ)もほとんど無くなり艶(つや)も出てまいりました。

私としては、メシヤ様の御用にお使い頂いている限り“必ず浄化は完了し、元気になれる”と信じて疑いませんでしたが、家族や子供たち周りの人々、そして何より楳木代表を始めメシヤ教の皆様には随分と御心配をおかけいたしました。ここにお詫び申し上げますとともに、篤く御礼申し上げます。

 

御浄化を通しての学び

ここで、このたびの浄化を通して学んだことを一つ奉告させていただきます。

職場復帰に際して、会社に診断書を提出する必要があり、診断書を主治医が書くときに会社の上長が同席することになりました。再発の恐れがないのかを心配する上長に主治医が次のように説明したのです。

「例えば風邪を考えて見てください。何もしなくても2〜3日、長くて1週間も寝ていれば治って、治った時には以前よりスッキリとするでしょう。それは体の中の老廃物を出してしまったからです。それが自然の力で治すということです。Hさんの場合、薬で無理に抑え込むことをしないで自然に治したいという希望でした。当院の方針も同じですので、食事療法と運動だけの治療を行いました。それで、これだけ長くかかってしまいましたが、薬で無理に抑え込まずに体に長年溜まった老廃物を自然に出し切りますので(まだ2割程度残っていますが・・・)再発の可能性は低いです。老廃物を体外へ出しているので、病気前よりスッキリとしているはずです。

今後は極力老廃物を溜めないように生活習慣を改めて行くことが大切です。それには添加物を含んだ食事をしないこと、加工品ではなく自然のままの食事を心がけることです。車の排気ガスも血液に悪循環、いわゆるダメージを与えます。?口さんは最近空気の良いところへ引っ越したとお聞きしました。今回、長い間会社を休まざるを得なかったのも、引っ越しをしたのも、生活習慣を良い方向へ改めるために起こってきたことなのだと言えるのではないでしょうか」

どうでしょう皆さん。私たちはついつい?浄化″とか?前世からの因縁″とかという宗教的な言葉を使って説明しようとしてしまいますが、御教えに少しでも触れておられる方ならともかく、一般の方には専門的用語を極力省いて、“分かりやすく説明することが必要なのだ”と主治医の説明を聞いて学ばせていただきました。

メシヤ講座で楳木代表がメシヤ様の御用にお使いいただく為には、そういう浄化も頂くのだというふうに仰っている通り、その「御教えを絵にかいたような浄化を頂いて」新たな地で御神業を推進出来るようになりました。

 

『天恩地惠』

この度の御浄化が略(ほぼ)終了に近づいた頃、楳木代表より「大浄化をしないと真の御神業を担えない、とメシヤ様は仰っておられます。だから今日新たな御神業がスタートを切ったのです。」と新たにメシヤ教の季刊誌発刊の御用を拝命いたしました。

「季刊誌名をどうしましょう」と楳木代表にご相談いたしましたところ、「本部に寄贈された『天恩地惠』の直筆御書(御神前に謹掲)を印刷したらどうか。」とのお話をいただき、本江さんに手助け願いまして表紙に採用し、季刊誌名とさせていただきました。

季刊誌の御用を新たに担わせていただくこの機会に校正の通信講座を3月より受講しております。プロの校正士を養成する講座でございます。『文明の創造』『「天国の福音書」続編(一)神観 主神様とメシヤ様』『天国の福音書」続編(一)神観・補 祈りの栞』と一般の方にも入手できるようにAmazonで販売するようになりましたので、より正確な校正を行い、印刷所とのやりとりも円滑に進むようにとの考えからです。

本日は楳木代表より編集出版部長を拝命いたしました。12月23日の『メシヤ様御降臨祭』においての三重支部の御祈願書に、「地上天国建設に不可欠な聖書の校正という尊い御用を、担わせていただいているという認識を持って、より想念を高めて御用に臨ませていただきます」と書かせていただきました。編集出版部長としてもこの想いは同様でございます。

さらには、季刊誌名の『天恩地惠(てんおんちけい)』を大方針として掲げたいと思います。『病気に感謝せよ』(明日(みょうにち)の医術二  昭和十八年十月五日) に『私は曩(さき)に「病気は神の最大なる恩恵である」と言った。(中略) 然(しか)るに、私の言ふ病気なるものは、神の恩恵であって、病気なる浄化作用によって、体内の毒素が軽減又は排除さるるのであるといふ意味を思ふ時、洵(まこと)に感謝に堪(た)へない気持が湧(わ)くであらう。寧(むし)ろ病気の一層強烈であれかしと願ふ心にさへなるものである。又病気恢復(かいふく)後、毒素軽減による健康増進の希望も起(おこ)る以上、それが亦(また)一つの楽しみとなるのである。(中略)闘病観念は病に対する恐怖と、不安焦燥(しょうそう)の悩みを生み、天恵(てんけい)観念(かんねん)に於(おい)ては、感謝と希望と楽しみを生むといふ事にならうから、本医術を知るに於(おい)て、人生の幸福圏内に一歩踏み入ったといふ訳である。(後略)』と御教え賜っておりますように、『病気は神の最大なる恩恵』いわゆる『天恩』でございます。季刊誌には主に御蔭話(体験談)を掲載させていただきますので、この季刊誌をお読みになる信者の皆様が『病気は神の最大なる恩恵』と受け止めて感謝と希望と楽しみを持って御神業に臨んでいただきたい想いでございます。

『地惠(ちけい)』は大地の恵(めぐみ)、農薬、化学肥料の汚れのない土地に育まれた自然食の恵みのことと受け止めさせていただきました。

さらには、『地』という文字は 『十が神で一が大地で也が成るで完成する。いわゆる統一が成る。 統一が成る事になれば、今迄は土でなく泥であったから固らずにいたのである。その為地震があったり、何かしたのである。今後に於て完成する時初めて地となるのである。地となれば地震や色々の災難も無く地上天国となる。(観音講座 第三講座 昭和10年8月5日)』と御教え賜っています。

災害のない大地の恵みを享受できる『地上天国』実現の願いを込めた季刊誌でありたいとの想いを込めて発刊していきたいというのが大方針でございます。

細かなところでは、今後、各支部、各出張所、各会場で不統一な言い回しや表記方法などを適宜統一していきたいと思っておりますので、御協力よろしくお願いいたします。 

繰り返しになりますが、地上天国建設に不可欠な『聖書の校正』という尊い御用を、担わせていただいているという認識を持って、より想念を高めて御用に臨ませていただきます。との決意を表明させていただき、皆さまにさらなる御支援御協力をお願い申し上げまして、編集出版部長拝命の御挨拶とさせていただきます。

有難うございました。

 

[体験記 編集出版部 2016(平成28)年5月5日]

黄泉還り

 

私の場合、節分祭・立春祭の参拝ということが黄泉還りの契機となったようです。
そして祭典参拝を積み重ねつつ回復していきました。


今は完全に黄泉がえりを果たしました。


2016年5月5日
 死相が表れるほどの御浄化より救われる
ところで私は今、こうして元気にお話しておりますが、8月頃より大きな御浄化をいただき、許される限りの御神業は続けておりましたが、約半年も会社を休み、漸く4月6日より職場復帰したところでございます。2月3日の節分祭、4日の立春祭への参拝が許されてよりメキメキと体力が回復すると同時に、「死相が表れていた」と先生が仰ったように一番酷い時にはミイラのような顔つきだったのが、顔の皺(しわ)もほとんど無くなり艶(つや)も出てまいりました。
私としては、メシヤ様の御用にお使い頂いている限り“必ず浄化は完了し、元気になれる”と信じて疑いませんでしたが、家族や子供たち周りの人々、そして何より先生を始めメシヤ教の皆様には随分と御心配をおかけいたしました。ここにお詫び申し上げますとともに、篤く御礼申し上げます。
 
御浄化を通しての学び
ここで、このたびの浄化を通して学んだことを一つ奉告させていただきます。

主治医の説明です。
「例えば風邪を考えて見てください。何もしなくても2~3日、長くて1週間も寝ていれば治って、治った時には以前よりスッキリとするでしょう。それは体の中の老廃物を出してしまったからです。それが自然の力で治すということです。〇〇さんの場合、薬で無理に抑え込むことをしないで自然に治したいという希望でした。当院の方針も同じですので、食事療法と運動だけの治療を行いました。それで、これだけ長くかかってしまいましたが、薬で無理に抑え込まずに体に長年溜まった老廃物を自然に出し切りますので(まだ2割程度残っていますが・・・)再発の可能性は低いです。老廃物を体外へ出しているので、病気前よりスッキリとしているはずです。
今後は極力老廃物を溜めないように生活習慣を改めて行くことが大切です。それには添加物を含んだ食事をしないこと、加工品ではなく自然のままの食事を心がけることです。車の排気ガスも血液に悪循環、いわゆるダメージを与えます。〇〇さんは最近空気の良いところへ引っ越したとお聞きしました。今回、長い間会社を休まざるを得なかったのも、引っ越しをしたのも、生活習慣を良い方向へ改めるために起こってきたことなのだと言えるのではないでしょうか」

どうでしょう皆さん。私たちはついつい〝浄化″とか〝前世からの因縁″とかという宗教的な言葉を使って説明しようとしてしまいますが、御教えに少しでも触れておられる方ならともかく、一般の方には専門的用語を極力省いて、〝分かりやすく説明することが必要なのだ″と主治医の説明を聞いて学ばせていただきました。
メシヤ講座で先生がメシヤ様の御用にお使いいただく為には、そういう浄化も頂くのだというふうに仰っている通り、その「御教えを絵にかいたような浄化を頂いて」新たな地で御神業を推進出来るようになりました。
 
『天恩地惠』
この度の御浄化が略(ほぼ)終了に近づいた頃、先生より「大浄化をしないと真の御神業を担えない、とメシヤ様は仰っておられます。だから今日新たな御神業がスタートを切ったのです。」と新たにメシヤ教の季刊誌発刊の御用を拝命いたしました。
「季刊誌名をどうしましょう」と先生にご相談いたしましたところ、「本部に寄贈された『天恩地惠』の直筆御書(御神前に謹掲)を印刷したらどうか。」とのお話をいただき、本江さんに手助け願いまして表紙に採用し、季刊誌名とさせていただきました。
季刊誌の御用を新たに担わせていただくこの機会に校正の通信講座を3月より受講しております。プロの校正士を養成する講座でございます。『文明の創造』『「天国の福音書」続編(一)神観 主神様とメシヤ様』『天国の福音書」続編(一)神観・補 祈りの栞』と一般の方にも入手できるようにAmazonで販売するようになりましたので、より正確な校正を行い、印刷所とのやりとりも円滑に進むようにとの考えからです。
本日は先生より編集出版部長を拝命いたしました。12月23日の『メシヤ様御降臨祭』においての三重支部の御祈願書に、「地上天国建設に不可欠な聖書の校正という尊い御用を、担わせていただいているという認識を持って、より想念を高めて御用に臨ませていただきます」と書かせていただきました。編集出版部長としてもこの想いは同様でございます。
さらには、季刊誌名の『天恩地惠(てんおんちけい)』を大方針として掲げたいと思います。『病気に感謝せよ』(明日(みょうにち)の医術二  昭和十八年十月五日) に『私は曩(さき)に「病気は神の最大なる恩恵である」と言った。(中略) 然(しか)るに、私の言ふ病気なるものは、神の恩恵であって、病気なる浄化作用によって、体内の毒素が軽減又は排除さるるのであるといふ意味を思ふ時、洵(まこと)に感謝に堪(た)へない気持が湧(わ)くであらう。寧(むし)ろ病気の一層強烈であれかしと願ふ心にさへなるものである。又病気恢復(かいふく)後、毒素軽減による健康増進の希望も起(おこ)る以上、それが亦(また)一つの楽しみとなるのである。(中略)闘病観念は病に対する恐怖と、不安焦燥(しょうそう)の悩みを生み、天恵(てんけい)観念(かんねん)に於(おい)ては、感謝と希望と楽しみを生むといふ事にならうから、本医術を知るに於(おい)て、人生の幸福圏内に一歩踏み入ったといふ訳である。(後略)』と御教え賜っておりますように、『病気は神の最大なる恩恵』いわゆる『天恩』でございます。季刊誌には主に御蔭話(体験談)を掲載させていただきますので、この季刊誌をお読みになる信者の皆様が『病気は神の最大なる恩恵』と受け止めて感謝と希望と楽しみを持って御神業に臨んでいただきたい想いでございます。
『地惠(ちけい)』は大地の恵(めぐみ)、農薬、化学肥料の汚れのない土地に育まれた自然食の恵みのことと受け止めさせていただきました。
さらには、『地』という文字は 『十が神で一が大地で也が成るで完成する。いわゆる統一が成る。 統一が成る事になれば、今迄は土でなく泥であったから固らずにいたのである。その為地震があったり、何かしたのである。今後に於て完成する時初めて地となるのである。地となれば地震や色々の災難も無く地上天国となる。(観音講座 第三講座 昭和10年8月5日)』と御教え賜っています。
災害のない大地の恵みを享受できる『地上天国』実現の願いを込めた季刊誌でありたいとの想いを込めて発刊していきたいというのが大方針でございます。
細かなところでは、今後、各支部、各出張所、各会場で不統一な言い回しや表記方法などを適宜統一していきたいと思っておりますので、御協力よろしくお願いいたします。
繰り返しになりますが、地上天国建設に不可欠な『聖書の校正』という尊い御用を、担わせていただいているという認識を持って、より想念を高めて御用に臨ませていただきます。との決意を表明させていただき、皆さまにさらなる御支援御協力をお願い申し上げまして、編集出版部長拝命の御挨拶とさせていただきます。
有難うございました。

2016年3月3日木曜日

メシヤ様の御用に携わり、仏壇に観音様が現れる

 

2016年
3月3日
メシヤ様の御用に携わり、仏壇に観音様が現れる

メシヤ降誕本祝典記念大祭 体験発表 
平成28年3月3日
三重支部 SH

◎メシヤ様の御用に携わり、仏壇に観音様が現れる
メシヤ降誕本祝典記念大祭おめでとうございます。三重支部のSHと申します。
私は、東方の光教団に所属しておりましたが、昨年メシヤ教とのご縁を頂き4月に初めて三重支部の月次祭にご参拝させていただきました。9月には入信も許され、メシヤ講座を通して東方の光教団の間違いや、私自身抱いている疑問に対しての明確な御答えを代表先生より頂くことが出来ました。私がメシヤ教とご縁を許された経緯と、その後、我が家で起きてきた出来事をご奉告させていただきます。
私は信仰三世ですが、幼少の頃より身体が弱く、貧血でよく倒れていました。体力もなく、精神的にもとても弱かったと思います。
祖母からの信仰を母(東方の光)が続けておりましたので、私も母と共に箱根聖地への御参拝やご奉仕、そして母や信者の方から御浄霊をいただきながら育ちました。祖母が亡くなった後、祖母の家の御神前にあった古い御教え集を発見し、あまり目にしたことのない御教えが沢山あった為、一部持ち帰りました。その中に「文明の創造」発刊に関する御教えがあり、未完成でまだ発刊されていないことを知りました。その頃の自分の信仰心は、さほど強くなく毎月の参拝はわざと遅れて行ったり、興味のあるご奉仕だけは参加し、御教えより聖書(旧約、新約)を夢中で読んだりと気まま勝手な信仰をしておりました。十代の頃から将来の夢のことで頭が一杯になり、掛け持ちでアルバイトを始め専門学校で学ぶための学費を貯めました。そして、学費も貯まり入学手続きを始めた時から突然、顔がカブれ始め身体全体が浮腫みだし、特に顔とふくらはぎがひどく浮腫んでいきました。どんどん赤く汚い顔に変貌していく自分の姿がとても恐ろしくなりました。しかし、痛み痒みは全くなく、ただ見た目だけが悪化していきました。その後も一向に改善されることもなく、仕方なく希望の学校への入学(メイクアップ専門学校)は諦めました。それからの私は人前に出ることへの恐怖心から、工場のライン作業やパンの製造など、あまり人の目につかない仕事に就きました。21歳の時、母は私の姿を心配して布教所長に相談し、有り難いことに本部の嘱託職員として熱海でお使いいただけることになりました。
配属はMOA美術館でした。人前に出ることへの恐怖心がありましたが、段々と人前に慣れるようになり自信もつき始めました。全ての浄化作用は良くなるための曇りの解消作用であり、一時的に苦しくても浄化が終われば必ず良くなるとの思いで日々業務に励み、ご面会と祖霊祭祀、〇〇A活動に一生懸命に取り組みました。
その頃の私は、教団から打ち出されることは全て正しいことであり、メシヤ様の進められるご神業と思っていたため浄化中は一層活動に励みました。
しかし、励んでも励んでも自分の望む身体からはほど遠く感じ、また業務が行き詰まるようにり、母の喘息の看病を理由に平成11年3月に退職しました。その後は一般で働きながら〇〇A活動を続けていましたが家族の間で色々な問題が起き始め、また私も幾つかの人間関係のトラブルが重なり、精神的ショックから体調もどんどん悪くなっていきました。特に仕事中、急激に具合が悪くなることが多くなってきました。
その後も身体の状態は変わることなく、長時間の勤務に耐えられなくなった私は仕事を辞めることにしました。当時は、心身共に辛くなれば箱根聖地での長期奉仕研修に参加したり、毎月のように名古屋の療院で定期的に受診し、年に一度は療院で血液検査を行い、二万円近いお金を払って医師の許可のもと二日~三日の滞在型の健康法を受けていましたが体は改善されませんでした。
この滞在型の内容は医師からの診察と朝から夕方近くまでベッドに横になり何時間もひたすら御浄霊を頂きます。昼食は栄養士による献立の食事を頂き、お花を一輪活けて、お抹茶を頂きます。確かに楽になったような気持ちになりますが、帰り道は体がだるく頭がぼっーとしていました。寝込むほどの体でないのに、二日間も寝たきりではそのような状態になるのは当たり前でした。
そして、鉄欠乏性貧血の症状のある私はその後も改善されず、療院の医師から食事療法より薬の治療を勧められました。薬毒のことを考えると出来るなら服用したくありませんでした。躊躇している私に受付の専従者は「増血剤だから大丈夫。同じ症状の患者さんは皆んな飲んでいるから。」と言われ一ヶ月ほど服用してしまいました。確かに数値では改善されましたが、心の中には何か納得出来ない思いがしこりとして残りました。ある時は、仕事中に急激な震えと悪寒で足腰が立たなくなり、すぐに母が療院の専従者に伝えたら「直ぐ、病院に行って下さい」と言われ、尿路感染症でそのまま緊急入院となり抗生物質による治療が数日間続きました。またある時は、療院より呼び出され、紹介状を書くので至急近くの血液内科に受診するように言われました。結果は「今のところは異常なし」と診断され、検査費用二万円近くと血液7~8本も無駄に採られました。
療院で言われるまま行動していましたが、まだそれがメシヤ様の御心でもあると信じていました。仕事を辞めたことで、時間と心にゆとりが持てるようになり、その頃からインターネットを通じて、外の教団や団体から出ているたくさんの御教えを知り夢中で読み始めました。そして、段々と東方の光教団に対して不信感が高まっていき、しばらくはMOA活動を続けていましたが、徐々に献金や活動を減らしてきました。そして、「文明の創造」の御教えを思い出し、もしかしたら何処かの団体から発刊されているのではないかとふと思い、ネットで検索したところメシヤ教に辿り着くことが許されました。
今思えば、幼少からの浄化もメシヤ様に一歩一歩引き寄せていただくための、とても有り難い御浄化であり道のりだと気付かせていただきました。早速、三重支部にメールをさせていただき、初めて月次祭への参拝が許されました。御参拝中はとても厳粛な雰囲気で緊張しましたが、代表先生を中心に三重支部の皆さんが明るく、また温かい雰囲気なのでとても安心しました。私が今まで一生懸命行ってきた活動は信仰ではなく社会事業であったことに改めて気付き、また、社会性ということで薬の併用を認め、薬や手術などによって一時的に浄化症状を止めて施術を行い改善が許されたと間違った解釈をしてしまっている東方の光メンバーの方々に、出来る限りお伝えしていきたいと思っております。
現在、毎月の御参拝とメシヤ講座を学ばせていただいていますが、有り難いことに昨年末に三重支部での校正の御奉仕に携わらせていただきました。初めての校正作業で、戸惑いながらもメシヤ様から頂いた初めてのご奉仕との思いで、微力ではありますが御奉仕をさせていただきました。
校正チェックを終えた日の夕方、急いで三重支部にお届けしようと速達便でお送りしました。そして翌朝、仏壇にお参りをしていた母が中央の阿弥陀様のお顔が観音様に変わった!と言ってきました。疑う私に「確かに観音様だわ。髪がチリチリでなく漆黒の長い髪に変わっていたから。阿弥陀様じゃない、観音様だ!」と言ってきました。母は御神前でも、大光明の御神体の大の字から光りが出ているのをよく見たりするのですが、お仏壇は初めてだと言っていました。しかし、私は母の言葉を信じることが出来ませんでした。なぜなら我が家の仏壇は御屏風観音様は御迎えしておりません。また、浄土真宗の為、御位牌も整えていなかったからです。
この事を月次祭で代表先生にご報告させていただいたところ、「それは、私に教えるためにお母さんに見えたのです。仏壇とかそうゆうものが変わったのではなくて、この御用をするという事自体が阿弥陀様が観音様に変わる位の、これが根底から変わるということです。メシヤ様がご在世当時、いろんな所に行かれた時に、阿弥陀様が「これからインドに帰りますので…」と言って帰られたという御事蹟があるでしょ?それと同じ事が我が家で行われたという事。その御用に携わるということはそうゆう事なのだという風に受け止めて頂きたいと思います。とのお言葉を頂きました。
メシヤ様に御使い頂けることはどんなに凄い事なのか、御用に携わることがメシヤ様に直接繋がっているという事実を母を通して見せて頂きました。現在は、母と姉も朝は天津祝詞、夕方は姉のみメシヤ教の善言讃詞を奏上させていただいております。まだ、御位牌を整えるための理解は家族から得られていませんが、近い将来はきっと整える事が許されると思っております。メシヤ様の御用に御使い頂けることに心より感謝申し上げます。メシヤ様、誠に有難うございます。

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三重支部では校正の御用に取り組んで数々の御守護をいただいておりますが、Mさんもその一人です。本日は参拝がかないませんでしたので、Mさんの原稿を私が代読させていただきます。
月次祭、メシヤ講座に参加する前に、一昨年前に父が亡くなっていますので、いつも自宅で仏壇に、父に「一緒にご参拝しようね」と言って出てくるのを習慣にしていましたが、1月の時はご先祖様全員に向かって「一緒に行きましょう!」みたいな感じでお祈りさせて頂いて家を出ました。
それからですね、滅茶苦茶嬉しい気持ち、なんというか、自分自身の感覚というよりか、なにか受けている、なにかに影響されて感じているような不思議な感覚だったのですが、一人で笑みがこぼれるというか、変なのですけどね、 傍からご覧になったら変な人がいるぞと思われるような状態で、なにか嬉しいのですね。そんな状態で、不思議な感覚だなってずっと思って来たので、メシヤ講座でこの不思議体験をご報告しようと思っていたのですが、本日こちらに寄せて頂いた際にちょっと、「爽やかだ」というか、「なんか違うような感じを受ける」と言って頂いたので、“今日は喜んで沢山のご先祖が付いて来たのだろう”なって。そんな感じを体験させて頂きまして、先生の方からお言葉を頂いたので、式典前に先にご報告させて頂いた次第です。
先生から教えて頂きましたが、霊界は厳しい「お父さん一緒に行きましょう」と言ったら、父しか行けないと。子孫が参拝させて頂くところに先祖が付いて行きたいと思うけれども、何も言わなければ、先祖はみんな付いて来れますが、 父と限定した以上は、他の先祖はダメなのだ、と。それが「皆さん」と言ったら、その瞬間からその先祖の喜びたるや大変なものだと言うこと。それだけ月次祭の御光というのは月々ずっと高まっている、強くなっているので、先祖は “浴したい”という気持ちがあるけど、「俺たちは誘ってくれないからな」っ て、「ぶう」「ぶう」言っていたと思う。と教えて頂きました。大変反省致しました。これからは、お仏壇に、「皆さん一緒にご参拝しましょう」と念じて月次祭・メシヤ講座に参拝する様に心掛けます。ありがとうございました。
以上でございます。
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三重支部では、メシヤ様御降臨祭の時に、三重支部として取りまとめた御祈願書をひとりひとりに配布され、皆の願いとして共有しておりますが、その中に次の項目がございます。
一、地上天国建設に不可欠な『聖書の校正』という尊い御用を、担わせていただいているという認識を持って、より想念を高めて御用に臨ませていただきます。
二、メシヤ講座で学んだことを、より多くの人に伝え、錯覚を起こしている方々の目を冷ましていただけますよう力を尽くします。

私も、御祈願の約束を守れるよう、いつも心がけて参りたいと思っております。
最後になりましたが、尊き御用に僅かばかりでもお使いいただきますようメシヤ様にお願い申し上げ発表とさせていただきます。
本日は有難うございました。

2014年12月23日火曜日

食生活を改善、浄霊をいただきみるみる回復

 

平成26年12月23日
御降臨祭おめでとうございます。
三重支部 濵口です。
このたび母の浄化に御守護を賜りましたので、御報告させていただきます。

○順風満帆
平成26年は3月に娘が結婚式を挙げ、5月には息子の子供、初孫を抱くことができました。そして10月に入って娘夫婦の新居を着工の運びとなり目出度いことが続いておりました。

○突然の母の浄化の知らせ
しかし、10月12日に実家のある○○市の病院から電話があり、母が「食事が喉を通らない。食べても戻し、どんどん痩せていく。」と来院し、検査をしたところ、カメラも通らないかな?と思うくらいの2cmほどの大きなポリープが、食道と胃の境のところにあり、食べ物がこのポリープを通過する時に出来た傷が原因で下血しているので貧血状態になっている。念のためにポリープの組織を採って検査したら考えにくい結果だが組織が壊死していた。
しかし、今の状態だと2ヶ月程で何も食べられなくなるだろう。大きな病院で再検査して手術を受けることをおすすめする。「検査結果を10月25日に聞きに来てください。と言ってありますので一緒に聞いてください。」との内容でした。

○脳裏をよぎる父の帰幽
この時私の脳裏によぎったのは14年前の平成12年に肺癌で亡くなった父のことです。
父は当初肺炎だと診断されて2ヶ月入院するも一向に治る様子がなく、担当医が替わって再検査を受けた結果、悪性のポリープがあるので、「医者の話を一緒に聞いて欲しい」との母からの電話で初めて知りました。父は地元を離れたくなかったようで、私に連絡するのを嫌がっていたそうです。
父の手前、「手術すれば助かるのですか?」と聞いてみると「そんなことはわからない。手術してみないとリンパ腺に転移しているかもわからない。リンパ腺に転移していれば助かる可能性はずっと低くなる」と言い、「手術しなくて良い方法はないのですか?」と聞くと「選択肢などない。手術しかない。あなたどんな病気だと思っているのですか」と末期癌であることを父の前で告知されてしまいました。
私は手術をお断りし、「津へ行って浄霊をいだだこう」と父の了解を得て、その日のうちに津へ連れて行き、私の家で浄霊を続けていたのですが、尿が出なくなり、無理な治療はせず、宗教行為に寛大なホスピスの病院に救急車で運ばれました。「できるだけ薬を使わないでください、尿が出るようになったら家で療養させたい」と主治医に話し浄霊に取り組みました。
しかし、私の仕事が超多忙の時期であり自分の父でありながらほとんど浄霊は家内や当時所属していた教団の地区の方々や所長にお任せしてしまっていました。
ある日、「腰に転移しており歩けるようにはならないだろう良くても車椅子の生活です。」と主治医は直接父に告げてしまいました。なぜ、直接話すのか。心ない主治医の言葉に言いようのない憤りを覚えました。その日からしばらくは、お粥しか食べられなくなってしまいました。
しかし、みなさんに御浄霊をいただくうちに何でも食べられるようになり、さんまのさしみや、鰻のひつまぶし弁当なども平らげました。
また、急に「リハビリをしたい」と言い出しました。ホスピス病棟でリハビリを受けている人などありませんでしたが、「父はまだ生きる希望を持っている」と私は嬉しくなりました。
〝これから良くなっていくのだろう″とみんな思っていました。ところが左の肺だけでなく右の肺も悪くなり、父は「もうあっちへいくわ。博幸を呼べ」と母に言い、母から電話を受けて子供達と駆けつけました。痰がからんで話はできないものの元気にしているのです。ですので、学校に行かせるために家内が家へ子供たちを送っていきました。
私が会社に休暇の連絡をしているわずか2分ほどの間に父は、知人から浄霊をいただきながら全く苦しむことなく、昇天しました。
眠るように息を引き取ったのです。わずか2ヶ月の療養生活でした。
同じホスピス病棟にいる人たちと父の状態は大きく異なっていたことがあります。それは亡くなる当日の朝まで食べることが出来たことです。魚が好きで週に何度も出前寿司を頼みました。病院食は母が食べていました。大好きな天ぷらを病院のキッチンを借りて揚げたてを食べさせたこともありました。
母は「精一杯やったから全然悔いはない」と言ってくれましたが、父はどうだったのでしょうか。もしかしたら私に母が知らせなければ医者の言うとおり手術を受けていたのではないでしょうか。そして何より大好きな海の見える町を離れて療養したくはなかったのではないか。私の決断で津へ連れて行ったものの結果して故郷に生きて帰ることの出来なかった父の本音を〝霊と交信できるならば聞いてみたい″とズーッと思っていました。

○今後のことを母と話し合う
そんなことを考えながら、2時間かかる実家へ、家内と向かったのです。母は医者が私に連絡すると思っていなかったので、驚くと共に〝余程悪いのではないか″と思ったようです。「組織検査の結果が出て組織は壊死していたとの連絡があったので様子を見に来た」と話しました。
そして母としては、どうしたいと思っているのかを尋ねました。
「手術しないと食べられなくなる」と思い込まされていました。
しかし、「手術はしない。もうカメラを飲むような検査も嫌だ。実家からは離れたくない。」と言いますので、「1週間に2回津から実家に通って浄霊をする。自分でも浄霊をすること。」と話しました。そして通い始めたのですが、すぐに母から「仕事を終えてから遠くへ浄霊に通ってもらうのは申し訳なく逆に心配なので、津へ行って浄霊を受けることにしたい。万一のために入院の用意もしていく」との提案を受け、それに応えることにしました。
母は医者に10月18日に検査結果を聞きに来るように言われたのですが、その日は孫達と二見へ宿泊する予定があり、とても楽しみにしていましたので、「家族旅行があるからその日は駄目だ。1週間後にしてください」と言ったそうです。その時は〝もしかしたら家族がみんな揃っての最後の旅行になるのかもしれない″と思ったそうです。
このころ私も正直不安だったことが先生に差し上げた次のメールからお分かりいただけると思います。
10/13日のメールです。
土曜日に仕事を終えてから実家へ行きました。母は、胸のあたりが重苦しくムカムカし、時々胸で遣えて食べ物が通りにくく、もどしてしまうことがあります。
私がいる時でも数回もどしました。透明のヌラのような液体が出てきています。
脚力も以前より大部落ちてきているようです。体重も落ちて来ています。
癌の症状と言えますが、「癌の組織が壊死している」という結果がありますので、
壊死した癌が排出される時のヌラなのでしょうか。
月末には医者と面談してきます。
それにしても母がかかったのが田舎の病院で良かったです。
大病院でしたら直ぐに手術されてしまったかもしれません。
母も「手術はしない。もうカメラを飲むような検査も嫌だ」と言っておりますので、しっかりと浄霊に取り組んでいきます。
母の希望で、月末から津へ来て一ヶ月を目処に養生をすることになりました。
「週二回実家へ通って浄霊する。」と言ったので逆に心配して津へ来る気になったようです。
自然と次回の月次祭には参加できるようになりました。
『文明の創造』などの書籍が引き出しにしまわれていましたので、読むように話してきました。自己浄霊にも取り組むように話しました。
先生から返事もいただかないうちに14日には、続いて次のようにメールしています。
「壊死した癌が排出される時のヌラなのでしょうか。」と質問しましたが、『文明の創造』で学んだばかりでした。
『然(しか)し稀(まれ)には胃癌でなくて、ヌラを吐く場合もあるが、此(この)ヌラは頗(すこぶ)る稀薄であるから、よく分る。先(ま)づ濃いヌラを吐く症状が真症胃癌と思えば間違ひないのである』と『霊的病気 癌病』で学びました。
私も母のヌラを見ましたが透明でした。ですから
『頗(すこぶ)る稀薄』なヌラに該当する希(まれ)な症状ということになります。組織も壊死(えし)していますし、〝真症胃癌ではない″ということになります。
そして、先生から
「お母さんの取り組む姿勢も明確になったようですので、自己浄霊に徹していただきたいと思います。」との指導をいただいております。

○検査結果を聞く
10月25日は仕事が入っていたのですが日曜に仕事をすることにして、母と検査結果を聞きに行きました。「組織が壊死している。」ということを聞き少し安心したようです。
そして、「高齢で体力が持たないだろうから手術はしません。検査も体が辛いので受けたくありません。」と母は、医者に自ら話しました。

○食べてさえいれば戻しても少しは栄養になる
後から詳しく話を聞いてわかったことですが、
食べた物を戻してしまうとかの症状は、2年前の息子の結婚披露宴での食事が一切食べられなかったその少し前から始まっていたそうです。最近は症状が進み、お茶も飲めなくなることがあったようです。
病院へ行くと点滴されるのが嫌で誰にも言わず、食べては戻す。食べては戻す。を繰り返したと言います。〝食べてさえいれば戻しても全部が全部戻してしまうことはないだろう。少しは栄養になるだろう″と考えたそうです。〝これからどうなるのか″と考えると不安で堪らず、〝もうどうにでもなれ″とも思ったそうです。
しかし私に知らせると父の時、その日のうちに津へ連れて行きましたので、住み慣れた町を離れなければならない。と知らせなかったのだそうです。

○食生活を改善、浄霊をいただきみるみる回復
津に来た当初は、頬が痩(こ)け、目が窪(くぼ)み、目の下が黒く面貌(めんぼう)はハッキリと病人でした。
「運動もしなけりゃ」と犬の散歩をしてくれたのですが、10分も歩くと疲れて2~30分も休憩をしていたそうです。浄霊を徹底するとともに、毎日野菜中心の食生活にしました。支部で浄霊を受け始めてから食事をしても戻さなくなりました。便に混じっていた血も徐々に混じらなくなり、一週間くらいで全く正常な便になりました。そして体重も増えだし、散歩もおよそ一時間も出来るようになりました。当初〝1ヶ月浄霊と食養生で様子をみよう″と決めたのですが、本当に一ヶ月ですっかり元気にしていただきました。
一ヶ月が過ぎて実家へ帰りました。田舎に帰ることができた母は「ああ、うれしい、うれしい。帰って来れた。こうして食事が普通にできることが本当にうれしい。津へ食養生に行ってよかった。一人暮らしで魚が好きで魚中心の偏った食生活だった。野菜を育てているのに食べ方を知らなかった。津で良く教えてもらったので、これからはバランスのとれた食生活をします。浄霊もきちんとします。」と言ってくれました。
近所の人から「行く時は顔色が悪かったのでもう帰ってこやんのとちゃうか。と思っとったけど、帰れてよかったな。顔色ようなったやん」と言われました。周りの人にもわかるほど顔貌に変化があったのでしょう。
母が懇意にしている魚屋さんが「おばさん、魚ばかり食べやんと野菜も食べやなあかんで」と商売そっちのけで心配してくれたそうです。魚屋さんに心配されるほど魚ばかり食べていたのだと思います。
そして11月の月次祭の時に、先生より「月に一回の月次祭の時には、耳が遠くて聞こえなくても座っているだけでも良いので、できるだけ参拝するように」と御指導いただき、月一回の参拝を決意しております。もちろん12月も参拝できました。
目標を持って生活できることは素晴らしいことだと思います。

○父と母の御守護のいただき方の違いを比較する。
ところで、父の時と母の御守護のいただき方の違いは何だったのでしょう。
比較をしてみました。
まず、〝どれだけ医療を受けたか″ということです。
父は当初肺炎と診断され入院して検査、治療、投薬を繰り返し、私が連絡を受けたときには既に末期の肺癌でした。私は元々は本当に肺炎だったのだと思います。それを検査治療を繰り返した結果肺癌にまで進行してしまったのだと思っています。
 
母は、2年以上前から症状があったのでその頃から食道癌か胃癌だったと思われます。しかし、薬も一切飲まず、戻しても食べ続け、水も喉を通らなくなってやむを得ず、病院で検査を受けたときには2cmの大きさになっていた癌細胞は既に壊死(えし)していました。『何もせず、放っておけば治る』の御教えの通りだったのです。
浄霊をいただいて治った。との体験はよく聞きますが、『放っておいて治った』という体験談はあまり聞きませんので非常に貴重な体験ではないかと思います。
次に、〝どのように浄霊をしたか″ということです。
父は自己浄霊はできませんでした。○之光教団所属でしたので、自己浄霊をする人はあまりいませんでした。家内や当時の地区の方々が浄霊をしてくれましたが、時期的に仕事が多忙な時で、息子である私の関わり度が少なかったのです。
一方、母は素直に自己浄霊に取り組んでくれました。また、家内が主に浄霊をしてくれ、私も父の時と同様多忙な時期だったのですが、時間を見つけては浄霊をさせていただきました。自宅にいたからこそできたことでした。
母の時には自然米がありました。自然米のお粥は何とか食することができたそうです。3年程前より無農薬・無肥料で野菜を育てておりますので、野菜はスーパーでは買わなくて良いそうです。また、最近は調味料にも気を遣うようになり料理にも興味を持てるようになりました。
母は納得して故郷を離れましたが、父の心の内は故郷を離れたくなかったことでしょう。良く家族で話し合って納得の上方針を決めるのが最善であると思いました。

○「食」は生きる希望になる。
最後に、「食」は生きる希望になる。ということです。普通に食事をとれることがいかにありがたいかということです。
母は食事の時間を非常に大切に思っていました。田舎ではひとり暮らしでついつい簡単にすませてしまいがちです。〝家族で一緒に食事をする″時間をとりたかったようで、津で生活している間中私は忙しくて帰宅して食事をするのが夜10時ころでしたが、「先に食べて」と家内が言っても私が帰るまで待っていました。
父も亡くなる直前まで食べていましたが、病院の部屋で食事をするのとでは、大きな違いがあります。病院では食事を栄養と考えるでしょうが、〝家族で一緒に食事をする″食事の空間には温かみがあるではありませんか。
母は田舎でひとり暮らしにもどりましたが、無農薬・無肥料の野菜を育てて自ら食べ、私たちに提供するという御用に励んでくれることと思います。また、「月次祭に参拝する」という課題をいただき、これからの母の目標ができたと思っております。

○信仰を伝えていく原点
メシヤ講座で先生より、
信仰の話・・・色々教えを取り次いだり、色んなことをするんだけども、信仰が伝わっていく一番の原点はやはりメシヤ様からいただいたその恩恵を、そのままありのまま、みんなに話すということが、信仰を伝えていく時の一番の原点であると。
 これを欠かしてはいけないということが、まず第一としてありますね。だからそういうことを我々が確認していかないと、いけないことではないかなと思います。
と御教導いただいております。
体験発表というのは、話を聞いたより多くの人が発表者を通して信仰をより身近に感じることができますので、みんなに幸せをま配っていくことになりますので非常に意義深いことだと思います。
今回の母の体験発表で皆さまが少しでも感じ取っていただけることがありましたならありがたく思います。本来なら母がこの場で発表すべきではありますが、遠方へ出かけることにまだ自信が持てないようですので、私が代わりに発表させていただきましたことを、お許し願いまして、発表を終わらせていただきます。
ありがとうございました。

2014年9月4日木曜日

たった1回の浄霊で蓄膿が癒される  ~ メシヤ様との初縁が蘇る ~

 

娘のアトピーから幼少の頃の奇蹟談を思い出してメシヤ講座で妻がお話しし、英文サイトへの寄稿にまでつながったことがありました。
私達は日々奇蹟体験をしているがゆえに、奇蹟・御守護に鈍感になってしまっているのではないでしょうか。
先生は奇蹟体験談を発掘する天才だったと思います。
見逃さない、聞き流さないからこそ、相手もつい話をするのですね。

第76号 平成26年1月分

 ○たった1回の浄霊で蓄膿が癒される   ~ メシヤ様との初縁が蘇る ~
(質問者)
中学の頃蓄膿で病院に通っていました。吸引していました。
(参加者)
耳鼻科へ行くとどんな症状でも吸引しますね。
(質問者)
薬が入っているのですか。
(先生)
入っていますね。ですから蓄膿の箇所を浄霊はしておいた方が良いですね。
(質問者)
以前、肺炎になった時に物凄く薬の臭いがしましたが、きっと昔蓄膿で使用した薬の排泄作用だったのですね。
(先生)
蓄膿はしつこく鼻のところに溜まっているからね。それで吸引したら通るけども蓄膿自体を治しているわけではありませんのでね。
(質問者)
それで病院へ通っていたのですけども、叔母がメシヤ様と御縁があったようで浄霊を取り次いでいただいたのです。それで、たった1回の浄霊で良くなって、それから病院へは行っていません。今思うとその頃初めてメシヤ様との御縁をいただいたのだと思います。
ですから娘がアトピー性皮膚炎になって初めて浄霊を取り次いでいただいた時に〝ああ私も小さい時にしてもらった″と記憶が蘇ったのです。
(先生)
一回の浄霊で治ったのですか。
(質問者)
そうなのです。一回浄霊していただいてから病院へ行かなくてもよくなったのです。
(先生)
素晴らしい!それ、御守護報告していないのではないですか。
(質問者)
子供のアトピーの御報告の時に書かせていただいたように思います。
(先生)
それは英文サイトに載せたいから書いてください。Johrei
現在53歳で非常に健康に過ごさせていただいていますが、実は子供の頃蓄膿だった、と。
「吸引治療とかしても良くならなかったけども、叔母に浄霊をいただいて一発で良くなって、今日まで健康で過ごさせていただいています。」
というように短くて良いので書いてみてください。蓄膿で悩んでいる人は結構多いのです。とても参考になると思います。
先祖の導きがあったのですね。よほどメシヤ様に繋がるべき因縁があるのですね。今日は良い話が出ましたね。

【御教え】病患と医学の誤謬  明日の医術第二編  昭和十七年九月二十八日
『鼻の病気としては、蓄膿症、肥厚性鼻炎、鼻茸、無嗅覚等あるが、原因は何れも同一であって、鼻の両側に溜結した毒素及び後頭部特に延髄附近に溜結した毒素及び前頭部より前額部にかけて溜結せる毒素が、浄化作用によって鼻孔から鼻汁となって排泄せらるるのである。即ち、蓄膿症は、鼻の両側の皮下に於ける毒素の溜結が原因であって、これは指頭で圧すれば痛みがあり、この痛みの強弱によって、重軽の差が判るのである。これを放任しておけば、この毒結は溶解、鼻汁となって出て治癒するのであるが、医療は薬液で洗滌するから、耳垂の際の洗滌と同じく薬毒が浸潤、追増することになり、慢性になるのである。又、肥厚性鼻炎は鼻汁に含まれてゐる毒素が、粘膜を刺戟するので加答児を起し、微熱を生じ、小腫物、痛み、痒み、涸(カワ)き等の症状をおこすのであるが、これ等も気永に自然療法によれば治癒するのである。次に鼻茸は、私は医者でないから、手術をしたことがないのでよく判らないが、膿の固結したものではないかと惟ふ。兎に角私の治療によって鼻茸が発生しなくなるにみても、そうであると想ふのである。
 そうして、蓄膿でも鼻茸でも手術をするが手術によって一旦治癒したやうでも、遅きは二三年、速きは半年位で再発するので、此事実は真の治癒ではなく一時的効果に過ぎない事が判るのである。特に蓄膿症に於ては、鼻側に集溜する毒素を手術によって排除するが一時排除しても再び集溜するのである。故に完全に治癒させるには、集溜すべき毒素発生の根源を衝かなければならないが、医学ではそれが不可能の為、末梢的方法を執るのやむを得ない訳であらう。
 又、近来蓄膿の手術によってよく生命を失ふ事を聞くが之は如何なる訳であらうか。実に危険千万である。全く手術の過誤による事は勿論であるが、専門家に於ても大いに研究されん事を望むのである。
 次に無嗅覚の原因は、鼻の尖端に毒素溜結し、それが嗅覚神経への刺戟を遮断する為と後頭部下辺の凹所に毒素溜結の場合とある。そうして後者に於ては痳酔剤使用の結果又は瓦斯中毒等によって鼻孔から吸収したその毒素が、右の局所に溜結する為による事も稀にはある。そうして前者は非常に治り易く多くは二三回の治療で大抵は治癒するが、後者の場合は、相当日数を要するのである。』

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...