2022年2月9日水曜日

覚りの旅  令和4年2月 月次祭を終えて

 令和4年2月1日

   覚りの旅  令和4年2月 月次祭を終えて
三救責任者
皆様、2月度月次祭おめでとうございます。

それでは、『 文明の創造 科学篇  喘息 』の拝読をお願いします。

参加者
『 文明の創造 科学篇 喘息 』 拝読

三救責任者
はい、ありがとうございます。

図1

4-1

医学では全然わかっていないっていうことが出てきます。
29行のところですけども、『喘息に関しては、医学では全然判っていないのである』とお述べになっておられますが、現在では随分わかってきております。光化学スモッグとか、化学物質、四日市ぜんそく、名前を聞いたことありますよね。これはメシヤ講座三重で、平成25年4月ですけども、そういう話がありました。
分かっていないというのは、全体的な考え方が違うからね。細かい体のことは分かってきているでしょうけども、それが 霊主体従 ということは全く分かっていないということがあります。
それと、精神的な問題としてですね、65行のところに、

図2

4-2

父親とか母親が神経質な躾(しつけ)の仕方をしたり、小言を言いますと子供にとっては非常に辛いので、それに対して〝親から優しくしてもらいたい″〝自分の防御のために喘息症状を起こす″ということも起きてきております。

こういう事というのは、体の仕組みだけ見ていても、分からないことかと思います。
優しくしてもらいたいということが、自分の防御のために喘息を引き起こすこともあるんですよ、ということです。
小さい子は行きたくない時、自分で熱を起こせるからね。
病気でもないのに熱を出したりって、ありませんでした?

参加者
あるある。

三救責任者
79行。

図3

4-3

薬が内向して喘息が起きてくることもありますよ、ということが書いてあります。アトピーの薬を塗って抑えてしまうと、内向してしまって、喘息が起きてくることがあります。
アトピーから喘息に発展していくという事は分かっていても、何故かというのは、なかなか医学の方では分からないころがあるかと思います。
82行のところに行くと、

図4

4-4
図5

4-5

産道で呼吸をしてしまうと悪露(おろ)を吸い込んでしまうのでこれが肺から染み出て横隔膜に溜まっていきます。それをそのまま置いておくと成長過程でいろいろ問題点が起きてきますので小児喘息を起こして全部排泄してしまいます。

こういうことを考えていきますと喘息というのは大変ありがたい浄化なのです。

溜まった毒を出してくれるんだから、そういうことが分るかと思います。
134行のところへ行くと、“人間の体は素晴らしい”。これは前も出てきました。


図6
4-6

人間の体は非常によくできていますので、肺も毒素を吸い込むだけではなくて逆に毒素を吸引して咳で出すということもやっているのだなということです。

図7
4-7

“体は素晴らしい”ということで、1月号にもありました、先ほどの話ですけども、私たちの体はものすごく素晴らしいということで、この時は小腸の話でしたね。小腸は腹膜に溜まった・・・腹膜とか横隔膜とか膜というのは、膿とか毒素を貯めるところという風にも捉えられるかと思います・・・その溜まった膿を逆に吸収して下痢で出す働きもあるんですよということを学びました。
それで、147行。

図8
4-8

私たちは『人格を磨く』とか『信仰即生活』ということを大切な取り組みとして行っていただきたいと思います。

ということで、ここで出てきているのがですね、138行からですけども、

ある支部に○○教の方で、脳の病気で半身不随になってしまった青年がいるのですが、「専従者だった母親が亡くなって自分もそのようになってしまって、生きる希望がなくなった」とメールが来まして、支部と繋がって、今で、2ヶ月間浄霊に取り組んでいただきました。それで手が大分上がるようになったのです。それから歩行補助具を家の中では使わないで歩けるようになったそうです。
半身不随になったということは不随になった反対側の脳で障害が起きているということですが、そこを浄霊することによって他の脳がズーッと補いながら動けるようにしてくれているのです。立ち上がるスピードも早くなってきたようです。大変ありがたいことだなと思いますと共に、私たちは『人格を磨く』とか『信仰即生活』ということを大切な取り組みとして行っていただきたいと思います。

こういう事も、奇蹟集にピックアップして載せていけたらいいのかなと思いました。
奇蹟集のピックアップって時間かかるよね?

参加者
ついつい、読み込んでしまいます。奇蹟に関するところじゃないところで読み込んでしまって時間がかかったりしています。

三救責任者
それはそれでいいんですよ。
奇蹟集にこういったものも入れようと思うと、どういう風なつくり方にしていくか考えているところです。この前言った期限を延ばそうかと思っています。
勉強しながら読んでもらったらいいので。
今回のように読みながら気づいたら、こういうのもどうかなっていうものもあるかと思います。

それで、170行。

「御教えに照らしていくと喘息になったということはやはり、焦ったり早まったりする癖があるので一(ひと)呼吸おいて物事を進めていくように、これから人間として成長していかないといけないので、浄霊をいただくときには健康面だけではなくて、自分の性格上の欠点を修正するために力をいただきたいという、御浄霊のいただき方とか参拝をしましょう。」とアドバイスいたしました。

そういうこともあるんですね。
それから209行。
また詳しくは読んでおいてくださいね。読んでもらってあるかもしれませんけど。

図9
4-10


『生と死』ということが、ここでは前世の罪を払拭すると一躍幸福者になるんだという事が書かれています。この時のメシヤ講座に出てきたので、そのまま載せてあります。
それから、235行。

図10
4-11

『御教え通りにやる』ことが本当に〝一所懸命やる″ということ。
考え方がいろいろあってですね、偏った考え方でいる人のことだと思いますけども。

(先生)その人が信仰を〝一所懸命やっている″というのは形だけをやっているのであって、『御教え通りにやる』ということが本当に〝一所懸命やる“ということなのですよ。
ですから〝一所懸命やっている″とあなたが見たことが間違っていたのです。
〝あれは信仰不熱心なのだ″と思っておかねばいけません。
(質問者) ああそうですね。教団の方針に熱心なのかもしれません。
(先生) そうです。方針に熱心なのであって信仰に熱心ではないということです。

という話です。それから、263行。

図11
4-12

お子さんとかが浄化を定期的にするということは、ご先祖様が〝信仰をしっかりやってもらいたい″という意図があって、また〝徳を積んでもらいたい″という願いがあるのでそのような浄化も起きてくる訳です。

これも霊主体従的な考え方をすると、そういう浄化もあるんだよと。ご先祖様が子孫をいじめてやろうかというのではなくて、浄化で浄まって良くなっていただきたいと思っての浄化だという風な捉え方、受け止め方。浄化の受け止め方ですね。

それと285行に行くと

図12
4-13

慰霊祭をしたから良いという問題ではありません。慰霊祭は当然やるべきことなのです。

喘息から離れていますけども・・。380行。

図13
4-14

変化を続けると本来の魂が輝き出す。
色んな変化があるということね。それを受け始めてから、この時は喘息の薬を飲まなくなりましたということで、

それが変化です。その変化を続けると本来の魂が輝き出すのです。「継続は力」なのです。

これも三重で平成20年です。メシヤ講座三重、非常にいいことをずっと学んできているんですね。
384行にいくと、喘息の急所をもう既に学んでおります。

図14
4-15

横隔膜と腎臓をよく浄霊してくださいと。喘息の方がおられたんですね。
それから425行へいくと、

毒素排泄作用であるので、毒素排泄期間が終了すれば自然に治るのです。それが何故、今日では、治りにくいもののように捉えられてしまっているのでしょうか。
それは、このように語るK教授もステロイドを推奨している一人ですので、現代においてはすぐに治療と称して薬を使ってしまいます。これが大きな原因です。と言うのも、本来の毒素排泄作用を止めてしまい、結果的に治りにくくしているのです。また、皮膚に出る症状を薬で押さえ込んでも、喘息によって毒素排泄さ起こす方も多いようです。

図15
4-16

毒素排泄作用というのは止めてはいけないんですよということを学んでおります。
何でも一緒のような話になってきますけどね。537行のところにいくと、

【御教え】喘息発作と米材建築。
[問] 喘息は米材で建築した家に入ると浄化が起こるのは如何なる関係によるものでせうか。
[答] 医学で言ふが、とるに足らぬ。喘息のほっさはちょっとした動機で起る。これはそうでない。起こる時にそういうことを見たりしたりして気にするのである。喘息の起らうとする時そういふ事があった。医学は原因を他に転嫁する。そして他の影響によって起るといふ。他に罪を転嫁する。自分に原因がある。この思想は猶太思想で、仕事を怠けて食ふに困ると、社会機構が悪いとか、壊さなければならぬとかいふ。これが共産主義である。資本家とて労働者がなったもので、資本家があまりに自欲のみで愛のないのはいけない。事業の衰微せぬ限度に於いてー。
病気も自分自身にある。

図16
4.2.16

病気も自分自身、病気も自分自身にあるということで。

図17

これね、『新型コロナワクチン 誰も言えなかった「真実」』という本を、娘が「いい本だよ」と置いていったので紹介させていただきます。
興味を持たれた方は本を購入されて読まれてはどうでしょうか。

(省略)

この人は、医療問題を中心にジャーナリストとして活動している、週刊Bとか〇〇とかに寄稿しているということです。

図18
4.2.18

患者の多く、「助けて欲しい」と言ってくるんだけども、体を悪くしているのは自分ですよと。
アルコール依存とかでは酒を辞めればいいんであって、慢性閉塞性肺疾患になる前にタバコをやめればいいいのであって、だけどやめない、むしろ、死に近づく行動をとる。治りたいという言葉と矛盾する行動をとっています、と書いてあります。
これは、病気も自分自身ということから、この本と関連があるなと思いました。
この本では、次のように非常に上手な表現をされておられます。

図19
4.2.19

(省略)

・ワクチンを打った人たちに帯状疱疹のような免疫が低下した人に起こる病気が増えている。

聞いたことある?

参加者
無いです。

参加者
最近近くで帯状疱疹・・。

三救責任者
(省略)
日光浴とか昔ながらの日本の食事を取るのが免疫にいいんですよ、ということを言っています。
それで、味噌汁というのは腸内細菌のバランスも整えるので、発酵食品ですね、一般的に良いと言われてる日本の食事をとって、日光浴、散歩とか、メシヤ様もされていたことをすればいいわけですね。

図20
4.2.20

資本主義→志本主義。今、志本主義、志す。何を志しているかで考えること、行動することが決まるということです。そうですよね、実際。

図21
4.2.21

お金を志すと(コロナでお金を稼ごうとする人は)コロナの終息方法を勧めない。今、志本主義と言っても、志しているのがお金を志しているので、終息方法を勧めません。怖がらせる情報を広めているんじゃないかと。(省略)

図22
4.2.22

ドクチン(ワクチン)はね、1回目の場合、死亡・重症ともに増えて、2回目でも死亡率が下がってないんですよ。テレビで出している情報というのは、終息しない方向での情報を流している。厚生労働省もきちんと数字を出してるのだろうけども、その捉え方、数字のどこを取るかによって、皆の受け止め方が違ってきます。

図23
4.2.23

251倍、生ワクチンを打ったら排出してしまうんだって。そういう毒を排出しているのと一緒だよね。遺伝子事態を注入しているんで。免疫システムを破壊され、ウイルスを体内で増やしてしまうんです。だから、何回も打っていくと、それだけ出す量が多くて、免疫が破壊されていくので、年寄りがというのは、それは元々いっぱい色んな打ってきて、溢れるというか、耐えられなくなったということですね。
それで、帯状疱疹のような免疫が低下した人に起こる病気が増えてますよと。

図24
4.2.24

図25(省略)

図26
4.2.26

65歳未満、2回接種者の方が死亡率が2倍になる。
65歳以上2.83が1.22パーセントになりました。
65歳未満は0.04が0.08になりました。
これは、第50回新型コロナウイルス感染症アドバイスリポート 年齢区分別陽性者数と死亡者数から見た場合。
だからどの数字をどう伝えるかによって受け取り方が違ってくるのですね。
(省略)

図27
4.2.27

無症状とかね、何でもない、病気じゃないですね。それを病気のようにして隔離するのはちょっとおかしいと思いませんか。

図28(省略)

本から紹介させていただきました。

暗い話だったので、話題を変えます。

SDGs というのはね、持続可能な開発目標ということです。これは国連が2015年に採択したということで、サスティナブル・ディベロップメント・ゴールズの略だそうです。
貧困や気候変動などが深刻化する中、国際社会で誰1人取り残さないために、先進国と途上国が一丸となって取り組むべき課題を示す。ということで、17の目標と169のターゲットから構成されて、30年までの達成を目指している。最近よくSDGsという言葉を聞くので、新聞にちょうど載っていて、17の目標がありますということで、
例えば、 1番が貧困をなくそう
3番が、すべての人に健康と福祉を
14番、海の豊かさを守ろう。
15番が陸の豊かさを守ろう。
16番、平和と公正をすべての人に。
というようなことが出ていて、これを見た時にですね、貧困だから貧しい、健康というのは病ですよね、それから平和ですから争いをなくす。そうするとメシヤ様は昔から、病貧争絶無の世界に。SDGsと言われるずっと前からメシヤ様はこういうことは提唱してきたわけです。我々のやっていることはSDGsの先駆けであるわけです。先駆けって出てきたね。
白梅の香りも高く 魁(さきがけ)て外国(とつくに)までも匂ひぬるらん
という歌が最初出てましたけども、さきがけであるわけです。
ようやく、その中にその形は違えども、そういうことを目指そうと世界的な試みが出てきたのかなと思います。
地上天国建設。

オリンピックをK国でもやりますよね、この前テレビを見ていたら、雪を降らせるのにロケットを打っていましたね。前も打っていましたけども、晴れにするのに。これは、ヨウ化銀というのを打っているんです。
粒を核にして雲が発生する。ヨウ化銀をロケットで打つとそれを核にして雲になって雪が降る、ということで、安全だと言ってるけども、ヨウ化銀というのは毒性有りです。毒が降っているんです。K国は人工的に毒を降らしている。メシヤ様の御教えでは、こういう暴風とかになるのも、人間の霊的な曇りが少なくなってくれば、天候も安定して、五風十雨の不順序なく になってくるんですということですので、霊主体従で行けば、我々の言霊を曇った言霊じゃなくて、いい言葉にしていけばですね、悪いその毒素を排出しないようにしていけば五風十雨の不順序なく、ということで、天候も安定してくる。風も吹かないといけないしね、五日目に風が吹いて、十日目に雨が降る、あとはいい天気だ、というのが五風十雨の不順序なくということなんですけども、地上天国になった時にそういう世の中になってきますということですので。
これは今、K国がやろうとしているような人工的にそういうふうなことをすることではない。
K国を見てると、ワーッと消毒薬をまき散らして火炎放射とかやっていましたね。そういうようなことをするんじゃなくて・・。
日本の方が良かったよね。日本のオリンピックの方は、強制的では全然なかったので。密がいけないと言われたら、密にならないということを心がけて、日本自体、東京自体は大都会にかかわらず、綺麗ですし。K国とか見ると、全然違うとは思いますけども。その日本の良さというのをね、さっきの話で、「日本は 世界二となき美の国と 外国人にも知らせたく思ふ」ですので、
外国人にも知らせたく思う、そういうことを本当はオリンピックでももっともっと多くの人に知ってもらいたかったけども、そこまで外国のレベルが行ってなかったのでということかと思いますけども。ただ、今、日本人が結構政府がフラフラしているので、方針に悩んでますけども、自分たちは、こういう霊主体従を分かった上で地上天国建設を目指してですね、病貧争絶無ということで、取り組んでいきたいと思います。
何か質問等ありますか?
それでは、終わらせて頂きます。

司会
以上をもちまして月次祭ならびに一日祭を終わらせて頂きます。

参加者一同
ありがとうございました。

2022年2月7日月曜日

三救責任者 立春祭 挨拶

 


祭典三分前

立春祭 意義。令和四年二月四日

すべての神々かみがみは、メシヤ様の御手みてとおして

創造そうぞうぬし神様しんさま御一方おひとかた帰一きいつしていきます。

主神様からメシヤ様をとおしてられた御教みおしえをいかに実践じっせんして普遍化ふへんかしていくのかをメシヤ様は私達に問われているのだと拝察申し上げます。

実践じっせんするのは人間なのです。私たちなのです。そう自分自身なのです。

メシヤ様の御事おんことべ伝え、御教え・浄霊を実践するという、私たちの使命しめいたせますよう、ねんたてまつります。

(祭典)

天津祝詞・善言讃詞 奏上

御浄霊
御教え拝読 開教の辞 世界救世(メシヤ)教教義

 

三救責任者 立春祭 挨拶。

昨日の節分祭では神言を奏上致しました。
メシヤ教時代の節分祭のテープを確認しておりましたら、
「メシヤ様の御教えに基づき、節分祭を執り行います。」との司会の言葉に気づきました。
メシヤ様は節分祭を執り行うよう仰ったわけではありませんが、
それは、審判をなされるお立場、赦す立場であるからで、
私達人間は、人類史を鑑み、夜の時代に染みついた癖を、
悔い改め、メシヤ様に赦しを請わねばなりません。
毎年毎年、その認識をもって節分祭を執り行う必要があるのです。
そういう内容でございました。
それで「メシヤ様の御教えに基づき」という言霊を発していただいたわけです。


はじめに『天恩地惠』13P~20Pから選んで 学ぶ。


このように振り返ってまいりますと、素戔嗚尊が天照皇大御神様を押し込めたこと、アマカヒコノミコトが国常立尊様を引退に追い込んだことに想念を持ち、お詫びの祭典を積み重ねてまいりました。

今まで学ばせていただいた『ご神名は、神様のお働きである。』『すべての神々は主神様、ただお一方に帰一していく』ということについて合わせ考えます時、畏れながらメシヤ降誕本祝典を斎行させて頂き、メシヤ降誕が成ったと。

メシヤ様のご存在を認識させていただいた。と思わせていただきますと、

国常立尊様のご神名で、霊界の審判をなされ、いよいよ現界に現れて。

というのは、観音様のお働きばかりでなく、現界を審判し、赦す。

権能をお持ちになって、観音様と国常立尊様のお働きを合わせ持たれた、

メシヤ様の御名で現界の建て替え、立ち直しをされ、地上天国建設を私たち人間に任されておられるのだという想いに至りました。


現状を見てください。確実に存在する目に見えない霊の存在を信じず、目に見えないコロナウイルスを恐れ、人間が作り上げたパンデミックに振り回されております。

地上天国を建設しようと悪を容認し、物質文化を極限にまで高められた

主神様の御意図や如何に。と考えさせられます。

人流を抑制し、物流を抑制し、孤独を生み、そして経済をどん底に落とし、

医者にはかかりたい人がいてもかかれない。

と考えてくると、ハッと気づかせていただけます。

そうです。医学革命です。

この道を知らずとも、通常、風邪で病院に行く必要はないのです。

医学革命を起こし、霊の存在を認識させるのが目的ではないかと思うのです。

最後の審判というのは精神の病でくると学びました。

令和に入ってからの異常な事件を思い出してください。
令和元年5月25日、名古屋メッタ刺し死亡事件。服役中に交際女性を取られ、金取られ、恨みが募る。

5月28日、川崎殺傷事件。路上で児童ら19人殺傷自殺。1人で死ぬのが嫌だったため、そしてsnsのアップが問題になる。

令和3年、大阪メンタルクリニック放火事件。

また、駅列車襲撃事件が多発しました。

8月24日、地下鉄白金高輪駅構内硫酸のような液体をかけた重傷傷害事件。

「勝ち組の女殺したくなる。」

小田急線刺傷容疑者。サークルで馬鹿にされ、出会い系で断られ、幸せなカップルを見ると殺したくなる。

10月31日、京王線車内で火災発生。乗客が切りつけられ、車両放火17人重軽傷ジョーカー仮装男、孤立孤独化。

11月8日、熊本九州新幹線。床に火をつけた。

中学校で男子生徒刺され死亡。


妬みとか、ソネミとか孤独化など、精神的なものが、随分影響しているようです。

これは、最後の審判というのは精神の病でくると学んだ、その通りだと思います。


ところで、日本で1番平和な平和だった時代というのは、縄文時代、争いはなかったのです。
弥生時代になって、稲作が入って、貧富の差が生まれたことで、争いを生んだということだそうです。精神世界における地上天国というのは人類は経験しているわけです。
今度は物質文化の発展を伴った地上天国ですが、物質文化が発展しすぎて精神文化が顧みられなかったために現在のように荒廃してしまったと思わされます。

新年祭、節分祭に出て来ました御詠の

『若しも吾』の吾とはメシヤ様のことです。
『出でずば』とは、現界に現身をお持ちになられて、人間としての最高位に昇られ、人類に(因縁の人に)、救世の業をお与えくださいました。御教えと浄霊で、人を救う方法と力を既に私達は賜っているのです。


このことより多くの人が認識できなければ、罪の重みに耐えかね、人類が滅びてしまうと受け止めたいと思います。メシヤ様の御神格を認識させていただくことの一点に尽きるのだと思います。


メシヤ様は、伊弉諾尊様、国常立尊様、観音様、ミロク大御神様、伊都能売大御神様、天照皇大御神様、光明如来様。

私たちが、世界メシヤ教に関わりある神様として学んできた全ての神様のお働きをなされてこられたのです。

御神名は、お働きであるからです。


なぜそのように、種々のお偉大な神様のお働きができたのでしょうか。

主神様から、直接観音様として遣わされ、現界で、善言讃詞で、御教え賜っているように、神様の御出世を体現なされたのだと拝察いたします。

人類に仏滅を示されたのです。

ミロク下生、キリストの再臨、メシヤ降誕を顕現され、全ては主神様に帰一していく。
現界で、メシヤ様に帰一していく。認識せよ!

と警鐘を鳴らしているのです。

祭典を積み重ね、
『覚りの旅』で学んで、
メシヤ様の御神格を認識させていただきましょう。
そして、覚らせていただいたことを因縁ある人々に伝えてまいりましょう。

本日は立春祭おめでとうございました。


2022年2月3日木曜日

令和四年節分祭 式次第 三救責任者挨拶

 


節分祭 式次第

祭典五分前になりましたので、ご着席ください。
そして携帯電話などはマナーモードにされるか電源をお切りになって祭典に臨む姿勢づくりにお努めください。

祭典三分前になりました。


しもわれ このでずば全人類ぜんじんるい 
ほろてなんつみ重荷おもにに』

われとはメシヤ様のことです。

罪を背負せおった神々をも、全人類をもゆる権能けんのうをお持ちになられたメシヤ様が地球に、おあらわれくださったからこそ、すくいのみちひらけているのです。

罪の根元こんげんは、

神様を押し込めたこと、

薬をもちいたこと 御教みおしたまわっています。

くすり信奉しんぽうの世の中をうれい、おびし、

メシヤ様の御教みおしえが、

全世界にひろがる事を念じたてまつります。


(祭典)
ただいまから、メシヤ様の御教えに基づき
『節分祭』を執り行わせて頂きます。

天津祝詞・神言 奏上

御浄霊

御教え拝読 世界救世(メシヤ)教教義
=================================

三救責任者節分祭挨拶  令和四年二月三日 

過去の節分祭におきましては、正しい神様を押し込めてしまった。隠してしまった事跡をとらえ、素戔嗚尊の不行跡に対して、あるいは天若彦命をはじめとする神々が国常立尊様を隠退に追いやった罪、そして人間が見て見ぬふり、何もしなかった罪。
そういう私達人間が知らず知らず、夜の世界から癖として受け継いできた罪穢れを、主に国常立尊様に対して想念を当ててのお詫びが中心でした。
今回は司会から祭典前に読んでいただきましたように、
新年の御詠を三救をはじめとする人類に、
神様からお示しくださったことと受け止めまして、
主神様から神々を赦し、人類を赦す権能をもたれて、
そしてこの地球を救うために現れてくださった。

メシヤ様にお詫びし。赦しを請い願い奉る。

この1点に集中しての祭典となったと思います。
日本は世界の雛型でありますので、私たちが厳粛に祭典を執り行わせていただく。
毎年継続して取り組むことの意義は大きいのです。

明日の立春祭は十一時開式です。
よろしくお願いいたします。
本日はありがとうございました。


以上をもちまして節分祭を終わらせていただきます。
ありがとうございました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もしもわれ このどにいでずばぜんじんるい ほろびはてなんつみのおもにに

若しも吾 この土に出でずば全人類 滅び果てなん罪の重荷に

(参考)

幸運の秘訣

『栄光』246号、昭和29(1954)年2月3日発行 より

 以上のごとく霊界の籍通りが体に移り、運命となるとしたら、霊の地位向上こそ幸運の根本である事が余りにも明らかである。何よりも事実を見ても分る通り、世間よく出世をして人から羨(うらや)まれるようになり、自分もいい気持になって、いつまでも続くと思っていると、豈(あに)計らんやいつしか失敗転落、元の木阿弥(もくあみ)となる例もよくある。というのはこの理を知らず、人力にのみ頼りすぎるからで、しかも人を苦しめ、無理をする結果、形だけは成功しても、霊は地獄に堕ちているので、霊主体従の法則によりその通りの運命となるのである。そうして霊にも物質と同様重量があり、重ければ地獄に堕ち、軽ければ天国に上る。昔から罪の重荷というが、その通りで、悪の行為は霊が曇り重くなるに反し、善の行為は軽くなり上へ昇るのである。故に人間は悪を慎み、罪を作らないようにする事で、出来るだけ善を行い、霊を軽くする事こそ幸運の秘訣である。これが真理である以上、これ以外方法のない事は断言するのである。といってもなるほど理屈は分るが、さて実行となると中々難かしいものである。ところが容易に出来る方法がある。これこそ信仰であるから、幸運を得たい人は何をおいても、まず信仰に入る事である。

観音様は主神で、全世界を自由にし得る神

御講話 未発表、年代不詳

観音様はとても大きくくださる。なんとなれば観音様は主神で、全世界を自由にし得る神で、金持ちでいえば日本一の金持ちだし、否世界一の金持ち、同じ金持ちでも中位のと小位のと違う。

 同じ番頭でも、同じ働いてもたいへん違う。要するに観音様は、世界一の所有者で、なんでも持っておられる。観音様にいただくということは、どんな大きなことになるか判らないのであります。

その人は徳がつくから、善いこともたくさん出てくる、思わぬ良いことが出てくる。家は栄える。よくなるなど、徳を積んだ報いは、仏教のほうなどで説いてあるから……。言うまでもなく、特に観音様は全世界を救われることを始められた。

 で、治るのは、罪の重荷を観音様がとってくださる一般では、その罪をお医者や薬がとってくれると思うから違う。顕微鏡みたようなものなど、そんなもので罪はとれぬ。それは罪をとるためにできたものではない。肉体に現われたものを消滅しようとする。

 観音会では、人間に観音光を与える。すると子孫が祖先から受けた罪は解消し、この人の魂が光り、光が放射して祖先の罪は許されて天国へ行く。天国ではみな観音様のお側へ行く。ですから祀るより早く行く、根本的であります。

病気はすべて罪の重荷に堪えきれず死ぬのである

御講話 未発表、年代不詳

 どういう形で祖先の罪は子孫へ来るかというと、多く脊髄へ来る。御自分の犯した罪は外へ来る。

 頭と脊髄へ来る、これはなにか、祖先から子孫へ流れる形は経である。祖先の霊線は頭へ来ている、目の上へ来る。

 よく頭が重いというが、これは祖先が霊界で苦しんでる証拠で、頭へ来てオッかぶさってるわけで、頭へ重荷を負ってるわけである。首筋から脊髄へ来、よく脊髄カリエスになる。これは罪が直接流れて来て膿になってくる。

 肺など脊髄から膿が出て肺に入るのが非常に多い。そういうわけであるからして、祖先の罪穢ということによって病気発生し、それにより早く死ぬ。これが根本原則である。

 霊統というのは、霊線といい霊に線があり、これはたくさんあって、いままで霊的事実にぶつかって霊統というものは争えないことをたくさん経験していますが、よく霊が乗り憑ったり、死霊が祟ることがあるが、ぜんぜん縁もゆかりもない所へはできない。善いにつけ悪いにつけ、必ず霊統のものに祟ったりなどする。

 どんな方でも、祖先の霊線は何百本、何千本、霊の巣のごとく引かれている、総合されてる。これは切っても切れない、どうしても繋がってゆく。草木とすれば、種が落ち実がなり、また、種ができ、実がなると……そうなって、どこまでもその種の霊統が繋がっている。

 米なら米として、どこまでも米は米で、多少の変化はあっても、麦はどこまでも麦である。粟はどこまでも粟である。どうしてもそれだけの特色をもって続く。これが何種何億にもなる。

 自分自身は霊線により繋がってる。ぜんぜん関係なく繋がっているものでない。

 祖先がまるっきり罪なく往生することもない、めったにない。なにでそれは証拠立てるかというと、寿命でないのに死ぬことがある。なぜ死ぬかというと、罪の重荷に堪えきれずに死ぬ。病気はすべて罪の重荷に堪えきれず死ぬのである

本当の誠

御講話(S27年4月1日)『御垂示録』8号、昭和27(1952)年4月25日発行

それから、みんな罪の重荷をいっぱい背負ってますからね。病人を助けるのも結構だし、金の御用をして、早く地上天国を造るというのも結構ですし、そこが ちょうど良いところですね。なかなか難しいですがその人なりに、自分はこのくらいが良い、こうすべきだ。と言う程度にやれば良いんです。それで、そういった信仰の関係や理屈は、御神書を読んで、教師は私の話を、質問したり聞いたりすることそれから普段、先輩の先生――資格者から聞いたり、質問したりして、だんだん磨いていくんです。

 一番いけないのは、あの人はああやっちゃいけない。あの人は間違っている。と言うことがいけないんですよ。人の良いとか悪いとか言うことは、人間には解らないんだからね。神様以外には解らないんだからね。あの人は邪神だとか、邪神が憑いているとか言うことは、神様のなさるべきことを冒しているので、たい へんなことです。だから、人を見ないで自分を見るんです。自分は間違っているかいないかと見るんです。それが本当の誠です。人の悪いことを諌める――注意 するのが良いことと思っているが、それがたいへんな間違いです。一般社会ならそれで良いですが、この教団の信者になった以上はいけないんです。もしその人 が間違っていれば、神様が捻(ひね)っちゃいますよ。何でもないです。もしそうでないなら、人間が神様の力より上になっちゃうことになりますよ。それで、 今度書きましたから、新聞に出します。そういう点において、世の中とよほど違いますからね。それが、信仰の妙諦(みょうてい)なんですよ。

 結局、何でも決めるのがいけない。決めると間違う。決められないこともあるんだからね。だから、だいたい決めてはいけないということにして、それから決 めなければならないことは決める。それは、事と次第によっていろいろあるんだから――決めないと決めるようにするのもいけない。そこが千変万化、幽玄微妙 の境地なんです。だから、それに少しでも近寄って行けば、その人は本当に身魂が磨けているんです。これは今までの信仰にはないんです。これは高い信仰なんです。そういう人の信仰は間違いないんです。それが真理なんだからね。

霊層界

自観叢書第3編『霊界叢談』、昭和24(1949)年8月25日発行

霊層界のより上段に霊魂の籍をおく事が幸運者たり得る唯一の方法である。元来霊魂の位置は一定してはいないもので常に昇降している。なぜかというと軽い程上方に昇り、重い程下向するのであって、この軽重の原因はいかなる訳かというと、人間の行為の善悪によるもので、善事を行ない徳行を重ねれば罪穢が減少するから軽くなり、悪事を行ない罪を重ねれば罪穢が増すから重くなるという訳で、昔から罪の重荷とはよく言ったものである。故に善悪の心言行そのままが霊線によって神へ直通するのであるから、この理を知ったならどうしても善徳者にならざるを得ないのである。

 前述のごとく人間は神の命によって、運命は疎か生死までも決定するのであるから、人間の生命の命の字は命令の命の字である。故に死とは神よりの命令解除である。それは世の中に害毒を与えたり生存の価値なきためであるから、人間は命令を解除されぬよう神に愛され社会有用なる人間にならなければ、長寿と幸福は得られる筈がないのである。

浄霊によること、私の本を読むこと

明主様と御対談(二) 『栄光』267号、昭和29(1954)年7月28日発行

明主様 魂の罪が減ればよいのです。つまり、罪の重荷と言いますが、その罪を取れば軽くなるから上がるのです。

真山氏 どういたしましたらその罪が取れましょうか。

明主様 浄霊によることと私の本を読むとかすることです。それは光が出るからです。私の方で発行する新聞の活字から光が出るので、それを見る人があります。

真山氏 そうしますと私どもは当分の間は貧から救われないわけですね。

明主様 あなたしだいです。救われたいと思えば信者になればよいのです。そうすればドンドン良くなります。しかし、うまいことを言って信仰させようとするのだろうと思うでしょうが、思っても思わなくても、「信じろ」と言うのは嘘です。ものは試しだ瞞されたと思ってやって「なるほど、これだな」と思えばよいし、思わなければ御守りは捨ててもよいのです。

真山氏 私も救われたいとは思いますが……それはやはり罪が多いわけでしょうか。

明主様 人を苦しめるというのは罪になりますが、自分が仕合せになろうというのは本当の欲求です。人をいじめてオレだけというのはいけませんが、人も良くなりオレも良くなるというのは良いです。共存主義です。

毒素の解剖 

『結核信仰療法』昭和27(1952)年12月1日発行

さてこの世界なるものは、霊界と物質界との構成であるから、人間も同様霊と体とで成立っており、両者密接不離の関係にあって、霊体一致が原則である。という訳で霊の曇りが体に映れば濁血となり、濁血が霊に映れば曇りとなる。これが最も重点であるから、そのつもりで読んで貰いたい。そうして今それを霊の方から説いてみると、人間が悪の行為をするやその罪が霊の曇りとなり、この曇りの溜積がある程度に達するや、ここに浄化作用が発生する。これが病気、災害、または法による刑罰であって、これに洩れた分が神の律法によって霊的刑罰を受けるのである。しかしこの刑罰をいかに巧妙に免れ得たとしても、神のそれは絶対である以上、体に移写して大きな苦悩となる。もちろんこの際の病気は悪性で、多くは生命にまで及ぶのである。そうして悪の刑罰は、早ければ早い程軽く済むもので、ちょうど借金と同様、返えさずにおくと利子が溜るようなものである。しかし悪人によっては、人と神との両刑罰を巧く免れる者も稀にはあるが、それらは死と共に霊界に往くや、罪の重荷によって地獄のドン底に堕ちてしまうので、いかなる悪人も悔悟せざるを得ない事になる。

夜の終り近づけり汝等悔改めよ

『光』42号、昭和24(1949)年12月31日発行

 以上の意味において、大審判が今や全人類の頭上に蔽い被らんとするこの秋(とき)一人でも多くの人間を救い給うのが神の大愛である以上大審判の執行者であり人間の生命を握られ給うのであるから神の御手に縋って罪を許されるより外にこの難関を切り抜ける方法は絶対ないのである、すなわち人類が負える罪の重荷を神の御手によって取除かれ清められる以外救われる道はないからである。

 私はこの最後の救いの執行者として、神の委任のままに責任を遂行すべくここに一大警鐘を鳴らすのである以上、耳を塞ぎ聞くを欲せざる人は自ら滅びの運命を選ぶ人と言うより外に言葉はない、いよいよの時になって悔改むるも最早取返しのつかない事を警告して筆をおくのである。


2022年1月17日月曜日

覚りの旅  令和4年1月 新年祭を終えて

 


 令和4年1月5日
覚りの旅  令和4年1月 新年祭を終えて
三救責任者
改めまして、新年祭、おめでとうございます。

図1
zu-1

昨日○○ちゃんが引いた御歌ね、
「 若しも吾 この土に出でずば全人類 滅び果てなん罪の重荷に 」 でしたね。

ところで、伊勢神宮に無いものって何でしょう? 神社へ行くとよくするものが、伊勢神宮には無い。

参加者
よくするもの?参拝の時とかに人がするものですか?

三救責任者
これです。 おみくじね。

参加者
あぁ・・、無かったでしたっけ?

三救責任者
無いんですって。

図2
zu-2

何故ないんでしょう?
伊勢神宮、造られたのも古いですからね、その頃はそういう占いとか無かったんですね。
天照大御神様が御鎮座されているんだ、参拝出来るだけでありがたく幸運なんだ。吉凶を占うおみくじは必要ありませんよと。お伊勢参りということで、一生に一度参拝出来たらありがたい、そういうおかげ参りであったわけで、そういう意味ね。だから、個人的なお願いをする場所ではないということです。お参りできるだけで大吉なんだと。そういう意味があるそうです。
何でこういう・・という話ですけども、メシヤ講座三重108号平成29年1月度の時に御歌を引きましたよね。この時にちょっと紹介しましたけども、信者さんの質問で
「よくどっちをとってよいか選択に迷うことがありますが、ある所では、なにか「こより」のようなものを観音様にお供えし、それを「オミクジ」を引くように頑是(がんぜ)ない子供にとらせて迷っていることを決めるそうですが、だいたいうまくいくとのことでした。」 ということがありました。
メシヤ様は、『ええ、それはいいですよ。』
と、たった一言だけですけども、そういうことが書かれておりましたので、真似てみました。
ということで、あの時に御歌を引くということをさせて頂きました。
「頑是(がんぜ)ない」というのは、「あどけない、無邪気な、是非、善悪の区別のまだ判らない子供」という事です。
ですので、昨日子供の引かれた御歌というのは三救全体で受けとめるべき深い神界からの働きかけがあると思いまして、調べてみました。
本当は親御さんがその人に合うように話をしてあげるのが良いかと思いますけども、今の参拝出来るだけで有難いんだと、大吉なんだと、そういう事からいくと、おみくじという捉え方ではなくて、その引いた御歌自体というのが、三救全体、あるいは世界全体に対することだと、これからの指針が何か神界からあるんじゃないかなという思いを持って調べてみました。
昨日の御歌、一番最初に引いてもらった御歌です。

「 若しも吾 この土に出でずば全人類 滅び果てなん罪の重荷に 」 

どう考えられたかなと思いますけども。
これは私の考えね、
「罪の重荷」って何だ? と思うとおもうので、「罪の重荷」という事で調べると、非常に学びになることが出て来ました。
「幸運の秘訣」というところで、

霊主体従の法則によりその通りの運命となるのである。
昔から罪の重荷というが、その通りで、悪の行為は霊が曇り重くなるに反し、善の行為は軽くなり上へ昇るのである。故に人間は悪を慎み、罪を作らないようにする事で、出来るだけ善を行い、霊を軽くする事こそ幸運の秘訣である。

重荷という事を調べると、幸運の秘訣というところに繋がるということと、その次が面白くてですね、

治るのは、罪の重荷を観音様がとってくださる。ということで、

観音様はとても大きくくださる。なんとなれば観音様は主神で、全世界を自由にし得る神

という事がでてきているんですよ。ここで、観音様は主神でと。
中心的な流れというのは観音様から来てる。この頃ね。年代不詳なので、いつの事か分かりませんけども、観音様は主神で、全世界を自由にし得る神 というのと、観音様の御働きで 罪の重荷を観音様がとってくださるんだよと。
その少し後ろの方に、今の時代に繋がることがあって、

一般では、その罪をお医者や薬がとってくれると思うから違う。
顕微鏡でみたようなものなど、そんなもので罪はとれぬ。

罪をとるかどうかであって、顕微鏡で見えるものではないよと。
顕微鏡は罪をとるためにできたものではないんだからと・・。肉体に現れたものを消滅しようとしているんだと。ここでいうと、ゼロコロナと言っても無理だよということですね。

観音会では、人間に観音光を与える。すると子孫が祖先から受けた罪は解消し、この人の魂が光り、光が放射して祖先の罪は許されて天国へ行く。天国ではみな観音様のお側へ行く。ですから祀るより早く行く、根本的であります。

ということです。
これを調べていてこういう御教えが出てくるんですね。

病気はすべて罪の重荷に堪えきれず死ぬのである
これも、年代不詳なんですけども、
なにでそれは証拠立てるかというと、寿命でないのに死ぬことがある。なぜ死ぬかというと、罪の重荷に堪えきれずに死ぬ。病気はすべて罪の重荷に堪えきれず死ぬのである。

言い方がズバリできついので未発表だったのかも知れませんけども、御教えであります。
それから、
本当の誠 という事で、・・タイトルは私が付けていますのでね。

みんな罪の重荷をいっぱい背負ってますからね。病人を助けるのも結構だし、金の御用をして、早く地上天国を造るというのも結構ですし、そこが ちょうど良いところですね。なかなか難しいですがその人なりに、自分はこのくらいが良い、こうすべきだ、と言う程度にやれば良いんです。それで、そういった信仰の関係や理屈は、御神書を読んで、教師は私の話を、質問したり聞いたりすることとそれから普段、先輩の先生――資格者から聞いたり、質問したりして、だんだん磨いていくんです。

人の良いとか悪いとか言うことは、人間には解らないんだからね。神様以外には解らないんだからね。あの人は邪神だとか、邪神が憑いているとか言うことは、神様のなさるべきことを冒しているので、たいへんなことです。だから、人を見ないで自分を見るんです。自分は間違っているかいないかと見るんです。それが本当の誠です。

だから、本当の誠というのは自分を見るということですね。
それから、霊層界
今年の漢字は 「靈」 ということで、これと繋がってきていますけども、霊層界 ということで、

善事を行ない徳行を重ねれば罪穢が減少するから軽くなり、悪事を行ない罪を重ねれば罪穢が増すから重くなるという訳で、昔から罪の重荷とはよく言ったものである。

それから、
人間の生命の命の字は命令の命の字である。

これは、話の繋がりで、今年の漢字という話の中の最初は命令の 「令」 の字だったね。
だから、霊 と 令 が出てきている御教えであります。

人間は命令を解除されぬよう神に愛され社会有用なる人間にならなければ、長寿と幸福は得られる筈がないのである。

とあります。
それから、浄霊によること、私の本を読むこと ということで、

つまり、罪の重荷と言いますが、その罪を取れば軽くなるから上がるのです。

これは、対談の話の中で、「どうしたらその罪が取れましょうか。」との質問に、メシヤ様は「浄霊によることと私の本を読むとかすることです。それは光が出るからです。」と。

質問者 「そうしますと私どもは当分の間は貧から救われないわけですね。」
メシヤ様 「あなたしだいです。救われたいと思えば信者になればよいのです。そうすればドンドン良くなります。しかし、うまいことを言って信仰させようとするのだろうと思うでしょうが、思っても思わなくても、「信じろ」と言うのは嘘です。ものは試しだ瞞されたと思ってやって「なるほど、これだな」と思えばよいし、思わなければ御守りは捨ててもよいのです。」
質問者 「私も救われたいとは思いますが……それはやはり罪が多いわけでしょうか。」
メシヤ様 「人を苦しめるというのは罪になりますが、自分が仕合せになろうというのは本当の欲求です。人をいじめてオレだけというのはいけませんが、人も良くなりオレも良くなるというのは良いです。共存主義です。」

という事が出ております。
それから、毒素の解剖 では、
罪の重荷によって地獄のドン底に堕ちてしまうので、いかなる悪人も悔悟せざるを得ない。

霊界に行くと神罰、神律ということね。人間の刑罰とかを免れても、神律というのがあって、神様の刑を、またそれをかいくぐったとしても、霊界に行ってから罪の重荷で地獄に行くんですよという。だから、悪人も悔悟せざるを得ないことになりますということが、書いてあります。これは 毒素の解剖 というタイトルのところに出てくるというのがね、「濁血が霊に映れば曇りとなる」ということで、そういう流れの中での話ですので、すごいなぁと思って。
あと、夜の終り近づけり汝等悔改めよ ということで、

すなわち人類が負える罪の重荷を神の御手によって取除かれ清められる以外救われる道はないからである。

夜の終り近づけり ということまで含めてね、幸運の秘訣、観音様は主神様ですよということ、病気で死ぬという事は罪の重荷に堪えきれず死ぬんだよということと、本当の誠というのは自分は間違っているかいないかを見ることですよということ、あと、霊層界というのは、罪の重荷に直結してるということですね。浄霊によること、私の本を読むことは、浄霊によることと御教え。私達のやっていることによってその重荷というのは取れていきますよと。
だから、浄霊を受けることはいいんですよということが話が出来ればいいんじゃないかなと思いますね。
そういう受け止め方をさせて頂きました。

自分達の引いた御歌はですね、自分なりに受け止めておいていただきたいと思います。また、発表してもらってもいいですけどね。

それでは、『文明の創造』 お願いします。

参加者
『文明の創造』 『主なる病気㈡  肋膜炎と腹膜炎』  拝読

三救責任者
はい、ありがとうございます。
何が重要かなと思って。

図3
zu-3

水とは尿。膜と膜との間に溜る水とは尿なんですよと。
腹に力を入れる人は毒素が流血し腹膜炎が発り易いですよということが出ています。
前からの続きなんですね。全部腎臓が元ですよというのが出たうえで、書いてみようかと書かれたのがこの「肋膜炎と腹膜炎」になっています。これは、御教えですね。
医学書とかでいくと、腹膜炎は胸膜炎とも言うのかな。
胸膜に炎症が起こり胸水のたまる疾患ですと。胸膜というのが、胃、腸、肝臓など腹部の臓器と腹腔をおおう薄い膜を言う。
原因により、結核性胸膜炎、がん性胸膜炎などに分けられる。結核性胸膜炎というのは青壮年者に多く、がん性胸膜炎は高齢者に多いそうです。
症状は、発熱、胸痛、せき、食欲不振、全身倦怠などで、胸水の貯留量が多くなると呼吸困難を生じます。それで、腹膜炎とは、お腹の中に細菌や毒素、消化酵素などが広がって起こった炎症のことを言います。
医学的な話ね。
お腹の中にある腹膜という膜が主に感染するため腹膜炎といいます。多くの場合は胃や腸に穴が空くこと(消化管穿孔)が原因で緊急の手術が必要になります。急性腹膜炎というのは激しい腹痛とか次第に腹部全体へ。 吐き気、嘔吐、発熱、頻脈。それから症状が進むと腹部が固くなり仰向けになることもできない。 脱水、ショック状態、全身の臓器不全を引き起こして死亡することもあるという病気。
実際メシヤ様は医学的なこともしっかり調べた上でですね、こういう・・知っていないと書けないことですからね、膜と膜との間隙に水が溜まるんだよと。それが何かというのは医学で分からないけども、尿なんだよと。腎臓が働いてなくてですね、尿が、余剰尿が出てきてるんだよと、それが原因となっているんだということがはっきりと書いてもらっています。だから問題は萎縮腎であることですね。そのように、メシヤ様は医学研究もされております。

図4
zu-4

神習って医学研究。大勢の人間をお救いできる人間を目指していきましょう。
こういう風に人間の医学的な話を、神様から教えてもらうわけじゃなくて、研究されて繋げていってるわけですから、そういうことを神習っていきましょうということですね。 

図5
zu-5

それから、私たちの体というのは物凄く素晴らしいんです。 医学は痛めつけます。浄霊は体が様々な対応していってくれる。
これから出てくるかと思うんですけども、そういうことを念頭においてですね、メシヤ講座でどのような学び方をしたかということですけども、(天恩地惠)15ページの 619行からいくと、
『肋膜炎と腹膜炎』を拝読して ということで、 622行ね。
肋膜炎も、腹膜炎も関節リョウマチも神経痛も婦人病も勿論(もちろん)そうであり、カリヱスも、肝臓病も、黄疸も、糖尿病も、胆嚢(たんのう)、腎臓、膀胱内の結石も、喘息も、中風も、小児痳痺(まひ)も、精神病もそうである。としたら実に腎臓萎縮を起さないやうにする事こそ、健康の第一条件である。以上の病気は順次説く事にするから、それを読めば尚(なお)よく判るであらう。
ということが、『文明の創造』の166ページに出てきているのかな。そこを受けて書かれている「肋膜炎と腹膜炎」でありますという事です。前回から続きですよという事をですね、そういう読み方をして欲しいですよということで、630行のところで、
〝腎臓が萎縮することによってこうした病気も引き起こして行くのだ″ということを、よくよく我々は念頭に置いておいて欲しいと思います。私たちの健康を維持するためには非常に大事なところなのですよということですね。
638行のところで、今回の拝読によって、改めて人間の体にですね、〝腎臓が大きな影響を与えているのだなあ″ということを解らせていただけます。

それで、先程も話しましたけども、神習うということで、 メシヤ様を神習って『医学研究』を行おう という小見出しをつけてありますけども、646行のところに行きますと、
メシヤ様が今で言う家庭医学の本ですね、ああいうものをメシヤ様はほぼ暗記されるくらいまで研究しておられたと、そういうことを言われてはいましたが、〝なるほどそうだなあ″という感じがいたします。
ですから、私たちもメシヤ様を神習って一歩でも近づかせていただいて、大勢の方々をお救いできるような、そういう人間を目指していきたいと思います。

メシヤ講座三重での話であります。
それから、人間の体の神秘性 小腸には膿を吸収して下痢で排出させる働きもある。という事を、メシヤ講座で学んでおります。
661行のところに行きますと、盲腸炎の時に腹膜炎を起こしてしまう事があると、

そういう時は、浄霊だけに頼っていますと、破裂して溜まった膿を腸が吸収して、そして、下痢になって出るのです。
ですから、小腸は栄養を吸収するだけではなくて腹膜に溜まった膿を逆に吸収して、そして、下痢で出すという働きもあるのです。このように、私たちの体というのは物凄く素晴らしいものなのです。

溜まった膿を腸が吸収して下痢になって出すという、下痢の仕組もですね、私達の想像していなかったような働きもしてくれているということで、私達の体はそういう働きをしているんですよという事を教えて頂いております。

それから、17ページに行くと、 防腐剤漬けの人間の体は腐らない という話がありました。
脳神経外科が手術をする時に、頭蓋骨のすぐ下にシャンプーが溜まってしまっていますので、開けて動かすと泡が出てくるそうです。これを吸引して取り除いてからメスを入れないといけないのでとても困るんだという話の紹介がございました。
それから羊水がシャンプー臭いというお話もありました。690行のところに、
『浄霊』をしても〝肉体が本来の力を発揮する″というところまではなり難い点が現代の食生活や住環境ではあります。
それでも、食べ物に気をつけて、住環境に気をつけて生活していますと『浄霊』がより効き易くなってきます。

という風に教えて頂いています。

このように、昭和27年当時と我々の生活環境が大きく変わっているということがありますが、『浄霊』をしていくと素晴らしいことが起きてきます。

ということです。

それで、 『文明の創造』で本筋を学び『浄霊』の素晴らしい奇蹟を体験させていただこう ということで、700行のところへ行くと、
『文明の創造』を一項目ずつ拝読しつつ、およそ半分位まで・・・この頃半分くらいまで勉強してきましたと。もう、今は一通りやったわけですからね、現在では。・・・これからの『御浄霊』は非常に楽しみなことになってくると思いますので、そうしたことを心に留めておいていただいて、今回の『肋膜炎と腹膜炎』という箇所を繰り返し繰り返し拝読していただきたいと思います。
という風に纏めて下さっております。
改めて、2回目こうやって学ばせて頂いているわけですので、こういう事を学ばせて頂いて、自分はどういう風に生活してきたかなという事をですね、また改めて振り返りつつ今後に生かしていただけたらと思います。 浜松でも同じような話でしたね、 肋膜炎と腹膜炎の原因 ということで。 712行のところに、
水が溜まっているのは尿が溜まっていくのだということ
腎臓をいかにほぐしていくか
そういうことが大事だということですね。

715行のところに、
腹膜も同じで水が溜まってくるのは腎臓が萎縮するために、余剰尿がそこに溜まってくるのだというふうに受け止めて、そういった場合には腎臓をよく浄霊させていただいてから、お腹を浄霊すれば良いというように理解できるのではと思います。

花粉症の話もあったよね。733行のところにいくと、
花粉症と言われる前から花粉症だったという話を○○さんがしてくれましたが、昔は風邪と一括りにしていたのですね。春風邪は鼻にくるから結構長引くと言われていたのです。これは花粉の影響で過剰反応して風邪の症状がでたのですが、今は研究が進んだために花粉症という名前ができたので、非常に過敏になってしまっているのです。

だから、名前をつけて過敏になっているということですよね。昔だったら今のようなコロナは風邪と一括りだった。花粉症という名前をつけたけど、これも風邪だったよね。鼻水が出てグズグズしているんだから。

現代人はこのように少し過敏症になってきているところがありますので、昔みたいに大括りで風邪なのだというふうに捉えておけば、もう少しゆったりと過ごすことができるわけです。

次も一緒だね。

それから中毒症が起きて下痢をしても、今はノロウィルスではないかと言われ、非常に恐くなってくるわけです。

精神的な事の話で、皆、精神病というのはそういうことかもしれませんね。

それから、ご遺体は腐らない。映画のゾンビというのはそういう事を分かっていてやったんじゃないかということが出ていますね。
それからもう一つ、最後の審判は天変地異ではない という。774行のところですけども、

あの東日本大震災も1000年に一度来ているのです。ですから最後の審判ではありません。1000年に一度くる大震災なのです。そして富士山の噴火もおおよそ200年に1回は爆発しているのです。この爆発が、いくら灰が降ろうが何しようがこれも最後の審判ではないのです。
だから天変地異が、異変が起きたときに最後の審判だとみんな考えているのですが、それは安易な考え方であって、要は人間の物質思想が作り出すものが、それで末期を迎えるのが最後の審判の型です。

人間の物質思想が作り出したもの。今の型だよね、本当に。

参加者
物質思想・・。

三救責任者
薬とかね。
人間が精神的に恐れているもんね、今のコロナも。
震災というのは何回も起こってきていますからね。
それから801行のところ、

食べるものがあっても食べることができない時代、これが最後の審判の型ですので、いよいよ現代は最後の審判の中に突入していったということになります。
ですから、私たちの食生活、住環境は自分で努力、工夫していって、改善できるところは改善していかないと、我々はガンとかそういうことになっていく可能性が、昔とはずいぶん変わってきているのだというふうに受け止めて、よくよく注意しながら生活をしていただきたいと思います。

真症癌というのは霊的なのかも知れませんけども、疑似癌と言われている薬によって出来てくるもの、ほとんどがそれですよね、薬が原因というのが、今の現代では。メシヤ様の時代でもそういう事は言われていたんですから、今はもっとですよね、薬毒というのは。これは先祖からの・・という前に、やっぱり薬が原因というのが今の病気ではほとんどだということです。全く人間が作りだすもんね。
それで、今のコロナの状況というのも、全然病気じゃないものを病人にしているということですから、そういう精神的なところが大きいなという風に思います。
そういう風な感じでですね、今回のところは読んでいただければと思います。 

25ページから肋膜炎・腹膜炎に関する御教えをピックアップしてございますので、こういったところもこの機会に学んでいただければと思います。 

それで、次に話したかったのが、 虎の巻。

図6
zu-6

寅年なので。
御教えにね、「六韜三略(りくとうさんりゃく)」、これは前に話をしましたけど覚えています?

図7
zu-7

参加者
すみません、覚えていないです。

三救責任者
韜というのは、剣や弓などを入れる袋のことをいう。六つの袋ということね。
そこに虎韜巻(ことうのまき)というのが出てきます。六韜というのは本なんだけど、そこに虎韜巻。
六つというのは、文 武 龍 虎 豹 犬。この虎のところが、虎韜巻なんですね。それを略して虎の巻と言うんです。そういうところから来ているんですね。これは御教えではないからね。
六韜三略 というのがあって、そこから 虎の巻 というのがきていますよという話ね。
これには兵法の極意が書かれている。陣を張る法とか、包囲を脱する法などが書かれているんですよと。 虎の巻と言うんだそうです。

参加者
虎の巻の中がそうということなんですね。全部がそういうことが書かれているわけではなくて。

三救責任者
虎の巻がこういう事が書かれているから重要ですよという。

図8
zu-8

今度は御教えで、メシヤ様は御教えで 六韜三略 を捉えられていて、この六というのは何ぞやと・・この六韜 の とう というのは袋のことと違って、御教えでいくと 踏む という字を書くんです。六つを踏まえてということだよと。
六というのは今までも話があったように、月とか水とか、五六七(ミロク)でいくと真ん中です。六というのは夜の世界です。現在だという話ね。このメシヤ様の時代の夜の世界、まだ夜の世界だと捉えてメシヤ様が現われたわけですから。
それで、三略というのは三つの経綸のことを言うんだと。
だから、六踏三略という言葉の本当の意味はこうだよということで教えてくださってるわけです。 三つの経綸なんだと。五・六・七のミロク とか、 三・六・九のミロク とか、上・中・下、 経・緯・伊都能売。経緯結んで真ん中が伊都能売ですよと、そういう三つの経綸。これのことを言うんだと。これが重要ですよね。
寅年なのでこういう話になっていますけども。
観音様が持たれている巻物がありますよね、これのこと、六踏三略。だから、極意、神様の極意です。

図9
zu-9

観音様の御手に持たれている巻物であって、それは仏滅後にミロクの世を御造りになる大経綸の深い仕組みが書かれているんだと。ミロクの神様の御神事です。御神業のプログラムなんです。そういうことが、御教えにあります。

図10
zu-10

観音様が持たれているのが 六踏三略。これはミロクの神様の御神事で、御神業のプログラムですと。
だから、今で言う、主神様直接の御啓示である『文明の創造』じゃないですかと。
これは僕がそういう風に繋げたんですけど。すごい本を出したよということ。
これは 六踏三略の巻 『栄光』119号、昭和26年8月29日発行 に書かれています。ちょっと読みますと、

その文字はミロクの神様の御神示をかかれたものであって、これこそ私が現在実行しつつある、多種多様の神業のプログラムで、私が見真実になった時、すでに明(あか)されたものである。

ここでは、義経が盗ろうとしたとか、そういう話も出ています。
義経は観音様の化身であったよということで・・もともと鬼一法眼という人が居てという話。

これを宗教的にみると、仲々神秘が潜んでいるので、それを今かいてみるが、私がいつもいう通り、義経は観音様の化身であったのである。以前私のかいた中に、艮(うしとら)の金神(こんじん)、国常立尊(くにとこたちのみこと)という神様が神代の時御隠退せられ、霊界においては閻魔大王となり、現界においては観世音菩薩と化現され、慈悲を垂れ給い、一切衆生を救われたのである、そういう訳で牛若丸の虎蔵とはすなわち艮で金神様の御名を秘されたものである、そうして鬼一法眼は伊邪那岐(いざなぎの)尊の御役をされたのである、鬼は岐であり、一は神の意味であるからである。

ということが出て来ます。忍び込んで盗らせようとしたわけです。そういう物語があります。
歌舞伎でそういうのをやっていたら観に行くと面白いかも知れないね。

参加者
うん。

三救責任者
寅年の特徴ということで、これは御教えでありませんけども、

中国伝来の十二支はもともと植物が循環する様子を表わしており、その年の特徴につながると言われています。 寅は十二支の三番目で、子年に新しい命が種の中で芽生えはじめ、丑年には種の中で育つがまだ伸びることができない。寅年は春が来て根や茎が生じて成長する時期、草木が伸び始める状態だとされています。
寅という文字には「真っすぐに伸ばす、引っ張る」という意味があり、家の中で矢を両手で真っすぐに伸ばす様子を表しています。家を表わすうかんむり「宀」に、「矢」、ひきとめるという意味の「臾」を足して「寅」という文字ができました。
これは御教えではないです。ネットから。

参加者
(メシヤ様の後に巻物を持たれている観音様が写っている写真を見せて頂きつつ)
この観音様が巻物を持ってみえる。

参加者
はぁ・・。(じっくり見せて頂く)

参加者
描かれた観音様の中にも持ってみえる観音様が。

三救責任者
昨日御歌のおみくじを引いたので、話の内容を変えたんですよ。変える前の話をします。

図11
zu-11

初日の出。お正月なので、初日の出を見ましたかという話の中で、日本人というのはクリスマスでキリストの誕生日を祝ったりしますけども、お正月には神社参拝とか、初日の出。初日の出というのは、自然。太陽を拝むのね。自然崇拝ですね。あと、木を拝んだりしますよね、木とか巨木。
この木ということで、日本一の巨木はどこか知ってる?

図12
zu-12

蒲生(がもう)の大楠 と言うんです。
「蒲生のクス」は、昭和63年度に環境庁の巨樹・巨木林調査によって、日本一の巨樹である事が証明されたそうです。それを調べるとちょっと面白い事がありました。
伝説でね、これは和気清麻呂(わけのきよまろ)が鹿児島へ流罪になってそこに来た時に、持っていた杖で大地を刺したところ、それが根付いて大きく成長したものが「蒲生のクス」だと言われているそうです。
これは伝説ですね。元々あったらしいですけど。
それで、今出たのは、「和気清磨呂」ね。

図13
zu-13

丸を振ったところを読んでもらえる?

参加者
わっ! 「わすまろ」!

三救責任者
先生の名前が入っていますよね。

参加者一同
(笑)

参加者
すごい!

三救責任者
宇佐神宮にお像があるんですよ。行った時に、「先生にそっくり!」って言ってたんです。大分前だね。
今回、「和氣清麻呂」って書いた時に、「あれ、先生の名前が入ってるな」と思ったの。和氣清磨呂って、言ってる時には分からなかったけど、書いて。
前回、今までは天皇に取って代わろうとした人物はいないって話しましたね。 実はいたんです。

参加者
そうなんですか。(笑)

三救責任者
未遂。天皇になろうとした坊主がいたんです。道鏡という。

図14

zu-14
図15

zu-15
図16
zu-16

宇佐神宮の御神託 というのが出て来ますけども。
769年に・・また太宰府が出てくるのが面白いね・・
中臣習宜阿曾麻呂(なかとみのすげのあそまろ)という人がいたんですけども・・「道鏡を皇位に就かせれば天下太平になる」と宇佐神宮の御神託があったと天皇へ奏上したんですね。
女帝・称徳天皇が道鏡を寵愛していたんです。
寵愛というのは、特別に大切にし愛することね。だから、上のものから下のものへのことです。権力のあるものから権力ないものに対して。
龍という字が入ってる。龍をかこうって書くんだなって、これは私が思ったことですけども。 
こういう御神託が出たと、これは嘘なんだけども、確かめに行かなくてはいけないと。それで、称徳天皇に仕えていた女性の弟に行かせた。その弟が和氣清磨呂。

図17
zu-17

宣命(せんみょう)と言って、天皇の命令を、読み上げようとした時に、聞くことを神様は拒んだ。天皇の命令を漢字だけの和文体で記した文書を宣命というんだけど、聞くのを拒んだと。その時に国を揺るがすことなので御神託を頂きたいということで、このままだと道鏡がなってしまうので、和気清麻呂がお願いして、現れて下さったのが三丈(9メートル)もある大神様。
応神天皇とかは、宇佐神宮に祀られているのはね、そういう神様ですから。要は、メシヤ様でもあり、応神天皇でもあり、大きいということは国常立尊様かもしれないし。大きな神様が出現されたと。
そうして、言われたのが、「天の日継は必ず帝の氏を継がしめむ。無道の人(道鏡)は宜しく早く掃い除くべし」ということが出たわけです。

図18
zu-18

皇位は皇族が継ぐ者で無道である人の道鏡は早く追い払いなさい、という御神託が出たと。
道鏡は和氣清磨呂に京都から宇佐神宮に行く時に「いい返事を待っている」と、忖度せよということを言って送り出すわけです。だけど、こんな事が出た。それをきちんと伝えたそうです。

図19
zu-19

道鏡は怒って、和気清麻呂を別部穢麻呂(わけべ の きたなまろ)と改名させて大隅国へ流罪とした。道鏡死後、復権して豊前守(福岡)になった。名前には言霊が宿るということがずっとあったわけですね。だから、名前を変えさせたわけです。

図20
zu-20

そういう正しい事をしたのに、清麻呂は正しい事をして権力者から追われたという話です。汚名を着せられたという。

参加者
また、汚名を着せられてって・・。

三救責任者
そういう話と繋がったよということで。
この大楠のあるところの話で、歌が詠まれています。

図21
zu-21

天より下りて
大地に目覚め
雨を喰み
陽を抱き
伸びゆくものの
深まりゆくものの
かくも悠然と
岐立する
大樹の鼓動。
悠久の
時空を超えて。

大きな木を神として・・、どこへ行っても大きい木がありますよねという話です。
何か繋がるなと思って。
これは、鹿児島ですよね。

図22
zu-22

縄文ということで、先生が三内丸山ということでやったけども、縄文時代は長いんですね。一万二千年前からです。三千年、九千年前の話が出て来ますけども、人間の世界だったわけです。だから、今で言う、神格を得た人間が相当いたんです、神様としてね。神様というのは、地上で神格を得た人間のこと、というのが分かるかなと。

図23
zu-23
それで、鹿児島ということで、何故鹿児島かなと思って、三内丸山というのと、鹿児島は上野原、遺跡がね。
三内丸山は五千九百年前から四千二百年前に定住生活が始まっている。
上野原は霧島東部で、九千五百年から七千五百年以前に儀式とか定住とか村とか言われるものがあったらしいです、遺跡でいくと。
面白いなと思ったのは、上野原は川内(せんだい)という地名がありますよね、「川」を「だい」って読むんだなと。「三内」は「さんない」って読むけども「だい」、平らなところ、台形みたいなところの山とかありますよね、ああいうところにあるのが、こう読むのかなという感じ。神様の居られるところとか、そういったところというのは、こんもりとした山のところは、そういった儀式を行うところかなと。
「川」「三」は、経の三と緯の三だなと思いました。
zu-24


日本最古級縄文土器で調べると、大平(おおだい)山元遺跡、これも平と書いてだいと読むんですね。一万五千年前、紀元前一万三千年前、これは青森県東津軽郡。
zu-25

何が言いたいかと言うと、移動していた生活から定住になりました、定住になることによって村というのが形成されてきて生活の拠点になってくる。生活自体が宗教ですよという話がありました。岸本英夫先生の話を先生が分かりやすく話して下さっている中でありましたけども、生活=宗教ですよと。この頃からですよと。住居、墓、まつり、この時代の環状列石(ストーンサークル)とか、作られていたり、祈りの場だった。古い時代から交易があって、ヒスイとかアスファルトとか黒曜石、それで、豊かな精神世界が形成されていた。争いを好まないという時代が日本では昔からあった。そういう世界で比べても、精神世界の発達していたのは日本であったというのが良く分かるなと。縄文時代というのはものすごく長く地上天国的なところが続いていた時代であったということが分るかと思います。
だから、自然を祈る、昔から祈っていたわけで、昔から精神的なもので神ということはあったわけで、自然を祈る、木を祈る、石を祈る、それの究極的な一番最初というのは太陽を祈る。そういう行為を御神体というものがない時代の祈りのあり方。太陽を素晴らしいと思って、「あぁ、何か力を頂けるんだ」「光を」ということで、手を合わせる、初日の出ということからいくと、それは宗教的なものでもあるよね。宗教=生活でもあるという風に思ったんです。祈りのあり方。だから、まるにチョンを意識してと言ってもなかなか意識しにくいということで、精神的というか、まるにチョンを祈り易くというか、そういう形が御神体として出されたけども、そういう意味合いで一体になっているという意味であって。これはだから、人間の作った被造物には神様はかからないということだけれども、その入り口という、その祈りの対象という意味で考えれば、精神的なもので考えれば、まるにチョンをイメージしてと考えればいいですよね。
私達は何に拝んでいるのかという話の中でね。もっと広がりを持って、そういうところへ参拝出来ること自体が幸せなんだと、幸福なんだと、こういうことをより多くの人に伝えていけたらなということを思わせて頂きました。

参加者
毎月娘と月次祭前に参拝させて頂いていますが、今回はうっかりしていて昨日気付いて、慌ててラインさせて頂いたんですが、お返事を頂くまで待ってる間に、参拝させて頂けることは許されて叶う事かなと、参拝させて頂けること自体が有難い事なんだと思わせて頂いていていたんです。

三救責任者
○○ちゃんに上手く話をしてあげてください。

参加者
これですね。(おみくじで引いた御歌)

三救責任者
難しく話をしなくてもいいんだよ。何を伝えたいかだけどね。無理に引っ張ってこなくてもいいし。(笑)
生活していること自体が本当に宗教なので、宗教という捉え方が、組織運営をしているところが思いっきり堅苦しくしてしまっているんじゃないかと思うんですよ。縄文時代の昔から祈りというのはあったわけで、その頃は戦いも無く生活していたわけで、他の国と比べても誇らしい文化、縄文文化というのがあったということを、それを想起させるというか、目指すためのそういう教えでもないのかなと思いました。

では、終わらせて頂きます。

司会
以上をもちまして、新年祭を終わらせて頂きます。

参加者一同

ありがとうございました。

覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて

  令和6年7月1日 覚りの旅  令和6年7月 月年祭を終えて   三救責任者 月次祭おめでとうございます。   参加者一同 おめでとうございます。   三救責任者 令和六年七月度 覚りの旅の資料を最初に拝読していただけますか?   参加者 令和六年七月度 覚りの旅 資料 1 は...